問い
硬い容器にアルゴン(単原子分子)と窒素(二原子分子)を,同じ数だけ別々に閉じ込めます.どちらにも同じだけのエネルギーを熱として与えたとき,温度はどちらがより上がるでしょうか.分子の数が同じなら同じだけ上がりそうにも思えますが,実際には違います.さらに,同じ問いを 2000 K 近くの高温で考えると答えはまた変わります.分子の形や温度が,温度の上がり方をどう決めているのでしょうか.
考えてみる
与えたエネルギーは,分子の運動のエネルギーになるはずです.ところが温度が表しているのは,第15章で見たように並進運動の激しさだけでした.窒素の分子は2個の原子が結びついたものなので,重心ごと飛ぶ運動のほかに,くるくる回る運動も,原子どうしが近づいたり離れたりする振動もできます.エネルギーの一部がそちらに取られれば,並進に残る分が減り,温度は上がりにくくなります.知りたいのは「エネルギーがどの運動にどんな割合で分けられるか」で,前の題材のボルツマン分布がその答えを与えてくれます.
自由度と等分配則
ガウス積分の計算(この章の「指数関数・対数とガウス積分」の例題1)で見たように,エネルギーが変数の2乗の形で書けていれば,その項の平均値は係数によらず 12𝑘𝐵𝑇 になりました.これを一般の形で述べます.
法則 等分配則
温度 𝑇 で熱平衡にある系のエネルギーが,座標や速度の2乗の和
𝐸=𝑐1𝑞21+𝑐2𝑞22+⋯+𝑐𝑓𝑞2𝑓(𝑐𝑗>0)
の形に書けるとき,各項の平均は係数 𝑐𝑗 によらず
⟨𝑐𝑗𝑞2𝑗⟩=12𝑘𝐵𝑇
である.したがって全体の平均は ⟨𝐸⟩ =𝑓2𝑘𝐵𝑇 になる.この 𝑓 を自由度の数という.
使える条件は,熱平衡にあること,各変数を古典的に連続なものとして扱えること(エネルギーの間隔が 𝑘𝐵𝑇 より十分小さいこと.次の節で破れる),エネルギーが独立な2乗項の和に分かれて係数が定数であること(交差項や4乗の項があれば使えない),各変数が広い範囲を動けること(壁や束縛で切られていないこと)である.
自由度の数え方を,気体の分子について整理します.
単原子分子(He,Ar):並進の3成分だけで 𝑓 =3.
二原子分子(H𝐴2,N𝐴2,O𝐴2):並進3,結合の線に垂直な2軸のまわりの回転2,さらに結合の伸び縮みの振動が運動エネルギーと位置エネルギーで2.結合の線のまわりの回転は,原子を点と見れば数えません.全部数えると 𝑓 =7 です.
多原子分子:非直線形(H𝐴2O)は並進3・回転3,直線形(CO𝐴2)は並進3・回転2で,残りが振動です(CO𝐴2 は振動が4通りで 𝑓 =13).
ここでいう自由度は「エネルギーに現れる独立な2乗項の数」で,力学で配置を決めるのに要る座標の数とは別の数え方です.二原子分子の座標は6個(並進3・回転2・伸縮1)ですが,伸縮だけは位置エネルギーも2乗項なので,2乗項は7個になります.
[図:分子の形と古典的な自由度]単原子,二原子,非直線形3原子分子の並進を青,回転を緑,振動を橙で示す.振動1通りは運動と位置の2項に数える.全運動が有効なら自由度は順に3,7,12で,直線形3原子分子のCO₂は13である.
定積モル比熱
自由度が決まれば,内部エネルギーは 𝑈 =𝑓2𝑁𝑘𝐵𝑇 です.これを温度で微分した量が,測りやすい量になります.
定義 定積モル比熱
体積を一定に保ったまま気体 1 mol の温度を 1 K 上げるのに必要な熱を定積モル比熱 𝐶𝑉 という.体積仕事以外の仕事(羽根車でかき混ぜる,中の抵抗線に電流を流すなど)を加えなければ,体積一定では与えた熱がすべて内部エネルギーになるので,1 mol の 𝑈 =𝑓2𝑅𝑇 から
𝐶𝑉=d𝑈d𝑇=𝑓2𝑅
である(𝑅/2 =4.16 Jmol−1K−1).
条件に2つ注意があります.「定積なら仕事は0」は体積仕事だけを考える場合の話で,かき混ぜれば体積一定でも仕事が入ります.また 𝐶𝑉 が定数なのは 𝑓 が温度によらない範囲だけです.理想気体では 𝐶𝑝 =𝐶𝑉 +𝑅(マイヤーの関係),𝛾 =𝐶𝑝/𝐶𝑉 =(𝑓 +2)/𝑓 ですが,二原子分子で 𝛾 =7/5 になるのは回転が有効で振動が凍結している場合に限り,第16章でポアソンの式を 𝛾 一定として積分したのも,この範囲での近似です.
等分配則の予想は「𝐶𝑉/𝑅 が自由度の半分になる」という,たいへん強い主張です.測定(室温付近)と比べてみましょう.
