問いしるべ
問いから始める物理 光

光

回折と回折格子

著者:柚木芹香

問い

CD の裏面を光にかざすと,虹のような色の帯が見えます.傾ける角度を変えると,同じ場所の色が赤から青へ変わり,帯は1組だけでなく外側にもう1組見えることがあります.CD には色を塗ってあるわけではありません.この色はどこから来るのでしょうか.

考えてみる

色が分かれるといえば,まずプリズムを思い浮かべます.しかしプリズムの分散は屈折率がわずかに波長によることから来るので,色の広がりは数度ほどで,2組目の虹は出ません.CD の色は見る角度で大きく変わり,しかも何組も現れます.手がかりは溝が規則正しく並んでいることです.前の題材では,2つのスリットからの光が重なると,光路差が波長の整数倍の向きで強め合いました.すき間が2つでなく何万も並ぶと何が起こるでしょうか.そもそも1つのすき間を通った光は,どう広がるのでしょうか.

光がすき間の後ろで幾何光学の影の中まで回り込むことを回折といいます.回折も干渉も,波を重ね合わせた結果であることに変わりはありません.ただ,重ねる波の数が多くなるので,足し算の仕方を工夫します.

位相の矢印を足す

第25章のホイヘンスの原理では,波面の各点がそれぞれ新しい波を出すと考えました.すき間を通る光も,すき間の中の各点から出た波の重ね合わせとして扱えます.遠くの1点で,それぞれの波は同じ振幅で届き,道のりの違いの分だけ位相がずれています.

第7章と前の題材のとおり,振動を複素数(時間因子 eiωt を掛けて実部をとる)で表すと,道のり r を進んだ波の複素振幅は Ae−ikr(k=2π/λ)です.複素数は平面上の矢印なので,重ね合わせは位相の矢印を次々につなぐことになります.各矢印の長さは振幅,向きは位相で,つないだ始点から終点までの矢印が合成の振幅です.光の強さはその長さの2乗に比例します.

ポイント 位相の矢印の足し算

多くの波が1点で重なるとき,各波を長さが振幅,向きが位相の矢印で表し,順につなぐ.始点から終点への矢印が合成の振幅で,強さはその長さの2乗に比例する.光路差 Δ は位相差 2πΔ/λ に当たる.

以下では,すき間からスクリーンまでの距離 L が十分大きく,各点からの光線をすべて平行とみなせる場合(遠方回折,フラウンホーファー回折)を考えます.すき間の全体の幅を w とすると,この近似の条件は w2/(λL) が1より十分小さいことです.これは,すき間の端と中央から観測点までの道のりを平行光線の値で近似したときの誤差(w2/(8L) 程度)が,波長に比べて小さいということです.w=1mm,λ=500nm なら L は数 m 以上必要です.すき間の直後に凸レンズを置けば,同じ向きの平行光線はレンズの焦点面の1点 x=ftan⁡θ に集まるので,焦点面に遠方回折の像がそのまま現れます.条件が破れる近い所の回折(フレネル回折)は,この本では扱いません.

回折格子

細いスリットを間隔 d で N 本並べたものを回折格子といい,d を格子定数といいます.垂直に入射した光を角 θ の向きで見ると,隣のスリットとの光路差は dsin⁡θ で,隣どうしの位相差は

ϕ=2πdsin⁡θλ

です.N 本の矢印は,同じ長さで,1本ごとに ϕ ずつ向きを変えてつながります.

ϕ が 2π の整数倍なら,矢印はすべて同じ向きで,合成の振幅は1本の N 倍,強さは N2 倍になります.これが主極大です.ϕ がそこから少しずれると,矢印の列は正多角形の一部のように曲がっていきます.Nϕ がちょうど 2π になると,矢印は1周して閉じ,合成は0になります.つまり主極大のすぐ隣に,ϕ が 2π/N ずれただけで暗くなる所があります.N が大きいほど,主極大は鋭くなります.

[図:回折格子の位相の矢印と強さ]

初期状態はN=6,φ=0.20πで,6本の青い矢印が曲がってつながり,橙の矢印が合成を示す.φを変えると矢印の列とグラフ上の点が連動し,Nを2〜20で変えると主極大の鋭さが変わる.I₁は1本だけの強さで,縦軸の上端はN²である.

