問い
氷の上でスケーターが回っています.最初は両腕を大きく広げてゆっくり回り,やがて腕を体に引き寄せると,回転がぐっと速くなります.腕を広げれば,また遅くなります.氷との摩擦はほとんど無く,誰も背中を押していません.外から力を加えていないのに,回る速さが変わるのはなぜでしょうか.
考えてみる
スケーターの代わりに,単純な装置で考えます.なめらかな水平の板に穴をあけ,板の上で円運動する小球の糸を,穴から下へ出して手で持ちます.糸をゆっくり引いて半径を縮めると,小球は速く回り出します.
運動量もエネルギーも,この場面では保存しません.糸は小球に力を及ぼすので,運動量は保存しません.糸を引く手は小球に仕事をするので,エネルギーも保存しません.ところが,糸の力は常に穴の方向を向いています.小球を回す向き(接線方向)の力は,どこにもありません.だから「回す勢い」のようなものは変わらない,と見当をつけたくなります.その勢いが何かを,運動方程式から探します.
平面上で,質点(質量 𝑚)が位置 (𝑥,𝑦),運動量 (𝑝𝑥,𝑝𝑦) にあるとして,次の量を作ります.
𝐿=𝑥𝑝𝑦−𝑦𝑝𝑥
時間で微分すると
d𝐿d𝑡=˙𝑥𝑝𝑦−˙𝑦𝑝𝑥+𝑥˙𝑝𝑦−𝑦˙𝑝𝑥
です.最初の2項は 𝑚(˙𝑥˙𝑦 −˙𝑦˙𝑥) =0 になって消えます.残りは運動方程式 ˙𝑝𝑥 =𝐹𝑥,˙𝑝𝑦 =𝐹𝑦 で書き換えられて
d𝐿d𝑡=𝑥𝐹𝑦−𝑦𝐹𝑥
です.右辺は,位置と力だけで決まります.力が 𝒓 と同じ向き(または逆向き)なら,𝐹𝑥 :𝐹𝑦 =𝑥 :𝑦 なので右辺は0です.つまり 𝐿 は変わりません.
角運動量とトルク
𝐿 は,ベクトル 𝒓 と 𝒑 から作る外積の z 成分です.外積は次の節で正確に定義します.ここでは結果だけを使います.
定義 角運動量
原点 O から見た質点の位置を 𝒓,運動量を 𝒑 =𝑚𝒗 として
𝑳=𝒓×𝒑
を O のまわりの角運動量という.単位は kgm2s−1.平面運動では向きは紙面に垂直で,反時計回りを正とすると 𝐿 =𝑥 𝑝𝑦 −𝑦 𝑝𝑥 =𝑟 𝑝⟂(𝑝⟂ は 𝒑 の 𝒓 に垂直な成分).
定義 トルク
位置 𝒓 にある質点に力 𝑭 が働くとき
𝝉=𝒓×𝑭
を O のまわりのトルクという.単位は Nm.平面では 𝜏 =𝑥 𝐹𝑦 −𝑦 𝐹𝑥 =𝑟 𝐹⟂(反時計回りを正).
[図:位置と運動量の外積]原点 O から質点までの位置ベクトル \vec{r} と,その質点の運動量 \vec{p} を平面上に描く.\vec{p} を \vec{r} に平行な成分と垂直な成分 p_{\perp} に分け,\vec{r}\times\vec{p} が紙面から手前を向くことを,右ねじの回転の向きとともに示す.
さきほどの計算は,ベクトルの形で次のように書けます.
法則 角運動量の変化とトルク
d𝑳d𝑡=𝝉
O のまわりの角運動量の時間変化の割合は,O のまわりのトルクに等しい.
並進の d𝒑d𝑡 =𝑭 で,運動量を角運動量に,力をトルクに置き換えた形です.
トルクが0なら,角運動量は保存します.その代表が中心力です.中心力とは,常に O を向いた(または O から遠ざかる向きの)力のことで,𝒓 ∥𝑭 より 𝝉 =0 です.
