問い
ラジオのアンテナには,いくつもの放送局の電波が同時に届いていて,アンテナの導線にはそれらすべてによる電流が重なって流れています.それなのにラジオは,つまみを回すだけで,その中から1つの局だけを選び出して鳴らします.どうやって選んでいるのでしょうか.
考えてみる
それぞれの局は,決まった振動数の電波を出しています.局を選ぶには,ある振動数の信号にだけ大きく応える回路があればよいはずです.第7章のブランコは,固有の振動数で押したときだけ大きく揺れました.前の題材で,LC回路はばねとおもりと同じ形の式に従い,固有の角振動数 1/√𝐿𝐶 で振動することを見ました.だから,LC回路に交流の電圧を加えれば,共鳴が起こるはずです.問題は計算です.コイルの電圧は電流の微分,コンデンサーの電圧は電流の積分で決まるので,素子が増えるたびに微分方程式を解き直すのは大変です.第7章で強制振動を複素数で解いたように,振動する量を複素数で表すと,微分が掛け算に変わり,交流回路は直流回路と同じ手順で解けるようになります.
交流と実効値
電圧が 𝑉(𝑡) =𝑉0cos(𝜔𝑡 +𝜙) と変わるものを交流といい,𝑉0 を振幅,𝑓 =𝜔/(2𝜋) を周波数といいます.抵抗 𝑅 にこの電圧を加えると,消費電力 𝑉2/𝑅 は時間とともに変わり,cos2 の平均が 1/2 なので,平均は 𝑉20/(2𝑅) です.
定義 実効値
交流の電圧と電流の振幅を 𝑉0, 𝐼0 とするとき,𝑉𝑒 =𝑉0/√2,𝐼𝑒 =𝐼0/√2 を実効値という.抵抗での平均の消費電力は 𝑉𝑒𝐼𝑒 =𝑉2𝑒/𝑅 で,直流と同じ形になる.
家庭のコンセントの 100 V は実効値で,電圧の振幅は約 141 V です.
複素数で表す
線形な素子(抵抗,コイル,コンデンサー)だけの回路に角振動数 𝜔 の電圧を加えると,初めの過渡的な振動は第7章の減衰振動と同じように消え,やがてすべての電圧と電流が同じ 𝜔 で振動する定常状態になります.そこで,電圧と電流を
𝑉(𝑡)=Re(ˆ𝑉𝑒𝑖𝜔𝑡),𝐼(𝑡)=Re(ˆ𝐼𝑒𝑖𝜔𝑡)
と書きます.複素数 ˆ𝑉 =𝑉0𝑒𝑖𝜙 を複素振幅といい,その絶対値が振幅,偏角が位相です.回路の式は実数の係数の線形な式なので,複素数のまま解いて最後に実部をとればよいのでした(第7章).このとき時間の微分は 𝑖𝜔 の掛け算になります.
抵抗:𝑉 =𝑅𝐼 から ˆ𝑉 =𝑅ˆ𝐼.
コイル:𝑉 =𝐿d𝐼/d𝑡 から ˆ𝑉 =𝑖𝜔𝐿ˆ𝐼.
コンデンサー:𝐼 =𝐶d𝑉/d𝑡 から ˆ𝐼 =𝑖𝜔𝐶ˆ𝑉,つまり ˆ𝑉 =ˆ𝐼/(𝑖𝜔𝐶).
定義 複素インピーダンス
素子の両端の電圧と電流の複素振幅の比 𝑍 =ˆ𝑉/ˆ𝐼 を複素インピーダンスという.
𝑍𝑅=𝑅,𝑍𝐿=𝑖𝜔𝐿,𝑍𝐶=1𝑖𝜔𝐶=−𝑖𝜔𝐶
𝑍 =𝑅 +𝑖𝑋 と書くとき 𝑋 をリアクタンスという.|𝑍| は電圧と電流の振幅の比 𝑉0/𝐼0,𝑍 の偏角は電圧が電流より進む位相である.逆数 𝑌 =1/𝑍 をアドミタンスといい,ˆ𝐼 =𝑌ˆ𝑉 である.
𝑖 =𝑒𝑖𝜋/2 なので,コイルの電圧は電流より 𝜋/2 進み,コンデンサーの電圧は 𝜋/2 遅れます.|𝑍𝐿| =𝜔𝐿 は周波数が高いほど大きく,|𝑍𝐶| =1/(𝜔𝐶) は小さくなります.コイルは速い変化を通しにくく,コンデンサーは速い変化ほど通しやすいのです.なお,電気工学では電流の記号 𝑖 と区別するため,虚数単位を 𝑗 と書きます.電圧が sin𝜔𝑡 で与えられたときは sin𝜔𝑡 =Re(−𝑖𝑒𝑖𝜔𝑡) を使い,𝐼𝑐cos𝜔𝑡 +𝐼𝑠sin𝜔𝑡 の複素振幅は 𝐼𝑐 −𝑖𝐼𝑠 です.
