問い
野球のバットを,回転させながら放り投げます.太い先端と細い持ち手が複雑にくるくる回って,全体の動きはいかにも複雑です.ところが,バットの上のある一点だけは,ボールを投げたときと同じように,なめらかな放物線を描いて飛ぶことが知られています.その点は,バットのどこにあるのでしょうか.
考えてみる
バットをばらばらの小さな部分に分け,それぞれが質点だと考えます.いちばん単純な場合として,質量 𝑚1,𝑚2 の2つの質点が,棒でつながれて空中を飛んでいるとします.棒の質量は無視できるとすると,棒が2つの質点に及ぼす力は,互いに逆向きで同じ大きさです.これを 𝒇 と −𝒇 とおくと,重力だけが外力のとき,運動方程式は
𝑚1𝒂1=𝒇+𝑚1𝒈,𝑚2𝒂2=−𝒇+𝑚2𝒈
です.各質点の動きは棒の力 𝒇 のせいで複雑になります.ところが,2式を足すと 𝒇 が消えて
𝑚1𝒂1+𝑚2𝒂2=(𝑚1+𝑚2)𝒈
になります.位置の「質量で重みを付けた平均」𝒓G =𝑚1𝒓1+𝑚2𝒓2𝑚1+𝑚2 を時間で2回微分した加速度を 𝒂G とすると,左辺は (𝑚1 +𝑚2)𝒂G です.両辺を全質量 𝑚1 +𝑚2 で割ると 𝒂G =𝒈 となり,この平均の位置は,ただの質点のように放物線を描くはずです.
重心
この「重みを付けた平均の位置」に名前を付けます.
定義 重心
質量 𝑚1,…,𝑚𝑛 の質点が位置 𝒓1,…,𝒓𝑛 にあるとき,全質量を 𝑀 =∑𝑖𝑚𝑖 として
𝒓G=∑𝑖𝑚𝑖𝒓𝑖𝑀=𝑚1𝒓1+⋯+𝑚𝑛𝒓𝑛𝑚1+⋯+𝑚𝑛
を重心(質量中心)という.質量で重みを付けた位置の平均である.
2つの質点なら,重心は2点を結ぶ線分上にあり,質量の逆比に分ける点です.重いほうの近くに寄ります.𝑚1 と 𝑚2 を結ぶ線分上で,重心から 𝑚1 までの距離を ℓ1,𝑚2 までを ℓ2 とすると,𝑚1ℓ1 =𝑚2ℓ2 が成り立ちます.てこのつり合いと同じ形です.たとえば 3 kg と 1 kg の質点が 4 m 離れていれば,重心は重いほうから 1 m,軽いほうから 3 m の点です.質量の比 3 :1 の逆比 1 :3 に分けています.
[図:質量による重み付け]質量の異なる2つの質点(大小の円)を棒でつなぎ,重心に支点を置いたてこのように描く.重い質点のほうが重心に近いことを示す.
重力が一様な場所では,物体をつり合わせる点(重力の合力の作用点)は重心と一致します.本書では,どちらも重心とよびます.
質点系の運動
質点が 𝑛 個あるとします.𝑖 番目の質点が受ける力を,系の外から受ける力 𝑭𝑖(外力)と,ほかの質点 𝑗 から受ける力 𝒇𝑖𝑗(内力)に分けて,運動方程式を書きます.
𝑚𝑖𝒂𝑖=𝑭𝑖+∑𝑗≠𝑖𝒇𝑖𝑗
これを 𝑖 について全部足します.作用反作用の法則 𝒇𝑖𝑗 = −𝒇𝑗𝑖 から,内力の和は対になって打ち消し合い,0 になります.左辺は,重心の定義を時間で2回微分すると 𝑀𝒂G です.
定理 重心の運動
𝑀𝒂G=∑𝑖𝑭𝑖
重心は,全質量 𝑀 をもつ1つの質点が,外力の合力を受けているかのように動く.内力は重心の運動に影響しない.
バットの問いに戻ります.投げたバットに働く外力は重力だけです(空気抵抗は無視します).すると 𝒂G =𝒈 となり,回転の仕方によらず重心は必ず放物線を描きます.ほかの点は,一般には重心のまわりをくるくる回りながら,重心と一緒に運ばれていくので,放物線になるとは限りません.太い先端が重いバットでは,重心は先端寄りの,バランスをとれる点です.
[図:回転するバットの重心軌道]投げ上げたバットを,一定時間おきのストロボ写真のように描く.各位置でバットが回転しているが,重心の点をつないだ軌跡はなめらかな放物線になっている.
運動量とのつながりも見ておきます.全運動量は 𝑷 =∑𝑖𝑚𝑖𝒗𝑖 =𝑀𝒗G です.上の定理は d𝑷d𝑡 =∑𝑖𝑭𝑖 と同じ内容で,外力の合力が 0 のときの運動量保存則を,質点系全体に広げたものです.
重心が動かない例
外力の合力が 0 で,初めに静止していれば,重心は動きません.外力の合力のある向きの成分だけが0なら,初めにその向きの重心の速度が0であれば,重心のその向きの座標が変わりません.なめらかな氷の上で,人が長い板の上を歩く場合を考えます.水平方向の外力は無く,初め水平方向に静止しているので,系全体の重心の水平方向の位置は変わりません.人が右へ進むと,板は左へ動きますが,系全体の重心は初めの位置にとどまります.人と板の変位は逆向きで,その大きさ(動く距離)の比は質量の逆比です.人の歩き方(速さの変化)には関係しません.重心が動かないという条件だけで,最終的な位置が決まるのです.
[図:人と板の重心は動かない]なめらかな氷上の板と,その上を右へ歩く人を,歩く前と歩いた後に分けて描く.重心の位置に印を付け,前後で同じ位置にあることを示す.
空中で破裂した花火の破片も同様です.破片は四方八方に飛びますが,その重心は,破裂しなかったときと同じ放物線を描き続けます(破片が地面にぶつかるまで).
ポイント ここまでのまとめ
重心 𝒓G =∑𝑚𝑖𝒓𝑖𝑀 は,質量で重みを付けた位置の平均.2質点なら質量の逆比に分ける点.
質点系の運動方程式を足すと,内力は作用反作用で打ち消し合う.重心は 𝑀𝒂G =∑𝑭𝑖(外力の合力)に従って動く.
全運動量は 𝑀𝒗G.外力の合力が 0 なら重心は等速直線運動をし,初めに静止していれば動かない.
問いの答え:回転の仕方によらず放物線を描くのは重心.バットの太さや回転の仕方によらず,外力が重力だけなら重心は 𝒂G =𝒈 で運動する.