法則 回折格子の主極大

格子定数 d の回折格子に垂直に光を当てると,強い光が出る向き θ は

dsin⁡θ=mλ(m=0,±1,±2,…)

である.m を次数という.主極大の角の幅(中心から隣の暗線まで)は,sin⁡θ で測って λ/(Nd) で,格子の全体の幅 Nd で決まる.

|sin⁡θ|≤1 なので,現れる次数は |m|≤d/λ の範囲だけです.主極大の間には N−1 個の暗線と,ずっと弱い N−2 個の小さな山があります.強さの式 I=I1sin2⁡(Nϕ/2)/sin2⁡(ϕ/2) は数学の節で導きます.N=2 なら前の題材のヤングの実験です.ヤングの縞は cos2 形でゆるやかに明暗をくり返しますが,N が大きい格子では細く明るい線が暗い背景に並びます.

光を斜めに入射角 α で当てると,入射の側でも隣どうしに光路差 dsin⁡α があります.角を法線から同じ向きに符号つきで測ると,条件は d(sin⁡θ−sin⁡α)=mλ です.CD のような反射格子でも同じ考え方で,0次(m=0)はふつうの鏡の反射の向きになります.

分光と分解能

主極大の向きは波長によるので,白色光を当てると,0次以外では色ごとに違う向きへ分かれます.これが分光です.0次はどの波長でも θ=0 なので白いままです.プリズムと違い,波長と角の関係が d だけで決まるので,角を測れば波長が精密に求まります.

近い2つの波長 λ と λ+δλ を見分けられるかは,2つの主極大のずれと,主極大の幅の比べっこです.m 次の主極大は dsin⁡θ で測って mδλ だけずれ,幅は λ/N です.一方の主極大がもう一方の隣の暗線まで離れたら見分けられる,という目安(レイリーの基準)を使うと,次の結果になります.

定理 回折格子の分解能

N 本の格子の m 次の光で,波長の差 δλ を見分けられる条件は

λδλ≤|m|N

ナトリウムの黄色い光は 589.0nm と 589.6nm の2本で,λ/δλ は約1000です.1次の光なら,照らされた本数が1000本ほどあれば2本に分かれて見えます.大事なのは本数で,格子定数ではありません.

1つのすき間の回折

幅 a の1本のスリットを考えます.すき間を細かく分け,各部分から出る小さな波を足します.角 θ の向きでは,すき間の両端の光路差は asin⁡θ,位相差は 2πasin⁡θ/λ です.小さな矢印を無数につなぐと,矢印の列は円弧になります.弧の長さは向きによらず,θ=0 のときの合成の振幅に等しく,両端の矢印の向きの差が 2πasin⁡θ/λ です.

[図:単スリットの光路差と位相の円弧]

初期状態はθ=0で,光線は法線方向へ進み,位相の矢印はまっすぐ並ぶ.a=4λに固定してθを変えると,両端の光路差a sinθと位相の円弧が連動する.最初の暗線では円弧が1周して合成が0になり,1周半では小さな合成が残る.

両端の位相差が 2π になると,弧はちょうど1周の円になって閉じ,合成は0です.つまり最初の暗線は asin⁡θ=λ です.これは次のようにも分かります.すき間を上半分と下半分に分けると,上半分の各点と,そこから a/2 下の点の光路差がちょうど λ/2 で,すべての組が打ち消し合います.同じように 2 周,3 周で閉じるので,暗線は

asin⁡θ=mλ(m=±1,±2,…)

です.m=0 は暗線ではなく,いちばん明るい中央の山です.格子の主極大の式と形が同じですが,意味は逆なので注意してください.

中央の明るい山は sin⁡θ=±λ/a の間に広がります.すき間を狭くするほど光は広がります.すき間が波長よりずっと広ければ λ/a は小さく,光はほぼまっすぐ進んで,幾何光学の影ができます.これが幾何光学の成り立つ条件です.強さの分布は I=I0(sin⁡β/β)2,β=πasin⁡θ/λ で,数学の節で導きます.中央の外側の山は中央の5 %ほどしかありません.

実際のスリットは幅をもつので,ヤングの実験や回折格子の強さは,1本のスリットの回折の山(包絡線)と,スリットどうしの干渉の掛け算になります.各スリットの中の足し算は,どのスリットでも同じで,スリットの位置の分だけ位相がずれるだけだからです.干渉の主極大が包絡線の暗線と重なると,その次数の明線は消えます.たとえば d=3a なら ±3 次,±6 次が欠けます.

