問いしるべ
問いから始める物理 原子の総合演習

原子の総合演習

光子と物質のやりとり

著者:柚木芹香

第29章の光電効果・散乱を,第26章の光圧と第5・6章の保存則に結び付けます.光子数とエネルギーの重みを区別してください.原子の反跳は吸収・放出の中心を変えます.最後には帯電,相対論,線幅の限界を調べます.

総合演習 1

オリジナル ★★★★☆

光電子の収量と薄膜の反動

仕事関数 W=2.00eV の薄い金属膜に,光子のエネルギー Eγ=5.00eV の光を垂直に当てます.膜の反射率は r=0.250,透過はありません.膜を固定し,弱い光で飽和光電流を測ると,入射光の電力 P に対する電流 I の比は I/P=0.0400AW−1 でした.入射光子1個から電子が出る確率を η とします.

次に質量 M=1.00×10−12kg の電荷0の膜を静止させ,外部回路から切り離して,平均 Nγ=1.00×103 個の光子を含む短いパルスを当てます.光は +x 向きに進み,放出電子はすべて −x 向きに最大運動エネルギーで出る理想模型とします.反射光は正反射し,パルス中の膜の移動,熱放射,電子間の相互作用はまず無視します.膜の電気容量は C=1.00×10−12F です.e=1.60×10−19C,m=9.11×10−31kg,c=3.00×108ms−1,1eV=1.60×10−19J とします.以下では平均値を扱ってください.

静止した自由な金属膜へ光が右向きに入射する.反射光と放出電子は左向きである.膜の質量Mと電気容量Cを示す. 静止した自由な金属膜へ光が右向きに入射する.反射光と放出電子は左向きである.膜の質量Mと電気容量Cを示す.
  1. η,放出電子数 Ne,電子1個の速さと運動量を求めよ.入射光の電力が同じなら,光子のエネルギーを変えても I/P は同じか.η が一定の場合について答えよ.

  2. 膜が受ける光だけの力積と,電子放出も含めた力積を求め,パルス直後の膜の速度を計算せよ.膜の並進エネルギーを無視できる精度で,膜に残る内部エネルギー増分を求めよ.電子を取り去る仕事 NeW が内部に蓄えられるとすると,残りの熱エネルギーはいくらか.

  3. 最後に帯電の影響を入れる.膜の正電荷と電位を求め,電子の脱出に必要な追加エネルギーが Eγ−W に比べて小さいことを確かめよ.同じ膜に当てる光子数を増す場合,帯電を無視する条件と,電子が出なくなる光子数の目安を求めよ.膜を含む系全体について,電子の反動が光だけの力積より大きくても運動量保存に反しない理由を述べよ.

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考え方

光電流が数えるのは電子数,光の電力が数えるのは光子のエネルギーである.膜の反動は,反射光と放出電子が持ち去る運動量を符号付きで引いて求める.単一光子過程,指定された放出方向とエネルギー,弱い帯電を仮定する.

  1. 毎秒の入射光子数は P/Eγ だから,I=eηP/Eγ となる.したがって

η=EγeIP=(5.00V)(0.0400AW−1)=0.200,Ne=ηNγ=2.00×102.

電子の運動エネルギーは K=Eγ−W=3.00eV=4.80×10−19J.非相対論的に K=mve2/2 と書いて

ve=2Km=1.03×106ms−1,pe=2mK=9.35×10−25kgms−1.

一定の η なら I/P=eη/Eγ であり,光子のエネルギーが大きいほど電力あたりの電子数は減る.

  1. 吸収される光子は (1−r)Nγ 個で,1個あたり Eγ/c の力積を与える.反射される光子は rNγ 個で,1個あたり 2Eγ/c を与える.光だけでは

Jγ=(1+r)NγEγc=3.33×10−24kgms−1.

電子が負方向へ出るため,膜は正方向へ Nepe を受ける.総力積は

J=Jγ+Nepe=1.90×10−22kgms−1,vfilm=JM=1.90×10−10ms−1.

膜の並進エネルギー J2/(2M)=1.81×10−32J は入射エネルギー 8.00×10−16J より十分小さい.反射光のエネルギー変化もこの精度で無視すると,内部増分は

ΔU=(1−r)NγEγ−NeK=6.00×10−16−9.60×10−17=5.04×10−16J.

電子の除去に蓄えられる NeW=6.40×10−17J を引くと,熱に変わる量は 4.40×10−16J である.放出に使われなかった吸収光子が熱になる模型である.

