問いしるべ
問いから始める物理 原子の総合演習

原子の総合演習

原子のエネルギー準位

著者:柚木芹香

第29章の原子準位と半導体を,第5章の重心運動と第20〜22章の電磁気に結び付けます.核を固定する場合と原子が反動する場合を区別してください.光,電子衝突,電流応答で準位を調べます.最後には測定精度と応答の遅れを検査します.

総合演習 4

オリジナル ★★★★★

スペクトルの小さな差から原子核の質量を決める

電荷 +e,質量 MN の原子核と,質量 m,電荷 −e の電子からなる水素型原子を考えます.両者は重心のまわりを円運動するものとし,両者の距離を r,相対運動の角速度を ω,クーロン定数を ke=1/(4πε0) とします.相対運動の角運動量にボーアの条件を適用してよいものとします.h=6.63×10−34Js,c=3.00×108ms−1 とし,原子核の質量が無限大の極限でのリュードベリ定数を R∞=1.10×107m−1 と与えます.核の大きさ,相対論,光子の反跳は無視します.

核質量が M1=1800m と既知の原子と,未知の M2>M1 の原子の,同じ n=4 から n=3 への放出線を測ります.波長を λ1,λ2 とします.分光器の分解能は R=λ/δλ と定義し,1次の回折格子では照明された溝数に等しいものとします.

電子m,−eと原子核M_N,+eは重心まわりに円運動し,両者の距離はr,相対運動の角速度はωである.2種類の原子のn=4からn=3への放出線を分光器へ導く.距離は模式的である. 電子m,−eと原子核M_N,+eは重心まわりに円運動し,両者の距離はr,相対運動の角速度はωである.2種類の原子のn=4からn=3への放出線を分光器へ導く.距離は模式的である.
  1. 重心から電子・原子核までの距離を求め,相対運動に現れる換算質量 mr を導け.ボーアの条件 mrr2ω=nℏ から,軌道半径とエネルギー準位を求めよ.有限の核質量でのリュードベリ定数も表せ.

  2. M2=2M1 の場合,両放出線の波長,波長差,それらを分離するのに必要な R を求めよ.照明する溝数が4000の格子は,指定された理想的な分解基準を満たすか.

  3. 実測では s=λ1/λ2−1=(2.78±0.03)×10−4 だった.M2/m と一次の不確かさを求め,核質量が 2M1 という模型と両立するか判定せよ.核を完全に固定した模型でこの差を説明できるか.s が上限に近づく場合には,なぜ質量推定が難しくなるかも説明せよ.

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考え方

核と電子の2体模型に相対運動の量子条件を使う.

  1. 距離は re=MNr/(MN+m),rN=mr/(MN+m).速度はそれぞれ reω,rNω だから,運動エネルギーと角運動量は

K=12(mre2+MNrN2)ω2=12mrr2ω2,L=mrr2ω,mr=mMNm+MN.

電子の円運動の式 mreω2=kee2/r2 は mrrω2=kee2/r2 となる.量子条件と合わせると

rn=n2ℏ2mrkee2,Kn=kee22rn,En=Kn−kee2rn=−mrke2e42n2ℏ2.

したがって 1/λ=RN(1/nf2−1/ni2),RN=(mr/m)R∞=R∞/(1+m/MN) である.

  1. 今回の準位差の係数は 1/32−1/42=7/144.無限大の核質量での波長を λ∞=144/(7R∞)=1.87013×10−6m とおくと

λ1=λ∞(1+11800),λ2=λ∞(1+13600),λ1−λ2=λ∞3600.

丸めると両波長はともに 1.87×10−6m,差は 5.19×10−10m である.λ2 を基準にした必要分解能は R=3601 で,4000の溝なら理想基準を満たす.

  1. q1=m/M1=1/1800,q2=m/M2 とおくと,1+s=(1+q1)/(1+q2).したがって

q2=q1−s1+s,M2m=1+sq1−s.

測定の中心値を入れると M2/m=3.60×103.s の不確かさは δs=3.0×10−6 であり,微分で

δ(M2m)=1+q1(q1−s)2δs=3.90×101.

よって M2/m=(3.60±0.04)×103 程度であり,2M1/m=3600 と両立する.

固定核模型では RN=R∞ が両原子で同じになり,波長差は0なので説明できない.M2→∞ で s→q1 となり,M2/m の分母 q1−s が小さくなるため不確かさが増幅する.確かめとして,MN→∞ では mr→m に戻り,有限質量の式は固定核近似を含む.精密測定には,無視した補正の波長差への寄与が δs より小さいことも別途確かめる必要がある.

