問いしるべ
問いから始める物理 熱力学の法則

熱力学の法則

エントロピーの数学と例題

著者:柚木芹香

数学の道具

定理 数学の道具:場合の数・スターリングの近似・ln の積分

場合の数とスターリングの近似. 区別できる N 個の分子を左に k 個,右に N−k 個と分ける方法の数は (Nk)=N!/[k!(N−k)!],全配置数は 2N である.N が大きいとき ln⁡N!≈Nln⁡N−N(ln⁡N!=∑m=1Nln⁡m≈∫1Nln⁡xdx から出る)を使うと,x=k/N として

ln⁡(Nk)≈−N[xln⁡x+(1−x)ln⁡(1−x)]

となり,右辺は x=12 で最大の Nln⁡2 をとる.場合の数は天文学的な数でも,対数をとれば N に比例する扱いやすい量になる.

温度が変わる過程. 熱容量 C(一定)の物体の温度を T1 から T2 へ変えると,可逆な経路で

ΔS=∫T1T2CdTT=Cln⁡T2T1

である.温度一定の理想熱源が熱 Q を受け取る場合は ΔS=Q/T でよい.

数え方の注意. (Nk) は分子を1個ずつ見分けられるとした数である.同じ種類の気体を仕切りで分けて「左をA,右をB」と名付け,これで混合のエントロピーを作ってはいけない.半透膜で選び分けられる異種の成分と,名前だけの区別は別物である.

練習. N=1022 個の分子が全部左半分に集まる確率の対数 ln⁡(2−N) の大きさを見積もれ.

答え:−Nln⁡2≈−7×1021.けたの数そのものが 1021 個もあり,決して起こらないと言ってよい

定理 数学の道具:エントロピーの加法性と最大原理

加法性. 弱く相互作用する2つの部分系 A,B について,それぞれの U,V,N を指定した巨視状態では,微視状態を独立に数えられるので ΩAB=ΩAΩB である.対数をとれば

SAB=SA+SB

となる.部分系のエントロピーを足してよいのは,このためである.

最大原理. 全体を孤立させ,全エネルギー U=UA+UB だけを固定して交換を許すと,全微視状態数は分け方 UA についての和になる.分子数が莫大なので,和は SA(UA)+SB(U−UA) が最大になる分け方で圧倒的に決まる.平衡は,制約のもとで全エントロピーを最大にする状態である.微分すると

ddUA[SA+SB]=(∂SA∂UA)−(∂SB∂UB)=1TA−1TB=0

より TA=TB が出る(1/T=(∂S∂U)V,N は次の題材の熱力学基本式から出る).体積の交換も許せば (∂S∂V)U,N=p/T から pA=pB が出る.これが,仕切りの問題で温度や圧力が一致する理由である.「孤立系で S は減らない」(時間の向きの制限),「平衡は制約下で S を最大にする状態」(平衡の決め方),「2階微分が負」(安定であること)は,別の主張である.

練習. 単原子理想気体のエントロピーは S=NkBln⁡(VU3/2)+CN と書ける(CN は N で決まる定数).体積を固定し,エネルギーだけを交換できる2つの部分系 NA,NB について,全エントロピーを最大にする条件を求めよ.

答え:3NAkB2UA=3NBkB2UB,すなわち UA/NA=UB/NB.1分子あたりのエネルギーが等しい,つまり温度が等しい

例題

例題 1

オリジナル ★★★☆☆

熱容量 C(一定)の同じ金属球が2つあり,温度は T1 と T2(T1>T2)である.外と熱のやりとりをしないようにして接触させ,同じ温度になるまで待つ.

同じ一定熱容量Cをもつ2球を断熱材で囲み,温度T₁がT₂より高い状態で接触させる.熱は高温球から低温球へ移り,外との熱の出入りはない.最後は両球の温度がT_f=(T₁+T₂)/2になる. 同じ一定熱容量Cをもつ2球を断熱材で囲み,温度T₁がT₂より高い状態で接触させる.熱は高温球から低温球へ移り,外との熱の出入りはない.最後は両球の温度がT_f=(T₁+T₂)/2になる.
  1. 最後の温度 Tf と,全体のエントロピー変化を求めよ.

