問い
ビリヤードで,止まっている的球に手球を正面からまっすぐ当てると,手球はぴたりと止まって,的球だけが走り出すことがあります.2つの球は同じ質量なので,手球が少し前に進み続けても,的球が少し後ろに跳ね返されても,おかしくなさそうです.なぜ,手球だけが止まるのでしょうか.
考えてみる
まず,この章の最初に学んだ運動量保存則を使います.質量 𝑚 の手球が速さ 𝑣 で進み,静止している質量 𝑚 の的球に当たり,衝突後の速度が 𝑢1,𝑢2 になったとします.外力はないので
𝑚𝑣=𝑚𝑢1+𝑚𝑢2,つまり𝑢1+𝑢2=𝑣
です.手球が止まる (𝑢1,𝑢2) =(0, 𝑣) はこれを満たします.ところが,(𝑣/2, 𝑣/2) も,( −𝑣/4, 5𝑣/4) も満たします.運動量保存則は,未知数2つに式が1つなので,これだけでは結果が決まりません.
実際,粘土の球どうしなら,くっついて (𝑣/2, 𝑣/2) になります.鋼の球なら,ほとんどはね返ります.衝突の結果を決めるには,「どれだけはね返るか」という情報があと1つ要ります.衝突する2つの物体の組み合わせで決まるその値は,たとえばボールを床へ高い所から落として,はね返る高さを測れば分かります(ボールと床の組み合わせの値です).実際の値は衝突の速さにも少し依存しますが,本節では衝突ごとに一定の値として扱います.
反発係数
衝突前に近づく速さと,衝突後に離れる速さの比で,はね返り方を表します.
定義 反発係数
物体1,2の衝突前の速度を 𝑣1,𝑣2,衝突後を 𝑢1,𝑢2 とする.直線上の衝突で
𝑒=−𝑢1−𝑢2𝑣1−𝑣2
を反発係数(はね返り係数)という.離れる相対速度と近づく相対速度の大きさの比で,0 ≤𝑒 ≤1.
𝑒 =1 のときを弾性衝突,0 <𝑒 <1 を非弾性衝突,𝑒 =0 を完全非弾性衝突といいます.完全非弾性衝突では 𝑢1 =𝑢2 で,2つはくっついて一体で動きます.
運動量保存則と反発係数の式は,未知数 𝑢1,𝑢2 の連立方程式です.解くと次のようになります(解き方は次の節で見ます).
法則 1次元衝突の一般解
質量 𝑚1,𝑚2,衝突前の速度 𝑣1,𝑣2,反発係数 𝑒 のとき,
𝑢1=𝑣1−(1+𝑒)𝑚2𝑚1+𝑚2(𝑣1−𝑣2),𝑢2=𝑣2+(1+𝑒)𝑚1𝑚1+𝑚2(𝑣1−𝑣2)
である.
これを問いに当てはめます.𝑚1 =𝑚2 =𝑚,𝑣1 =𝑣,𝑣2 =0,𝑒 =1 とすると,𝑢1 =𝑣 −2𝑚2𝑚𝑣 =0,𝑢2 =0 +2𝑚2𝑚𝑣 =𝑣 です.質量が等しい球の弾性衝突では,速度が入れ替わります.手球が止まり,的球が手球の速度を受け取るのは,このためです.
[図:等質量球の速度交換]同じ質量の2つの球が一直線上にある様子を,衝突前(左の球だけ矢印が付く)と衝突後(右の球だけ矢印が付く)に分けて描く.矢印の長さは同じにする.
質量が違うと結果は変わります.質量 2𝑚 の球が速さ 𝑣 で,静止している質量 𝑚 の球に弾性衝突すると,一般解から 𝑢1 =𝑣3,𝑢2 =4𝑣3 です.重い球は止まらずに進み続け,軽い球は元の速さの 43 倍で飛び出します.
ほかの極端な場合も見ておきます.𝑒 =0 なら 𝑢1 =𝑢2 =𝑚1𝑣1+𝑚2𝑣2𝑚1+𝑚2 で,運動量保存則から出る一体の速度です.また,壁や床のように 𝑚2 が非常に大きく止まっているとき,𝑢2 ≈0 なので 𝑢1 = −𝑒𝑣1 です.壁や床に垂直に当たるボールは,速さを 𝑒 倍にして,逆向きにはね返ります.
衝突でなくなるもの
弾性でない衝突では,運動量は保存するのに,何かが減っています.運動の勢いを表す量として,速さの2乗に比例する 12𝑚𝑣2 の和を見てみます.
先の一般解から計算すると,衝突による 12𝑚1𝑣21 +12𝑚2𝑣22 の変化は
−1−𝑒22⋅𝑚1𝑚2𝑚1+𝑚2(𝑣1−𝑣2)2
になります.𝑒 =1(弾性衝突)ならこの量は変わらず,𝑒 <1 なら減ります.𝑒 =0 で最も減り,その分は熱や音や物体の変形に使われます.運動量は保存しても,この量は保存するとは限りません.
2次元の衝突
平面での衝突は,運動量保存則がベクトルなので,成分ごとに考えます.ここでは,なめらかな球や円板どうしの衝突を扱います.衝突で働く力は接触点で面に垂直な向き(中心を結ぶ向き,これを法線とよびます)だけで,力は各物体の中心を通るので,回転は変わりません.したがって,
静止したなめらかな壁に斜めに当たるボールも同じで,壁に平行な成分は保ち,壁に垂直な成分だけが −𝑒 倍されます.
[図:法線成分と接線成分]なめらかな2つの円板が斜めに衝突する瞬間の図.中心を結ぶ法線方向と,それに垂直な接線方向の2本の軸を引き,衝突前の速度を2成分に分けて示す.
ポイント ここまでのまとめ
運動量保存則だけでは,衝突後の2つの速度は決まらない.はね返り方を表す反発係数 𝑒 = −𝑢1−𝑢2𝑣1−𝑣2 が必要である.
𝑒 =1 が弾性衝突,𝑒 =0 が完全非弾性衝突(一体になる).一般解は 𝑢1 =𝑣1 −(1+𝑒)𝑚2𝑚1+𝑚2(𝑣1 −𝑣2) など.
外力の力積が無視できる衝突で運動量は保存するが,𝑒 <1 では速さの2乗に比例する量の和は減る.
2次元では,法線方向を1次元の衝突として扱い,接線方向の成分は(なめらかなら)変わらない.
問いの答え:質量が等しい球の正面の弾性衝突(𝑒 ≈1)では速度が入れ替わるので,手球が止まり,的球が手球の速度で動き出す.