問い
教室に満ちている空気を残らず集めて,はかりに載せたとします.その質量は,教室にいる人ひとりより重いでしょうか,軽いでしょうか.重いとすれば,何倍くらいでしょうか.
実際にはかる必要はありません.まず直感で「重い」か「軽い」かを決め,次に「何 kg くらいか」を一つ書いてみましょう.
考えてみる
多くの人は「空気は手で持っても何も感じないのだから,質量はほとんどない」と思います.しかし感じないことと,質量がないことは別です.
では数字にするには何が要るでしょうか.質量は「密度×体積」で決まります.体積は教室の縦・横・高さの積です.密度は,水が 1 L で 1 kg であることを手がかりに,空気が水よりどれだけ軽いかを考えればよいことになります.空気は水のおよそ千分の一の軽さです.そうすると,教室の体積がおよそ 200 m3(=2 ×105 L)なら,水なら 2 ×105 kg ですが,空気はその千分の一強で,数百 kg 程度になりそうです.
人ひとりが 60 kg ですから,空気のほうが何倍も重いと見当がつきます.
この「見当をつける」作業に筋道をつけるのがこの節の主題です.数値は次の節の例題 1 で確かめます.
見積もりの作法
定義 フェルミ問題
正確なデータがなくても,知っている数字だけを組み合わせて,量の桁(10 の何乗くらいか)を求める問題.物理学者フェルミが好んで出したことから,こう呼ばれる.
フェルミ問題には,次の三つの作法があります.
分解する.知らない量を,知っている量の積や和に分けます.教室の空気の質量なら「密度×縦×横×高さ」です.
桁で押さえる.各量は有効数字 1 桁,ときには「10 の何乗か」だけで十分です.教室の縦が 8.7 m か 9.2 m かは,答えの桁を変えません.
上下の限界をとる.「これより大きいことはない」「これより小さいことはない」という値で挟みます.挟んだ結果が結論を変えないなら,細かい数字は要りません.
見積もりに価値があるのは,次の理由からです.
検算になる.精密な計算の結果が,見積もりと桁で食い違えば,どこかに誤りがあります.単位換算のミスは,たいてい 103 倍のずれになります.
研究の第一歩になる.実験を計画するとき,現象が何秒続くのか,装置がどれくらいの大きさかを,測る前に知る必要があります.
何を無視してよいかが分かる.次の節の例題 2 のように桁違いに小さいものは,捨てても結論は変わりません.これは,この章の最後の「モデルと問題の解き方」の節の土台です.
見積もりに使う数字の目安を表にします.
量 | 目安 |
|---|
水の密度 | 1.0 ×103 kgm−3 |
空気の密度(20∘C,1 atm) | 1.2 kgm−3 |
成人の質量,身長 | 6 ×101 kg,1.7 m |
東京ドームの容積 | 1.2 ×106 m3 |
地球の半径 | 6.4 ×106 m |
地球の表面積 | 5.1 ×1014 m2 |
地球の質量 | 6.0 ×1024 kg |
日本の人口,世界の人口 | 1.2 ×108 人,8 ×109 人 |
1 日,1 年 | 8.6 ×104 s,3.2 ×107 s |
快晴の正午に地表へ届く太陽光 | 約 1 kWm−2 |
ポイント 空気の密度はどこから来るか
気体 1 mol の体積は,20∘C,1 atm でおよそ 24 L,空気 1 mol の質量は約 29 g です.密度は 29 g/24 L ≈1.2 kgm−3 となり,表の値と合います.
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教室の体積を約 200 m3,空気の密度を 1.2 kgm−3 とすると,空気の質量は約 2 ×102 kg です.人ひとり(60 kg)の数倍で,空気のほうが重いといえます.教室の大きさが倍違っても,この結論は変わりません.
ポイント ここまでのまとめ
見積もりは,知らない量を知っている量の積や和に分け,桁で押さえ,上下の限界で挟む作業である.
見積もりは検算になり,実験の計画の第一歩になり,何を無視してよいかを教えてくれる.
数字は有効数字 1 桁でよい.手がかりになる量(水の密度,地球の大きさ,1 年の秒数など)をいくつか覚えておく.
教室の空気は約 2 ×102 kg で,人ひとりより数倍重い.