総合演習 5

オリジナル ★★★★☆

磁場で選んだ電子の衝突と励起のしきい値

質量 m,電荷 −e の電子を,初速を無視できる状態から電圧 V で加速します.磁場 B に垂直に入射させて円軌道の半径を測り,その後,磁場のない領域で静止原子に一度だけ衝突させます.原子の質量は M=2.00×104m,基底状態からの励起に必要な内部エネルギーは Δ=5.00eV です.励起後の質量増加 Δ/c2 は運動の計算で無視します.衝突は非相対論的で,電子の散乱方向も測定できるものとします.

e=1.60×10−19C,m=9.11×10−31kg,c=3.00×108ms−1 とします.磁場の大きさは B=1.00×10−3T,数値計算では V=20.0V を使ってください.衝突後の原子は長時間後に1個の光子を出して基底状態へ戻ります.

電子m,−eを電圧Vで加速して磁場B中の円軌道の半径を測る.磁場のない別の衝突部では静止原子Mに衝突させ,電子の運動量p,p′と散乱角θを測る.軌道と角度は模式的である. 電子m,−eを電圧Vで加速して磁場B中の円軌道の半径を測る.磁場のない別の衝突部では静止原子Mに衝突させ,電子の運動量p,p′と散乱角θを測る.軌道と角度は模式的である.
  1. 衝突前の電子の運動エネルギーと円軌道半径を求めよ.電子と原子の重心運動を分け,励起が可能になる最小加速電圧 Vth を導け.しきい値で電子と原子は衝突後に静止するか.

  2. 衝突前後の電子の運動量の大きさを p,p′,散乱角を θ とする.測定値から Δ を求める式を導け.θ=0 の前方散乱で,固定核近似の K′=eV−Δ をまず使い,原子の反跳エネルギーと,衝突後の電子を再び同じ強さ B の磁場へ垂直に入射させたときの円軌道半径を求めよ.反跳補正を求める精度も示せ.

  3. 同じ加速電圧で後方散乱 θ=π を選ぶと,前方散乱より電子のエネルギー損失が大きくなる.この差を m/M の一次まで求め,準位差が方向によって変わったと解釈してよいか答えよ.励起原子の静止系での放出光子の反跳補正と比較し,電子の衝突で準位を測るときに何を同時に測る必要があるか説明せよ.

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考え方

磁場は半径から運動量を測る.励起に使えるエネルギーは,重心の並進を除いて求める.単一励起・単一衝突と,励起中の原子の質量一定を仮定する.

  1. 加速で K=eV,p=2meV.円運動の式 mv2/r=evB から r=p/(eB) である.数値では K=20.0eV,p=2.41×10−24kgms−1,r=1.51×10−2m.

衝突前の全運動量は p,重心速度は p/(M+m).重心の並進エネルギーは Kcm=p2/[2(M+m)]=mK/(M+m).内部に使える相対運動エネルギーは Krel=MK/(M+m) だから

MM+meV≥Δ,Vth=Δe(1+mM)=5.00025V.

指定の桁では 5.00V と報告するが,模型が予言する補正は 0.000250V である.しきい値では衝突後の相対速度が0になり,両者は共通の重心速度で動く.全運動量が正なので,実験室で静止することはない.

  1. 原子の運動量は p−p′ だから,エネルギー保存は

p22m=p′22m+Δ+p2+p′2−2pp′cos⁡θ2M.

右辺の励起以外の2項を引けば Δ が得られる.固定原子の近似では K0′=15.0eV,p0′/p=15/20=3/2.前方反跳は

KN,+=(p−p0′)22M=mM(K−K−Δ)2=1.79×10−5eV.

電子のエネルギーは K′=K−Δ−KN,+.半径は r′=2mK′/(eB)=1.31×10−2m.精密には r′/r0′≃1−KN,+/(2K0′) で,相対補正は 5.98×10−7.反跳式に近似値 p0′ を入れた誤差は m/M の二次からである.

  1. 後方反跳は KN,−=(p+p0′)2/(2M).その値は 3.48×10−3eV となり,電子の損失の差は

KN,−−KN,+=2pp0′M=4mMK(K−Δ)=3.46×10−3eV.

これは同じ Δ に対して原子へ渡る運動量が違うためである.損失だけを準位差とみなすと,方向に依存する準位を誤って推定する.励起原子の静止系での光子放出の反跳エネルギーの尺度は Δ2/(2Mc2)=1.22×10−9eV であり,電子衝突の反跳の方が大きい.前後の運動量,散乱角,原子質量も要る.確かめとして,m/M=5.00×10−5,K/(mc2)=3.90×10−5 は小さく,励起の質量増加の比 Δ/(Mc2) はさらに小さい.ただし,前方反跳による半径の相対変化 5.98×10−7 は,半径に対する相対論的な運動量の式 p2=2mK+K2/c2 から得られる相対論補正 K0′/(4mc2)≃7.32×10−6 より小さい.ここでの反跳補正は指定された非相対論模型内の結果であり,その小さな変化を実測で検出するには相対論補正も必要となる.

