問いしるべ
問いから始める物理 波と音

波と音

波が運ぶエネルギーと分散

著者:柚木芹香

問い

海底の地震で生まれた津波は,水深 4000 m ほどの外洋をジェット機に近い速さで進みます.外洋では波の高さは数十 cm しかなく,船の上ではほとんど気づかないほどです.ところが海岸に近づいて水深が浅くなると,津波は遅くなり,同時に何倍もの高さに盛り上がります.波の速さは何で決まるのでしょうか.また,遅くなるとなぜ高くなるのでしょうか.

考えてみる

これまでの弦や音では,波の速さは媒質だけで決まっていました.弦なら v=S/μ,空気なら v=γp/ρ で,波長にはよりません.ところが水面の波は違います.池に石を投げると,波長の長い波が先に広がり,短い波が後から来ます.水面の波の速さは,波長と水深によって変わるのです.

高さについては,エネルギーの保存から考えたくなります.しかし「波のエネルギーが一定」と言うだけでは足りません.波は進みながら,後ろから前へエネルギーを渡していきます.保存するのは,ある場所を単位時間に通り過ぎるエネルギー,つまりエネルギーの流れです.この節では,まずエネルギーの流れを式にし,次に速さが波長によって変わる波(分散のある波)でエネルギーが何の速さで進むかを調べます.

波が運ぶエネルギーの流れ

張力 S,線密度 μ の弦で考えます.第4題材で見たように,単位長さあたりのエネルギー(線エネルギー密度)は,横に動く運動エネルギーと,傾いて伸びた分の弾性エネルギーの和

e=μ2(∂y∂t)2+S2(∂y∂x)2

です.

点 x の左側の弦は,右側の弦を張力で引いています.その横向きの成分は −S∂y/∂x で,その点は速度 ∂y/∂t で動くので,左から右へ渡す仕事率は

P=−S∂y∂x∂y∂t

です.右へ進む波 y=f(x−vt) では ∂y/∂t=−v∂y/∂x なので,S=μv2 を使うと

P=Sv(∂y∂x)2

となります.一方,同じ関係をエネルギー密度に入れると,運動エネルギーの項は 12μv2(∂y/∂x)2=12S(∂y/∂x)2 で弾性エネルギーの項と等しく,e=S(∂y/∂x)2 です.よって P=ev です.

定理 波のエネルギーの流れ

形を変えずに速さ v で進む波では,ある点を単位時間に通るエネルギーは P=ev(エネルギー密度×波の速さ)である.弦の正弦波 y=Asin⁡(ωt−kx) では,時間平均が

⟨e⟩=12μω2A2,⟨P⟩=12μvω2A2=12Zω2A2,Z=μv=Sμ

となる.Z を弦のインピーダンスという.

P=Z(∂y/∂t)2 と書けば,Z は「弦の端を速度 ∂y/∂t で動かすのに要る力」の比例定数で,右へ進む波では −S∂y/∂x=Z∂y/∂t です.交流回路の V=ZI と同じ役目をする量で,あとで境界での反射を決めます.

右へ進む波では,傾きが正なら左側の弦の張力Sの横成分と点の速度はともに下向き,傾きが負ならともに上向きになる.赤は力,青は速度で,仕事率Pは負にならない.横方向は弦に垂直なy方向である. 右へ進む波では,傾きが正なら左側の弦の張力Sの横成分と点の速度はともに下向き,傾きが負ならともに上向きになる.赤は力,青は速度で,仕事率Pは負にならない.横方向は弦に垂直なy方向である.

水面の波でも同じです.水面が y だけ上がった所では,単位面積あたり質量 ρy の水を高さ y/2 まで持ち上げているので,位置エネルギーは単位面積あたり 12ρgy2 です.y=Asin⁡(ωt−kx) で平均すると単位面積あたり 14ρgA2 で,運動エネルギーの平均も同じだけあるので,水面の単位面積あたりの平均エネルギーは 12ρgA2 です.

分散:速さが波長で変わる

ei(ωt−kx) の形の波が進むとき,媒質の運動方程式から決まる ω と k の関係を分散関係といいます.波の山が進む速さ v=ω/k を位相速度とよびます.弦や音では ω=vk で,ω/k は k によりません.このとき波は分散が無いといいます.ω/k が k によって変わる波を,分散のある波といいます.プリズムで光が色に分かれる「分散」と同じ言葉です.

