本体の節では,振幅を掛けたり足したりして確率を出しました.ここでは,その計算に使う複素数の極形式,等間隔に位相のずれた多数の振幅の和,確率の規格化をまとめ,2つのスリット・結晶の散乱・経路の記録を例題で計算します.複素数とオイラーの式は第7章のものを使います.
定理 数学の道具:極形式と位相
複素数は大きさ 𝑟 ≥0 と位相 𝜃 で 𝑧 =𝑟𝑒𝑖𝜃 と書ける.積は大きさを掛けて位相を足し 𝑟1𝑒𝑖𝜃1 𝑟2𝑒𝑖𝜃2 =𝑟1𝑟2𝑒𝑖(𝜃1+𝜃2) である.共役 𝑧∗ =𝑟𝑒−𝑖𝜃 を使うと |𝑧|2 =𝑧𝑧∗ =𝑟2 で,2つの和については
|𝑧1+𝑧2|2=𝑟21+𝑟22+2𝑟1𝑟2cos(𝜃1−𝜃2)
が成り立つ.
最後の式は (𝑧1 +𝑧2)(𝑧∗1 +𝑧∗2) を展開し,𝑧1𝑧∗2 +𝑧∗1𝑧2 =2𝑟1𝑟2cos(𝜃1 −𝜃2) を使えば出ます.第3項が干渉の項で,振幅を足したときだけ現れます.確率を足すと 𝑟21 +𝑟22 だけが残ります.振幅全体に共通の位相 𝑒𝑖𝜒 を掛けても絶対値の2乗は変わらないので,確率に効くのは位相の差だけです.続けて起こる過程の振幅を掛けると位相は足し算になり,区間ごとの位相の進みを足せば経路全体の位相になります.
練習1 𝑧1 =1 +𝑖,𝑧2 =√3 𝑒𝑖𝜋/4 𝑒𝑖𝜋/2 とする.𝑧1 を極形式で書き,|𝑧1+𝑧2|2 を求めよ.
答え 𝑧1 =√2 𝑒𝑖𝜋/4.𝑧2 =√3 𝑒𝑖3𝜋/4 で位相の差は 𝜋/2 だから,|𝑧1+𝑧2|2 =2 +3 +2√6cos(𝜋/2) =5.干渉の項が0になる.
等間隔の位相の和
結晶の散乱や回折格子(第27章)では,位相が一定の 𝛼 ずつずれた 𝑁 個の振幅を足します.
定理 数学の道具:等間隔の位相の和
𝑆𝑁=𝑁−1∑𝑗=0𝑒𝑖𝑗𝛼=1−𝑒𝑖𝑁𝛼1−𝑒𝑖𝛼=𝑒𝑖(𝑁−1)𝛼/2sin(𝑁𝛼/2)sin(𝛼/2)
|𝑆𝑁|2=sin2(𝑁𝛼/2)sin2(𝛼/2)
(𝛼 が 2𝜋 の整数倍のときは,直接足して 𝑆𝑁 =𝑁,|𝑆𝑁|2 =𝑁2)
1つ目の等号は等比数列の和です.2つ目は,分子から 𝑒𝑖𝑁𝛼/2,分母から 𝑒𝑖𝛼/2 をくくり出し,𝑒−𝑖𝛽 −𝑒𝑖𝛽 = −2𝑖sin𝛽 を使います.複素平面では,同じ長さの矢印を 𝛼 ずつ向きを変えながらつないだ折れ線の,始点から終点までの矢印が 𝑆𝑁 です.
[図:位相を変えて見る6個の振幅の和]初期状態はN=6,α=π/6で,青い長さ1の矢印をαずつ反時計回りに継ぎ足す.橙の矢印S_Nは始点から終点への和である.スライダーとボタンでαを変えられ,α=0では一直線で長さN,α=2π/Nでは閉じてS_N=0になる.
