問い
壁のスイッチを入れると,天井の電灯はすぐにつきます.ところが,導線の中の電子は1秒に 0.1 mm ほどしか進まないといいます.スイッチから電灯まで数 m あれば,電子がたどり着くには何時間もかかるはずです.電流とは何が流れていることなのでしょうか.そして,なぜ電灯は待たずにつくのでしょうか.
この章では,第20章で止まっていた電荷を動かします.導体の中に電場があると電荷は押されて流れ続け,その流れが電流です.最初の題材で電流と抵抗を電子の運動と電場から説明し,次の題材で回路の決まり(キルヒホッフの法則)を導き,最後の題材でコンデンサーを含む回路の時間変化を扱います.電流が磁場を作ることは第22章,磁場の変化が回路の電圧の決まりを書き換えることは第23章で見ます.各題材の「(発展)」の所は飛ばしても後が読めます.入試の直流回路だけを先に固めたい人は,この題材の本体,次の題材の本体と例題,コンデンサーの題材の順に読んでください.
ポイント 第21章で使う記号
記号 | 意味 |
|---|
𝐼 | 電流(単位 A =Cs−1) |
𝒋 | 電流密度(単位 Am−2) |
𝑛 | 動く電荷(電子)の数密度(単位 m−3) |
𝑣𝑑 | ドリフト速度(電子の平均の速さ) |
𝑚, −𝑒 | 電子の質量と電荷 |
𝜏 | この題材では平均の衝突時間.コンデンサーの題材では時定数 |
𝑅 | 抵抗(単位 Ω =VA−1) |
𝜌 | 抵抗率(単位 Ωm) |
𝜌𝑞 | 電荷密度(この章だけの書き方) |
E, 𝑟 | 電池の起電力と内部抵抗 |
ℓ, 𝑆 | 導線の長さと断面積 |
𝛼 | 抵抗の温度係数 |
第20章の電荷密度 𝜌 は,この章では抵抗率と紛れないよう 𝜌𝑞 と書きます.
考えてみる
電流を「電子が電灯まで走ること」と思うと,問いの数字と合いません.もう1つ困ることがあります.第20章では,導体の中の電場は0でした.電場が0なら電子を押すものが無く,そもそも電流が流れ続けるはずがありません.
鍵は,「導体の中は 𝐸 =0」が電荷が落ち着いた後の話だったことです.電池が電荷を送り続ける導線では電荷は落ち着かず,中に電場があって電子を押し続けます.
電流と電荷の保存
導線のある断面を,時間 Δ𝑡 の間に電荷 Δ𝑄 が通るとき,𝐼 =Δ𝑄/Δ𝑡 を電流といいます.向きは正の電荷が動く向きと決めます.金属で動くのは負の電子なので,電子は電流と逆向きに進みます.
数密度 𝑛 の電子が平均の速さ 𝑣𝑑 で動いているとします.断面積 𝑆 の断面を時間 Δ𝑡 に通るのは,長さ 𝑣𝑑Δ𝑡 の筒の中の電子 𝑛𝑆𝑣𝑑Δ𝑡 個なので
𝐼=𝑒𝑛𝑆𝑣𝑑,𝑗=𝐼𝑆=𝑒𝑛𝑣𝑑
です.𝑗 は単位面積あたりの電流で,電流の向きを向くベクトル 𝒋 を電流密度といいます.銅では 𝑛 =8.5 ×1028 m−3 なので,断面積 1 mm2 の導線に 1 A を流すと
𝑣𝑑=𝐼𝑒𝑛𝑆=11.6×10−19×8.5×1028×1.0×10−6ms−1≈7×10−5ms−1
です.電子の数が途方もなく多いので,ゆっくり動くだけで大きな電流になります.
[図:断面を通る電子と電流の向き]断面積Sの導線で,断面の右側にある長さv_dΔtの筒の電子がΔtの間に左向きに断面を通る.電流Iは電子と逆の右向き.
電荷は生まれも消えもしません.閉じた面から出ていく電流は,中の電荷が減る速さに等しくなります.電流が時間によらない定常電流では,どこかに電荷がたまり続けることは無いので,閉じた面から出る電流の和は0です.導線の分かれ目を面で囲めば,入る電流の和と出る電流の和が等しいことになります.これが次の題材のキルヒホッフの第1法則です.
