この本がめざすもの
『問いから始める物理』は,公式を覚える本ではありません.身のまわりの現象や短い問題から出発して,「なぜそうなるのか」を自分で考え,少数の原理から結果を導き,数で予言できるようになることをめざします.物理は,たくさんの現象を少ない原理で説明し,まだ見ていない結果を数で言い当てる営みです.この本は,その営みを一歩ずつ体験できるように組み立てています.
誰のための本か
この本は,次のような人を想定しています.
独学で物理を学ぶ人.解説と解答がそろっているので,一人でも最後まで進めます.進め方は次の節「独学の進め方」にまとめました.
先生・家庭教師・保護者などに教わりながら進める人.演習の節の最後にある「教える人へ」が,教える側の手引きになります.使い方は「教わりながら進めるには」に書きました.
高校物理の基礎から,大学入試,物理チャレンジ・物理オリンピックの予選までを一続きで学びたい人.同じ話題を,やさしい問題から難しい問題まで順に歩けるようにしてあります.
前提は,中学と高校前半の数学(文字式,方程式,三角比,指数)です.それより先の数学(微分・積分,ベクトル,近似など)は,必要になった所で,その題材の中で導入します.ただし,高校の数学で習う公式のうち,二項定理,三角関数の加法定理と2倍角の公式,指数関数の微分 (𝑒𝑘𝑡)′ =𝑘𝑒𝑘𝑡 の3つは,導出を省いて「復習」として使います.まだ習っていなくても,使う所で式を示してあるので,その式を認めて読み進めれば大丈夫です.問題の中で,まだ習っていないかもしれない公式が要るときは,その公式を問題文に書いておきます.また,数値計算は電卓(関数電卓)を使ってかまいません.三角関数・指数関数・対数の値は,問題文では与えていないので,電卓で求めてください.
節の形
1つの題材は,原則として3つの節に分かれています.1つの節は短く,ゆっくり読んで30分から1時間ほどで終わる長さです.
本体の節.次の順に進みます.
問い.身近な現象か短い問題が1つ置かれます.答えはまだ書いていません.
きりたんのひとこと.問いに対する素直な反応や,面白い事実です.
考えてみる.素朴な考え方を試し,どこで困るかを確かめます.
理論.定義や法則を,結果ではなく「なぜそう考えるか」を中心に説明します.
ここまでのまとめ.3〜6行で要点をまとめ,問いの答えを回収します.
数学の道具の節(または例題の節).その題材で初めて必要になる数学を,定義,短い導出,練習の順に学びます.そのあとに例題が続きます.例題の解答の前には「考え方」があり,何に注目するかが先に書かれています.数学の道具が要らない題材は,例題の節になります.
演習の節.難しさの順に並んだ問題と,教える人向けの手引きです.
最初に「問い」を読んだら,すぐ先へ進まず,紙に予想を書いてください.外れてもかまいません.自分の予想と答えのずれが,いちばんよく残ります.
節の名前は,本体の節が題材の名前,数学の道具の節が「〜と微分」のような名前,演習の節が「〜の演習」です.章の終わりには,その章全体の問題を集めた「章末問題」「発展問題」と,要点を一覧にした「章のまとめ」が置かれています.
★の意味
演習と例題には,難しさを表す★があります.
★ | めやす |
|---|
★1 | 基本.その節の理論を一度使えば解ける |
★2 | 入試標準.理論を組み合わせて使う |
★3 | 難関大学の入試レベル.見積もりや工夫が要る |
★4 | 物理オリンピック予選・大学初年級 |
★5 | 物理オリンピック本選級 |
普通の演習の節は★1〜★3です.章末問題は★1〜★3,発展問題は★4と★5で,その章全体の使い方を試します.いくつもの章をまたぐ総合演習は★4と★5です.★はあくまで目安で,感じ方には個人差があります.詰まったら,1つ下の★に戻っても構いません.
目標に合わせた進み方
この本の問題は,全部を解かなくても構いません.目標に合わせて,どこまで解くかを決めてください.本体の節と例題は,どの目標でも読みます.下の段は,上の段の問題をすべて含みます.
目標 | 解く問題 |
|---|
難関大学に合格する | 演習の節(★1〜★3) |
東京大学に合格する | 演習の節と章末問題(★1〜★3) |
東京大学の物理で満点を取る | ここまでに加えて,発展問題(★4・★5) |
物理オリンピックに挑む | ここまでに加えて,総合演習(★4・★5) |
演習の節は,その題材の理論を使えるようにするための問題です.入試の標準的な問題は,ここまでで解けるようになります.章末問題は,1つの章の題材をまたいで使う問題です.どの原理を使うかが問題文から見えにくくなり,東大の入試で求められる,自分で筋道を立てる練習になります.
発展問題は,入試の枠を越えた設定で,その章の原理を深く使う問題です.試験で満点を取るには,見たことのない設定でも原理から式を立てられる力が要ります.発展問題で迷いながら解き切る経験が,その力になります.
総合演習は,第12章(力学),第19章(熱力学),第28章(電磁気と波),第32章(原子),第33章(全範囲)にあります.分野をまたぐ問題,東大の過去問を発展させた問題,物理オリンピックの問題を集めました.東大で満点をめざす人も,総合演習の中の東大の過去問を発展させた節には挑戦するとよいでしょう.物理オリンピックに挑む人は,発展の章(次の「読み進め方の目安」を見てください)も読んでください.とくに第14章「測定と不確かさ(発展)」は,実験問題の土台になります.
目標は途中で変えて構いません.1周目は1つ下の目標で全体を通し,2周目に上の段の問題を足していく進め方もあります.全体を早く見渡せるので,後の章で学んだことが前の章の難しい問題を解く助けになります.
微積分を避けない
高校の物理は,微分や積分を使わずに説明するために,ときどき回りくどくなります.この本では微分や積分を避けません.速度が位置の変化率であること,仕事が力を位置で積み上げたものであることは,微分と積分の言葉で書くと素直になります.ただし,数学の授業で習う前でも読めるように,微積分は必要になった題材で「数学の道具」の節として導入します.定義,短い導出,すぐ試せる練習の順に進むので,予備知識がなくても追いつけます.すでに知っている道具は,飛ばして構いません.
読み進め方の目安
1日に何節も進める必要はありません.1節を終えるごとに,その節の要点を自分の言葉で3行にまとめてみると,次の節への入り口が軽くなります.前の節で学んだ道具を使う場面は,先へ進むほど増えます.忘れていたら,戻って読み直して構いません.
題に(発展)と付いた章は,発展の章です.第13章「対称性から組み立てる力学(発展)」,第14章「測定と不確かさ(発展)」,第17章「ボルツマン分布と等分配則(発展)」,第18章「ゆらぎと拡散(発展)」,第26章「電磁波(発展)」,第30章「確率振幅から組み立てる量子力学(発展)」の6つがあります.大学で学ぶ物理へつながる見方や,実験の結果を数で扱う方法を学びますが,受験だけが目的なら飛ばして構いません.第26章の結果のうち後の章で使うものは,第27章の初めにまとめてあります.第14章は第3章「運動を記述する」までの内容で読めるように書いてあるので,第3章の後ならいつ読んでも構いません.実験のレポートを書く前などに読むとよいでしょう.
この本の第2章「物理の見方」は,次元や見積もりといった,間違いに気づくための道具を最初に手にする章です.計算の道具がまだ少ないうちに,物理の考え方の土台を作ります.では,次の節「独学の進め方」へ進みましょう.