問いしるべ
問いから始める物理 光子と電子の波

光子と電子の波

水素原子のスペクトルの例題

著者:柚木芹香

前の節で,水素原子の準位が En=−B/n2(B=13.6eV)と飛び飛びになり,光子のエネルギーが準位の差になることを見ました.この節では,その準位図を使って実際の線の波長を求め,水素型イオンや電子の衝突の実験に当てはめます.どの例題でも,光子のエネルギーと波長の換算には hc=1240eVnm を使い,可視光の範囲を 400nm から 700nm とします.手順はいつも同じで,(i) 準位図を描く,(ii) 始めと終わりの準位を決める,(iii) 準位差を光子や電子のエネルギーと等しいとおく,です.

例題

例題 1

オリジナル ★☆☆☆☆

水素原子の準位を En=−B/n2,B=13.6eV とし,原子の反跳は無視する.

  1. バルマー系列(n≥3 から n=2 への遷移)の線のうち,波長の長い方から4本の波長を求めよ.

  2. バルマー系列の最短波長(系列の限界)を求めよ.可視光の範囲に入るのは何本か.

  3. ライマン系列(n=1 へ)の最長波長と,パッシェン系列(n=3 へ)の最短波長を求め,可視光の線がバルマー系列からしか出ないことを示せ.

水素のn=1から6とn=∞の準位を示す.n=3,4,5,6からn=2への4本の下向き矢印と,n=∞からn=2への破線の矢印を示す.下の波長軸には問題で与えられた可視光400〜700 nmの帯を示す.求める波長とスペクトル線の位置は示さない.準位図の軸の切れ目はエネルギー範囲の省略を表す. 水素のn=1から6とn=∞の準位を示す.n=3,4,5,6からn=2への4本の下向き矢印と,n=∞からn=2への破線の矢印を示す.下の波長軸には問題で与えられた可視光400〜700 nmの帯を示す.求める波長とスペクトル線の位置は示さない.準位図の軸の切れ目はエネルギー範囲の省略を表す.
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考え方 光子のエネルギーは B(1/4−1/n2) で,これを λ=hc/(hν) で波長に直す.

解答

  1. n=3 では hν=13.6×(14−19)=1.889eV で,λ=1240/1.889=656nm.同じように

n=4: 2.550eV, 486nm,n=5: 2.856eV, 434nm,n=6: 3.022eV, 410nm

である.それぞれ赤,青緑,青紫,紫に見える.

  1. n→∞ で hν→B/4=3.40eV だから,限界の波長は λ=1240/3.40=365nm である.n=7 では hν=13.6×(14−149)=3.122eV,λ=397nm ですでに 400nm より短い.n が大きいほど波長は短くなるので,可視光に入るのは(1)の4本だけである.

  2. ライマン系列で一番エネルギーの小さい遷移は n=2→1 で,hν=34B=10.2eV,λ=122nm.これが最長なので,ライマン系列は全部紫外線である.パッシェン系列で一番エネルギーの大きい遷移は n=∞→3 で,hν=B/9=1.51eV,λ=821nm.これが最短なので,全部赤外線である.n′≥4 の系列はさらにエネルギーが小さく赤外線になる.よって可視光の線はバルマー系列だけから出る.

確かめ (1)の656 nm と 486 nm は,問いの赤と青緑の線にあたる.リュードベリの式で 1/λ=R(1/4−1/9),R=1.097×107m−1 とすると λ=656nm で一致する.

例題 2

オリジナル ★★☆☆☆

1896年,ピッカリングは高温の星のスペクトルに,水素のバルマー系列と1本おきに重なる線の系列を見つけた.これは水素ではなく,電子を1個失ったヘリウムイオン HeA+ の線であった.HeA+ の準位を En=−Z2B/n2(Z=2,B=13.6eV)とし,はじめは原子核を固定して考える.

