問い
コップに水を入れて,水面の位置に印をつけます.そこへ角砂糖を1個入れ,かき混ぜて完全に溶かしました.コップの内径は 6 cm ほど,角砂糖1個は 3 g ほどです.
さて,水面は印より上がるでしょうか,下がるでしょうか,変わらないでしょうか.上がるとしたら,どれくらいでしょうか.もう1つ.砂糖は溶けて「消えた」ように見えますが,本当に消えたのでしょうか.消えていないなら,なぜ見えなくなったのでしょうか.先を読む前に,予想とその理由を紙に書いてください.
考えてみる
素朴な考えは2通りありそうです.「砂糖は溶けて消えたのだから,水面は変わらない」と,「砂糖は見えなくなっただけで消えてはいないから,その体積のぶん水面は上がる」です.
消えたという考えは確かめられます.砂糖水の質量は水と砂糖の質量の和で,水を蒸発させれば砂糖が残ります.砂糖は消えたのではなく,見えないほど細かくなったのです.砕いて粉にし,さらに分けていくと,これ以上分けると砂糖でなくなる最小の粒(分子)に行き着くでしょう.その分子が水の中で一つずつばらばらになった状態が,「溶けた」状態です.
すると水面にも見通しが立ちます.水の分子の間に砂糖の分子が割り込んで並ぶのなら,その分子が占める場所のぶん,水面は上がるはずです.上がる量は「砂糖の体積÷コップの断面積」くらいでしょう.数値は理論のあとで回収します.
物質は原子・分子でできている
物質は,元素ごとの化学的な性質を担う基本単位の粒でできている,という見方を原子の見方といいます.原子にも電子と原子核という内部構造がありますが,この本では当面,原子を一つの粒として扱います.原子には約100種類(元素)があり,水素,炭素,酸素などです.いくつかの原子が結びついたものが分子です.水は水素原子2個と酸素原子1個からなる分子 H𝐴2O,砂糖(ショ糖)は C𝐴12H𝐴22O𝐴11 です.
原子は目に見えません.それでも原子を認めるのは,原子を仮定すると,目に見える多くのことが数で説明できるからです.水中の微粒子が不規則に揺れること,結晶が決まった角度で割れること.これらは原子と分子を考えるとひとつにまとまります.演習4では,結晶の原子の間隔と密度から,アボガドロ定数(1 mol あたりの個数)を求めます.
大きさのめやすを表にします.1 nm =10−9 m,1 𝜇m =10−6 m です.
対象 | 大きさのめやす |
|---|
原子 | 1 ×10−10 m(0.1 nm) |
水分子 | 0.3 nm |
砂糖の分子 | 0.7 nm |
可視光の波長 | 400〜700 nm |
髪の毛の太さ | 8 ×10−5 m |
髪の毛の太さは,原子を一列に並べると約 106 個分です.
[図:水分子・砂糖分子・髪の毛を原子の大きさで比べる]球1個を原子1個分(直径約0.1 nm)として並べた図.水分子は球3個で約0.3 nm,砂糖分子は球45個の集まりで約0.7 nm.髪の毛の太さ8×10^-5 mは原子を一列に並べて約100万個分で,図では途中を省略している.
原子は止まっていない:熱運動
原子や分子は,絶えず不規則に動いています.これを熱運動といいます.砂糖をかき混ぜなくても,水に入れて時間をかければ,砂糖は周囲へ少しずつ広がっていきます(実際のコップでは水の流れも広がりを助けます).水中の微粒子が不規則に揺れ続けるブラウン運動は,見えない水分子が四方からぶつかるためです.温度が高いほど熱運動は激しくなります.
室温の空気の分子は,毎秒数百メートル(5 ×102 ms−1 ほど)で飛び回っています.それでもにおいが広がるのに時間がかかるのは,約 7 ×10−8 m 進むごとに他の分子とぶつかって向きを変えるからです.
固体・液体・気体を原子の絵で見る
定義 三つの状態
固体:原子が隣どうしで接し,決まった位置のまわりで小さく振動している.形も体積も保つ.
液体:原子が隣と接しているが,位置を次々に入れ替えている.体積は保つが,形は容器に合わせて変わる.
気体:分子が互いに離れて自由に飛び回り,ときどきぶつかる.容器全体に広がる.
固体と液体では,原子は接して詰まっています.多くの物質で密度の差は1割ほどです.気体はたいへんまばらです.常温・1気圧の空気では,分子の間隔は分子の大きさの約10倍で,体積に占める分子自身の割合は 0.1 % ほどです.水が水蒸気になると,体積は約 103 倍(100∘C,1気圧で約1700倍)になります.
[図:固体・液体・気体の原子の並び]固体は原子が規則正しい格子に並び,決まった位置のまわりで振動する.液体は原子が接して詰まっているが配置は乱れ,位置を入れ替える.気体は分子がまばらで,矢印の向きに飛び回る.図の気体の間隔は実際よりずっと狭く描いてある.
