問い
ジェットコースターには,多くの場合エンジンがありません.最初にゆっくり高い所まで引き上げられたあとは,坂を下る勢いだけで走ります.コースの途中には,垂直なループがあります.ループの頂上で落ちずに回り切るためには,出発点を最低どれだけの高さにしておく必要があるでしょうか.
考えてみる
エネルギー保存則から考えてみましょう.コースがなめらかなら,出発点の高さ ℎ の位置エネルギーが,ループの頂上(高さ 2𝑅)での位置エネルギーと運動エネルギーになります.素朴には「頂上まで届けばよいので ℎ =2𝑅」と考えたくなります.この場合,頂上での速さは 0 です.
しかし,頂上で速さが 0 の物体は,その場で落ちてしまいます.頂上は円運動の一部なので,向心力が必要です.頂上でちょうど落ちないために必要な速さは,エネルギー保存だけでは決まりません.円運動の条件(運動方程式)と組み合わせる必要があります.
エネルギー保存で解く手順
エネルギー保存則を使う問題は,次の流れで解きます.「図・原理・式・検算」の枠組みに沿っています.
ポイント 手順
図:始点と終点を決める.物体にはたらく力をすべて描き,高さの基準を決める.
原理:力を3種類に分ける.保存力(位置エネルギー 𝑈 で表す),仕事をしない力(動きに垂直な力.固定点からの糸の張力や固定された面の垂直抗力など),仕事をする非保存力(動摩擦力など).
式:始点と終点で 𝐸 =𝐾 +𝑈 を書き,非保存力の仕事 𝑊′ を含めて立てる.
検算:単位,符号(𝑊′ <0 なら 𝐸 が減る),極端な場合を確かめる.
非保存力がはたらくとき,式は次のようになります.仕事と運動エネルギーの定理 Δ𝐾 =𝑊保存 +𝑊′ に,𝑊保存 = −Δ𝑈 を入れて導けます.
法則 力学的エネルギーと非保存力の仕事
Δ𝐸=Δ(𝐾+𝑈)=𝑊′
𝑊′ は,保存力以外の力がする仕事の合計.動摩擦のように 𝑊′ <0 なら 𝐸 は減り,減った分は内部エネルギーなどに変わる(この章の「エネルギーの諸形態」の節と第16章で扱う).
静止した面の上を物体が滑り,動摩擦力の大きさ 𝜇′𝑁 が経路上で一定のとき,動摩擦力の仕事は,動いた道のり 𝑠 を用いて 𝑊′ = −𝜇′𝑁𝑠 と書けます.道のりであって変位でないのは,動摩擦力が常に面に対する滑りと逆向きだからです.曲面などで 𝑁 が変わるときは,𝑊′ = −∫𝜇′𝑁 d𝑠 と積分で求めます.
束縛と組み合わせる:ループの最小の高さ
問いに戻ります.ループの半径を 𝑅,質量 𝑚 の台車(乗客を含む)は摩擦なしで高さ ℎ から静かに出発し,ループの最下点を基準の高さとします.
[図:高さhからループへ入るコース]高さhからループへ入るコース.なめらかなコースが高さ \(h\) の出発点から下り,最下点で半径 \(R\) の円形のループに入る.出発点,ループの最下点,頂上の位置を示す.
ループの頂上では,重力 𝑚𝑔 と垂直抗力 𝑁(どちらも下向き,円の中心向き)が向心力になります.運動方程式は
𝑚𝑣2𝑅=𝑁+𝑚𝑔
です.𝑁 は面が物体を押す力で,負にはなれません.面から離れる限界が 𝑁 =0 です.したがって落ちない条件は 𝑁 ≥0,つまり
𝑣2≥𝑔𝑅
です.
[図:ループ頂上での力]ループ頂上での力.ループの頂上にある台車にはたらく力を示している.重力 \(m\vec{g}\) と垂直抗力 \(\vec{N}\) が下向き(円の中心向き)で,速度 \(\vec{v}\) が水平であることを示す.
次に,出発点から頂上までに力学的エネルギー保存則を用います.コースは固定されているので,垂直抗力は動きに垂直で仕事をしません.
𝑚𝑔ℎ=𝑚𝑔(2𝑅)+12𝑚𝑣2
これに 𝑣2 ≥𝑔𝑅 を入れます.
ℎ=2𝑅+𝑣22𝑔≥2𝑅+𝑅2=52𝑅
最小の高さは 52𝑅 で,ループの頂上の高さ 2𝑅 の 1.25 倍です.頂上でちょうど 𝑁 =0(速さは √𝑔𝑅)の状態です.たとえば 𝑅 =8.0 m なら ℎ ≥20 m,そのときの頂上の速さは約 8.9 ms−1 です.
検算します.ℎ は長さの次元です.半径が大きければ高い所から出発する必要があり,結果もそうなっています.質量 𝑚 が式に残らないのも,重力と慣性が同じ 𝑚 に比例するからで,自然です.
エネルギー保存は,時間を知らなくても高さと速さを結べる点が強みです.反対に,始点と終点のエネルギーの式だけでは「何秒かかるか」は分かりません.時間を知るには,速度と時間を結ぶ追加の計算が要ります.たとえば1次元の保存力による運動で,向きが変わらない区間なら,エネルギー保存から得た 𝑣(𝑥) を使って 𝑡2 −𝑡1 =∫𝑥2𝑥1d𝑥𝑣(𝑥) と求められます.一般には運動方程式に戻ります.
エネルギーと運動量の使い分け
運動量保存則とエネルギー保存則は,どちらも使えるときと,片方しか使えないときがあります.
| 運動量保存 | エネルギー保存 |
|---|
成り立つ条件 | 外力の合計が 0(または衝突の瞬間など外力が無視できる短い時間) | 保存力だけ(または非保存力の仕事を足す) |
向き | ベクトル(成分ごと) | 数(スカラー) |
向く場面 | 衝突,分裂,内力が複雑な系 | 高さと速さの関係,道筋が複雑なとき |
衝突では運動量が保存しても,運動エネルギーは保存しません(非弾性衝突).弾丸が木片に刺さって一緒に動く場合,刺さる瞬間は運動量保存で扱い,そのあと振り上がる運動はエネルギー保存で扱う,というように段階に分けて使います.
ポイント ここまでのまとめ
手順は「図・原理・式・検算」.力を保存力,仕事をしない力,非保存力に分けて,Δ𝐸 =𝑊′ を立てる.
非保存力の仕事は,大きさ 𝜇′𝑁 が一定の動摩擦力なら −𝜇′𝑁𝑠(𝑠 は道のり).
ループなど面に束縛された運動では,エネルギー保存に運動方程式の条件(頂上で 𝑁 ≥0)を組み合わせる.
運動量保存は衝突などの短い時間,エネルギー保存は高さと速さの関係に向く.組み合わせて段階に分ける.
問いの答え:頂上で 𝑣2 ≥𝑔𝑅 が必要なので,出発点の高さは ℎ ≥52𝑅.頂上の高さ 2𝑅 では足りない.