問いしるべ
問いから始める物理 確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

振幅の時間変化と物質波

著者:柚木芹香

問い

エネルギーの決まった状態にある粒子を考えます.その粒子がどこかで見つかる確率振幅は,時間とともにどう変わるのでしょうか.確率が変わらないなら振幅も変わらない,と言ってよいのでしょうか.また,止まっている粒子の振幅を,その粒子が動いて見える慣性系から眺めると,振幅はどんな形に見えるでしょうか.

考えてみる

前の題材までは,振幅をある瞬間のものとして扱ってきました.しかし粒子は時間の中にいます.時刻 t に状態 |ψ⟩ にある粒子が,基底の状態 |i⟩ に見つかる振幅を Ci(t)=⟨i|ψ(t)⟩ と書くと,知りたいのは Ci(t) の時間変化です.

素朴に「何も起こっていないのだから Ci は一定」と考えると困ります.振幅は複素数なので,絶対値を保ったまま位相だけが変わることができ,確率 |Ci|2 だけ見てもその変化は分かりません.ところが,2つの経路の振幅を足す干渉の実験では位相の差が縞の位置を決めるので,位相がどう進むかは観測にかかわります.手がかりは,第13章で運動量やエネルギーを対称性から導いたのと同じ考え方,つまり時間をずらしても法則が変わらないことです.

定常状態の振幅

外から何も変えない装置の中で,粒子の状態が「どの時刻に見ても同じ状態」であるとき,その状態を定常状態といいます.同じ状態だというのは,すべての測定の確率が時刻によらないということで,許される変化は全体に掛かる位相だけです.時刻 0 から t までの間に掛かる位相を f(t) とすると,t 進めてからさらに s 進めるのと,一度に t+s 進めるのは同じことなので

f(t+s)=f(t)f(s),|f(t)|=1

です.時間をずらしても法則は変わらないので,f はいつ始めても同じ関数です.この関係を満たす連続な関数は f(t)=e−iωt の形しかありません(第7章の指数関数の性質).回る速さ ω が状態ごとに決まっていて,それがエネルギーだと考えるのが量子力学の約束です.

法則 定常状態の振幅の時間変化

エネルギー E の定常状態では,どの基底で見た振幅も

Ci(t)=Ci(0)e−iEt/ℏ

のように,角振動数 ω=E/ℏ で複素平面を回る.確率 |Ci(t)|2 は時間によらない.

e−iωt の符号は約束です.第7章の振動や第23章の交流では eiωt を使いましたが,どちらも回る向きを決めているだけで,量子力学では e−iωt とするのが習慣です.この式は,第29章で光子について使った E=hν=ℏω を,すべての粒子の振幅に広げたものになっています.

エネルギーの基準を W だけずらすと,すべての振幅に同じ e−iWt/ℏ が掛かるだけで,どの確率も変わりません.観測にかかわるのは,エネルギーの差です.エネルギーの違う2つの定常状態を重ね合わせて

|ψ(t)⟩=ae−iE1t/ℏ|1⟩+be−iE2t/ℏ|2⟩

とすると,|1⟩,|2⟩ の確率 |a|2,|b|2 はそれぞれ一定ですが,別の基底の状態 |χ⟩ に見つかる振幅には2つの項が入り,その確率は

|⟨χ|ψ(t)⟩|2=|a⟨χ|1⟩|2+|b⟨χ|2⟩|2+2Re⁡[ab∗⟨χ|1⟩⟨χ|2⟩∗e−i(E1−E2)t/ℏ]

のように,角振動数 (E1−E2)/ℏ で振動します(∗ は複素共役).2つの音のうなりと同じで,速く回る振幅そのものではなく,回り方の差が見えます.きりたんの疑問への答えはこれで,回転の速さそのものは測れなくても,速さの違いは干渉で測れるのです.

動いている粒子の振幅

止まっている粒子を,その粒子と一緒に動く慣性系 K' で見ます.粒子のエネルギーは第13章の静止エネルギー mc2 で,粒子が広い範囲に一様に広がった定常状態にあるとすると,場所 x′ に見つかる振幅は

C∝e−imc2t′/ℏ

で,x′ によりません.位相は時刻だけで決まります.