初期状態はN=6,α=π/6で,青い長さ1の矢印をαずつ反時計回りに継ぎ足す.橙の矢印S_Nは始点から終点への和である.スライダーとボタンでαを変えられ,α=0では一直線で長さN,α=2π/Nでは閉じてS_N=0になる.
この式から3つのことが読み取れます.𝛼 =2𝜋𝑚(𝑚 は整数)では位相がそろい,|𝑆𝑁|2 =𝑁2 の山になります.山のすぐ隣では 𝛼 =2𝜋𝑚 ±2𝜋/𝑁 で折れ線が1周して閉じ,|𝑆𝑁|2 =0 になるので,山の幅は 𝑁 に反比例します.そして位相 𝛼𝑗 がでたらめなら,∣∑𝑗𝑒𝑖𝛼𝑗∣2 =𝑁 +∑𝑗≠𝑙cos(𝛼𝑗 −𝛼𝑙) の第2項は平均すると0なので,平均は 𝑁 です.山の外の散乱は,確率を足したのと同じ大きさにしかなりません.
練習2 𝑁 =3,𝛼 =𝜋/3 のとき |𝑆3|2 を,公式と直接の計算の両方で求めよ.
答え 公式では sin2(𝜋/2)/sin2(𝜋/6) =4.直接には 1 +𝑒𝑖𝜋/3 +𝑒𝑖2𝜋/3 =1 +√3 𝑖 で,∣1+√3𝑖∣2 =4.
確率の規格化
中間の状態 𝑖 が,粒子が必ずどれか1つになる組で,粒子が途中で失われないなら,確率の和は1です.
∑𝑖|⟨𝑖|𝑠⟩|2=1
例えば ⟨1|𝑠⟩ =0.6,⟨2|𝑠⟩ =0.8 𝑖 なら 0.36 +0.64 =1 です.吸収などで粒子が失われる場合は,見つかる先の確率の和が1より小さくなり,失われる確率がその残りです.ある条件(例えば「透過した」)のもとでの確率は,その条件を満たす確率で割って求めます.
例題
静止した電子を電圧 50 V で加速し,間隔 𝑑 =1.0 𝜇m の2つのスリットに当て,距離 𝐿 =1.0 m のスクリーンで位置 𝑥(2つのスリットの中央の正面を原点とする)ごとに数える.粒子源は2つのスリットから等しい距離にあり,⟨1|𝑠⟩ =⟨2|𝑠⟩ =𝑎,スリット 𝑛 から 𝑥 への振幅は 𝑏 𝑒𝑖𝑘𝑟𝑛(𝑟𝑛 はスリット 𝑛 から 𝑥 までの距離)とする.ℎ =6.6 ×10−34 Js,電子の質量 𝑚 =9.1 ×10−31 kg,𝑒 =1.6 ×10−19 C とする.
𝑥 に着く確率 𝑃(𝑥) を 𝑎, 𝑏, 𝑘, 𝑑, 𝑥, 𝐿 で表せ.𝑑 と 𝑥 は 𝐿 より十分小さいとする.
電子の波長と,スクリーン上の縞の間隔を求めよ.
[図:電子の2つの経路とスクリーンの配置]粒子源sは2つのスリットから等距離にある.スリットの間隔はd,スクリーンまでの距離はLである.中央の正面を位置0とし,位置xへの経路の長さをr₁,r₂とする.配置は模式図である.
解答を見る
考え方 2つの経路の振幅をそれぞれ積で作って足し,絶対値の2乗をとる.経路差は近似で 𝑥 の1次式にする.
