問いしるべ
問いから始める物理 原子核と素粒子

原子核と素粒子

質量欠損と結合エネルギー

著者:柚木芹香

問い

ヘリウムの原子核 24He は,陽子2個と中性子2個でできています.それぞれの質量は精密に測られていて,陽子は mp=1.007276u,中性子は mn=1.008665u,ヘリウムの原子核は 4.001506u です.足し算をしてみると,ヘリウムの原子核は,陽子2個と中性子2個を合わせたより約 0.75 % 軽いのです.なくなった質量はどこへ行ったのでしょうか.

考えてみる

まず計算を確かめます.陽子2個と中性子2個の質量の和は 2×1.007276u+2×1.008665u=4.031882u で,ヘリウムの原子核との差は 0.030376u です.質量の測定は 10−9 の桁まで合っているので,これは測定の誤差ではありません.

化学では,反応の前後で質量の和は変わらない(質量保存の法則)と習います.ケーキが焼いて軽くなるのも水分が湯気になって逃げたからで,逃げたものを集めれば質量は合うはずです.ヘリウムの原子核を陽子と中性子から組み立てたときに逃げたものがあるとすれば,それは粒子ではなく,光(γ線)や飛び出した粒子の運動エネルギー,つまりエネルギーです.質量とエネルギーを結ぶのが,前の題材で見た E=mc2 です.

系の質量は中のエネルギーで決まる

前の題材で,止まっている質量 m の物体は静止エネルギー E=mc2 をもつことを見ました.これを,いくつかの部分からできている系に使います.たとえば気体を閉じこめた箱を,箱全体が止まって見える系(重心系)から見ると,系の質量 M は系の全エネルギーを c2 で割ったものです.中の分子の静止エネルギーだけでなく,分子の運動エネルギーや,分子どうしの位置エネルギーも全部入ります.

法則 系の質量

いくつかの部分からなる系が全体として静止しているとき,系の質量 M は

Mc2=∑imic2+K+U

である.mi は各部分の質量,K は各部分の運動エネルギーの和,U は部分どうしの位置エネルギーである.質量は保存する量ではなく,保存するのはエネルギーである.

気体を温めたり,ばねを縮めたりすれば系は重くなります.ただし,その増え方は 1J あたり 1/c2≈1.1×10−17kg です.日常で質量が保存して見えるのは,この変化が小さすぎるからです.

部分どうしが引き合って束縛されているときは事情が違います.ばらばらで止まっている状態を基準にすると,束縛された状態はエネルギーが低いはずです(低くなければ,何もしなくてもばらばらになれてしまいます).だから束縛された系の K+U は負で,系の質量は部分の質量の和より小さくなります.

上段はばらばらで静止した陽子2個と中性子2個の4.031882 u c²,下段はヘリウムの原子核の4.001506 u c²である.差が結合エネルギーBで,原子核ができるときにγ線や運動エネルギーとして外へ出ていく.準位の間隔は模式的に示す. 上段はばらばらで静止した陽子2個と中性子2個の4.031882 u c²,下段はヘリウムの原子核の4.001506 u c²である.差が結合エネルギーBで,原子核ができるときにγ線や運動エネルギーとして外へ出ていく.準位の間隔は模式的に示す.

質量欠損と結合エネルギー

定義 質量欠損と結合エネルギー

陽子 Z 個と中性子 A−Z 個からなる原子核の質量を M とする.

Δm=Zmp+(A−Z)mn−M

を質量欠損,

B=Δmc2

を結合エネルギーという.B は,止まっている原子核を,止まっている自由な陽子と中性子にばらばらにするのに必要なエネルギーであり,逆に自由な核子から原子核ができるときに外へ出ていくエネルギーでもある.

原子質量単位では (1u)c2=931.5MeV なので,ヘリウムの原子核では B=0.030376×931.5MeV=28.3MeV です.これが問いの答えの数値です.

表に載っている質量は,ふつう原子核ではなく電子を含めた中性の原子の質量です.このときは陽子の質量の代わりに水素原子の質量 mH=1.007825u を使います.原子と Z 個の水素原子は電子を Z 個ずつもつので,電子の質量が打ち消し合います.

Δm=ZmH+(A−Z)mn−M原子

電子の結合エネルギー(数 eV から数十 keV)は無視しています.原子の質量と原子核の質量を混ぜて使うと,電子の質量 0.000549u(0.511MeV)の何倍かがずれるので注意します.