この同じ粒子を,K' が x 方向に速さ V で動いて見える慣性系 K から見ます.同じ出来事(時刻 t,場所 x で粒子が見つかる)に対する振幅は,どの慣性系で計算しても同じでなければなりません.第13章のローレンツ変換

t′=γ(t−Vc2x),γ=11−V2/c2

を代入すると,位相は

−mc2ℏγ(t−Vxc2)=−1ℏ(γmc2t−γmVx)

です.γmc2 と γmV は第13章で導いた K でのエネルギー E と運動量 p なので,振幅は

C∝e−i(Et−px)/ℏ

になります.止まって見える系では時間だけで回っていた振幅が,動いて見える系では場所によっても位相が変わる波,つまり物質波に見えるのです.

定理 ド・ブロイの関係

エネルギー E,運動量 p の自由な粒子の振幅は

C∝e−i(Et−p⋅r)/ℏ

で,その角振動数と波数ベクトル,波長は

ω=Eℏ,k=pℏ,λ=2πk=hp

である.

[図:運動する粒子の等位相線と世界線]

初期値V/c = 0.60では,等位相線は右上がりになり,同時刻に位相が1回転する距離λ = h/pが現れる.V/cを0にすると等位相線は水平になる.世界線x = Vtと等位相線はミンコフスキー計量で直交する.

位相の組み合わせ Et−p⋅r は,第13章の間隔 c2t2−r2 と同じく,どの慣性系で計算しても同じ値になる量です.実際,粒子の上では Et−pvt=γmc2t(1−v2/c2)=mc2t/γ=mc2τ で,振幅の位相は粒子の固有時 τ に −mc2/ℏ を掛けたものです.第13章で,自由な粒子の作用を S=−mc2∫dτ としました.振幅の位相は S/ℏ そのもので,ここに量子力学と停留作用の原理をつなぐ糸があります.

v が c よりずっと小さいとき E≈mc2+p2/(2m) で,大きな mc2 はすべての振幅に共通の位相を掛けるだけなので,省いて E=p2/(2m) としてかまいません.一方,波長 λ=h/p は基準に関係しない量で,結晶による電子の回折(第29章)で確かめられます.相対論の式で計算するときは E2=(pc)2+(mc2)2 から p を出します.

波束の速さ

1つの p だけの波は全空間に広がっていて,粒子が「どこにいるか」は分かりません.位置がある程度決まった粒子は,p が少しずつ違う波を重ね合わせた波束で表します.波の山が進む速さ(位相速度)は ω/k=E/p=c2/v で,光の速さより大きくなりますが,これは位相の模様が動く速さで,何かが運ばれるわけではありません.波束のかたまりが進む速さは,第25章の群速度

vg=dωdk=dEdp

です.E2=(pc)2+(mc2)2 を p で微分すると 2EdE/dp=2pc2 なので

vg=pc2E=γmvc2γmc2=v

となり,波束はちょうど粒子の速さで進みます.v が小さいときは E=p2/(2m) から vg=p/m で,同じ結論です.振幅の波の重ね合わせから,粒子の運動が出てくるのです.

[図:波束を通り抜ける位相の山]

初期状態では,少しずつ運動量の違う波を重ねた波束の実部を青,包絡線を緑の破線で示す.再生または時刻スライダーで,細かい山が包絡線より速く右へ進む.運動量の広がりを大きくすると波束の幅が狭くなる.

ポテンシャルの中の位相

ポテンシャルエネルギー U(r) が時間によらないなら,時間をずらしても法則は変わらないので,定常状態の角振動数 ω=E/ℏ はどこでも同じです.これがエネルギーの保存の量子力学での姿です.一方,運動エネルギーは場所ごとに E−U なので,U がゆっくり変わる所では,その場所の運動量 p=2m(E−U) で波長 h/p が決まると考えられます.U の高い所では p が小さく,波長が長くなります.

x だけに依存する U の境界に,波が斜めに入る場合を考えます.境界に沿った y 方向には何も変わらないので,境界の両側で y 方向の位相の進み方,つまり py がそろわなければ,振幅が境界でつながりません.入射角・屈折角を法線から測って θ1,θ2 とすると

p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2

です.これは光の屈折の法則と同じ形で,p が屈折率の役をします.古典力学で言えば,力 −dU/dx は法線方向を向くので,運動量の境界に沿った成分は変わらない,ということと同じです.

左のU = 0の領域から右のU > 0の領域へ進む物質波.右側では運動量p₂が小さく波長λ₂が長いため,進む向きは法線から遠ざかる.波面は進む向きに垂直で,境界に沿った波面の間隔は共通である.橙の区間はその1間隔を示す. 左のU = 0の領域から右のU > 0の領域へ進む物質波.右側では運動量p₂が小さく波長λ₂が長いため,進む向きは法線から遠ざかる.波面は進む向きに垂直で,境界に沿った波面の間隔は共通である.橙の区間はその1間隔を示す.