円い穴と見分けられる限界

レンズや望遠鏡の筒の口は円い穴です.直径 D の円い穴の遠方回折では,中央の明るい円板のまわりに暗い輪ができ,最初の暗い輪は sin⁡θ≈1.22λ/D にあります(係数1.22は円の形から出る数で,ここでは結果だけ使います).星のような点光源でも,像は大きさをもった円板になります.

2つの点光源の像の円板が重なると,見分けられなくなります.レイリーの基準で,片方の中心が他方の最初の暗い輪に来るまで離れていれば見分けられるとすると,見分けられる最小の角は

θmin≈1.22λD

です.これを回折限界といいます.焦点距離 f のレンズで作る像では,円板の半径は 1.22λf/D です.倍率を上げても,回折の円板も同じように拡大されるので,見分けられる角は変わりません.細かいものを見分けるには,口径を大きくするか,波長を短くするしかありません.ここでの λ は光が進む媒質の中の波長で,屈折率 n の中では真空の波長の 1/n です.人の瞳(直径 3mm ほど)で λ=550nm なら θmin≈2×10−4rad,10 m 先で 2mm ほどの間隔です.

X 線の結晶回折

結晶の中では原子が規則正しく並んでいて,原子間の距離は 0.1nm 程度です.可視光には細かすぎますが,波長がそれと同じくらいの X 線にとっては,立体的な回折格子になります.原子が並んだ平行な面(格子面)の間隔を d とし,X 線が格子面となす角を θ とします.各面で鏡のように反射した X 線が強め合う条件は,隣の面との光路差 2dsin⁡θ が波長の整数倍になることです.

間隔dの平行な格子面にX線が面となす角θで入射し,同じ角で反射する.進行方向は入射側から格子面へ,反射側では格子面から外へ向く.緑の補助線は光線と垂直で,下の面で反射する光線の余分な道のりを橙の太線で示す.それぞれd sinθで,合計は2d sinθである. 間隔dの平行な格子面にX線が面となす角θで入射し,同じ角で反射する.進行方向は入射側から格子面へ,反射側では格子面から外へ向く.緑の補助線は光線と垂直で,下の面で反射する光線の余分な道のりを橙の太線で示す.それぞれd sinθで,合計は2d sinθである.

法則 ブラッグの条件

格子面の間隔 d,格子面と X 線のなす角 θ について,反射した X 線が強め合う条件は

2dsin⁡θ=mλ(m=1,2,…)

角 θ は面の法線からではなく,面から測ることに注意してください.入試では整数を n と書くことが多いですが,この章では n を屈折率に使うので m と書きます.X 線の波長が分かっていれば結晶の面の間隔が,間隔が分かっていれば波長が測れます.第29章では,電子を結晶に当てても同じ条件で回折が起こることを見ます.

問いに戻る

CD の溝は間隔 d=1.6μm の反射の回折格子です.白色光をほぼ垂直に当てたとき,1次の光が強め合う向きは sin⁡θ=λ/d で,紫(400nm)では θ≈14∘,赤(700nm)では θ≈26∘ です.見る角度によって,その向きで強め合う色が変わるので,傾けると色が移ります.d/λ は2〜4なので2次(紫 30∘,赤 61∘)や3次も出て,外側にもう1組の虹が見えます.溝が何万本もあるので,主極大は鋭く,色が鮮やかに分かれます.

ポイント ここまでのまとめ

  • 回折は多くの波の重ね合わせで,位相の矢印をつないで合成する.遠方回折の条件は w2/(λL) が1より十分小さいこと.

  • 回折格子の主極大は dsin⁡θ=mλ(斜め入射では d(sin⁡θ−sin⁡α)=mλ).本数 N が多いほど鋭く,分解能は λ/δλ≤|m|N.

  • 幅 a の単スリットの暗線は asin⁡θ=mλ(m≠0).狭いほど広がる.幅をもつスリットの列では,包絡線の暗線と重なる明線が欠ける.

  • 円い穴の回折限界は 1.22λ/D.倍率では改善しない.

  • X 線の結晶回折はブラッグの条件 2dsin⁡θ=mλ(θ は面から測る).

  • CD の虹色は,溝の列が作る回折格子の分光である.