第1題材で波動方程式を導いたおもりとばねの列(質量 m,間隔 a,ばね定数 K)を,連続の極限をとらずにそのまま調べてみます.j 番目のおもりの変位を yj=Aei(ωt−kja) の実部として運動方程式 my¨j=K(yj+1−2yj+yj−1) に代入すると,共通の因子が消えて

ω=2Kmsin⁡ka2(0≤ka≤π)

が出ます.ka が小さい(波長が間隔よりずっと長い)ときは ω≈aK/mk で分散の無い波に戻りますが,波長が間隔に近づくと ω/k は小さくなり,ω には上限 2K/m があります.分散は,媒質の粒々の間隔のような「長さの目盛り」が波長と比べられるときに現れるのです.

水面の波では,その長さの目盛りが水深 h です.流体力学で解くと ω2=gktanh⁡kh になりますが,2つの極限は次元解析で見当がつきます(数学の節).

法則 水面の重力波の分散関係

  • 深い水の波(kh が十分大きい.水深が波長の半分ほどより深い):ω2=gk,位相速度 v=g/k=gλ/2π.波長の長い波ほど速い.

  • 浅い水の波(kh が十分小さい.水深が波長の20分の1ほどより浅い):v=gh.波長によらず,水深だけで決まる.

どちらも表面張力を無視し,振幅 A が水深と波長より十分小さいとしている.

[図:水深を変えて見る分散関係]

初期水深hは1 m.青い厳密な曲線に,橙の深い水の近似と緑の浅い水の近似を重ねる.水深を小さくすると,浅い水の直線に沿う波数kの範囲が広がる.縦軸の範囲を超える直線は切って表示する.

津波の波長は数十 km から数百 km あり,水深 4000 m の外洋でも「浅い水の波」です.速さは 9.8×4000≈200ms−1,時速にして約 700 km になります.水深 10 m の岸近くでは 9.8×10≈10ms−1 まで遅くなります.

群速度:エネルギーはどの速さで進むか

分散のある波では,「波の速さ」が1つに決まりません.波数の近い2つの正弦波 k0±Δk/2(角振動数 ω0±Δω/2)を重ねると,第2題材のうなりと同じように

y=2Acos⁡Δωt−Δkx2sin⁡(ω0t−k0x)

となります.細かい山は位相速度 ω0/k0 で進みますが,振幅のふくらみ(包絡線)は Δω/Δk で進みます.Δk を小さくした極限が群速度です.

定義 群速度

波数 k の近くの波を集めてできる波のかたまり(波束)の包絡線が進む速さ

vg=dωdk

を群速度という.分散が無ければ vg=ω/k=v である.

深い水の波では ω=gk を微分して vg=12g/k=v/2 で,群速度は位相速度の半分です.池に石を投げてできた波の輪をよく見ると,一つ一つの山は輪の後ろの端で生まれ,輪の中を前へ進み,前の端で消えていきます.山が波束を追い越していくのです.

[図:位相の山と包絡線の山を追う]

初期状態は深い水の波で,時刻tは規格化した1.5.橙の印が位相の山,緑の輪が包絡線の山を表す.時刻を進めると橙の印が包絡線を追い越す.分散なしでは2つの印が同じ速さで進み,ばねの列では群速度が位相速度より小さい.狭い波数幅の近似で包絡線の広がりは省く.

エネルギーは振幅の2乗に比例するので,エネルギーがあるのは包絡線のふくらんだ所です.だから分散のある波では,エネルギーは群速度で運ばれます.エネルギーの流れも P=⟨e⟩vg で,分散の無い波の P=ev はその特別な場合です.ばねの列では vg=aK/mcos⁡(ka/2) で,上限の振動数(ka=π)で vg=0 になります.その振動数の波はその場で揺れるだけでエネルギーを運ばず,上限を超える振動数では進む波がありません.端を速く揺すっても,揺れは少し入った所で消えてしまいます.

この結論は,ここで扱う保存的な(摩擦や吸収の無い)模型で,波束の波数の幅が狭いときのものです.波数の幅が広いと,ω(k) の曲がり方のために波束は進むにつれて広がっていきます.

浅瀬で波が高くなる

津波が水深のゆっくり変わる海を進むとき,反射が小さく,散逸も無視できれば,波の進む向きに幅 1 m の帯を通るエネルギーの流れは場所によらず一定です.浅い水の波では vg=v=gh なので

12ρgA2gh=一定,A∝h−1/4

です.これをグリーンの法則といいます.水深が 4000 m から 10 m になると,振幅は (4000/10)1/4≈4.5 倍になります.同じエネルギーの流れを遅い波で運ぶには,エネルギー密度を上げる,つまり振幅を大きくするしかないのです.周期は変わらないので,波長 λ=vT も縮み,波は前後に詰まって高くなります.湾の奥のように幅 b が狭まる所では,同じ考えで A∝b−1/2h−1/4 となり,さらに高くなります.