直流と同じ規則で解く
節点に流れ込む電流の和が0であることは,すべての時刻で Re(∑ˆ𝐼𝑘𝑒𝑖𝜔𝑡) =0 ということなので,∑ˆ𝐼𝑘 =0 と同じです.閉じた道に沿った電圧の和も同じです.したがって,キルヒホッフの法則は複素振幅についてそのまま成り立ち,各素子は ˆ𝑉 =𝑍ˆ𝐼 という「複素数のオームの法則」に従います.直列の合成は 𝑍 =𝑍1 +𝑍2,並列の合成は 1/𝑍 =1/𝑍1 +1/𝑍2,分圧やブリッジの平衡の条件も直流と同じ形で使えます.違うのは,抵抗の代わりに複素数を足したり割ったりすることだけです.
[図:回転する複素振幅と実際の電圧・電流]初期設定はω/ω₀=1.5,ωt=π/4.電源の振幅を一定にした直列RLC回路で,全ての複素振幅が同じ角度だけ回転する.実軸への影と時間波形を示し,ωと時刻を変えるとリアクタンスによる振幅と位相の変化を見られる.
初期設定はω/ω₀=1.5,ωt=π/4.電源の振幅を一定にした直列RLC回路で,全ての複素振幅が同じ角度だけ回転する.実軸への影と時間波形を示し,ωと時刻を変えるとリアクタンスによる振幅と位相の変化を見られる.
複素平面に矢印を描いたこの図をベクトル図(位相図)といいます.矢印の和が複素数の和で,振幅の比と位相のずれが一目で分かります.
この扱いは,第21章の集中定数の近似の上に立っています.回路の大きさが波長 𝑐/𝑓 より十分小さい必要があり,50 Hz なら波長は 6000 km で何の問題もありませんが,1 GHz では 30 cm なので,ふつうの導線の回路としては扱えません.また,素子が線形であること(鉄心が飽和しないことなど)も必要です.
直列共振とQ値
抵抗 𝑅,コイル 𝐿,コンデンサー 𝐶 を直列にして 𝑉0cos𝜔𝑡 を加えると,𝑍 =𝑅 +𝑖(𝜔𝐿−1𝜔𝐶) で,電流の振幅は
𝐼0=𝑉0√𝑅2+(𝜔𝐿−1𝜔𝐶)2
です.リアクタンスが0になる 𝜔0 =1/√𝐿𝐶 で 𝑍 =𝑅 になり,電流は最大値 𝑉0/𝑅 をとり,電源の電圧と同じ位相になります.これが直列共振です.電荷 𝑞 で書けば 𝐿¨𝑞 +𝑅˙𝑞 +𝑞/𝐶 =𝑉0cos𝜔𝑡 で,第7章の強制振動そのものです.電流は速度にあたるので,その振幅はちょうど 𝜔0 で最大になります.
定理 共振の鋭さ
直列RLC回路で,消費電力が共振のときの半分になる2つの角振動数 𝜔− <𝜔+ では |𝑋| =𝑅 で,
𝜔+−𝜔−=𝑅𝐿,𝜔+𝜔−=𝜔20
が成り立つ.Q値 𝑄 =𝜔0𝐿𝑅 =𝜔0𝜔+−𝜔− が大きいほど共振は鋭い.
[図:直列RLC回路の共振と位相]初期設定はR/(ω₀L)=0.5.固定した電源振幅の下でRを変えると,電流振幅の共振曲線の高さと幅,電圧が電流より進む位相φが変化する.半電力の2点を結ぶ幅はω₊−ω₋=R/Lである.
初期設定はR/(ω₀L)=0.5.固定した電源振幅の下でRを変えると,電流振幅の共振曲線の高さと幅,電圧が電流より進む位相φが変化する.半電力の2点を結ぶ幅はω₊−ω₋=R/Lである.
共振のとき,コイルとコンデンサーの電圧の振幅はどちらも 𝜔0𝐿𝐼0 =𝑄𝑉0 で,電源の電圧の 𝑄 倍にもなります.2つは逆の位相なので打ち消し合い,電源から見ると抵抗だけが残ります.
コイルとコンデンサーを並列につなぐと,アドミタンスが 𝑌 =𝑖(𝜔𝐶−1𝜔𝐿) で,𝜔0 で0になります.このとき電源からはほとんど電流が流れないのに,コイルとコンデンサーの間を大きな電流が行き来します.これが並列共振です.コイルの抵抗があると,同位相になる角振動数は 𝜔0 から少しずれます.
電力と力率
電力 𝑉𝐼 は積なので,実部をとってから掛けなければなりません.Re𝑎 =12(𝑎 +𝑎∗)(𝑎∗ は複素共役)を使うと,𝑉(𝑡)𝐼(𝑡) は 𝑒±2𝑖𝜔𝑡 の項と 14(ˆ𝑉ˆ𝐼∗+ˆ𝑉∗ˆ𝐼) の和になり,前者は1周期で平均すると0です.
定理 交流の平均電力
𝑃=12Re(ˆ𝑉ˆ𝐼∗)=𝑉𝑒𝐼𝑒cos𝜑
𝜑 は 𝑍 の偏角(電圧と電流の位相のずれ)で,cos𝜑 =𝑅/|𝑍| を力率という.ˆ𝑉 =𝑍ˆ𝐼 を入れると 𝑃 =12Re(𝑍)∣ˆ𝐼∣2 =𝑅𝐼2𝑒 で,電力を消費するのは抵抗だけである.