  2. それが正であることを示せ.

  3. 代わりに2球の間で可逆な機関を働かせて仕事を取り出すと,最後の温度はどうなるか.

解答を見る

考え方 熱容量が一定なので ΔS=Cln⁡(Tf/T) を各球について足す(加法性).

  1. エネルギー保存から Tf=T1+T22.ΔS=Cln⁡TfT1+Cln⁡TfT2=Cln⁡Tf2T1T2.

  2. 相加平均と相乗平均の関係から Tf≥T1T2 で,T1≠T2 なら等号は成り立たない.よって Tf2>T1T2 で ΔS>0 である.熱が温度差を流れる変化は不可逆である.なお,全エネルギーを固定して S を最大にする点を探しても同じ温度が出る.最大原理と,実際の変化で S が増えることは別の主張だが,ここでは両方が成り立っている.

  3. 可逆なら全体の ΔS=0 なので Tf′2=T1T2,つまり Tf′=T1T2 で,相乗平均になる.これは T1+T22 より低く,その差 2C(T1+T22−T1T2) が取り出せる仕事である.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

前の節のラチェットを,次のように理想化した模型で考える.羽根側の気体は温度 T1,歯車と爪は温度 T2 で,熱漏れはない.爪を1歯ぶん持ち上げるのに要するエネルギーを ε,おもりが1歯ぶん(角 θ)持ち上がるのに要する仕事を Lθ とする.前進には羽根側から ε+Lθ を,後退には爪側から ε をかき集める必要があり,1秒あたりの頻度はそれぞれ 1τe−(ε+Lθ)/kBT1,1τe−ε/kBT2 に等しいとする(この指数関数はボルツマン因子で,第17章で導く.共通の試行頻度 1/τ はこの模型の仮定である).

  1. 平均して回らなくなる(前進と後退の頻度が等しい)条件を求めよ.

  2. そのときの Lθ/(ε+Lθ) を T1,T2 で表せ.この値を実際の運転効率と呼べるか.

  3. T1=T2=T のとき,正味の角速度を求め,おもりが持ち上がらないことを示せ.

解答を見る

考え方 頻度が等しいつり合いの状態が,可逆に動く境目である.前進1回で羽根側から出る熱は ε+Lθ,爪側へ入る熱は ε である.

  1. 指数を等しくおいて

ε+LθT1=εT2.
    1. より εε+Lθ=T2T1 なので

Lθε+Lθ=1−T2T1

で,熱の比も Q1/Q2=T1/T2 とカルノーサイクルと同じ関係をみたす.ただしこれは正味の回転が止まる負荷での値で,このとき取り出す仕事率は0である.運転効率と呼べるのは,出力を0に近づける極限の値としてだけである.実際に仕事を取り出すには負荷を軽くして正味の回転を生じさせねばならず,効率は 1−T2/T1 より小さくなる.この模型は熱漏れを無視しているので,軸を通る熱漏れがあればさらに下がる.

  1. 1歯で角 θ 進むので,正味の角速度は

ω=θτ(e−(ε+Lθ)/kBT−e−ε/kBT)=θτe−ε/kBT(e−Lθ/kBT−1).

L>0(おもりがある)なら括弧の中は負で ω<0,つまりおもりは平均して下がる.L=0 でようやく ω=0 である.一つの温度では仕事を取り出せない.

ポイント ここまでのまとめ

  • 場合の数の対数はスターリングの近似で扱える.半々の配置では ln⁡Ω≈Nln⁡2.番号を付けた数え方を,同種気体の混合にそのまま使ってはいけない.

  • 独立な部分系では ΩAB=ΩAΩB なので S は足せる.孤立系の平衡は制約下で S を最大にする状態で,1/T=(∂S∂U)V,N から温度の一致が出る.

  • 温度が変わる過程は ΔS=Cln⁡(T2/T1),理想熱源は ΔS=Q/T.熱が温度差を流れると全体で増え,可逆に仕事を取り出すと最後の温度は相乗平均になる.

  • ラチェットの頻度を比べると,停止点でカルノー効率と同じ式が現れる.ただしそこでの出力は0で,実機の効率ではない.