総合演習 6

オリジナル ★★★★★

ホール電圧と光への応答は同じ時間を測るか

長さ ℓ=2.00×10−2m,幅 w=5.00×10−3m,厚さ d=1.00×10−4m の一様なn型半導体を使います.長さ方向を +x,幅方向を +y,厚さ方向を +z とし,電流 I=1.00×10−3A を +x に流します.+z 向きの磁場 B=0.200T のもとで,VH=V(y=w)−V(y=0)=+2.00×10−2V,長さ方向の電圧降下は Vx=0.200V でした.暗状態では電子だけが電流を運び,移動度を be,電子密度を n0 とします.e=1.60×10−19C です.

磁場を外して弱い光を当て,試料全体で生成率が一様になるものとします.バンドギャップを超える光子が作る電子の増分密度 δn は,生成率 G と寿命 τ を使って dδndt=G−δn/τ に従うものとします.正孔の電流と移動度の変化は無視します.光子のエネルギーは Eγ=2.00eV,1eV=1.60×10−19J,吸収光子から電子を作る収量は1です.

電圧 Vx を一定に保って光による電流変化を測り,次の独立した読み出し回路に入力します.回路は入力電流を与える理想電流源と,並列の抵抗 RL=1.00×103Ω・容量 CL=1.00×10−6F からなり,電圧出力を Vo とします.回路は半導体へ作用しません.

n型半導体の長さℓ,幅w,厚さdと軸を示す.Iは+x向き,Bは+z向きで,V_Hはy=w側が正,V_xは長さ方向の電圧降下である.別枠の読み出し回路は電流変化を入力する理想定電流源と並列のR_L,C_Lからなり,出力はV_oである. n型半導体の長さℓ,幅w,厚さdと軸を示す.Iは+x向き,Bは+z向きで,V_Hはy=w側が正,V_xは長さ方向の電圧降下である.別枠の読み出し回路は電流変化を入力する理想定電流源と並列のR_L,C_Lからなり,出力はV_oである.
  1. ローレンツ力のつり合いから VH を導き,n0,be を求めよ.ホール電圧の極性は電子の運動方向とどう対応するか.

  2. 生成率の小さな正弦変化を G(t)=G0+Re⁡[G^eiωt] とする.余分な密度,電流変化,出力電圧の複素振幅を求めよ.測定で ω=1.00×103s−1 の出力振幅が準静的な振幅の 1/10 倍となった.τ と出力位相の遅れを求めよ.

  3. 吸収光電力が 2.00×10−8W の場合の定常 δn/n0 を求め,弱い光の近似を検査せよ.出力の遅れをすべて電子寿命によるものと誤認すると,(2)の振幅からどの寿命を推定するか.位相も測れば,その誤認を識別できるか.

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考え方

単一キャリア模型で横電流0の電場を求める.光と回路の一次応答は複素振幅で掛け合わせる.移動度一定を仮定する.

  1. ドリフト速度は vx=−I/(en0wd).横方向の力のつり合い Ey+(v×B)y=0 から Ey=vxB<0.よって

VH=−Eyw=IBen0d,n0=IBedVH=6.25×1020m−3.

縦方向の場の大きさは Vx/ℓ.I=en0be(Vx/ℓ)wd より

be=Iℓen0wdVx=2.00m2V−1s−1.

電子は −x へ動き,磁気力は −y 向きとなる.負電荷が y=0 側にたまるため,y=w 側の電位が高い.与えた正のホール電圧と整合する.

  1. 密度の変動を Re⁡[n^eiωt] と書くと,iωn^=G^−n^/τ である.したがって

n^=τG^1+iωτ,I^=ebeVxwdℓn^.

容量の複素インピーダンスは 1/(iωCL).並列回路のアドミタンスは 1/RL+iωCL だから,τL=RLCL とおいて

V^o=RLI^1+iωτL=RLebeVxwdτG^/ℓ(1+iωτ)(1+iωτL).

τL=1.00×10−3s なので,振幅比の2乗から [1+(ωτ)2](1+1)=10.よって ωτ=2,τ=2.00×10−3s.位相遅れは arctan⁡2+arctan⁡1=1.89rad=108.4∘ となる.

  1. 体積は ℓwd=1.00×10−8m3.毎秒の生成数は吸収電力を Eγ で割った 6.25×1010s−1 だから,G0=6.25×1018m−3s−1.定常密度は δn=τG0=1.25×1016m−3,δn/n0=2.00×10−5 で,弱い光の近似はよい.

回路を無視した一つの応答なら 1+(ωτwrong)2=10 と誤って置き,τwrong=3.00×10−3s を得る.その位相遅れは arctan⁡3=71.6∘ で,実測の108.4度とは異なるため識別できる.確かめとして,ω→0 で両応答は準静的な値へ戻る.近似には δn/n0 が小さいこと,回路の伝搬時間が 1/ω より十分短いこと,キャリアの運動が各周期でドリフト状態へ速く緩和することが必要である.