⟨𝑥|𝑠⟩ =𝑎𝑏(𝑒𝑖𝑘𝑟1+𝑒𝑖𝑘𝑟2) で,極形式の和の公式より
𝑃(𝑥)=2|𝑎𝑏|2[1+cos𝑘(𝑟1−𝑟2)]
スリット1を +𝑑/2 の側に置くと 𝑟22 −𝑟21 =2𝑑𝑥 で,𝑟1 +𝑟2 ≈2𝐿 とすれば 𝑟2 −𝑟1 ≈𝑑𝑥/𝐿.余弦は偶関数なので
𝑃(𝑥)=2|𝑎𝑏|2[1+cos𝑘𝑑𝑥𝐿]
運動量は 𝑝 =√2𝑚𝑒𝑉 =√2×9.1×10−31×1.6×10−19×50 ≈3.8 ×10−24 kgms−1,波長は 𝜆 =ℎ/𝑝 ≈1.7 ×10−10 m.明るい縞は 𝑘𝑑𝑥/𝐿 =2𝜋𝑛 すなわち 𝑥 =𝑛𝐿𝜆/𝑑 だから,間隔は 𝐿𝜆/𝑑 ≈1.7 ×10−4 m,約 0.17 mm である.
確かめ:𝑥 の振れ幅が数 mm までなら 𝑥/𝐿 は 10−2 以下で,近似 𝑟1 +𝑟2 ≈2𝐿 の誤差は無視できる.縞の明るい所の確率は確率を足した場合 2|𝑎𝑏|2 の2倍,暗い所は0で,平均は確率を足した場合と一致する.
間隔 𝑎 で一列に並んだ 𝑁 個の原子核に,列に垂直に波長 𝜆 の中性子を当てる.列を含む面の中で,入射の向きから角 𝜃 だけ曲がった向きの検出器で数える.原子核 𝑗(𝑗 =0, 1, …, 𝑁 −1)で散乱して検出器に着く振幅は,中性子のスピンが反転しない散乱で 𝜙 𝑒𝑖𝑗𝛼,反転する散乱で 𝜙′ 𝑒𝑖𝑗𝛼 とする.原子核はスピン1/2で,初めはすべて中性子と反対向きのスピンをもち,中性子のスピンが反転すると衝突した原子核のスピンも反転する.反転しない散乱では原子核の状態は変わらないとする.散乱は1回だけ起こり,検出器は遠方にある.
𝛼 を 𝑎, 𝜆, 𝜃 で表し,スピンが反転しない散乱の確率 𝑃(𝜃) と,反転する散乱の確率 𝑃′(𝜃) を求めよ.
𝑁 =1000,|𝜙′|2 =0.40|𝜙|2,𝜆 =0.20 nm,𝑎 =0.40 nm とする.0 <𝜃 <𝜋/2 で最初に主極大(すべての振幅の位相がそろう山)が現れる角 𝜃1 と,そこでの 𝑃/𝑃′ を求めよ.また,𝜃1 から 𝜃 を増やして最初に 𝑃 =0 となる角までの角の幅を求めよ.
[図:一列の原子核による中性子の散乱]間隔aの原子核の列に,下から中性子が垂直に入る.j=1とj=2で散乱され,遠方の検出器へ角θで向かう2本の道を示す.入射側の道のりはそろい,出ていく側の差は橙の区間a sin θである.
解答を見る
考え方 反転しない散乱は結晶が元のままなので振幅を足し,反転する散乱はどの原子核かが記録されるので確率を足す.
入射は列に垂直なので入射側の道のりはそろい,出ていく側で隣どうしの道のりが 𝑎sin𝜃 違う.よって 𝛼 =2𝜋𝑎sin𝜃/𝜆.等間隔の位相の和の公式から
𝑃(𝜃)=|𝜙|2sin2(𝑁𝛼/2)sin2(𝛼/2),𝑃′(𝜃)=𝑁−1∑𝑗=0∣𝜙′𝑒𝑖𝑗𝛼∣2=𝑁|𝜙′|2
𝑃′ は 𝜃 によらない.
