問いしるべ
問いから始める物理 ゆらぎと拡散(発展)

ゆらぎと拡散(発展)

ゆらぎの数学:平均・分散と独立な和

著者:柚木芹香

ランダムウォークで ⟨x⟩=0 なのに ⟨x2⟩ が増えたのは,「平均は0のまま分散が増える」ということでした.平均と分散の扱い方をまとめ,ブラウン運動の式を導き直します.

定理 数学の道具:平均・分散と独立な量の和

確率的に値が決まる量 X の平均(期待値)を ⟨X⟩,分散を σX2=⟨(X−⟨X⟩)2⟩=⟨X2⟩−⟨X⟩2 と書く.平均は和について線形で,⟨X+Y⟩=⟨X⟩+⟨Y⟩ はいつでも成り立つ.X と Y が独立なときは,さらに ⟨XY⟩=⟨X⟩⟨Y⟩ が成り立ち,

σX+Y2=⟨(X+Y)2⟩−⟨X+Y⟩2=σX2+σY2+2(⟨XY⟩−⟨X⟩⟨Y⟩)=σX2+σY2

となる.独立な量の和では,標準偏差ではなく分散が足し算になる. 同じ分散 σ2 の独立な量を N 個足すと標準偏差は Nσ,いっぽう N 個の平均は和を N で割るので分散が σ2/N,標準偏差は σ/N になる.

二項分布. 確率 12 で右か左へ進む N 回の試行で,右へ k 回進む確率は P(k)=(Nk)/2N.右へ進む回数の平均は N/2,分散は N/4 で,標準偏差は N/2 にすぎない.N が大きいとこの分布は釣鐘形(正規分布)に近づく.位置は x=(2k−N)l だから ⟨x⟩=0,σx2=(2l)2⋅N4=Nl2 で,前の節の結果と一致する.

練習. (1) 1歩 l の1次元ランダムウォークで,4歩後の位置が +2l である確率を求めよ.(2) 1回の測定の標準偏差が σ のとき,何回測って平均すれば標準偏差を σ/20 にできるか.

答え:(1) 右に3回,左に1回で (43)/24=14. (2) σ/N=σ/20 より N=400 回.

二項分布の標準偏差 N/2 が,前の節の「衝突回数のゆらぎは N 程度」の中身です.N=1012 回の衝突なら不均衡は割合にして 10−6 にすぎませんが,粒が軽ければこれが目に見える動きになります.

例題

例題 1

オリジナル ★★★☆☆

質量 m の粒の1方向の運動を

mx¨=−x˙μm+F(t)

で表す.第1項は水の抵抗,F(t) は分子の衝突による不規則な力で,平均は0,異なる時刻の値の相関が続く時間は,速度の記憶が消える時間 τv=mμm よりはるかに短いとする.すると,ある時刻の x はそれ以前の F を積み上げたものなので同時刻の F と相関せず,⟨xF⟩=0 としてよい(力の式に x が現れない,というだけでは理由になりません).原点を出発した粒について,τv より十分長い時間がたったあとの ⟨x2⟩ を,等分配則 m⟨x˙2⟩=kBT から求めなさい.

液体中の粒が x 軸の正の向きへ速度 ẋ で動く瞬間を示す.抵抗 −ẋ/μ_m は速度と逆向きで,分子の衝突による力 F(t) はこの瞬間には正の向きだが,時々刻々向きと大きさが変わる.1方向のモデルなので,速度と2つの力はすべて x 軸に平行である. 液体中の粒が x 軸の正の向きへ速度 ẋ で動く瞬間を示す.抵抗 −ẋ/μ_m は速度と逆向きで,分子の衝突による力 F(t) はこの瞬間には正の向きだが,時々刻々向きと大きさが変わる.1方向のモデルなので,速度と2つの力はすべて x 軸に平行である.
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考え方 両辺に x を掛けてから平均をとる.xx¨=d(xx˙)dt−x˙2 と書き直すのがかぎである.

両辺に x を掛け,平均をとる.⟨xF⟩=0 だから

md⟨xx˙⟩dt−m⟨x˙2⟩=−⟨xx˙⟩μm

である.ここで ⟨xx˙⟩=12d⟨x2⟩dt であり,十分に時間がたつと粒はどこから出発したかを忘れて ⟨xx˙⟩ は一定値に落ち着く.すると左辺の第1項が0になり,等分配則から

⟨xx˙⟩=μmm⟨x˙2⟩=μmkBT

を得る.したがって d⟨x2⟩dt=2μmkBT,すなわち ⟨x2⟩=2μmkBTt である.