原子番号が同じで質量数が A と A+1 の原子では電子の数が同じなので,中性子を1個足したときの結合エネルギーの増え方は

B(A+1)−B(A)=[M(A)+mn−M(A+1)]c2

です.これは,質量数 A+1 の原子核から中性子を1個引き離すのに必要なエネルギーでもあります.

原子や分子の結合も同じ

この考えは原子核に限りません.水素原子は陽子と電子が電気の力で束縛された系なので,陽子と電子の質量の和より結合エネルギー 13.6eV の分だけ軽いはずです.ただ,静止エネルギー約 939MeV に比べると,減り方の割合は 1.4×10−8 にすぎません.1分子あたり数 eV が出入りする化学反応でも,質量の変化は全体の 10−10 程度で(例題で確かめます),天秤では測れません.化学で質量保存の法則がよい近似になるのはこのためです.

質量保存の法則が使えるのは,結合エネルギーと静止エネルギーの比 B/(Mc2) が無視できるほど小さいときです.原子核ではこの比が 10−3 から 10−2 に達し,質量の差が直接測れます.原子核の結合が化学結合より約 106 倍強いのは,核力が短い距離(1fm 程度)で強く働くからです.

核子1個あたりの結合エネルギー

B は大きな原子核ほど大きいので,結合の強さを比べるには核子1個あたりの値 b=B/A を使います.

原子核

A

B(MeV)

b=B/A(MeV)

重水素 12H

2

2.22

1.11

ヘリウム 24He

4

28.3

7.07

炭素 612C

12

92.2

7.68

鉄 2656Fe

56

492

8.79

ウラン 92235U

235

1784

7.59

b を A に対して描くと,軽い原子核で急に上がり,鉄やニッケルの付近(A≈56 から 62)で最大の約 8.8MeV になり,重い原子核に向かってゆっくり下がります.ヘリウムは近くの原子核より目立って高く,特に固く結びついています.

質量数Aを0から250,核子1個あたりの結合エネルギーbを0から9 MeVで示す.印は重水素,ヘリウム,炭素,鉄,ウランの本文の表の値である.模式曲線は鉄やニッケルの付近で最大になる.核融合の矢印は軽い側から右向き,核分裂の矢印は重い側から左向きで,どちらも山に近づく. 質量数Aを0から250,核子1個あたりの結合エネルギーbを0から9 MeVで示す.印は重水素,ヘリウム,炭素,鉄,ウランの本文の表の値である.模式曲線は鉄やニッケルの付近で最大になる.核融合の矢印は軽い側から右向き,核分裂の矢印は重い側から左向きで,どちらも山に近づく.

原子核が変わる反応で出るエネルギーは,反応の前後の静止エネルギーの差で測ります.

定義 反応の Q 値

反応の前の総静止エネルギーから,反応の後の総静止エネルギーを引いた値

Q=(∑前m−∑後m)c2

を反応のQ 値という.エネルギー保存から,Q は反応による運動エネルギーの増加(光子のエネルギーを含む)に等しい.Q>0 の反応を発熱反応,Q<0 の反応を吸熱反応という.

陽子と中性子の数がそれぞれ変わらない反応では,自由な核子の静止エネルギーが打ち消し合い,結合エネルギーの差だけが残ります.

定理 Q 値と結合エネルギー

陽子と中性子の総数がそれぞれ変わらない反応では,自由な核子を結合エネルギー0として数えて

Q=∑後B−∑前B

である.結合エネルギーの総和が増える向きの反応で,エネルギーが出る.

これで,曲線の山を目指す反応がエネルギーを出す理由が分かります.ウランのように重い原子核(b≈7.6MeV)が2つの中くらいの原子核(b≈8.4 から 8.5MeV)に分かれる核分裂では,核子1個あたり約 0.8MeV 結合が強まり,1回で約 200MeV が出ます.水素のように軽い原子核が集まってヘリウムになる核融合では,核子1個あたりの増え方がさらに大きく,太陽の中で水素4個がヘリウム1個に変わると,全体で 26.7MeV 出ます.これは使った水素の質量の約 0.7 % にあたります.

ただし,Q>0 は反応が「エネルギーの上で許される」ことを言うだけで,すぐに起こることまでは言いません.ウランはそのままではほとんど分裂せず,水素どうしはクーロンの反発で近づけません.反応の起こりやすさは「放射性崩壊と放射線」と「粒子を作る,粒子を消す」で扱います.

曲線の形を見積もる(液滴模型)

なぜ曲線は鉄の付近で山になるのでしょうか.前の題材で見たように,原子核の密度はほぼ一定で,半径は R=r0A1/3(r0≈1.2fm)でした.核子は,水の分子のようにほぼ一定の間隔で詰まった液滴に似ています.この見方で,結合エネルギーを3つの項に分けて見積もります.