糸で引かれる小球は中心力だけを受けるので,𝐿 =𝑚 𝑟 𝑣(𝑣 は接線方向の速さ)が一定です.半径 0.60 m,速さ 1.0 ms−1 で回る小球の糸を引いて,半径を 0.20 m にすると,𝑟 𝑣 が一定なので速さは3倍の 3.0 ms−1 です.角速度 𝜔 =𝑣/𝑟 は,半径が3分の1になるので9倍になります.運動エネルギーは9倍になり,増えた分は手の仕事です.
[図:糸を引く前と後]板の上で糸に引かれる小球の真上からの図を,引く前(半径が大きい)と引いた後(半径が小さい)に並べて描く.後のほうの速度の矢印を長くする.
面積速度
中心力のもとでは円でなくても 𝐿 が一定です.微小時間 d𝑡 に位置ベクトルが掃く三角形の面積は d𝐴 =12(𝑥 d𝑦 −𝑦 d𝑥) なので,d𝐴d𝑡 =𝐿2𝑚 です.
ポイント 面積速度一定
中心力だけを受ける質点では,位置ベクトルが単位時間に掃く面積(面積速度)が一定である.
惑星が太陽から受ける万有引力は中心力です.惑星と太陽を結ぶ線分が等しい時間に等しい面積を掃く,というケプラーの第2法則は,この結果の特別な場合です.第10章の万有引力と天体で詳しく扱います.
質点系の角運動量
質点が 𝑛 個あるときは,O のまわりの角運動量を足します.𝑳 =∑𝑖𝒓𝑖 ×𝒑𝑖 です.𝑖 番目の質点に働く力を,外力 𝑭𝑖 とほかの質点 𝑗 から受ける力 𝒇𝑖𝑗 に分けると
d𝑳d𝑡=∑𝑖𝒓𝑖×𝑭𝑖+∑𝑖≠𝑗𝒓𝑖×𝒇𝑖𝑗
です.内力は対にして足します.𝒇𝑗𝑖 = −𝒇𝑖𝑗 なので
𝒓𝑖×𝒇𝑖𝑗+𝒓𝑗×𝒇𝑗𝑖=(𝒓𝑖−𝒓𝑗)×𝒇𝑖𝑗
です.内力が2つの質点を結ぶ直線の上を向くなら,𝒓𝑖 −𝒓𝑗 と 𝒇𝑖𝑗 は平行で,外積は 0 です.重力や電気力はこの形です.
法則 質点系の角運動量
内力が質点どうしを結ぶ直線の向きなら,内力のトルクは打ち消し合い
d𝑳d𝑡=∑𝑖𝒓𝑖×𝑭𝑖
となる.外力のトルクの和が 0 なら,全角運動量は保存する.
スケーターの腕を引き寄せる力は,体の内部の筋肉の力,つまり内力です.内力は全体の角運動量を変えません.氷の摩擦によるトルクは小さいので,全角運動量はほぼ一定です.体と腕が共通の角速度 𝜔 で回っているとすると,各部分の速さは 𝑟𝑖𝜔 で,全角運動量は 𝐿 =∑𝑚𝑖𝑟2𝑖 𝜔 です.腕が体の軸に近づくと,腕の各部分の軸からの距離 𝑟𝑖 が小さくなり,∑𝑚𝑖𝑟2𝑖 が減ります.𝐿 を一定に保つには,共通の角速度 𝜔 が増えるしかありません.各部分の 𝑚𝑖𝑟𝑖𝑣𝑖 が個別に保存するわけではなく,保存するのは全体の和です.詳しくは次の節以降で,慣性モーメントを使って確かめます.
ポイント ここまでのまとめ
角運動量 𝑳 =𝒓 ×𝒑 とトルク 𝝉 =𝒓 ×𝑭 は,原点を決めてはじめて決まる.
運動方程式から d𝑳d𝑡 =𝝉 が出る.トルクが 0 なら 𝑳 は保存する.
中心力ではトルクが 0.角運動量が保存し,面積速度が一定になる(ケプラーの第2法則).
質点系では,内力が質点を結ぶ直線の向きなら内力のトルクは打ち消し合い,外力のトルクだけが全角運動量を変える.
問いの答え:外力のトルクがほぼ無く,腕の力は内力なので,全角運動量が保たれる.腕を引き寄せて 𝑟 が小さくなった分,回転が速くなる.