沖から岸の手前へ右向きに進む波.水深hが小さくなると速さ√(gh)が下がり,周期Tは変わらないため波長λが短くなる.エネルギーの流れが一定なら振幅Aは大きくなる.海底と水面は模式図で,砕波する直前の領域は含めない. 沖から岸の手前へ右向きに進む波.水深hが小さくなると速さ√(gh)が下がり,周期Tは変わらないため波長λが短くなる.エネルギーの流れが一定なら振幅Aは大きくなる.海底と水面は模式図で,砕波する直前の領域は含めない.

使った近似は,水深の変化が1波長の間で小さいこと(|dh/dx|/(kh) が十分小さい),振幅が水深より小さいこと(A/h が十分小さい)の2つです.岸のごく近くでは A/h が1に近づき,波の山の方が速く進んで前のめりになり,砕けます.ここでは線形の波の理論が成り立ちません.

境界での反射と透過

水深や線密度が波長に比べて急に変わると,波の一部が反射します.線密度 μ1 と μ2 の弦を同じ張力 S で結び,左から振幅 Ai の波が来るとします.結び目で成り立つのは,弦が切れないこと(変位がつながる)と,質量の無い結び目に働く横向きの力がつり合うこと(傾きがつながる)の2つです.この2つの条件から反射波と透過波の振幅が決まります(導き方は数学の節).

定理 弦の接続点での反射と透過

インピーダンスを Z1=Sμ1,Z2=Sμ2 とすると,入射波の振幅 Ai に対する反射波 Ar・透過波 At の比は

ArAi=Z1−Z2Z1+Z2,AtAi=2Z1Z1+Z2

である.エネルギーの流れの割合は反射率 R=(Ar/Ai)2,透過率 T=(Z2/Z1)(At/Ai)2 で,R+T=1 となる.

Z2 が非常に大きい(重い弦や壁につながる)と Ar/Ai→−1 で,第3題材の固定端の反射(位相が π ずれる)になります.Z2→0 なら Ar/Ai→1 で自由端です.固定端と自由端は,この式の両極限だったのです.また,Z1=Z2 なら反射は起こりません.反射を決めるのは媒質の違いそのものではなく,インピーダンスの違いです.第26章では,ガラスの表面での光の反射をこれと同じ考えで求めます.

[図:線密度を変えて見るパルスの反射と透過]

初期状態はμ₂/μ₁が4で,入射前の上向きのパルスと,反射後の下向きのパルス・上向きの透過パルスを上下に示す.時刻を0に戻すと入射から接続点を通る過程を追える.線密度比を0.1から10まで変えると,反射の符号と振幅,透過の振幅と幅が変わる.

波が運ぶ運動量(発展)

波がエネルギーを運ぶなら,運動量も運ぶでしょうか.光(電磁波)では,エネルギーの流れ P に伴って運動量の流れ P/c が運ばれ,光を吸収する面は力を受けます.これは第26章で場の方程式から確かめます.弦や水面の波でも,波を吸収する壁には平均して押す力が働きます.ただし,この力は振幅の2乗に比例する量で,振幅の1次までしか扱わない線形の波の理論だけでは決まらず,媒質の性質の細部によります.水面の波では,水の粒子が円を描きながら少しずつ前へ流される(ストークスの漂流)ことが,運ぶ運動量の一つの現れです.

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津波は波長が水深よりずっと長いので,外洋でも浅い水の波で,速さは v=gh です.水深 4000 m では約 200ms−1 で,太平洋を1日ほどで渡ります.浅い水の波には分散がほとんど無いので,波の形は崩れにくく,エネルギーは遠くまで届きます.岸に近づいて水深が浅くなると速さが落ちますが,運ぶエネルギーの流れ 12ρgA2gh は変わらないので,振幅は h−1/4 に比例して大きくなります.湾の幅が狭まればさらに高くなり,最後は振幅が水深に近づいて砕けます.

ポイント ここまでのまとめ

  • 波が運ぶエネルギーの流れは,分散が無ければ P=ev.弦の正弦波では ⟨P⟩=12Zω2A2,Z=Sμ.水面では単位面積あたり 12ρgA2.

  • 分散関係 ω(k).深い水 ω2=gk,浅い水 v=gh.ばねの列は ω=2K/msin⁡(ka/2) で上限がある.

  • 包絡線とエネルギーは群速度 vg=dω/dk で進む.深い水の波では vg=v/2.

  • 浅瀬ではエネルギーの流れが一定なので A∝h−1/4(グリーンの法則).津波が岸で高くなる理由.

  • 接続点の反射 Ar/Ai=(Z1−Z2)/(Z1+Z2).固定端・自由端はその両極限.