問い
両端を固定した弦は,決まった振動数の音しか出しません.波長が 2𝐿/𝑛 に限られるからでした(第25章).前の題材で,電子も波長 𝜆 =ℎ/𝑝 の波としてふるまうことを見ました.では,電子を長さ 𝐿 の狭い場所に閉じこめると,何が起こるでしょうか.電子のエネルギーは,どんな値でもとれるのでしょうか.
考えてみる
古典力学で考えると,2枚の固い壁の間を往復する粒子は,どんな速さでも往復できます.運動エネルギーはいくらでも小さくでき,止まっていることもできます.エネルギーは連続です.
しかし粒子が波でもあるなら,事情が変わります.前の題材で,粒子を位置 𝑥 から 𝑥 +d𝑥 の間に見つける確率は |𝜓|2d𝑥 に比例すると学びました.粒子が箱の外に出られないなら,外では 𝜓 =0 です.波動関数は途中で急に飛ばないので,壁の位置でも 𝜓 =0 になります.これは,両端を固定した弦の変位が端で0になる条件と同じ形です.弦と同じように,箱の中には限られた波長の定常波しか入りません.
箱の中の粒子
質量 𝑚 の粒子が 0 <𝑥 <𝐿 の中だけを動けるとします.箱の中ではポテンシャルエネルギーを0とし,壁は無限に高く,粒子を決して通さないとします.これを1次元の箱(無限に深い井戸)といいます.
境界で 𝜓(0) =𝜓(𝐿) =0 となる定常波は
𝜓𝑛(𝑥)=𝐶sin𝑛𝜋𝑥𝐿(𝑛=1,2,3,…)
です.波長は 𝜆𝑛 =2𝐿/𝑛 で,箱の幅に半波長がちょうど 𝑛 個入ります.𝑛 =0 では 𝜓 が至る所で0になって粒子が無いことになり,負の 𝑛 は符号が変わるだけで同じ状態です.
正弦波は,右向きと左向きに進む同じ波長の波の重ね合わせです(第25章).粒子は右へも左へも動いていて,運動量の大きさは 𝑝𝑛 =ℎ/𝜆𝑛 =𝑛ℎ/(2𝐿) に決まっています.箱の中ではポテンシャルエネルギーが0なので,エネルギーは運動エネルギーだけで
𝐸𝑛=𝑝2𝑛2𝑚=𝑛2ℎ28𝑚𝐿2
となります.エネルギーは 𝑛2 に比例する飛び飛びの値しかとれません.
定義 束縛状態とエネルギー準位
ある範囲に閉じこめられた粒子の状態を束縛状態という.束縛状態の粒子がとれるエネルギーの値は飛び飛びで,その1つ1つをエネルギー準位,準位を番号づける整数 𝑛 を量子数という.最もエネルギーの低い状態を基底状態,それより上の状態を励起状態という.
定理 1次元の箱の中の粒子
幅 𝐿 の無限に深い箱の中の質量 𝑚 の粒子の状態と準位は,𝑛 =1,2,3,… として
𝜓𝑛(𝑥)=√2𝐿sin𝑛𝜋𝑥𝐿,𝐸𝑛=𝑛2ℎ28𝑚𝐿2
である.
係数 𝐶 =√2/𝐿 は,粒子が箱のどこかには必ずいる,つまり確率の合計が1という条件
∫𝐿0|𝜓𝑛|2d𝑥=1
から決めます.これを規格化といいます.sin2𝑢 =(1−cos2𝑢)/2 の余弦の項は箱の幅で積分すると0になるので,積分は 𝐶2𝐿/2 で,𝐶 =√2/𝐿 です.規格化した 𝜓𝑛 を使えば,箱の一部 𝑎 <𝑥 <𝑏 で粒子を見つける確率は ∫𝑏𝑎|𝜓𝑛|2 d𝑥 で計算できます.基底状態では |𝜓1|2 は中央で最も大きく,壁に近いほど小さくなります.古典的な粒子なら箱の中を一定の速さで往復するので,どこでも同じ確率で見つかるはずです.
[図:箱の定常波と飛び飛びの準位]初期状態はn=1で,青い波動関数と緑の確率密度が両壁で0になる.曲線はそれぞれ別の尺度で重ね,破線の水平線は確率密度の平均1/Lを示す.スライダーでnを1から6まで変えると,半波長の数,節,選択した準位が変わる.準位の高さはn²に比例し,細かく波打つ確率密度は空間的に平均すると一様な分布に近づく.
初期状態はn=1で,青い波動関数と緑の確率密度が両壁で0になる.曲線はそれぞれ別の尺度で重ね,破線の水平線は確率密度の平均1/Lを示す.スライダーでnを1から6まで変えると,半波長の数,節,選択した準位が変わる.準位の高さはn²に比例し,細かく波打つ確率密度は空間的に平均すると一様な分布に近づく.
