問いしるべ
問いから始める物理 確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

物質波の位相と速さの例題

著者:柚木芹香

本体の節の3つの手順を,具体的な数で確かめます.止まって見える系の位相をローレンツ変換して波長を出すこと,波束の速さを dE/dp で出すこと,ポテンシャルの段差で角振動数を保ったまま運動量の境界に沿った成分をつなぐことです.使う定数は h=6.63×10−34Js,c=3.00×108ms−1,1eV=1.60×10−19J,電子の質量 9.11×10−31kg,中性子の質量 1.675×10−27kg とします.

ポイント 数学の道具:位相の比べ方

振幅 eiφ(t,x) の波で,時刻を止めて x だけ変えたとき位相が 2π 変わる距離が波長,場所を止めて t だけ変えたとき 2π 変わる時間が周期である.φ=−(Et−px)/ℏ なら λ=2πℏ/p=h/p,周期 2πℏ/E=h/E となる.位相が一定の点 Et−px= 一定 の進む速さが位相速度 E/p である.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

質量 m の中性子が,一緒に動く慣性系 K' で止まった定常状態にあり,K' での振幅は場所によらず e−imc2t′/ℏ である.K' は慣性系 K に対して x 方向に速さ v=2.20×103ms−1(室温の熱中性子の程度)で動いている.

  1. ローレンツ変換 t′=γ(t−vx/c2) を使って,K での振幅の位相を t と x で表せ.

  2. K で時刻を止めたとき,位相が 2π 変わる距離(波長)を式と数値で求めよ.

  3. K で見た位相速度を求め,光の速さと比べよ.この結果が相対論と矛盾しない理由を述べよ.

上段はK′で同じ時刻t′に見た中性子と位相の模式図で,同じ向きの位相の矢印が並ぶ.下段はKで同じ時刻tに見た図で,中性子は右へ速さvで動き,位相の矢印はxが増すと反時計回りに回る.位相が1回転する距離を未知の波長λで示す. 上段はK′で同じ時刻t′に見た中性子と位相の模式図で,同じ向きの位相の矢印が並ぶ.下段はKで同じ時刻tに見た図で,中性子は右へ速さvで動き,位相の矢印はxが増すと反時計回りに回る.位相が1回転する距離を未知の波長λで示す.
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考え方 同じ出来事に対する振幅はどの系で計算しても同じなので,t′ に t と x を代入するだけでよい.

  1. 位相は

−mc2ℏγ(t−vxc2)=−1ℏ(γmc2t−γmvx)=−Et−pxℏ

である.ここで E=γmc2,p=γmv は K での中性子のエネルギーと運動量である.

  1. t を止めると,x が λ 増えたとき pλ/ℏ=2π なので λ=h/p=h/(γmv).v/c=7.3×10−6 なので γ=1 としてよく

λ=6.63×10−341.675×10−27×2.20×103m≈1.80×10−10m

である.結晶の原子の間隔と同じ程度なので,熱中性子は結晶で回折する.

  1. 位相が一定の点は Et−px= 一定 を満たして進むので,位相速度は

Ep=c2v=(3.00×108)22.20×103ms−1≈4.1×1013ms−1

で,光の速さの約 1.4×105 倍である.位相の模様は,K' で全空間同時に回っていた位相を,同時の相対性によって傾けて見たものにすぎず,模様が進む速さでエネルギーや信号が運ばれるわけではない.運ばれる速さは次の例題の群速度である.

確かめ:λ の次元は Js/(kgms−1)=m.v→0 では λ→∞ で,止まった粒子の位相が場所によらないことに戻る.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

質量 m の粒子の振幅を,p が少しずつ違う2つの波 e−i(E1t−p1x)/ℏ,e−i(E2t−p2x)/ℏ の和で表す.p2=p1+δp,E2=E1+δE で,δp,δE は小さい.

  1. 2つの和の絶対値の2乗(見つかる確率に比例する量)を求め,その山が進む速さを δE,δp で表せ.

  2. E2=(pc)2+(mc2)2 を使って,δp→0 の極限で(1)の速さが粒子の速さ v に等しいことを示せ.

  3. 電子の運動量が pc=mc2 のとき,位相速度と群速度をそれぞれ c を使って表し,その積を求めよ.

  4. 非相対論で E=mc2+p2/(2m) とする場合と,mc2 を省いて E=p2/(2m) とする場合で,位相速度と群速度がどう変わるかを述べよ.

上の2段は運動量p₁とp₂の波の実部,下段はその和の実部である.緑の破線が包絡線を示す.群速度と位相速度の矢印は,包絡線の山と細かい山が進む向きを示す模式的な矢印である. 上の2段は運動量p₁とp₂の波の実部,下段はその和の実部である.緑の破線が包絡線を示す.群速度と位相速度の矢印は,包絡線の山と細かい山が進む向きを示す模式的な矢印である.
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考え方 2つの波の和の確率は,第25章のうなりと同じく,位相の差だけで決まる.位相の差が一定の点が,確率の山の進み方を決める.

