問いしるべ
問いから始める物理 仕事とエネルギー

仕事とエネルギー

保存力とポテンシャルエネルギー

著者:柚木芹香

問い

山の頂上まで登る道が2本あります.一本は急で短く,もう一本はゆるやかで長い道です.どちらの道を登っても,重力に逆らってする仕事は同じでしょうか.また,下りの道では,重力は登りのときと逆の仕事をするのでしょうか.

考えてみる

質量 m の人が,高さ h の頂上まで登るとします.座標は鉛直上向きに y 軸をとります.重力は F=(0,−mg) で一定です.道の途中の短い変位を dr=(dx,dy) とすると,重力の仕事は

F⋅dr=−mgdy

です.水平方向の動き dx は,仕事に何も寄与しません.足し合わせると,登る道の形に関係なく

W重力=−mg∫dy=−mgh

となります.急な道でも,ゆるやかな道でも,あるいは遠回りでも,重力がする仕事は −mgh で,高さの差だけで決まります.下るときはちょうど逆の +mgh です.

ところが,ほかの力ではこうはいきません.固定された粗い面の上を物体が滑るときの動摩擦力を考えてみましょう.動摩擦力は面に対する物体の滑りと逆向きにはたらくので,長い経路を滑るほど負の仕事が積み重なります.この仕事は,経路の道のりが長いほど大きくなり,始点と終点の位置だけでは決まりません.なお,登山靴が地面に対して滑らずに歩くときの摩擦は静止摩擦力で,歩く人を前へ進める力でもあります(第4章).この力は,靴の底が地面を滑るときの動摩擦のように,道のりに比例した負の仕事を積み重ねるわけではありません.

同じ高さへ至る2本の道.山の斜面に,急で短い道Aとゆるやかで長い道Bの2本を示している.麓と頂上の高さの差 \(h\) を示し,各道の途中に重力 \(m\vec{g}\) の矢印を示している. 同じ高さへ至る2本の道.山の斜面に,急で短い道Aとゆるやかで長い道Bの2本を示している.麓と頂上の高さの差 \(h\) を示し,各道の途中に重力 \(m\vec{g}\) の矢印を示している.

保存力

定義 保存力

点 A から点 B まで動く間の仕事が,経路によらず始点と終点だけで決まる力を保存力という.同じことだが,どんな閉じた経路を一周しても仕事が 0 になる力,と言い換えてもよい.

二つの言い方が同じであることは,次のように分かります.A から B へ行く経路1と,B から A へ戻る経路2で一周するとします.道を逆向きにたどると仕事の符号が変わるので,一周の仕事は「経路1で A から B へ行く仕事」から「経路2を逆にたどって A から B へ行く仕事」を引いたものです.これが 0 であることと,二つの経路で仕事が等しいことは同じです.

重力,ばねの力,万有引力は保存力です.動摩擦力や空気抵抗は保存力ではありません.動摩擦力は面に対する物体の滑りと逆向きにはたらくので,往復しても仕事が打ち消し合わず,滑りながら一周した仕事は負です.たとえば固定された粗い床の上で物体を距離 s だけ滑らせて元の位置へ戻すと,動摩擦力は行きも帰りも負の仕事をします.動摩擦力の大きさを f として,一周の仕事は −2fs で,0 になりません.

ここで,1つ疑問がわくかもしれません.直線上の運動なら,力 F(x) を積分して符号を変えたものを U と名付け,移項すれば,いつでも「K+U が一定」の形が作れます.それなら,エネルギー保存は名前の付け替えにすぎないのでしょうか.位置だけで決まる1次元の力なら,その通りです.2点の間の道が1本しかないので,「経路によらない」ことは自動的に成り立つからです.保存力という考えの本当の中身は,2次元・3次元にあります.平面では同じ2点を結ぶ道が無数にあり,位置だけで決まる力でも,道によって仕事が変わることがあります.たとえば,原点のまわりを回す向きに働く力 F=c(−y, x)(c は定数)は,半径 r の円に沿って一周すると,どこでも進む向きに大きさ cr の力を受けるので,仕事は cr×2πr=2πcr2 で0になりません.重力,ばねの力,万有引力が,どんな道を通っても同じ仕事をするのは,自明ではない自然の性質なのです.位置エネルギーという「場所だけで決まる量」を作れるのは,この性質があるからです.