溶けた砂糖は,液体の水の中にいます.水の分子はすでに接して詰まっているので,砂糖の分子を水の中に入れると,その分だけ体積が増えると見込めます.溶液の体積は一般には単純な足し算になりませんが,砂糖水では差が小さいので,この節では砂糖が結晶で占めていた体積を水面の上昇の見積もりに使います.これは概算のための仮定です.
化学反応と物理
化学反応は,原子の結びつき方が組み替わる変化です.たとえばメタンの燃焼は
CH𝐴4+2O𝐴2→CO𝐴2+2H𝐴2O
と書きます.原子の種類と数は反応の前後で変わらず,組み合わせだけが変わります.これが質量保存の,原子の見方での説明です.結合を組み替えるとエネルギーが出入りします.メタン1分子の燃焼で出る熱は約 1.5 ×10−18 J(10 eV ほど)で,電子が受ける電気の力で決まります(1 eV =1.6 ×10−19 J).化学は「どの原子がどう組み合わさるか」を扱い,物理は「なぜそうなるか,エネルギーはどれだけか」を説明します.
なお,砂糖が水に溶けるのは化学反応ではありません.砂糖分子は壊れないので,蒸発させれば砂糖が元のまま戻ります.
1 mol という数
原子や分子は小さすぎて,ふつうの量には巨大な個数が含まれます.そこで,鉛筆を12本で1ダースと数えるように,個数をまとめて数える単位を決めます.
定義 物質量と mol
粒子 6.02214076 ×1023 個のまとまりを 1 mol という.粒子の個数 𝑁 を,1 mol あたりの個数で割った量を物質量という.1 mol あたりの個数
𝑁𝐴=6.02214076×1023mol−1≈6.02×1023mol−1
をアボガドロ定数という.計算には丸めた値 6.02 ×1023 mol−1 を使う.
この値は,炭素12(𝐴12𝐴2122C)12 g にほぼ含まれる原子の個数に合わせて決められました.利点は,質量と個数をつなぐことです.粒子 1 mol の質量をモル質量 𝑀 といい,原子量や分子量に gmol−1 をつけた値になります.水は 18 gmol−1,砂糖は 342 gmol−1,金は 197 gmol−1 です.
公式 質量から個数へ
質量 𝑚,モル質量 𝑀 の物質に含まれる粒子の個数 𝑁,および密度 𝜌 の物質で粒子1個が占める体積 𝑣 は
𝑁=𝑚𝑀𝑁𝐴,𝑣=𝑀𝜌𝑁𝐴
𝑁𝐴 の大きさを実感してみましょう.水 1 mol は 18 mL にすぎませんが,分子を1秒に1個ずつ数えると,6.0 ×1023 s ≈1.9 ×1016 年かかります.宇宙の年齢(約 1.4 ×1010 年)の約100万倍です.
問いに戻る:砂糖は消えたのか
砂糖は消えていません.砂糖の分子が水の中にばらばらに散らばって,見えなくなっただけです.砂糖の分子の大きさは約 0.7 nm(次の節の例題で求めます)で,可視光の波長の500分の1ほどしかありません.一般に,光の波長より十分に小さい粒子による光の散乱は弱くなります.砂糖が水に溶けると,結晶が崩れて分子が水中に分散するため,光を強く散乱する大きな粒子がなくなり,水は透明なままなのです.
水面の高さは,液体の中では分子が接して詰まっているので,溶けても体積の変化は小さいと見込めます.ここでは,結晶の体積を使う概算とします.角砂糖を沈めると結晶の体積ぶんだけ水面が上がり,溶けたあともほぼそのままだと考えます(結晶の体積を基準にすると,溶けたときの体積への寄与は2 %ほど小さくなりますが,水面の変化は 0.01 mm ほどです).砂糖の結晶の密度は約 1.6 gcm−3 なので,3 g の角砂糖の結晶の体積は 3/1.6 ≈1.9 cm3,およそ 2 cm3 です(角砂糖は粒の間にすき間があるので,見かけの大きさはもう少し大きくなります).上がる量は,結晶の体積 ≈2 cm3 を断面積 𝜋 ×(3 cm)2 ≈28 cm2 で割って
Δℎ≈2cm328cm2≈0.07cm=0.7mm
1 mm に満たない上昇です.
ポイント ここまでのまとめ
物質は原子・分子でできていて,分子は絶えず熱運動をしている.
固体と液体では粒が接して詰まり,気体ではまばらに飛び回る.
1 mol は約 6.02 ×1023 個のまとまりで,𝑁 =𝑚𝑀𝑁𝐴 が質量と個数をつなぐ.
砂糖は消えず,分子がばらばらになって見えなくなる.水面は結晶の体積ぶん,約 0.7 mm 上がる.