本体の節で図に描いた位相の矢印の足し算を複素数で実行し,回折格子と単スリットの強さの分布を導きます.道具は等比級数の和と,和を積分に直すことです.
回折格子の強さ
定理 数学の道具:等比級数で位相の矢印を足す
同じ長さで,1本ごとに向きが 𝜙 ずつ変わる 𝑁 本の矢印の和は,公比 𝑒𝑖𝜙 の等比級数で
𝑆=𝑁−1∑𝑗=0𝑒𝑖𝑗𝜙=1−𝑒𝑖𝑁𝜙1−𝑒𝑖𝜙=𝑒𝑖(𝑁−1)𝜙/2sin(𝑁𝜙/2)sin(𝜙/2)
である.したがって
|𝑆|2=sin2(𝑁𝜙/2)sin2(𝜙/2)
で,𝜙 =2𝜋𝑚(𝑚 は整数)では |𝑆|2 =𝑁2 となる.
導き方を示します.𝑥 を実数として,1 −𝑒𝑖𝑥 =𝑒𝑖𝑥/2(𝑒−𝑖𝑥/2−𝑒𝑖𝑥/2) = −2𝑖𝑒𝑖𝑥/2sin(𝑥/2) です.分子は 𝑥 =𝑁𝜙,分母は 𝑥 =𝜙 として割ると,−2𝑖 が消えて上の形になります.前の因子 𝑒𝑖(𝑁−1)𝜙/2 は大きさ1なので,強さには効きません.
𝜙 =2𝜋𝑚 では分子も分母も0ですが,𝜙 =2𝜋𝑚 +𝜖 と置くと,𝜖 が小さいとき比の2乗は 𝑁2 に近づきます(矢印がすべてそろう).分子だけが0になる 𝑁𝜙 =2𝜋𝑝(𝑝 は 𝑁 の倍数でない整数)が暗線で,主極大の隣の暗線 𝜙 =2𝜋𝑚 ±2𝜋/𝑁 は本体の節の「矢印が1周して閉じる」所です.
1本のスリットだけによる強さを 𝐼1 とすると,𝑁 本の格子の強さは
𝐼=𝐼1sin2(𝑁𝜙/2)sin2(𝜙/2),𝜙=2𝜋𝑑sin𝜃𝜆
です.位相の遅れを 𝑒−𝑖𝑗𝜙 と数えても |𝑆|2 は変わりません.𝑁 =2 では sin𝜙 =2sin(𝜙/2)cos(𝜙/2) から |𝑆|2 =4cos2(𝜙/2) となり,前の題材のヤングの実験の強さに戻ります.
練習1 𝑁 =3 の格子で,𝜙 =0 と 𝜙 =2𝜋 の間にある暗線の 𝜙 を求めよ.また 𝜙 =𝜋 の強さは主極大の何倍か.矢印の図でも確かめよ.
答え 練習1:3𝜙 =2𝜋𝑝 で 𝑝 =1,2,つまり 𝜙 =2𝜋/3, 4𝜋/3(𝑁 −1 =2 個).𝜙 =𝜋 では |𝑆|2 =sin2(3𝜋/2)/sin2(𝜋/2) =1 で,主極大の 𝑁2 =9 の 1/9 倍.矢印は右,左,右の順につながり,合成は1本分が残る.これが小さな山である.
単スリットの強さ
定理 数学の道具:和を積分に直す
幅 𝑎 のスリットの中の位置を 𝑠(−𝑎/2 ≤𝑠 ≤𝑎/2)とし,単位の幅あたりの振幅を一定の 𝐴0/𝑎 とする.遠方の角 𝜃 の向きでは,位置 𝑠 から出る波の道のりは中央からのものより 𝑠sin𝜃 だけ短いので,合成の複素振幅は(共通の位相を除いて)
𝐴0𝑎∫𝑎/2−𝑎/2𝑒𝑖𝑘𝑠sin𝜃d𝑠=𝐴0sin𝛽𝛽,𝛽=𝜋𝑎sin𝜃𝜆
である.強さは
𝐼=𝐼0(sin𝛽𝛽)2
で,𝐼0 は中央(𝛽 =0)の強さである.
𝑢 =𝑘sin𝜃 と置くと,∫𝑎/2−𝑎/2𝑒𝑖𝑢𝑠 d𝑠 =𝑒𝑖𝑢𝑎/2−𝑒−𝑖𝑢𝑎/2𝑖𝑢 =2sin(𝑢𝑎/2)𝑢 で,𝑢𝑎/2 =𝜋𝑎sin𝜃/𝜆 =𝛽 なので 𝑎sin𝛽/𝛽 になります.𝛽 →0 では sin𝛽/𝛽 →1 です.暗線は sin𝛽 =0,𝛽 ≠0,つまり 𝛽 =𝑚𝜋(𝑎sin𝜃 =𝑚𝜆,𝑚 ≠0)で,本体の節の結果と一致します.
