問い
なめらかな氷の上に,細い棒が静止しています.その端に,棒と垂直な向きにパックが当たりました.棒は進みながら回り出します.このとき,棒の上には衝突の直後に一瞬だけ止まっている点があります.それは棒のどこでしょうか.
野球のバットでボールを打つと,当たる場所によって,手がしびれることもあれば,ほとんど何も感じないこともあります.手に衝撃が来ない「芯」とは,どんな点なのでしょうか.
[図:端を打った棒と瞬間回転中心]左は衝突前,右の初期状態は衝突直後.再生すると重心は等速直進し棒は等速回転する.橙の物質点は後には動き出し,緑の瞬間回転中心は通常棒から外れる.
左は衝突前,右の初期状態は衝突直後.再生すると重心は等速直進し棒は等速回転する.橙の物質点は後には動き出し,緑の瞬間回転中心は通常棒から外れる.
考えてみる
質点どうしの衝突は,第5章のとおり運動量保存則と反発係数で解けました.ところが棒が相手だと,棒の重心の速度 𝑉 のほかに角速度 𝜔 も未知で,パックの衝突後の速度 𝑢 と合わせて未知数は3つです.運動量保存則は1本しかありません.そのうえ,衝突の最中にパックが棒に及ぼす力は,時間とともに複雑に変わって分かりません.それでも3つの未知数を決められるのは,衝突がごく短い時間で終わることと,角運動量を測る点を選べることのおかげです.
撃力の近似
定義 撃力
衝突のように,ごく短い時間 Δ𝑡 のあいだに大きな力が働くとき,この力を撃力という.撃力の力積 𝑱 =∫𝑭 d𝑡 は有限の値をもつ.
撃力が働く間にも重力やばねの力などは働きますが,大きさが有限の力の力積は Δ𝑡 →0 で無視できます.ただし床の垂直抗力や摩擦力も,床への衝突などでは撃力になりえます.物体もこの間にほとんど動かないので,トルクの腕も変わりません.衝突の直前と直後だけを比べるなら,系の外から受ける撃力の力積を 𝑱外 として
Δ𝑷=∑𝑱外,Δ𝑳=∑𝒓×𝑱外
です(𝑳 は空間に固定した点のまわり).動く点のまわりでは余分な項が付くことを前の題材「角運動量を取る点の選び方」で見ましたが,固定点ならその心配はなく,その瞬間に物体のどの点と重なる点を選んでもかまいません.パックと棒を1つの系に入れれば,両者の接触力は内力になります.作用反作用で同じ作用線上を逆向きに働くので,𝑷 も,どの点のまわりの 𝑳 も変えません.
氷の上の棒
棒(質量 𝑀,重心 G のまわりの慣性モーメント 𝐼G)の,G から垂直に距離 𝑑 の点に,質量 𝑚,速さ 𝑣0 のパックが当たるとします.氷の上では撃力を受けないので,系の運動量と,衝突の瞬間に G があった点のまわりの角運動量が保存します.衝突後のパックの速度を 𝑢 として
𝑚𝑣0=𝑚𝑢+𝑀𝑉,𝑚𝑣0𝑑=𝑚𝑢𝑑+𝐼G𝜔
です.弾性衝突なら運動エネルギーも保存して,3本目の式
12𝑚𝑣20=12𝑚𝑢2+12𝑀𝑉2+12𝐼G𝜔2
が得られます.棒が受けた力積を 𝐽 とおくと,𝑉 =𝐽𝑀,𝜔 =𝐽𝑑𝐼G,𝑢 =𝑣0 −𝐽𝑚 で,これをエネルギーの式に入れると,𝐽 =0(衝突前)以外の解として
𝐽=2𝑣01𝑚+1𝑀+𝑑2𝐼G
が出ます.反発係数 𝑒 の衝突なら,分子が (1 +𝑒)𝑣0 になります.付着する衝突では 𝑒 =0 ですが,𝑒 =0 だけではその後も付着し続けるとは限りません.
瞬間の回転中心
衝突の直後,棒の上で G から叩かれた側と反対側に 𝑠 の点の速度は 𝑉 −𝜔𝑠 です.これが0になる点が
𝑠=𝑉𝜔=𝐼G𝑀𝑑
で,一様な棒(長さ 𝑙)では 𝐼G =𝑀𝑙212 より 𝑠 =𝑙212𝑑 です.直後の棒は,この点のまわりを回っているように見えるので,瞬間の回転中心といいます.