電荷の保存を各点で書く(発展)
第20章でガウスの法則に使ったガウスの定理を,電流密度に使います.小さな体積から出ていく 𝒋 の流束は,体積あたり 𝛁 ⋅𝒋 なので,電荷の保存は各点で
𝛁⋅𝒋=−𝜕𝜌𝑞𝜕𝑡
と書けます.これを連続の式といいます.定常電流では 𝛁 ⋅𝒋 =0 で,電流の線は湧き出しも吸い込みもありません.
導線の中の電場とオームの法則
導線の中の電場は,導線の表面にわずかにたまった電荷が作ります.電池の正極に近い所ほど表面の電荷が正に寄り,その電荷の分布が,導線が曲がっていても導線に沿う向きの電場を内側に作ります.導線に沿って電場を線積分したものが,2点の間の電圧(電位差)です.一様な導線の両端に電圧 𝑉 をかけると,中の電場は 𝐸 =𝑉/ℓ です.
この電場で電子がどう動くかを,簡単な模型で見積もります.電子は電場で加速されますが,すぐに金属の原子(格子)にぶつかり,向きがばらばらになります.衝突の直後は,電場から得た速度を平均すると0です.衝突から次の衝突までの平均の時間を 𝜏 とすると,電子が電場からもらう平均の速度は,加速度 𝑒𝐸/𝑚 に時間 𝜏 を掛けた程度で
𝑣𝑑=𝑒𝐸𝑚𝜏
です(向きは電場と逆).これを 𝑗 =𝑒𝑛𝑣𝑑 に入れると 𝑗 =(𝑛𝑒2𝜏/𝑚)𝐸 で,電流密度が電場に比例します.
[図:格子との衝突と電子のドリフト]初期状態は電場の相対値E=3,時刻t/τ=2.5.格子を結ぶ熱運動の道すじが電場と逆向きに曲がる模式図.電場と時刻を操作すると電子の集団の左向きの流れが増す.再生はt/τ=12で止まる.
初期状態は電場の相対値E=3,時刻t/τ=2.5.格子を結ぶ熱運動の道すじが電場と逆向きに曲がる模式図.電場と時刻を操作すると電子の集団の左向きの流れが増す.再生はt/τ=12で止まる.
法則 オームの法則
多くの導体で,電流密度は電場に比例し
𝒋=1𝜌𝑬,𝜌=𝑚𝑛𝑒2𝜏
である.𝜌 を抵抗率という.長さ ℓ,断面積 𝑆 の一様な導線では 𝑉 =𝐸ℓ,𝐼 =𝑗𝑆 から
𝑉=𝑅𝐼,𝑅=𝜌ℓ𝑆
で,𝑅 を抵抗という.
銅の抵抗率 𝜌 =1.7 ×10−8 Ωm から衝突時間を逆算すると 𝜏 =𝑚/(𝑛𝑒2𝜌) ≈2.5 ×10−14 s です.この模型は電子の熱運動を古典的に扱っていて,平均の衝突時間の値まで正しく説明するには量子論が要りますが,抵抗率が 𝑚/(𝑛𝑒2𝜏) の形になることは変わりません.
この比例が成り立つのは,𝑣𝑑 が熱運動の速さ(金属では 105 ms−1 以上)より十分小さく,電場で衝突の様子が変わらない場合です.電場の変わる時間が 𝜏 よりずっと長いことも要ります.金属の普通の回路ではどちらも満たされ,破れる例は強い電場をかけた気体や半導体,温度が大きく変わる電球のフィラメントです.
抵抗率と温度
温度が上がると格子の振動が激しくなって 𝜏 が短くなるので,金属の抵抗率は増えます.室温付近では,温度変化 𝜃 について1次の近似
𝜌=𝜌0(1+𝛼𝜃)
がよく成り立ち,𝛼 を温度係数といいます.銅では 𝛼 ≈4 ×10−3 K−1 で,100 K 上がると抵抗はおよそ4割増えます.この式は 𝛼𝜃 が1よりずっと小さい範囲の近似で,フィラメントのように数千度も変わる所では使えません.一方,半導体では温度が上がると動ける電子の数 𝑛 が増えるので,抵抗率は下がります(第29章).
ジュール熱
電場は動く電子に仕事をしますが,電子は衝突のたびにもらったエネルギーを格子に渡すので,平均の速さは増えません.渡されたエネルギーは格子の振動,つまり熱になります.電圧 𝑉 の2点の間を電荷 Δ𝑄 が移ると,電場のする仕事は 𝑉Δ𝑄 なので,単位時間に生じる熱は
公式 ジュール熱
𝑃=𝐼𝑉=𝐼2𝑅=𝑉2𝑅
単位体積あたりでは 𝑗𝐸 =𝜌𝑗2.