気体 | He | Ar | H𝐴2 | N𝐴2 | O𝐴2 | Cl𝐴2 | CO𝐴2 |
|---|
𝐶𝑉/𝑅(測定) | 1.50 | 1.51 | 2.47 | 2.50 | 2.53 | 3.08 | 3.47 |
𝑓/2(予想) | 1.5 | 1.5 | 3.5 | 3.5 | 3.5 | 3.5 | 6.5 |
単原子分子は見事に当たっています.ところが二原子分子は予想の 3.5 ではなく 2.5,つまり並進3と回転2だけを数えた 𝑓 =5 の値で,振動の2つがまるで無いことになっているのです.一方,重い塩素では 3.08 で振動が半分ほど効いています.
振動の凍結と古典物理の破綻
「結合が硬いから振動しないのだ」という言い逃れはできません.古典力学では,ばねをどんなに硬くしても振動の平均エネルギーは 𝑘𝐵𝑇 のままで(硬いほど振幅が小さくなるだけです),𝑓 =7 から 𝑓 =5 には移りません.もっと悪いことに,温度を変えると 𝐶𝑉 そのものが変わります.水素では低温で 𝐶𝑉/𝑅 が 1.5 まで下がり(回転まで消えます),室温付近で 2.5,高温で 3.5 に近づきます.温度によらない値を予想する等分配則との,完全な食い違いです.
[図:水素の比熱と運動の解凍]初期状態は回転の特性温度85 K,振動の特性温度6300 Kの水素モデルである.C_V/Rは低温の1.5から回転が効くと2.5,高温で振動も効くと3.5へ近づく.回転は剛体回転子の分配関数,振動はアインシュタインの式で計算した.スライダーで振動の特性温度を変えると,振動の立ち上がりが移る.
初期状態は回転の特性温度85 K,振動の特性温度6300 Kの水素モデルである.C_V/Rは低温の1.5から回転が効くと2.5,高温で振動も効くと3.5へ近づく.回転は剛体回転子の分配関数,振動はアインシュタインの式で計算した.スライダーで振動の特性温度を変えると,振動の立ち上がりが移る.
答えは古典物理の外にありました.量子力学によれば,束縛された運動のエネルギーはとびとびの値しかとれません.振動では 𝐸𝑗 =(𝑗+12)ℏ𝜔(𝑗 =0,1,2,…)と等間隔に並びます.間隔は ℏ𝜔 で一定で,最低の ℏ𝜔/2(零点エネルギー)は温度によらないため熱の勘定には効かないので,以下では最低の準位をエネルギーの基準にとります.ボルツマン分布を当てはめると,1つ上の状態にいる確率は exp( −ℏ𝜔/𝑘𝐵𝑇) 倍です.
ポイント 凍結の条件
エネルギーの間隔 Δ𝐸 に対し,特性温度を 𝜃 =Δ𝐸/𝑘𝐵 とおく.𝑇 が 𝜃 より十分低いと,分子はほとんど最低の状態に留まり,その運動は熱を受け取らない(凍結).𝜃 より十分高い温度では多くの状態が使われ,古典的な等分配則に近づく.凍結は「比熱に寄与しない」という意味で,運動が完全に止まることではない(零点エネルギーの分は残る).
[図:温度と振動の準位の占有]間隔ΔE=ℏωの等間隔の準位に対し,青い横棒はP_n=(1−e^{−ΔE/(k_BT)})e^{−nΔE/(k_BT)}に比例する.左はk_BT=ΔE/4で最低準位がほとんどを占め,右はk_BT=2ΔEで高い準位も使われる.緑の高さはそれぞれのk_BTである.
水素の振動は 𝜃vib ≈6300 K,回転は 𝜃rot ≈85 K です.室温はこの間なので回転は効いて振動は凍結し,𝑓 =5 に見えます.窒素は 𝜃vib ≈3400 K,塩素は原子が重く振動が遅いので 810 K と低く,室温でも振動が顔を出し始めます.表の並びがそのまま説明できました.ただし回転の準位は等間隔ではなく 𝐸𝐽 =𝑘𝐵𝜃rot𝐽(𝐽 +1)(𝐽 =0,1,2,…)で,最初の間隔は 2𝑘𝐵𝜃rot です.𝜃rot は間隔そのものではなく,間隔を決める係数だと見てください.固体でも同じで,結晶の原子は3方向に振動して 𝑓 =6,𝐶𝑉 ≈3𝑅 ≈25 Jmol−1K−1(デュロン・プティの法則)ですが,低温では 0 へ落ちます.
ポイント ここまでのまとめ
等分配則:古典的に連続で独立な2乗項1つあたり,平均は 12𝑘𝐵𝑇.𝑈 =𝑓2𝑁𝑘𝐵𝑇,体積仕事だけを考えれば 𝐶𝑉 =𝑓2𝑅(𝑓 が温度によらない範囲で一定).
自由度は2乗項の数で,単原子3,二原子7(並進3・回転2・振動2),固体の原子6.配置を決める座標の数とは別の数え方である.
測定では室温の二原子分子が 𝑓 =5 に見える.間隔 Δ𝐸 =𝑘𝐵𝜃 に対し 𝑇 が 𝜃 より十分低いとその運動は凍結し(比熱に寄与しないという意味で,静止ではない),古典力学では説明できない.これが量子力学への入り口になった.
問いの答え:同じエネルギーを与えると Δ𝑇 =Δ𝑈/(𝑓2𝑁𝑘𝐵) なので,𝑓 =3 のアルゴンは 𝑓 =5 の窒素より 5/3 倍大きく温度が上がる.高温では窒素の振動も効いて 𝑓 =7 に近づくので,差は 7/3 倍まで開く.