問いしるべ
問いから始める物理 熱力学の法則

熱力学の法則

自由エネルギーと変化の向き

著者:柚木芹香

問い

−10∘C の部屋に水を置くと,水は凍ります.ところが,ばらばらに動ける液体の水が規則正しい結晶になるのですから,水のエントロピーは減ります.孤立系ではエントロピーが減らないと言ったのに,これはどういうことでしょうか.そして,温度や圧力が決まった環境に置かれた物質について,変化がどちら向きに進むかを決めるのは何でしょうか.

考えてみる

エントロピーが減らないのは孤立系の話でした.部屋に置いた水は孤立系ではなく,部屋という熱源と熱をやりとりします.そこで,水と部屋を合わせた全体を孤立系と見ます.水が凍るとき,凝固熱が部屋へ出ていくので,部屋のエントロピーは増えます.その増加が水の減少より大きければ,全体では増えていて,第二法則に反しません.

ここで気づくのは,いつも部屋まで含めて数えるのは面倒だということです.温度 T0 の熱源に接しているという条件さえ決まっていれば,部屋の分をあらかじめ系の量に押し込んでおけるはずです.それを実行すると,自由エネルギーという量が出てきます.

熱力学基本式

まず,第一法則と第二法則を1本の式にまとめます.可逆な微小過程では δQrev=TdS,δW=pdV なので,dU=δQ−δW は次の形になります.

公式 熱力学基本式

物質量の変わらない単純な圧縮系について

dU=TdS−pdV

が成り立つ.左辺も右辺も状態量だけで書かれているので,これは隣り合う平衡状態の間の恒等式であり,可逆な経路に限らず成り立つ.ただし,不可逆な実際の過程で出入りした熱を TdS と同一視してよいという意味ではない(そのときは δQ実際<TdS である).

この式を dS について解くと dS=1TdU+pTdV なので

(∂S∂U)V=1T,(∂S∂V)U=pT

です.前の題材で最大原理から温度や圧力の一致を導くときに使ったのは,この2つの式でした.

ヘルムホルツとギブズの自由エネルギー

定義 自由エネルギーとエンタルピー

F=U−TS,H=U+pV,G=U+pV−TS=F+pV

を順にヘルムホルツ自由エネルギー,エンタルピー,ギブズ自由エネルギーという.基本式から

dF=−SdT−pdV,dH=TdS+Vdp,dG=−SdT+Vdp

となる.U は (S,V),F は (T,V),H は (S,p),G は (T,p) を変数に選ぶと扱いやすい.どれも U と同じ情報を持ち,どの量を一定に保つ実験かに合わせて使い分ける.

F や G に現れる T,p は系自身の温度・圧力です.系が熱源や外界とつり合っているときは,熱源の温度 T0 や外圧 p0 と等しくなります.

外部条件が決める最小原理

系と,温度 T0 の熱源を合わせた全体に第二法則を当てはめます.系が受け取った熱を Q とすると,熱源のエントロピーは −Q/T0 だけ変わるので

ΔS−QT0≥0

です.ここに第一法則 Q=ΔU+W を入れると,条件によって形が決まります.

法則 外部条件と平衡の判定

物質量が変わらない閉じた系について,次が成り立つ.

  • 孤立系(熱も仕事もやりとりしない):ΔS≥0.平衡は S が最大の状態.

  • 温度 T0 の熱源に接し,体積一定(体積仕事も他の仕事もしない):W=0 なので ΔU−T0ΔS≤0.始状態と終状態がどちらも温度 T0 なら左辺は ΔF に等しいので ΔF≤0 で,平衡は F=U−T0S が最小の状態である.

  • 温度 T0 の熱源に接し,一定の外圧 p0 に押されている:W=p0ΔV なので Δ(U+p0V−T0S)≤0.平衡は F+p0V が最小の状態で,系の圧力が p0 に等しい平衡どうしを比べるなら G が最小である.

いずれも「全体のエントロピーが増える向きに進む」ことの言い換えで,新しい法則ではない.

温度と外圧p₀を一定に保つ.高温では氷の割合0の水でF+p₀Vが最小となり,低温では割合1の氷で最小となる.融点では氷と水のどの割合でも同じ値で共存できる.隣のS+S源は同じ割合で最大となり,融点では水平になる. 温度と外圧p₀を一定に保つ.高温では氷の割合0の水でF+p₀Vが最小となり,低温では割合1の氷で最小となる.融点では氷と水のどの割合でも同じ値で共存できる.隣のS+S源は同じ割合で最大となり,融点では水平になる.

−10∘C の水が凍るのは,U の減少(凝固熱を出す分)が −T0S の増加より大きく,F+p0V が下がるからです.温度を上げると −T0S の項の重みが増し,どこかで両者が等しくなります.その温度が融点で,そこでは2つの相が共存できます.

ポイント 最大の仕事

等温の変化で系から取り出せる仕事には上限があり,W≤−ΔF である(Q≤T0ΔS を第一法則に入れれば出る).等温・等圧では,体積を変える分を除いて取り出せる仕事が −ΔG 以下になる.自由エネルギーの「自由」は,内部エネルギーのうち仕事として取り出せる部分という意味である.

応用:実在気体の気液共存

第15章で見たファンデルワールス気体を,モル量で p=RTv−b−av2 と書きます.臨界温度より低い等温線には (∂p∂v)T>0 の区間があり,そこでは押し縮めるほど圧力が下がるので,わずかなゆらぎが育ってしまい,一様な相としては存在できません(不安定).

外圧 pe のもとで何が起こるかは,モル量の g=f+pev を最小にする v を探せば分かります.(∂f∂v)T=−p なので

dgdv=pe−p(v)

で,停留点は p(v)=pe の点です.安定であるには d2gdv2=−(∂p∂v)T>0 が要り,これが上の条件と一致します.さらに,液相と気相が共存するには,両方が停留点であるだけでなく g の値も等しくなければなりません.これは

∫vLvG[p(v)−pe]dv=0

と書けて,等温線が水平線 p=pe から上にはみ出す面積と下にはみ出す面積が等しい,という条件になります(マクスウェルの等面積の規則).

【図 free-energy-02:臨界温度より低い等温線(ファンデルワールス気体)を p-v 図に描き,水平線 p=pe との3つの交点 vL・中間・vG を示す.水平線の上下にはみ出す2つの面積を塗り分けて等しいことを示し,(∂p∂v)T>0 の不安定域と,その外側の準安定域に印を付ける.】片方だけが極小の場合,もう一方は準安定な状態にとどまり,過冷却や過飽和として実際に観測されます.

ポイント ここまでのまとめ

  • 熱力学基本式 dU=TdS−pdV は隣り合う平衡状態を結ぶ恒等式で,1/T=(∂S∂U)V,p/T=(∂S∂V)U を与える.

  • F=U−TS,H=U+pV,G=F+pV.自然な変数はそれぞれ (T,V),(S,p),(T,p) である.

  • 変化の向きを決めるのは,つねに系と外界を合わせた S の増加である.それを書き直すと,孤立系では S が最大,等温・定積では F が最小,等温・一定外圧では F+p0V(平衡どうしなら G)が最小になる.

  • 等温で取り出せる仕事は −ΔF 以下,等温・等圧で体積仕事以外に取り出せる仕事は −ΔG 以下である.

  • 問いの答え:水だけを見ればエントロピーは減るが,凝固熱を受け取る部屋の増加の方が大きいので第二法則に反しない.温度と外圧が決まった環境では,F+p0V が小さくなる向きに変化が進む.