  1. 共通の因子をくくり出すと

|e−i(E1t−p1x)/ℏ+e−i(E2t−p2x)/ℏ|2=|1+e−i(δEt−δpx)/ℏ|2=2+2cos⁡δEt−δpxℏ

である.山(cos=1 の点)は δEt−δpx= 一定 を満たして進むので,その速さは δE/δp,δp→0 で vg=dE/dp である.

  1. E2=(pc)2+(mc2)2 を p で微分して 2EdE/dp=2pc2.E=γmc2,p=γmv を入れると

vg=pc2E=γmvc2γmc2=v

である.

  1. pc=mc2 なら E=2mc2 なので,vg=pc2/E=c/2,位相速度は E/p=2c である.積は c2 で,これは p によらず (E/p)(pc2/E)=c2 である.

  2. 群速度は dE/dp=p/m で,E に加える定数によらない.位相速度は,mc2 を含めると E/p=c2/v+v/2≈c2/v(光より速い),省くと p/(2m)=v/2 で,まったく違う値になる.位相速度はエネルギーの基準で変わる観測できない量で,観測できる確率の山の速さ(群速度)は基準によらない.

確かめ:vg は p→∞ で c に近づき,c を超えない.v が小さいとき vg=p/m は古典力学の p=mv と一致する.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

運動エネルギー K1=50.0eV の電子のビームが,真空から平らな金属の表面に入る.金属の中では電子のポテンシャルエネルギーが真空より U0=30.0eV だけ低いとし,ポテンシャルは表面の法線方向にだけ変化し,その変化は電子の波長に比べてなめらかだとする.

  1. 真空中と金属中の電子の波長を求めよ.

  2. ビームが表面の法線と 45.0∘ をなして入射するとき,金属中で法線となす角を求めよ.

  3. 逆に,金属中で運動エネルギー K2=K1+U0 の電子が表面から真空へ出るとき,出られる入射角の範囲を求めよ.

真空から金属表面へ,法線とθ1=45°をなす電子のビームが入る.金属中では法線に近づく向きθ2へ曲がり,波面の間隔は真空のλ1より短いλ2になる.ポテンシャルは真空で0,金属中で−U0.θ2と波長の数値は入れていない. 真空から金属表面へ,法線とθ1=45°をなす電子のビームが入る.金属中では法線に近づく向きθ2へ曲がり,波面の間隔は真空のλ1より短いλ2になる.ポテンシャルは真空で0,金属中で−U0.θ2と波長の数値は入れていない.
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考え方 定常状態なので,角振動数 E/ℏ は両側で同じであり,運動エネルギーだけが変わる.表面に沿った方向には何も変わらないので,運動量の表面に沿った成分がそろう.

  1. 非相対論でよい(50eV は電子の静止エネルギー 0.511MeV よりずっと小さい).λ=h/2mK で,K=1.00eV では

6.63×10−342×9.11×10−31×1.60×10−19m≈1.23×10−9m

である.エネルギーの保存から金属中の運動エネルギーは K2=K1+U0=80.0eV なので

λ1=1.23nm50.0≈0.174nm,λ2=1.23nm80.0≈0.137nm

である.

  1. 表面に沿った成分がそろうので p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2.p2/p1=K2/K1=1.60≈1.26 なので

sin⁡θ2=sin⁡45.0∘1.60≈0.559,θ2≈34.0∘

である.ポテンシャルエネルギーの低い側で,電子は法線に近づく向きに曲がる.光が屈折率の大きい物質に入るときと同じで,p2/p1 が相対屈折率の役をする.

  1. 金属中で入射角 θ2 の電子が真空に出ると sin⁡θ1=1.60sin⁡θ2 である.真空側への流れがあるには sin⁡θ1<1 が必要なので,限界角 θc=arcsin⁡(1/1.60)≈52.2∘ として,0≤θ2<θc なら出られる.限界角では真空側の法線方向の運動量が0で,それより斜めに当たると全反射のように金属の中へ戻る.

確かめ:古典力学で考えると,表面で電子が受ける力は法線方向だけなので,運動量の表面に沿った成分は変わらず,法線成分だけが 2mK の変化に合わせて増える.振幅の位相のつながりから出した (2) と同じ結果である.反射を無視できるのは,ポテンシャルの変化が電子の波長 0.1nm 程度の距離よりなめらかなときで,実際の金属の表面のように急に変わる所では,一部が反射されるが,透過した電子にも (2) の関係は成り立つ.低速電子の結晶による回折で,ブラッグの条件が金属内の短い波長で決まるのは,このためである.

ポイント ここまでのまとめ

  • 止まって見える系の位相 −mc2t′/ℏ をローレンツ変換すれば,E=γmc2,p=γmv と λ=h/p がそろって出る.

  • 位相速度 E/p は光より速くてもよく,エネルギーの基準で変わる.確率の山は群速度 dE/dp で進み,それが粒子の速さである.

  • ポテンシャルの段差では E と運動量の境界に沿った成分が保たれ,p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2 になる.