  1. 電子が出るたびに膜に正電荷が残る.Q=Nee=3.20×10−17C,VC=Q/C=3.20×10−5V だから,最後に出る電子の追加脱出エネルギーは eVC=3.20×10−5eV 程度.K との比は 1.07×10−5 である.一般に

1≫ηNγe2C(Eγ−W)

が帯電を無視する条件となる.等号程度になる入射光子数は Nγ≃CK/(ηe2)=9.38×107 個である.その近くでは収量も減る.帯電の場のエネルギー Q2/(2C)=5.12×10−22J も今回の収支の精度では小さい.

膜の正方向の運動量と電子の負方向の運動量がほぼ相殺し,その和は光子が失った運動量 Jγ となる.確かめとして,電子の ve/c=3.42×10−3,膜の vfilm/c,帯電の無次元比はいずれも小さく,質量損失 Nem/M も無視できる.

総合演習 2

オリジナル ★★★★☆

散乱光と反跳電子で自由電子模型を検査する

静止した電子を含む薄い標的に,エネルギー E=0.300MeV の単色光子を +x 向きに入射させます.xy 平面の +y 側へ散乱した光子のエネルギーは E′=0.200MeV でした.電子の束縛と初期運動を無視し,1個の光子が1個の電子に一度だけ散乱するものとします.電子の全エネルギーと運動量の関係は Ee2=(pec)2+(mc2)2,静止エネルギーは mc2=0.511MeV です.c=3.00×108ms−1,1MeV=1.60×10−13J とします.

静止電子に光子が+x向きに入射し,散乱光子は+y側へ出る.EとE′は測定値,φとθは未知の角であり,角度は模式的に描いている. 静止電子に光子が+x向きに入射し,散乱光子は+y側へ出る.EとE′は測定値,φとθは未知の角であり,角度は模式的に描いている.
  1. エネルギー・運動量保存から 1/E′−1/E=(1−cos⁡ϕ)/(mc2) を導け.測定値から散乱角 ϕ,電子の運動エネルギー K,反跳方向の角 θ を求めよ.

  2. 電子の運動量と速さを求め,pe2/(2m) を運動エネルギーとする近似の誤差を調べよ.この事象だけから電子の静止エネルギーを測定するには,光子のエネルギー以外に何を独立に測ればよいか.

  3. ϕ を独立に測り,cos⁡ϕ=0.148±0.010 を得たとする.E,E′ の誤差を無視して,静止エネルギーの推定値と不確かさを求めよ.この角度分解能で標的の有効散乱粒子が電子より1 %重いと判別できるか.また,同じ E,E′ に対し cos⁡ϕ>1 または cos⁡ϕ<−1 となったら,何を再検討すべきか.

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考え方

標的の束縛エネルギーと初期運動を無視する自由電子模型を使う.電子へ渡ったエネルギーだけでなく,光子の運動量のベクトル差を用いると,模型が予言する散乱角まで決まる.相対論的な関係は問題文で与えられている.

  1. 光子の運動量はエネルギーを c で割ったものである.電子の成分は

pexc=E−E′cos⁡ϕ,peyc=−E′sin⁡ϕ,Ee=mc2+E−E′.

したがって (pec)2=E2+E′2−2EE′cos⁡ϕ.これを相対論的な式へ代入して

(mc2+E−E′)2−(mc2)2=E2+E′2−2EE′cos⁡ϕ.

左辺の (E−E′)2 と右辺の同じ部分を消すと mc2(E−E′)=EE′(1−cos⁡ϕ) であり,指定式となる.数値では

cos⁡ϕ=1−(0.511)(10.200−10.300)=0.1483,ϕ=81.5∘,K=E−E′=0.100MeV.

電子の運動量の成分は pexc=0.2703MeV,peyc=−0.1978MeV.よって tan⁡θ=|pey|/pex=0.7316,θ=36.2∘ で,電子は入射軸の負の y 側へ進む.

  1. 相対論では pe=Eeve/c2 である.全エネルギーは 0.611MeV だから

pec=K(K+2mc2)=0.335MeV,pe=1.79×10−22kgms−1,vec=pecK+mc2=0.548.

したがって ve=1.64×108ms−1.相対論的な運動量に非相対論式を適用すると

pe22m=K+K22mc2≃0.110MeV

であり,真の値より9.78 %大きい.近似の支配量は K/(mc2) である.静止エネルギーの独立な測定には散乱角も測る.(1)で既知の質量を使って計算した角度を再びこの式に入れても,独立の質量測定にはならない.

  1. 分母は D=1/E′−1/E=1.6667MeV−1 なので,推定値は mc2=0.852/D=0.5112MeV.一次の誤差伝播では

δ(mc2)=δ(cos⁡ϕ)D=0.0060MeV,δ(mc2)mc2=0.0100.852=0.0117.