山は 𝛼 =2𝜋𝑚 すなわち 𝑎sin𝜃 =𝑚𝜆.𝑚 =1 で sin𝜃1 =0.50,𝜃1 =30∘.そこで 𝑃 =𝑁2|𝜙|2 だから
𝑃𝑃′=𝑁|𝜙|2|𝜙′|2=10000.40=2.5×103
最初の0は 𝛼 が 2𝜋/𝑁 ずれた所.Δ𝛼 =(2𝜋𝑎cos𝜃1/𝜆)Δ𝜃 より
Δ𝜃=𝜆𝑁𝑎cos𝜃1=0.201000×0.40×0.866≈5.8×10−4rad
確かめ:山の高さは 𝑁2 に比例し,幅は 1/𝑁 に比例するので,山の部分を角で足した量は 𝑁 に比例する.原子の数を2倍にしても全散乱の確率は2倍にしかならず,確率の規格化と矛盾しない.1回散乱の模型は,𝑁2|𝜙|2 が1より十分小さい範囲で使える.
2つのスリットの実験で,スリットの後ろに弱い光を当てる.電子が光子を散乱する確率は,どちらのスリットを通っても 𝜂(0 ≤𝜂 ≤1)である.光子を散乱した場合は,その光子の行き先からどちらのスリットを通ったかが完全に分かる.散乱しなかった場合は何も残らない.光がないときの 𝑥 への振幅を,スリット1,2の経路について 𝐴,𝐴𝑒𝑖𝛿(𝑥) とし,光子の散乱は電子の行き先を変えないとする.
𝑥 に着く確率 𝑃(𝑥) を求めよ.
縞の見え方 V =𝑃max−𝑃min𝑃max+𝑃min を 𝜂 で表せ.
[図:光子に残るスリット1の記録]2つのスリットのすぐ後ろに光を当てる.図はスリット1を出た電子が光子を散乱した一例で,光子は光源から電子へ進み,散乱後に1側の検出器へ入る.電子の2つの経路は同じスクリーンの点xへ向かう.
解答を見る
考え方 到着の状態を「光子を散乱しなかった」「スリット1の記録が残った」「スリット2の記録が残った」の3つに分け,それぞれの中では振幅を足し,3つの間では確率を足す.
散乱しなかった場合の振幅は,各経路の振幅に散乱しない振幅を掛けて足す.散乱しない確率が 1 −𝜂 なので,その確率は (1 −𝜂)|𝐴|2∣1+𝑒𝑖𝛿∣2 =2(1 −𝜂)|𝐴|2(1 +cos𝛿).記録が残った場合は2つの到着の状態が違うので,確率は 𝜂|𝐴|2 +𝜂|𝐴|2 =2𝜂|𝐴|2.足して
𝑃(𝑥)=2|𝐴|2[1+(1−𝜂)cos𝛿(𝑥)]
𝑃max =2|𝐴|2(2 −𝜂),𝑃min =2|𝐴|2𝜂 より V =1 −𝜂.
確かめ:𝜂 =0 では V =1 で光がない場合の縞,𝜂 =1 では V =0 で縞が消え,確率を足した結果になる.どの 𝜂 でも cos𝛿 の平均をとると 2|𝐴|2 で,記録の有無によって電子の総数は変わらない.
ポイント ここまでのまとめ
振幅の積では大きさが掛かり位相が足される.|𝑧1+𝑧2|2 には干渉の項 2𝑟1𝑟2cos(𝜃1 −𝜃2) が加わる.
位相が 𝛼 ずつずれた 𝑁 個の振幅の和の2乗は sin2(𝑁𝛼/2)/sin2(𝛼/2) で,位相がそろうと 𝑁2,山の幅は 1/𝑁 に比例し,でたらめな位相では平均 𝑁 になる.
必ずどれかになる中間の状態の確率の和は1で,失われる粒子があれば残りが失われる確率になる.条件つきの確率は条件の確率で割る.
記録が一部の場合だけ残るときは,到着の状態ごとに振幅を足してから確率を足す.縞の見え方は記録の残らない割合で決まる.