問い 山の 頂上まで 登る 道が2本あります.一本は 急で 短く,もう 一本は ゆる やかで 長い道です.どちらの 道を 登っても,重力に 逆らってする 仕事は 同じでしょうか.また,下りの 道では,重力は 登りの ときと 逆の 仕事を するのでしょうか.
考えてみる 質量 𝑚 m の 人が,高さ ℎ h の 頂上まで 登るとします.座標は 鉛直上 向きに 𝑦 y 軸を とります.重力は 𝑭 = ( 0 , − 𝑚 𝑔 ) F = ( 0 , − m g ) で 一定です.道の 途中の 短い 変位を d 𝒓 = ( d 𝑥 , d 𝑦 ) d r = ( d x , d y ) と すると,重力の 仕事は
𝑭 ⋅ d 𝒓 = − 𝑚 𝑔 d 𝑦 F ⋅ d r = − m g d y
です.水平方向の 動き d 𝑥 d x は,仕事に 何も 寄与しません.足し合わせると,登る 道の 形に 関係なく
𝑊 重力 = − 𝑚 𝑔 ∫ d 𝑦 = − 𝑚 𝑔 ℎ W 重力 = − m g ∫ d y = − m g h
と なります.急な 道でも,ゆる やかな 道でも,あるいは 遠回りでも,重力が する 仕事は − 𝑚 𝑔 ℎ − m g h で,高さの 差だけで 決まります .下る ときは ちょうど逆の + 𝑚 𝑔 ℎ + m g h です.
ところが,ほかの 力では こうは いきません.固定された 粗い面の 上を 物体が 滑る ときの 動摩擦力を 考えてみましょう.動摩擦力は 面に 対する 物体の 滑りと 逆向きには たらくので,長い 経路を 滑る ほど負の 仕事が 積み重なります.この 仕事は,経路の 道のりが 長いほど 大きくなり,始点と 終点の 位置だけでは 決まりません.な お,登山靴が 地面に 対して 滑らずに 歩く ときの 摩擦は 静止摩擦力で,歩く 人を 前へ 進める 力でもあります(第4章).この 力は,靴の 底が 地面を 滑る ときの 動摩擦のように,道のりに 比例した負の 仕事を 積み重ねる わけではありません.
[図:同じ高さへ至る2本の道] 同じ高さへ至る2本の道.山の斜面に,急で短い道Aとゆるやかで長い道Bの2本を示している.麓と頂上の高さの差 \(h\) を示し,各道の途中に重力 \(m\vec{g}\) の矢印を示している.
保存力 定義 保存力
点 A から 点 B まで 動く間の 仕事が,経路に よらず 始点と 終点だけで 決まる 力を保存力 と いう.同じことだが,どんな 閉じた 経路を 一周しても 仕事が 0 0 に なる 力,と 言い 換えても よい.
二つの 言い方が 同じである ことは,次のように 分かります.A から B へ 行く 経路1と,B から A へ 戻る 経路2で 一周するとします.道を 逆向きに たどると 仕事の 符号が 変わるので,一周の 仕事は「経路1で A から B へ 行く 仕事」から「経路2を 逆に た どって A から B へ 行く 仕事」を 引いた ものです.これが 0 0 である ことと,二つの 経路で 仕事が 等しい ことは 同じです.
重力,ばねの 力,万有引力は 保存力です.動摩擦力や 空気抵抗は 保存力ではありません.動摩擦力は 面に 対する 物体の 滑りと 逆向きには たらくので,往復しても 仕事が 打ち消し合わず,滑りながら 一周した 仕事は 負です.たとえば 固定された 粗い床の 上で 物体を 距離 𝑠 s だけ滑らせて 元の 位置へ戻すと,動摩擦力は 行きも 帰りも 負の 仕事を します.動摩擦力の 大きさを 𝑓 f と して,一周の 仕事は − 2 𝑓 𝑠 − 2 f s で,0 0 に なりません.
ここで,1つ 疑問が わくかもしれません.直線上の 運動なら,力 𝐹 ( 𝑥 ) F ( x ) を 積分して 符号を 変えた ものを 𝑈 U と 名付け,移項すれば,いつでも「𝐾 + 𝑈 K + U が 一定」の 形が 作れます.それなら,エネルギー保存は 名前の 付け替えに すぎないのでしょうか.位置だけで 決まる1次元の 力なら,その 通りです.2点の 間の 道が1本しかないので,「経路に よらない」ことは 自動的に 成り 立つからです.保存力と いう 考えの 本当の 中身は,2次元・3次元に あります.平面では 同じ2点を 結ぶ 道が 無数に あり,位置だけで 決まる 力でも,道に よって 仕事が 変わる ことがあります.たとえば,原点の まわりを 回す 向きに 働く 力 𝑭 = 𝑐 ( − 𝑦 , 𝑥 ) F = c ( − y , x ) (𝑐 c は 定数)は,半径 𝑟 r の 円に 沿って 一周すると,どこでも 進む 向きに 大きさ 𝑐 𝑟 c r の 力を 受けるので,仕事は 𝑐 𝑟 × 2 𝜋 𝑟 = 2 𝜋 𝑐 𝑟 2 c r × 2 π r = 2 π c r 2 で0に なりません.重力,ばねの 力,万有引力が,どんな 道を 通っても 同じ 仕事を するのは,自明ではない 自然の 性質なのです.位置エネルギーと いう「場所だけで 決まる 量」を 作れるのは,この 性質が あるからです.