  1. 基底状態の HeA+ の電離エネルギーと,軌道半径を求めよ.ボーア半径を a0=5.29×10−11m とする.

  2. HeA+ の n→4 の遷移の光子のエネルギーを B と n で表せ.n が偶数 n=2j のとき,水素の j→2 の線と同じ波長になることを示し,n=7 の線の波長を求めよ.

  3. 実際には原子核も動く.換算質量を使うと,HeA+ の n=6→4 の線と水素の n=3→2 の線の波長は,どちらがどれだけ長いか.陽子の質量を 1836m,ヘリウムの原子核の質量を 7294m(m は電子の質量),水素の線の波長を 656.3nm とする.

原子核を固定した水素のn=1,2,3とHe⁺のn=1から6の準位を,同じエネルギー軸で比較する.水素のn=1,2,3はHe⁺のn=2,4,6と同じ高さで,破線で対応づける.密集した準位を読みやすくするため,He⁺のn=1とn=2の間の範囲は共通の軸で省略する.電離エネルギー,軌道半径,求める波長と換算質量の補正値は示さない. 原子核を固定した水素のn=1,2,3とHe⁺のn=1から6の準位を,同じエネルギー軸で比較する.水素のn=1,2,3はHe⁺のn=2,4,6と同じ高さで,破線で対応づける.密集した準位を読みやすくするため,He⁺のn=1とn=2の間の範囲は共通の軸で省略する.電離エネルギー,軌道半径,求める波長と換算質量の補正値は示さない.
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考え方 Z2/n2 の形なので,Z=2 で n を2倍にすると水素の準位と同じ値になる.原子核の運動の補正は,準位全体に μ/m を掛けるだけである.

解答

  1. 電離エネルギーは −E1=Z2B=4×13.6=54.4eV である.軌道半径は r1=a0/Z=2.65×10−11m で,水素の半分である.

  2. 光子のエネルギーは

hν=4B(116−1n2)=B(14−4n2)

である.n=2j なら 4/n2=1/j2 なので hν=B(1/4−1/j2) となり,水素のバルマー系列の j→2 と同じエネルギー,同じ波長になる.n=6,8,10,… が水素の j=3,4,5,… の線に重なり,奇数の n の線がその間に入る.n=7 では

hν=13.6×(14−449)≈2.29eV,λ=124013.6×(1/4−4/49)nm≈542nm

で,バルマー系列の 656 nm と 486 nm の間の緑の線である.

  1. 準位は μ/m に比例するので,同じ形の遷移の光子のエネルギーの比は換算質量の比になる.

μHm=18361837,μHem=72947295

波長はエネルギーに反比例するので

λHeλH=μHμHe=1−1/18371−1/7295≈1−11837+17295=1−4.07×10−4

である.ここで 1/1837 と 1/7295 が十分小さいとして1次の近似をとった.よって HeA+ の線の方が 656.3×4.07×10−4=0.267nm だけ短い.

確かめ 原子核が重いほど固定核に近く,準位は深くなり,光子のエネルギーは大きくなる.重いヘリウムの線が短い波長にずれるのは向きとして正しい.0.27nm のずれは分光器で十分に分けられ,ピッカリング系列が水素でないことの決め手になった.

例題 3

オリジナル ★★☆☆☆

水銀の蒸気を入れた管の中で,陰極から出た電子を網状の電極(グリッド)までの電圧 V で加速する.グリッドを抜けた電子は,グリッドと陽極の間の小さな逆向きの電圧 0.5V に逆らって陽極に届き,電流 I として測られる.V を上げていくと,I は増えたり減ったりをくり返し,I の山が次の電圧に現れた.

山

1

2

3

4

V

7.0V

11.9V

16.8V

21.7V

  1. 山を過ぎると電流が減る理由を説明せよ.

  2. この実験で水銀原子に与えられる励起エネルギーと,このとき蒸気が出す光の波長を求めよ.最初の山が 4.9V でなく 7.0V に現れることは,結果に影響するか.