不確かさに合わせて報告すると mc2=(0.511±0.006)MeV である.相対不確かさは約1.2 %であり,1 %の質量差をこの測定だけで判別できない.角度からの不確かさだけでも差より大きく,エネルギーの誤差も加わる.許されない余弦が出た場合には,多重散乱,初期電子の運動,束縛,エネルギーの校正などを再検討する.確かめとして,ϕ→0 なら E′→E,反跳は消え,今回の近似検査でも K/(mc2)=0.196 を小さいとする精度の限界が数値に現れている.

総合演習 3

オリジナル ★★★★★

同じ原子が出した光を別の原子は吸えるか

内部の2準位の間隔が Δ=2.00eV,基底状態の質量が M=1.00×10−25kg の自由な原子を考えます.励起状態の質量は M∗=M+Δ/c2 です.静止した励起原子Sが光子を出し,遠くで静止している同種の基底原子Aがそれを吸収できるか調べます.外力と衝突はなく,光子のエネルギーと運動量は Eγ,Eγ/c です.原子の全エネルギーには E2=(pc)2+(Mc2)2 を使います.h=6.63×10−34Js,c=3.00×108ms−1,kB=1.38×10−23JK−1,1eV=1.60×10−19J とします.

励起原子Sと基底原子Aは初め静止している.光子はSからAへ進む.別枠に準位差Δと,Aに与える速度uの正方向を示す. 励起原子Sと基底原子Aは初め静止している.光子はSからAへ進む.別枠に準位差Δと,Aに与える速度uの正方向を示す.
  1. 放出光子のエネルギー Eem と,静止原子Aが吸収するのに必要なエネルギー Eabs を厳密に求めよ.1≫Δ/(Mc2) として差の主要項を求め,反跳エネルギー Er=Δ2/(2Mc2) で表せ.

  2. 原子Aに光子の進行方向の速度 u を与える.Aの静止系で見た光子エネルギーを一次まで Eem(1−u/c) として,吸収の中心を一致させる u の向きと大きさを求めよ.原子の一次元熱運動の速さの標準偏差を σu=kBT/M としたとき,この速さと等しくなる温度も求めよ.

  3. 励起状態の寿命を τ とし,線幅のエネルギー尺度を Γ=ℏ/τ と見積もる.放出中心と吸収中心の差がこの幅より大きいことを,τ=1.00×10−8s と 1.00×10−6s で判定せよ.反跳差を観測するには,熱運動と寿命にどの条件が必要か.原子が非常に重い支持体と一体で反動するとした場合の極限とも比較せよ.

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考え方

内部準位差は静止質量の差に対応する.自由な原子は光子と反対の運動量を受け取るため,放出時には準位差の一部が反跳へ行き,吸収時には反跳分まで光子から受け取る.熱幅と寿命幅の比較は尺度の比較であり,吸収確率の厳密な形は仮定しない.

  1. Sの静止系でエネルギー保存は M∗c2=Eem+M2c4+Eem2.光子を左辺へ移して2乗すると

Eem=(M∗2−M2)c22M∗=Δ2Mc2+Δ2(Mc2+Δ).

吸収後の原子は光子の運動量を持つので,Mc2+Eabs=M∗2c4+Eabs2.これを2乗して

Eabs=(M∗2−M2)c22M=Δ+Δ22Mc2.

ϵ=Δ/(Mc2) の一次までなら,Eem≃Δ−Er,Eabs=Δ+Er.差は 2Er≃Δ2/(Mc2) である.数値は

Er=5.69×10−30J=3.56×10−11eV,Eabs−Eem≃7.11×10−11eV.

両方の中心エネルギーが異なるので,線幅0で両原子が静止している極限では共鳴しない.

  1. Eem(1−u/c)=Eabs より

u≃−c2ErΔ=−ΔMc=−1.07×10−2ms−1.

Aは光子へ向かって動く必要がある.σu=|u| となる温度は T=Mu2/kB=8.24×10−7K.熱運動による光子エネルギーの幅の尺度は ΔkBT/M/c であり,この温度で反跳差と同程度となる.中心を合わせる速度制御は別途必要である.

  1. Γ=h/(2πτ) より,幅は順に 6.59×10−8eV,6.59×10−10eV.いずれも反跳差より大きい.したがって,この尺度の範囲では中心のずれがあるというだけで吸収を禁じることはできない.反跳差を分離するには,少なくとも

ℏτ<Δ2Mc2,ΔckBTM<Δ2Mc2

が必要である.数値では τ>9.27×10−6s,T<8.24×10−7K.分離には装置の分解能も要る.支持体全体が反動する理想模型では,反跳エネルギーの分母が全質量になり,重い支持体の極限で差は0へ近づく.その過程が実際に起こる確率まではこの模型は与えない.確かめとして,ϵ=3.56×10−11,|u|/c=3.56×10−11 は小さく,質量一定と一次ドップラー近似が整合する.