求まったのは t≫τv での傾きだけである.同じ模型を,原点出発・初速度は熱平衡として厳密に解くと

⟨x2⟩=2D[t−τv(1−e−t/τv)],D=μmkBT

で,傾きは 2D に近づくが切片 −2Dτv が残る.⟨x2⟩=2Dt と書けるのは,これを無視できる長時間だけである.

例題 2

オリジナル ★★☆☆☆

上で考えた半径 a=0.50μm の粒(m=5.2×10−16kg,η=1.0×10−3Pas,T=300K,μm=1/(6πηa))を,1秒間に30枚撮る顕微鏡で追う.

左右は同じ1方向の軌跡を,同じ時間範囲と尺度で描いたもの.左は間隔 Δt,右はその半分の間隔で記録し,右の記録点は左の記録点をすべて含む.細かい記録では往復が見え,拡散の範囲 Δt/2≫τ_v では,見かけの速度の2乗平均平方根は √2 倍になる.各区間の速度が必ず大きくなるという意味ではない. 左右は同じ1方向の軌跡を,同じ時間範囲と尺度で描いたもの.左は間隔 Δt,右はその半分の間隔で記録し,右の記録点は左の記録点をすべて含む.細かい記録では往復が見え,拡散の範囲 Δt/2≫τ_v では,見かけの速度の2乗平均平方根は √2 倍になる.各区間の速度が必ず大きくなるという意味ではない.
  1. 速度の記憶が消える時間 τv=mμm を求めなさい.

  2. 連続する2枚から Δx/Δt を計算して「速度」とよぶと,どれくらいか.1方向の2乗平均平方根 kBT/m と比べなさい.

  3. Δt を短くしていくと,この見かけの速度はどうなるか.

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考え方 抵抗だけの運動方程式 mv˙=−v/μm の時定数が τv である.見かけの速度は 2DΔt/Δt で評価する(D=μmkBT).

  1. μm=1/(6πηa)=1.1×108ms−1N−1 なので τv=mμm≈5.5×10−8s.

  2. D=μmkBT≈4.4×10−13m2s−1,Δt=1/30s で 2DΔt≈0.17μm だから,見かけの速度は約 5μms−1.1方向の kBT/m≈2.8mms−1 の500分の1ほどである.⟨v2⟩≈5mms−1 は3方向を合わせた速さで,1成分の 3 倍だから,比べる相手として適当でない.

  3. 2DΔt/Δt=2D/Δt は,式のうえでは Δt を短くするほどいくらでも大きくなる.しかし ⟨(Δx)2⟩=2DΔt 自体が Δt≫τv の近似である.例題1の厳密形を τv≫Δt で展開すると ⟨(Δx)2⟩≈(kBT/m)(Δt)2 で,短い間隔では粒はまっすぐ飛ぶから,見かけの速度は発散せず kBT/m に落ち着く.際限なく大きくなるのは,慣性を捨てた理想の過程(τv→0)の形式的な極限にすぎない.顕微鏡の Δt は τv より6桁も長い.そこで測る「速度」は時間間隔で変わる量で,意味をもつのは ⟨x2⟩ である.

ポイント ここまでのまとめ

  • 分散は σX2=⟨X2⟩−⟨X⟩2.独立な量の和では分散が足し算になり,和の標準偏差は Nσ,平均の標準偏差は σ/N である.

  • 二項分布の標準偏差 N/2 が,衝突回数のゆらぎとランダムウォークの ⟨x2⟩=Nl2 の両方を説明する.

  • 抵抗と不規則な力の運動方程式から,等分配則を橋渡しにして ⟨x2⟩=2μmkBTt が出る.厳密には ⟨x2⟩=2D[t−τv(1−e−t/τv)] で,この式は t≫τv=mμm でだけ使える.

  • 粒の「速度」は観測の時間間隔で変わる.Δt が τv より短ければ弾道運動で,見かけの速度は1成分の kBT/m に近づく.意味をもつのは平均2乗変位である.