  3. 励起エネルギーに届かない電子が水銀原子(質量は電子の 3.66×105 倍)と弾性衝突するとき,1回の衝突で失う運動エネルギーの割合は最大でいくらか.水銀原子は衝突前に静止しているとする.これが小さいことが,この実験で大切な理由を述べよ.

左は陰極からグリッドまで加速電圧Vをかけ,グリッドより陽極の電位を0.5 V低くした水銀蒸気の管である.電子は右向きに進み,陽極に届いた電子を電流計で測る.右はVを横軸,Iを縦軸とした模式グラフで,問題で与えられた7.0,11.9,16.8,21.7 Vに4つの山を示す.求める山の間隔,励起エネルギー,光の波長は示さない. 左は陰極からグリッドまで加速電圧Vをかけ,グリッドより陽極の電位を0.5 V低くした水銀蒸気の管である.電子は右向きに進み,陽極に届いた電子を電流計で測る.右はVを横軸,Iを縦軸とした模式グラフで,問題で与えられた7.0,11.9,16.8,21.7 Vに4つの山を示す.求める山の間隔,励起エネルギー,光の波長は示さない.
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考え方 水銀原子は決まったエネルギーしか受け取れない.電子がそのエネルギーに達した所で衝突し,エネルギーを失って逆向きの電圧を越えられなくなる.山の位置そのものではなく,山の間隔を読む.

解答

  1. 電子の運動エネルギーが水銀原子の励起エネルギーに届くと,グリッドの手前で原子と非弾性衝突し,そのエネルギーを原子に渡してほぼ止まる.すると 0.5V の逆向きの電圧を越えられず,陽極に届く電子が減る.V をさらに上げると,衝突の後にもう一度加速されて逆向きの電圧を越えられるようになり,電流が再び増える.励起エネルギーの2倍に達すると2回衝突し,また電流が減る.

  2. 山の間隔は (21.7−7.0)/3=4.90V である.1回の非弾性衝突ごとに 4.90eV を失うので,励起エネルギーは 4.90eV である.励起した原子が元に戻るときの光の波長は

λ=12404.90=253nm

で,紫外線である.最初の山の位置は,陰極とグリッドの金属の仕事関数の違い(接触電位差)などで,全部の山が同じだけずれたものである.間隔を読めばこのずれは打ち消されるので,結果に影響しない.

  1. 質量 m の電子が,止まっている質量 M の原子に正面から弾性衝突すると,第5章の1次元の弾性衝突の式から,原子が得る速さは 2mm+Mv である.原子が受け取る運動エネルギーの割合は

12M(2mvm+M)212mv2=4mM(m+M)2≈4mM=43.66×105=1.1×10−5

で,正面衝突でない場合はさらに小さい.弾性衝突によるエネルギー損失の累積が小さい範囲では,加速電圧で決まるエネルギーをほぼそのまま励起に使える.そのため,山の間隔から励起エネルギーを求められる.

確かめ 実際の水銀では,約 4.9eV の励起に対応する 253.7nm の紫外線が観測され,殺菌灯や蛍光灯の中で使われている.電子が衝突で失ったエネルギーと,原子が出す光子のエネルギーが同じ値になることが,準位が飛び飛びであることの独立な証拠になる.

ポイント ここまでのまとめ

  • 線の波長は,準位図で始めと終わりの準位を決め,hc/λ=En−En′ から求める.hc=1240eVnm を使うと速い.

  • 可視光の線は水素ではバルマー系列の4本だけ.ライマン系列は紫外線,パッシェン系列は赤外線である.

  • 水素型イオンは En=−Z2B/n2 で,Z=2 なら n を2倍にすると水素の準位と重なる.原子核の運動は,準位に μ/m を掛けて補正する.

  • フランク・ヘルツの実験では,電流の山の間隔が励起エネルギーを与える.山の位置の一様なずれは間隔に効かない.