隣り合う準位の間隔 𝐸𝑛+1 −𝐸𝑛 =(2𝑛+1)𝐸1 と準位 𝐸𝑛 の比は,𝑛 が大きいとき約 2/𝑛 です.エネルギーの大きい状態では準位がほとんど連続になり,確率の分布も平均すると一様になって,古典的な往復運動に近づきます.
数の大きさ
ℎ2/(8𝑚) を電子の質量で計算すると,𝐸1 =0.377 eV ×(1nm/𝐿)2 です.幅 1 nm の分子なら約 0.4 eV,原子ほどの幅 0.1 nm なら約 38 eV です.どちらも原子や分子の現象で現れるエネルギーの大きさです.一方,0.1 kg のボールを幅 1 m の箱に入れると 𝐸1 は 10−67 J の程度で,飛び飛びであることはまったく見えません.準位が目立つのは,質量が小さく,閉じこめる幅が狭いときです.
この模型では2つの近似を使っています.1つは壁が無限に高いことで,実際の壁の高さが 𝐸𝑛 より十分大きいときに使えます.壁が低いと,粒子は壁の中へ少しにじみ出て,準位は少し下がります.もう1つは 𝐸 =𝑝2/(2𝑚) という非相対論的な式で,𝐸𝑛 が静止エネルギー 𝑚𝑐2 より十分小さいことが条件です.電子なら 𝑚𝑐2 =0.511 ×106 eV なので,原子や分子の大きさでは十分に成り立ちます.
2次元・3次元の箱
𝑥 方向と 𝑦 方向の両方に壁がある長方形の箱では,波動関数は sin(𝑛𝑥𝜋𝑥/𝐿𝑥)sin(𝑛𝑦𝜋𝑦/𝐿𝑦) に比例し,エネルギーは各方向の運動エネルギーの和です.3次元の直方体なら
𝐸=ℎ28𝑚(𝑛2𝑥𝐿2𝑥+𝑛2𝑦𝐿2𝑦+𝑛2𝑧𝐿2𝑧)
となり,量子数は3つです.立方体では (𝑛𝑥,𝑛𝑦,𝑛𝑧) =(1,1,2), (1,2,1), (2,1,1) のように,異なる状態が同じエネルギーをもちます.これを縮退といいます.縮退は箱の対称性から来ていて,箱を少しゆがめると準位がわずかに分かれます.
最低のエネルギーは0でない
基底状態のエネルギー 𝐸1 は0ではありません.閉じこめられた粒子は止まっていられないのです.これは前の題材の不確定性関係で理解できます.幅 𝐿 に閉じこめると位置の広がりは Δ𝑥 ∼𝐿 で,運動量には Δ𝑝 ∼ℎ/𝐿 の広がりが必ずあります.運動エネルギーは
𝐾∼(Δ𝑝)22𝑚∼ℎ22𝑚𝐿2
の程度で,正確な 𝐸1 =ℎ2/(8𝑚𝐿2) と桁が一致します.不確定性の見積もりは係数まで正しくはないので,Δ𝑝 ∼ℎ/Δ𝑥 と Δ𝑝 ∼ℏ/Δ𝑥 のどちらを使っても構いません.大事なのは 𝐸 ∝1/(𝑚𝐿2) という依存のしかたで,狭く閉じこめるほど,軽い粒子ほど,最低のエネルギーは高くなります.
調和振動子
ばねにつながれた粒子のように,ポテンシャルエネルギーが 𝑈 =𝑘𝑥2/2 の場合も,粒子は束縛されます.壁は固くありませんが,遠くへ行くほど 𝑈 が大きくなるので,粒子は原点の近くに閉じこめられます.このときの準位は次のようになることが知られています(導出には波動関数の満たす方程式(シュレーディンガー方程式)が要るので,ここでは結果だけを使います).
定理 量子の調和振動子
角振動数 𝜔 =√𝑘/𝑚 の調和振動子の準位は
𝐸𝑛=(𝑛+12)ℏ𝜔(𝑛=0,1,2,…)
で,等間隔 ℏ𝜔 に並ぶ.基底状態のエネルギー ℏ𝜔/2 を零点エネルギーという.
零点エネルギーの大きさは,不確定性で見積もれます.粒子が幅 𝑎 の程度に広がっていると,運動量は ℏ/𝑎 の程度で,エネルギーは
𝐸(𝑎)∼ℏ22𝑚𝑎2+12𝑘𝑎2
です.𝑎 を小さくすると運動エネルギーが増え,大きくするとポテンシャルエネルギーが増えます.和が最小になるのは d𝐸d𝑎 =0,つまり 𝑎2 =ℏ/√𝑚𝑘 のときで,そのとき 𝐸 ∼ℏ√𝑘/𝑚 =ℏ𝜔 です.正確な ℏ𝜔/2 と桁が合います.