です.電流を決めて比べれば抵抗の大きい方が,電圧を決めて比べれば小さい方が熱くなります.どちらを固定したかを確かめてください.
電池の起電力と内部抵抗
導線の中の電場は,回路を一周すると元の電位に戻ります.電荷を一周させ続けるには,どこかで電荷を電場に逆らって電位の高い方へ運ぶものが要ります.それが電池で,電池の中では化学反応による力が,電荷を負極から正極へ運びます.単位電荷あたりのこの仕事を起電力 E といいます.
電池の中の物質にも抵抗があり,これを内部抵抗 𝑟 といいます.電流 𝐼 を取り出すと,内部で 𝑟𝐼 だけ電圧が下がるので,端子の電圧は
𝑉=E−𝑟𝐼
です.両辺に 𝐼 を掛けると E𝐼 =𝑉𝐼 +𝑟𝐼2 で,電池がする仕事が,外へ渡す電力と内部の発熱に分かれます.外に抵抗 𝑅 をつなぐと 𝐼 =E/(𝑅 +𝑟) で,外へ渡す電力 𝑅𝐼2 =E2𝑅/(𝑅 +𝑟)2 は 𝑅 =𝑟 のとき最大の E2/(4𝑟) になります.
[図:電池の内部抵抗と端子電圧]点線の箱で囲んだ電池は起電力ℰと内部抵抗rの直列で,箱の2端子に外部抵抗をつなぐ.Vは電池全体の端子間電圧.Vを電流Iに対して描くと,縦軸の切片がℰ,傾きが−rの直線になる.
𝑟 =0 の電池を理想電圧源といい,どんな電流でも端子電圧が E です.反対に,E と 𝑟 をともに大きくして E/𝑟 を一定に保つと,つなぐ抵抗によらずほぼ一定の電流 E/𝑟 が流れます.これを定電流源といいます.実際の電源はこの2つの間にあり,どちらで近似するかはつなぐ抵抗と 𝑟 の大小で決まります.
問いに戻る
スイッチを入れると,導線の表面の電荷の分布が変わり,それに伴って導線の中の電場が変わります.この変化は電子の歩みとは関係なく,光に近い速さで導線に沿って伝わります(第26章).電場が届いた所では,そこに初めからいた電子がすぐに動き出します.電灯のフィラメントを光らせるのは,フィラメントの中にもともといた電子が電場に押されて格子とぶつかり,熱を生むからです.スイッチの所の電子が電灯まで運ばれる必要はありません.水で満たしたホースの蛇口をひねると,先から水がすぐ出るのと似ています.
この描像では,回路の中の電場は一瞬で整い,その後は定常電流として扱えます.回路の大きさを ℓ,光の速さを 𝑐 とすると,ℓ/𝑐 は数 m の回路で 10−8 s 程度です.考える時間がこれよりずっと長い限り,電流は回路のどこでも同時に決まるとしてよく,これを集中定数回路の近似といいます.次の題材のキルヒホッフの法則もこの近似の上に立ち,電流が時間とともに変わる回路での条件はコンデンサーの題材で確かめます.
ポイント ここまでのまとめ
電流は断面を単位時間に通る電荷で,𝐼 =𝑒𝑛𝑆𝑣𝑑,𝑗 =𝑒𝑛𝑣𝑑.電荷の保存から,定常電流では閉じた面から出る電流の和は0(各点では 𝛁 ⋅𝒋 =0).
導線の中には表面の電荷が作る電場があり,衝突を繰り返す電子は平均の速さ 𝑣𝑑 =𝑒𝐸𝜏/𝑚 で流れる.ここから 𝒋 =𝑬/𝜌,𝜌 =𝑚/(𝑛𝑒2𝜏),𝑅 =𝜌ℓ/𝑆 が出る.𝑣𝑑 が熱運動よりずっと小さく,温度が変わらない範囲で成り立つ.
金属の抵抗率は温度とともに増え,室温付近では 𝜌 =𝜌0(1 +𝛼𝜃).
ジュール熱 𝑃 =𝐼𝑉 =𝐼2𝑅 =𝑉2/𝑅 は,電場が電子にした仕事が衝突で格子に渡ったもの.
電池は起電力 E と内部抵抗 𝑟 で表し,𝑉 =E −𝑟𝐼.外へ渡せる電力は E2/(4𝑟) が最大.
問いの答え:流れているのは電子だが,電灯をすぐにつけるのは電子の移動ではなく,光に近い速さで伝わる電場の変化である.電場が届くと,フィラメントの中にもともといた電子が動き出す.