ポテンシャルエネルギー

保存力では,仕事が始点と終点だけで決まるので,位置ごとに「基準点までに保存力がする仕事」という量を決められます.

定義 ポテンシャルエネルギー

基準点 O を決めておき,位置 r でのポテンシャルエネルギーを

U(r)=∫rOF⋅dr

(保存力が r から O まで物体を動かす間にする仕事)と定める.単位は仕事と同じ J.

こう定めると,A から B まで保存力がする仕事は,A から O を経由して B へ行く仕事と同じなので

WA→B=U(A)−U(B)

となります.「基準点を変えると U の値は全体に定数だけずれますが,差は変わらない」ので,基準点は計算しやすい所に決めてよいのです.

仕事と運動エネルギーの定理 KB−KA=W に,この W を入れます.

KB−KA=U(A)−U(B)⟹KA+U(A)=KB+U(B)

法則 力学的エネルギー保存則

物体にはたらく力が保存力だけ(または他の力が仕事をしない)のとき,運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和 E=K+U(力学的エネルギー)は一定である.

力学的エネルギー保存則を使うと,時間を追わずに速さが求まります.高さ h から静かに落とした物体が地面に着くときの速さは,mgh+0=0+12mv2 から v=2gh です.第3章の等加速度運動で求めた v2=2gh と同じ結果が,時間を使わずに出ました.

具体的なポテンシャル

仕事の積分を実際に計算すると,次のようになります.

力

ポテンシャルエネルギー U

基準点

重力(一様)

mgy(y は鉛直上向きの高さ)

y=0

ばねの力

12kx2(x は自然長からの伸び)

自然長

万有引力

−GMmr

無限遠

重力は ∫(−mg)dy,ばねは ∫(−kx)dx の計算で得られます.万有引力が −GMm/r になる導出は第10章で行います.ここでは,無限遠を 0 としたとき地球から離れるほどポテンシャルが大きくなる(負の値が 0 に近づく)ことだけ覚えてください.地表付近の mgy は,g=GM/R2 として,この式を地表の近くで見たものにあたります.

代表的なポテンシャル.3つのグラフを並べる.重力 \(U=mgy\)(右上がりの直線),ばね \(U=\frac12kx^2\)(下に凸の放物線),万有引力 \(U=-GMm/r\)(負の値から \(0\) へ近づく曲線)を示している. 代表的なポテンシャル.3つのグラフを並べる.重力 \(U=mgy\)(右上がりの直線),ばね \(U=\frac12kx^2\)(下に凸の放物線),万有引力 \(U=-GMm/r\)(負の値から \(0\) へ近づく曲線)を示している.

保存力でない力は,ポテンシャルエネルギーを定義できません.動摩擦力のように負の仕事をする非保存力がはたらくと,力学的エネルギーは減ります.その扱いは「エネルギー保存の使い方」の節で学びます.

ポイント ここまでのまとめ

  • 保存力は,仕事が経路によらず始点と終点で決まる力.同じことだが,一周の仕事が 0.重力・ばね・万有引力は保存力,動摩擦・空気抵抗は保存力でない.

  • 保存力には,基準点を決めてポテンシャルエネルギー U を定義できる.WA→B=U(A)−U(B).

  • 重力 mgy,ばね 12kx2,万有引力 −GMmr(導出は第10章).

  • 保存力だけがはたらけば,力学的エネルギー K+U は一定.

  • 問いの答え:重力は保存力なので,登るときに重力がする仕事は道によらず −mgh(逆らってする仕事は mgh)で等しい.下りでは逆の +mgh の仕事をする.ただし動摩擦などの仕事は道のりで変わる.