コイルとコンデンサーは 𝑍 が純虚数なので平均の電力は0で,1周期の間にエネルギーを蓄えては返すだけです.力率が小さい負荷は,同じ電力を使うのに大きな電流が要り,送電線の損失を増やします.
変圧器と送電
1つの鉄心に巻数 𝑁1 と 𝑁2 の2つのコイルを巻いたものが変圧器です.各コイルの電流 ˆ𝐼1, ˆ𝐼2 を端子からコイルへ流れ込む向きにとると,相互誘導を含めた回路の式は
ˆ𝑉1=𝑖𝜔𝐿1ˆ𝐼1+𝑖𝜔𝑀ˆ𝐼2,ˆ𝑉2=𝑖𝜔𝑀ˆ𝐼1+𝑖𝜔𝐿2ˆ𝐼2
です.鉄心が磁束をすべて閉じこめれば,1巻きあたりの磁束は共通で,𝐿 は巻数の2乗に比例し,𝑀 =√𝐿1𝐿2 です.𝑛 =𝑁2/𝑁1 とおくと 𝐿2 =𝑛2𝐿1,𝑀 =𝑛𝐿1 なので,2つ目の式は ˆ𝑉2 =𝑛(𝑖𝜔𝐿1ˆ𝐼1+𝑖𝜔𝑀ˆ𝐼2) =𝑛ˆ𝑉1 になります.1つ目の式から ˆ𝐼1 =ˆ𝑉1/(𝑖𝜔𝐿1) −𝑛ˆ𝐼2 で,第1項を磁化電流といいます.𝜔𝐿1 が1次側から見た負荷のインピーダンスの大きさより十分大きければ磁化電流は無視でき,ˆ𝐼1 = −𝑛ˆ𝐼2 です.
ポイント 理想変圧器
ˆ𝑉2 =𝑛ˆ𝑉1,2次側から負荷へ流れ出す電流を ˆ𝐼′2 として ˆ𝐼1 =𝑛ˆ𝐼′2.入る電力と出る電力は等しい.2次側にインピーダンス 𝑍 の負荷をつなぐと,1次側からは 𝑍/𝑛2 に見える.
[図:変圧器の鉄心と2つの巻線]巻数N₁とN₂のコイルが共通の鉄心を通る磁束Φで結ばれる.1次側に交流電源,2次側に負荷Zを接続する.Î₁とÎ₂はコイルへ流れ込む正方向で,Î₂′は負荷へ流れ出す方向である.
発電所から電力 𝑃 を電圧の実効値 𝑉𝑒 で送ると,抵抗 𝑟 の送電線を流れる電流は 𝑃/𝑉𝑒(力率1のとき)で,損失は 𝑟(𝑃/𝑉𝑒)2 です.電圧を10倍にすれば損失は100分の1になります.変圧器は磁束が変化しないと働かず,直流には使えません.交流なら変圧器で電圧を自由に上げ下げできることが,送電に交流を使う大きな理由です.
問いに戻る
ラジオの入口には,コイルと可変のコンデンサーの共振回路があります.アンテナから来るいろいろな周波数の信号のうち,𝜔0 =1/√𝐿𝐶 に近いものに対してだけ回路のインピーダンスが小さくなり,大きな電流が流れ,コンデンサーには信号の 𝑄 倍の電圧が現れます.離れた周波数の信号には大きなリアクタンスが立ちはだかり,ほとんど応えません.つまみを回すと 𝐶 が変わり,𝜔0 を聞きたい局の周波数に合わせられます.どれだけ近い局まで分けられるかは,共振の幅 𝜔0/𝑄 で決まります.
ポイント ここまでのまとめ
実効値は振幅の 1/√2.抵抗の平均電力は 𝑉2𝑒/𝑅.
電圧と電流を Re(ˆ𝑉𝑒𝑖𝜔𝑡) と書くと,微分は 𝑖𝜔 の掛け算になる.𝑍𝑅 =𝑅,𝑍𝐿 =𝑖𝜔𝐿,𝑍𝐶 =1/(𝑖𝜔𝐶).
複素振幅でキルヒホッフの法則と ˆ𝑉 =𝑍ˆ𝐼 が成り立ち,直流と同じ手順で解ける.|𝑍| が振幅の比,偏角が位相のずれ.
直列RLCは 𝜔0 =1/√𝐿𝐶 で共振し,半電力の幅は 𝑅/𝐿,𝑄 =𝜔0𝐿/𝑅.
平均電力は 12Re(ˆ𝑉ˆ𝐼∗) =𝑉𝑒𝐼𝑒cos𝜑.理想変圧器は ˆ𝑉2 =𝑛ˆ𝑉1,ˆ𝐼1 =𝑛ˆ𝐼′2.
問いの答え:LC共振回路で 𝜔0 を局の周波数に合わせ,その周波数の信号だけに大きく応えさせる.