本体の節の円弧の図からも同じ結果が出ます.長さ 𝐴0 の弧の両端の向きの差が 2𝛽 なので,円の半径は 𝑅 =𝐴0/(2𝛽),弦の長さは 2𝑅sin𝛽 =𝐴0sin𝛽/𝛽 です.幅 𝑎 を 𝑁 個の点に分けて格子の式で 𝑁 を大きくしても,同じ形に近づきます.
[図:単スリットの強さの分布]横軸はβ/πで−3から3,縦軸はI/I₀である.中央の強さは1で,β=±π,±2π,±3πの暗線を丸印で示す.最初の小さな山の強さは約0.047で,中央の山に比べて低い.
練習2 最初の小さな山は,ほぼ 𝛽 =3𝜋/2 にあるとみなせる.その強さは中央の何倍か.
答え 練習2:(sin(3𝜋/2)/(3𝜋/2))2 =4/(9𝜋2) ≈0.045.正確な山の位置は tan𝛽 =𝛽 の解 𝛽 ≈1.43𝜋 で,強さは約0.047倍である.中央の山にほとんどの光が集まっている.
幅をもつスリットの列
幅 𝑎 のスリットを間隔 𝑑 で 𝑁 本並べると,𝑗 番目のスリットからの寄与は,0番目のスリットの積分 𝐴0sin𝛽/𝛽 に,位置のずれ 𝑗𝑑 による位相 𝑒𝑖𝑗𝜙 を掛けたものです.すべて足すと,共通の 𝐴0sin𝛽/𝛽 がくくり出せて
𝐼=𝐼1(sin𝛽𝛽)2sin2(𝑁𝜙/2)sin2(𝜙/2),𝛽=𝜋𝑎sin𝜃𝜆,𝜙=2𝜋𝑑sin𝜃𝜆
となります.𝐼1 は1本のスリットの中央の強さです.第1の因子が単スリットの回折の包絡線,第2の因子がスリットどうしの干渉で,本体の節の「欠ける次数」(𝑚 =𝑝𝑑/𝑎,𝑝 は0でない整数)はこの積から分かります.
例題
1 mm あたり500本の溝をもつ透過型の回折格子に,波長 400 nm から 700 nm の白色光を垂直に当てる.
可視光のスペクトルが全部そろって現れる最大の次数を求めよ.また3次の光として現れる波長の範囲を求めよ.
2次と3次のスペクトルは重なるか.重なるなら,同じ向きに出る2次の光と3次の光の波長の範囲をそれぞれ求めよ.
[図:白色光を透過させる回折格子]白色光が回折格子に垂直に入射する.透過側では0次が白いまま直進し,1次,2次,3次のスペクトルが扇形に広がる.指定された扇の重なりを網かけで示す模式図である.角度や波長の境界値は示さず,色帯は模式的な表示とする.
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考え方 格子定数は 𝑑 =1 mm/500 =2.00 𝜇m.𝑚 次で波長 𝜆 の光は sin𝜃 =𝑚𝜆/𝑑 の向きに出る.sin𝜃 で並べれば,各次数のスペクトルは区間になる.
全部そろうには,最も長い 700 nm の光でも 𝑚𝜆/𝑑 ≤1 であればよい.𝑑/𝜆 =2000/700 ≈2.86 より,最大の次数は2である.3次で現れるのは 3𝜆/𝑑 <1,つまり 𝜆 <667 nm の光で,3次のスペクトルは 400 nm から 667 nm まで(赤の端が欠ける).
sin𝜃 の区間は,2次が 0.400 から 0.700,3次が 0.600 から1未満である.0.600 から 0.700 が重なる.この範囲の2次の光は 𝜆 =𝑑sin𝜃/2 より 600 nm から 700 nm,3次の光は 𝜆 =𝑑sin𝜃/3 より 400 nm から 467 nm である.たとえば2次の 600 nm と3次の 400 nm は同じ向きに出る.
確かめ:1次の区間は 0.200 から 0.350 で,2次とは重ならない.一般に 𝑚 次の赤の端と (𝑚 +1) 次の紫の端を比べると,700𝑚 と 400(𝑚 +1) の大小で決まり,𝑚 ≥2 では必ず重なる.格子で波長を測るとき,高い次数では別の次数の光と取り違えないよう注意が要る.
ナトリウムの D 線は 𝜆1 =589.0 nm と 𝜆2 =589.6 nm の2本である.1 mm あたり600本の溝をもつ透過型の回折格子に垂直に当て,1次の光を観察する.分解はレイリーの基準で判定する.
2本を見分けるには,格子の何 mm 以上の幅を照らす必要があるか.
1次で2本の光が出る向きの角の差を求めよ.