𝑉 も 𝜔 も 𝐽 に比例するので,𝑠 に 𝐽 は入らず,パックの質量や速さ,弾性か合体かに関係なく,叩く位置 𝑑 だけで決まります.端(𝑑 =𝑙2)を叩けば 𝑠 =𝑙6,G を叩けば 𝑠 →∞ で,回らずに進みます.
[図:打点と速度分布の関係]初期状態は端を打った棒の直後の速度分布.再生または打点スライダーで,打点を重心へ近づけると回転中心が遠ざかる様子を比較できる.
初期状態は端を打った棒の直後の速度分布.再生または打点スライダーで,打点を重心へ近づけると回転中心が遠ざかる様子を比較できる.
固定軸があるとき:打撃の中心
棒の一端 O を固定軸で支えて,G から ℎ の位置にあるとします.軸は撃力を及ぼしうる外力なので,運動量は保存しません.そのかわり,軸の力は O を通るので O のまわりのトルクが0になり,叩く物体も含めた系では O のまわりの角運動量が保存します.O から 𝑞 の点を垂直に叩く力積 𝐽 と,軸が与える力積 𝐽𝑂 について,O のまわりの慣性モーメントを 𝐼𝑂 =𝐼G +𝑀ℎ2 として
𝐽𝑞=𝐼𝑂𝜔,𝑀𝑉G=𝐽+𝐽𝑂,𝑉G=ℎ𝜔
です.軸が棒へ与える力積は
𝐽𝑂=𝐽(𝑀ℎ𝑞𝐼𝑂−1)
です.ちょうど 𝐽𝑂 =0,つまり叩いても軸(手)に力積がかからない点が打撃の中心で,
𝑞=𝐼𝑂𝑀ℎ=ℎ+𝐼G𝑀ℎ
です.一様な棒の端を支点にすると 𝑞 =2𝑙3 になります.これは第8章の実体振り子の周期 2𝜋√𝐼𝑂𝑀𝑔ℎ と同じ周期をもつ単振り子の長さでもあります.
打撃の中心は,前の節と結びついています.G から 𝑑 =𝑞 −ℎ =𝐼G𝑀ℎ の点を叩く自由な棒の回転中心は,ちょうど O にあたる 𝑠 =ℎ です(𝑠𝑑 =𝐼G𝑀).止まっている点に軸を置いても,その点は動かないので,軸は力積を受けないのです.
保存則の選び方
ポイント 衝突でどの保存則を使うか
系を決め,衝突の直前と直後だけを比べる.互いに撃力を及ぼし合うもの(パックと棒など)を1つの系に入れると,その接触力は内力になる.
系の外から撃力を受けないか調べる.氷の上の棒では,重力・垂直抗力・摩擦は有限の力で,衝突中の力積は無視できる.固定軸・蝶番・壁から受ける力は撃力になりうる.撃力を受けない向きでは,運動量が保存する.
角運動量を測る点を,空間に固定した点から選ぶ.未知の撃力の作用線が通る点(固定軸,支点,接触点)を選ぶと,その力のトルクが0になり,未知数が式から消える.
弾性(𝑒 =1)なら運動エネルギーも保存する.非弾性や合体では保存しないので,反発係数の式や,接触点の速度が等しいという条件を使う.
未知数と式の数を数える.足りなければ,滑らない条件のような接触の条件を加える.
検算する.運動エネルギーが増えていないか,極端な場合で自然な答えかを見る.
衝突のあとは話が変わります.有限の力である摩擦は,時間をかけると効いてくるからです.ただし摩擦の作用線が基準点を通るなら,そのトルクは0で,角運動量は保存します(次の節の,滑りながら転がる球).
ポイント ここまでのまとめ
撃力は短時間に働く大きな力で,力積は有限である.有限な力の力積は無視でき,その間に物体は動かない.
接触力は内力で,𝑷 と固定点のまわりの 𝑳 を変えない.外から撃力を受けなければ両方が保存し,弾性ならエネルギーも保存する.
自由な棒を G から 𝑑 の点で叩くと,𝑉 =𝐽/𝑀,𝜔 =𝐽𝑑/𝐼G.直後に止まっている点は G の反対側で 𝑠 =𝐼G𝑀𝑑.これは叩く位置だけで決まる.
固定軸があると運動量は保存しないが,軸のまわりの角運動量は保存する.軸が力積を受けない点が打撃の中心で,𝑞 =𝐼𝑂𝑀ℎ(一様な棒の端支持で 2𝑙3)である.
問いの答え:端を叩くと,止まっている点は G の反対側 𝑙6(反対の端から 𝑙3)の点である.バットの芯は,握りから 𝐼𝑂/(𝑀ℎ) の点(打撃の中心)である.