2原子分子の原子間の距離の振動は,原子間距離のずれ 𝑥 が小さい範囲で調和振動子とみなせます.質量には,2つの原子の質量から決まる有効質量を使います.振動の準位の間の光の吸収は,主に隣り合う準位の間で起こるので,吸収される光子のエネルギーは ℏ𝜔 です.多くの分子でこれは 0.1 eV 前後で,光は赤外線になります.二酸化炭素や水蒸気が赤外線を吸うのはこのためです.調和振動子とみなせるのは,振動の広がりが原子間距離より十分小さい範囲で,振動が激しくなると準位の間隔は少しずつ狭くなります.
準位と光
束縛された粒子のエネルギーが飛び飛びなら,準位を移るときに出入りするエネルギーも飛び飛びです.出入りするエネルギーを光子1個が運ぶとすると,次の関係が成り立ちます.
法則 準位の間の遷移と光子
粒子が準位 𝐸𝑚 から低い準位 𝐸𝑛 へ移るとき,エネルギー ℎ𝜈 =𝐸𝑚 −𝐸𝑛 の光子を1個放出する.逆に,この振動数の光子を1個吸収すると,𝐸𝑛 から 𝐸𝑚 へ移る.
これは光子のエネルギーと粒子のエネルギーの保存則です.束縛された粒子は決まった振動数の光だけを吸収・放出するので,スペクトルは連続ではなく線になります.逆に,吸収や放出の波長を測れば,準位の間隔が分かり,閉じこめている場所の大きさや,ばねの強さが分かります.
[図:光子の放出と吸収による準位の遷移]箱のE₁,E₂,E₃をn²に比例する高さに描く.放出の3→1,3→2,2→1は下向き,吸収の例1→3は上向きの矢印で示す.各矢印に光子のエネルギーhνと上下の準位の差を添える.
色素分子の色は,この考え方でよく見積もれます.炭素原子が単結合と二重結合を交互にくり返して鎖のように並ぶ分子(共役鎖)では,一部の電子が鎖全体を自由に動けます.鎖の長さを 𝐿 として,これを1次元の箱の中の電子とみなします.1つの準位には電子が2個まで入れる(理由は次の発展の第30章)ので,電子は下の準位から2個ずつ詰まります.光を吸収すると,詰まった一番上の準位の電子が,空いている一番下の準位へ移ります.鎖が長いほど準位の間隔が狭くなり,吸収する光の波長は長くなります.
[図:共役鎖を箱に置き換えた電子の吸収]共役鎖の長さLを箱の幅Lに置き換える.模式例として電子6個をE₁,E₂,E₃に2個ずつ入れ,上向きと下向きの短い矢印で表す.一番上の詰まった準位E₃から,空いた準位E₄への光の吸収を上向きの橙色の矢印で示す.
原子の大きさ
水素原子の電子は,原子核のクーロン力で閉じこめられた束縛状態です.古典的には,電子は原子核に近づくほどポテンシャルエネルギーが下がるので,原子核に落ちてしまいそうです.しかし半径 𝑟 に閉じこめると,運動エネルギーが ℏ2/(2𝑚𝑟2) の程度に増えます.1/𝑟2 で増える運動エネルギーと,−1/𝑟 で下がるポテンシャルエネルギーの和が最小になる所で,原子の大きさが決まります.計算は例題で行い,約 0.05 nm と −13.6 eV の程度が出ます.次の題材のボーア模型で,同じ値を別の道すじから出します.
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電子を長さ 𝐿 の場所に閉じこめると,弦の定常波と同じように,波長は 2𝐿/𝑛 に限られます.ド・ブロイの関係で運動量が決まり,エネルギーは 𝐸𝑛 =𝑛2ℎ2/(8𝑚𝐿2) の飛び飛びの値になります.最低のエネルギーも0ではありません.そして準位を移るときには,準位の差に等しいエネルギーの光子だけを吸収・放出します.カロテンが青い光を吸うのは,細長い分子に閉じこめられた電子の準位の間隔が,ちょうど青い光の光子のエネルギーになっているからです.
ポイント ここまでのまとめ
粒子が出られない壁では 𝜓 =0.束縛状態は定常波で,エネルギーは飛び飛びの準位になる.
1次元の箱:𝜆𝑛 =2𝐿/𝑛,𝐸𝑛 =𝑛2ℎ2/(8𝑚𝐿2),規格化 ∫|𝜓|2 d𝑥 =1 から 𝜓𝑛 =√2/𝐿sin(𝑛𝜋𝑥/𝐿).
最低のエネルギーは0でなく,不確定性から 1/(𝑚𝐿2) の程度と見積もれる.調和振動子では 𝐸𝑛 =(𝑛+1/2)ℏ𝜔,零点エネルギーは ℏ𝜔/2.
多次元の箱ではエネルギーは各方向の和で,対称性があると縮退する.
準位の間の遷移で ℎ𝜈 =𝐸𝑚 −𝐸𝑛 の光子を吸収・放出する.波長から準位の間隔と閉じこめの大きさが分かる.