なめらかに変わる U の中では,波面に垂直な向きが少しずつ曲がり,粒子の軌道が曲がるように見えます.どの道すじを通っても位相 S/ℏ を足し合わせると考えると,S が ℏ よりずっと大きい世界では,隣り合う道すじの位相がばらばらに打ち消し合い,位相がそろうのは S が停留する道すじの近くだけです.こうして第13章の停留作用の原理が,振幅の干渉から出てきます(第13章の終わりで触れた経路積分の考え方です).この見方が使えるのは,U が1波長の間でほとんど変わらない(λ|dU/dx| が E−U よりずっと小さい)ときで,U が急に変わる段差や,E−U が0に近い折り返し点の近くでは,反射やしみ込みが起こり,軌道の考えは破れます.

磁場の中のスピンの歳差

スピン1/2 の粒子を z 方向の一様な磁場 B の中に置きます.磁気モーメントの大きさを m0(第22章の磁気モーメントで,向きはスピンの上向きと同じとする)とすると,|+⟩,|−⟩ は定常状態で,エネルギーは E+=−m0B,E−=+m0B です.前の題材の数学の節(例題2)で,xy 面内で x 軸から角 ϕ の向きを向いたスピンの状態は (|+⟩+eiϕ|−⟩)/2 と書けました(ϕ=0 が |+x⟩,ϕ=π/2 が |+y⟩).

時刻0に |+x⟩ にあった粒子は,各成分が自分のエネルギーで回るので

|ψ(t)⟩=12(eim0Bt/ℏ|+⟩+e−im0Bt/ℏ|−⟩)=eim0Bt/ℏ2(|+⟩+e−2im0Bt/ℏ|−⟩)

です.全体の位相を除くと,これは ϕ=−2m0Bt/ℏ の向きのスピンです.スピンの向きは z 軸のまわりを角速度

ωp=2m0Bℏ=E−−E+ℏ

で回ります(z 軸の正の側から見て時計回り).これを歳差といいます.|+x⟩ に見つかる確率は (1+cos⁡ωpt)/2 で振動します.

古典的に考えると,大きさ ℏ/2 の角運動量と,それと同じ向きの磁気モーメント m0 を持つこまは,トルク m×B を受けて,第8章のこまの歳差と同じく角速度 m0B/(ℏ/2) で回ります.振幅の計算と同じ結果で,向きも一致します.陽子では m0=1.41×10−26JT−1 で,1T の磁場で ωp/2π≈43MHz です.この歳差の振動数を電波で測るのが,医療の MRI に使われる核磁気共鳴です.

[図:磁場によるスピンの時計回りの歳差]

初期値B/B₀ = 1,ω₀t = π/3で,スピンは+xから時計回りにπ/3だけ回り,|+ₓ⟩に見つかる確率は0.75である.再生または時刻スライダーで歳差と確率の変化を追える.磁場Bを大きくすると回転が速くなり,確率の振動の周期が短くなる.

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エネルギー E の定常状態では,振幅は e−iEt/ℏ で複素平面を回ります.確率は変わりませんが,位相は変わります.回る速さそのものはエネルギーの基準で変わるので見えませんが,エネルギーの違う状態を重ねると,その差が確率の振動として見えます.止まっている粒子の振幅 e−imc2t′/ℏ を動いて見える系へローレンツ変換すると e−i(Et−px)/ℏ となり,波長 h/p の物質波が現れます.その波束は粒子の速さで進み,ポテンシャルの中では屈折するように曲がって,古典力学の軌道に近づきます.

ポイント ここまでのまとめ

  • 定常状態の振幅は e−iEt/ℏ で回り,確率は変わらない.観測にかかわるのはエネルギーの差で,重ね合わせた状態の確率は (E1−E2)/ℏ で振動する.

  • 静止した粒子の e−imc2t′/ℏ をローレンツ変換すると e−i(Et−p⋅r)/ℏ となり,E=ℏω,p=ℏk,λ=h/p が出る.位相は S/ℏ に等しい.

  • 波束の群速度 dE/dp=pc2/E は粒子の速さに等しい.

  • ポテンシャルの中では ω が一定で p が変わり,境界では p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2.U が1波長の間でゆっくり変わるときだけ軌道の考えが使える.

  • 磁場の中のスピン1/2 は角速度 2m0B/ℏ で歳差する.