ポテンシャルエネルギー 保存力では,仕事が 始点と 終点だけで 決まるので,位置ごとに「基準点までに 保存力が する 仕事」と いう 量を 決められます.
定義 ポテンシャルエネルギー
基準点 O を 決めて おき,位置 𝒓 r での ポテンシャルエネルギーを
𝑈 ( 𝒓 ) = ∫ O 𝒓 𝑭 ⋅ d 𝒓 U ( r ) = ∫ r O F ⋅ d r
(保存力が 𝒓 r から O まで 物体を 動かす間に する 仕事)と 定める.単位は 仕事と 同じ J J .
こう 定めると,A から B まで 保存力が する 仕事は,A から O を 経由して B へ 行く 仕事と 同じなので
𝑊 A → B = 𝑈 ( A ) − 𝑈 ( B ) W A → B = U ( A ) − U ( B )
と なります.「基準点を 変えると 𝑈 U の 値は 全体に 定数だけずれますが,差は 変わらない」ので,基準点は 計算しやすい 所に 決めて よいのです.
仕事と 運動エネルギーの 定理 𝐾 B − 𝐾 A = 𝑊 K B − K A = W に,この 𝑊 W を 入れます.
𝐾 B − 𝐾 A = 𝑈 ( A ) − 𝑈 ( B ) ⟹ 𝐾 A + 𝑈 ( A ) = 𝐾 B + 𝑈 ( B ) K B − K A = U ( A ) − U ( B ) ⟹ K A + U ( A ) = K B + U ( B )
法則 力学的エネルギー保存則
物体には たらく 力が 保存力だけ(または 他の 力が 仕事を しない)の とき,運動エネルギーと ポテンシャルエネルギーの 和 𝐸 = 𝐾 + 𝑈 E = K + U (力学的エネルギー )は 一定である.
力学的エネルギー保存則を 使うと,時間を 追わずに 速さが 求まります.高さ ℎ h から 静かに 落とした物体が 地面に 着く ときの 速さは,𝑚 𝑔 ℎ + 0 = 0 + 1 2 𝑚 𝑣 2 m g h + 0 = 0 + 1 2 m v 2 から 𝑣 = √ 2 𝑔 ℎ v = 2 g h です.第3章の 等加速度 運動で 求めた 𝑣 2 = 2 𝑔 ℎ v 2 = 2 g h と 同じ 結果が,時間を 使わずに 出ました.
具体的な ポテンシャル 仕事の 積分を 実際に 計算すると,次のようになります.
力
ポテンシャルエネルギー 𝑈 U
基準点
重力(一様)
𝑚 𝑔 𝑦 m g y (𝑦 y は 鉛直上 向きの 高さ)
𝑦 = 0 y = 0
ばねの 力
1 2 𝑘 𝑥 2 1 2 k x 2 (𝑥 x は 自然長からの 伸び)
自然長
万有引力
− 𝐺 𝑀 𝑚 𝑟 − G M m r
無限遠
重力は ∫ ( − 𝑚 𝑔 ) d 𝑦 ∫ ( − m g ) d y ,ばねは ∫ ( − 𝑘 𝑥 ) d 𝑥 ∫ ( − k x ) d x の 計算で 得られます.万有引力が − 𝐺 𝑀 𝑚 / 𝑟 − G M m / r に なる 導出は 第10章で 行います.ここでは,無限遠を 0 0 とした とき地球から 離れる ほど ポテンシャルが 大きくなる(負の 値が 0 0 に 近づく)ことだけ 覚えてください.地表付近の 𝑚 𝑔 𝑦 m g y は,𝑔 = 𝐺 𝑀 / 𝑅 2 g = G M / R 2 と して,この 式を 地表の 近くで 見た ものに あたります.
[図:代表的なポテンシャル] 代表的なポテンシャル.3つのグラフを並べる.重力 \(U=mgy\)(右上がりの直線),ばね \(U=\frac12kx^2\)(下に凸の放物線),万有引力 \(U=-GMm/r\)(負の値から \(0\) へ近づく曲線)を示している.
保存力でない力は,ポテンシャルエネルギーを 定義できません.動摩擦力のように 負の 仕事を する 非保存力がは たらくと,力学的エネルギーは 減ります.その 扱いは「エネルギー保存の 使い方」の 節で 学びます.
ポイント ここまでの まとめ
保存力は,仕事が 経路に よらず 始点と 終点で 決まる 力.同じことだが,一周の 仕事が 0 0 .重力・ばね・万有引力は 保存力,動摩擦・ 空 気抵抗は 保存力でない.
保存力には,基準点を 決めて ポテンシャルエネルギー 𝑈 U を 定義できる.𝑊 A → B = 𝑈 ( A ) − 𝑈 ( B ) W A → B = U ( A ) − U ( B ) .
重力 𝑚 𝑔 𝑦 m g y ,ばね 1 2 𝑘 𝑥 2 1 2 k x 2 ,万有引力 − 𝐺 𝑀 𝑚 𝑟 − G M m r (導出は 第10章).
保存力だけがは たらけば,力学的エネルギー 𝐾 + 𝑈 K + U は 一定.
問いの 答え:重力は 保存力なので,登る ときに 重力が する 仕事は 道に よらず − 𝑚 𝑔 ℎ − m g h (逆らってする 仕事は 𝑚 𝑔 ℎ m g h )で 等しい.下りでは 逆の + 𝑚 𝑔 ℎ + m g h の 仕事を する.ただし動摩擦などの 仕事は 道のりで 変わる.