体積の項.核力は届く距離が短いので,1個の核子は隣にある数個の核子とだけ引き合います.中にいる核子はどれも同じ数の隣をもつので,結合エネルギーは核子の数に比例し,avA と書けます.

表面の項.表面にいる核子は外側に隣がないので,その分だけ結合が弱くなります.水の表面張力と同じ考えです.表面積あたり σ だけ結合が弱まるとすると,損は 4πR2σ=4πr02σA2/3 で,as=4πr02σ と書いて asA2/3 です.

クーロンの項.陽子どうしの電気の反発は,核力と違って遠くまで届くので,すべての陽子の組が効きます.前の題材で,電荷 Ze が半径 R の球に一様に分布しているときの静電エネルギーを,殻を積み上げる積分で UC=3ke(Ze)2/(5R) と求めました.R=r0A1/3 を入れると UC=acZ2A−1/3,ac=3kee2/(5r0) となります.kee2=1.44MeVfm,r0=1.20fm なら ac=0.720MeV です.

公式 液滴模型の結合エネルギー

B=avA−asA2/3−acZ2A1/3

係数は実験に合わせて av≈15.5MeV,as≈17.0MeV,ac≈0.72MeV 程度である.核子1個あたりでは

b=BA=av−asA1/3−acZ2A4/3
[図:液滴模型の表面の損とクーロンの損]

初期状態はA = 56,Z ≈ 26である.体積の項a_vから表面の損a_s/A^(1/3)とクーロンの損a_c Z²/A^(4/3)を順に引き,残りbを青い曲線で示す.緑と橙の棒は選んだAでの各損を同じエネルギー尺度で示す.Aのスライダーを動かすと,小さい核では表面の損が,大きい核ではクーロンの損が大きくなる.曲線のZは代表核C,Fe,Uの陽子数に合わせた近似値である.

b の式から曲線の形が読めます.表面の損 asA−1/3 は,表面にいる核子の割合とともに A が大きいほど減ります.クーロンの損は,Z がおよそ A に比例するので A2/3 のように増えます.2つの損の和が最小になる中くらいの A で,b が最大になるのです.実際の陽子数で計算すると,表面の損とクーロンの損は 12C で 7.4MeV と 0.9MeV,56Fe で 4.4MeV と 2.3MeV,235U で 2.8MeV と 4.2MeV です.

この模型は近似の上に立っています.クーロンの項は陽子が自分自身と反発する分まで数えていて(正しくは Z2 でなく Z(Z−1)),違いの割合 1/Z は Z が大きい核ほど小さくなります.また,表面の厚さを半径に比べて無視しています.ヘリウムのように核子が数個しかない原子核では,ほとんどの核子が表面にいて液滴とはみなせず,模型は大きく外れます.

(発展)実際の原子核をよく再現するには,さらに項を足します.陽子と中性子の数が違うと結合が弱まる項 aa(A−2Z)2/A(aa≈23MeV,A−2Z は中性子と陽子の数の差)は,量子力学で同じ種類の粒子が同じ状態に入れないことから来ます.重い原子核で中性子が陽子より多いのは,この項とクーロンの項との兼ね合いです.

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ヘリウムの原子核が陽子2個と中性子2個の和より 0.030376u 軽いのは,束縛された系のエネルギーが,ばらばらの状態より結合エネルギー B=28.3MeV だけ低いからです.原子核ができたとき,この 28.3MeV が γ線や運動エネルギーとして外へ出ていきました.質量は「なくなった」のではなく,エネルギーの形で系の外へ移ったのです.

ポイント ここまでのまとめ

  • 全体として静止した系の質量は Mc2=∑mic2+K+U で決まる.束縛された系は部分の和より軽い.

  • 質量欠損 Δm=Zmp+(A−Z)mn−M,結合エネルギー B=Δmc2.原子の質量を使うときは mp を mH に替える.

  • 化学結合の B/(Mc2) は 10−10 程度で,質量保存はよい近似になる.原子核では 10−3 程度で,質量の差が測れる.

  • 核子1個あたりの結合エネルギーは鉄の付近で最大(約 8.8MeV).山に近づく核分裂・核融合で Q=∑後B−∑前B>0 となり,エネルギーが出る.

  • 液滴模型 B=avA−asA2/3−acZ2A−1/3 で,小さい核は表面の損,大きい核はクーロンの損で b が下がる.