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考え方 分解できるかは本数 𝑁 で決まる(𝜆/𝛿𝜆 ≤𝑚𝑁).角の差は 𝑑sin𝜃 =𝑚𝜆 を 𝜆 で微分して出す.
𝜆/𝛿𝜆 =589.0/0.6 ≈982 で,𝑚 =1 なので 𝑁 ≥982 本が必要である.格子定数は 𝑑 =1 mm/600 =1.667 𝜇m なので,照らす幅は 𝑁𝑑 ≥982/600 mm ≈1.64 mm.
sin𝜃 =𝜆/𝑑 =589.0/1666.7 ≈0.3534 より 𝜃 ≈20.7∘,cos𝜃 ≈0.935.𝑑cos𝜃 d𝜃 =𝑚 d𝜆 より
𝛿𝜃=𝛿𝜆𝑑cos𝜃=0.6×10−91.667×10−6×0.935rad≈3.8×10−4rad
で,約 0.022∘ である.
確かめ:照らす幅が 1.64 mm のとき,主極大の角の幅(中心から隣の暗線まで)は sin𝜃 で 𝜆/(𝑁𝑑),角では 𝜆/(𝑁𝑑cos𝜃) ≈589 ×10−9/(1.64 ×10−3 ×0.935) ≈3.8 ×10−4 rad で,(2) の角の差とほぼ一致する.これがレイリーの基準の意味である.微分で角の差を出したのは 𝛿𝜆/𝜆 ≈10−3 が十分小さいからである.
幅 𝑎 =0.10 mm のスリットに波長 𝜆 =600 nm の平行光を垂直に当て,𝐿 =2.0 m 離れたスクリーンで観察する.スクリーン上の中央からの距離を 𝑥 とする.
中央の明るい部分の幅(両側の最初の暗線の間隔)を求めよ.
𝑥 =3.0 mm の点の強さは,中央の強さの何倍か.
一様な入射光の強さを変えずにスリットの幅を半分にすると,中央の明るい部分の幅と中央の強さはそれぞれ何倍になるか.スリットを通る光の量との関係から確かめよ.
[図:単スリットの観測方向とスクリーン上の座標]幅aのスリットに平行光が垂直に入射し,距離Lのスクリーンに届く.中央Oから上向きを正とする座標xと,法線から測った観測方向θを示す.スクリーン右側の山は強さの分布を模式的に表す.暗線の座標や中央の明るい部分の幅,求める強さの比は示していない.
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考え方 𝜃 が小さいので sin𝜃 ≈tan𝜃 =𝑥/𝐿.単スリットの強さ 𝐼 =𝐼0(sin𝛽/𝛽)2,𝛽 =𝜋𝑎𝑥/(𝜆𝐿) を使う.
最初の暗線は 𝑎sin𝜃 = ±𝜆,つまり 𝑥 = ±𝐿𝜆/𝑎.幅は
2𝐿𝜆𝑎=2×2.0×600×10−90.10×10−3m=2.4×10−2m
で,24 mm である.
𝛽 =𝜋×0.10×10−3×3.0×10−3600×10−9×2.0 =𝜋4.したがって
𝐼𝐼0=(sin(𝜋/4)𝜋/4)2=8𝜋2≈0.81
幅は 2𝐿𝜆/𝑎 なので2倍の 48 mm になる.中央では矢印がすべてそろい,合成の振幅は矢印の総和の長さ,つまりスリットの幅 𝑎 に比例する.強さはその2乗で,1/4 倍になる.
確かめ:スリットを通る光の量(スクリーンに届く全体の光の量)は幅 𝑎 に比例する.全体の量はおよそ「中央の強さ×中央の幅」なので,𝑎2 ×(1/𝑎) =𝑎 となって比例関係が合う.遠方回折の条件は 𝑎2/(𝜆𝐿) =(10−4)2/(6 ×10−7 ×2.0) ≈8 ×10−3 で,1より十分小さい.sin𝜃 ≈𝑥/𝐿 の誤差も,𝑥/𝐿 が 10−2 以下なので無視できる.
ポイント ここまでのまとめ
同じ長さで 𝜙 ずつ向きを変える 𝑁 本の矢印の和は等比級数で,|𝑆|2 =sin2(𝑁𝜙/2)/sin2(𝜙/2).主極大で 𝑁2,𝑁𝜙 =2𝜋𝑝 で0.
単スリットは和を積分に直して 𝐼 =𝐼0(sin𝛽/𝛽)2,𝛽 =𝜋𝑎sin𝜃/𝜆.円弧の弦の長さからも同じ結果が出る.
幅をもつスリットの列の強さは,単スリットの包絡線と干渉の因子の積.
格子の次数は sin𝜃 の区間で考え,高い次数ではスペクトルが重なる.分解は本数で,角の差は 𝑑sin𝜃 =𝑚𝜆 の微分で求める.