問い
自転車の空気入れで勢いよく空気を送ると,筒がはっきり熱くなります.ピストンと筒がこすれるからだと思うかもしれませんが,摩擦をできるだけ小さくしても,押し縮められた気体自身の温度が上がります.逆に,スプレー缶を使い続けると缶は冷たくなります.押し縮めると温まり,膨らむと冷えるのはなぜでしょうか.そして,その温度の変化は,ゆっくり押すか一気に押すかで変わるのでしょうか.
考えてみる
分子の立場で考えます.ピストンが気体の方へ速さ 𝑢 で動いているとき,垂直に当たって跳ね返る分子は,ピストンとともに動く立場では速さが変わりませんが,床から見ると速さが 2𝑢 増えます(第5章の衝突).動いてくる壁は分子を加速し,逃げる壁は遅くします.摩擦は要らず,押し縮めれば分子は速くなり,膨らませれば遅くなる,つまり温度が変わります.
では「どれだけ」変わるのでしょうか.分子を1個ずつ追うのは無理なので,出入りしたエネルギーだけを数えます.記号は前の題材の約束どおりで,物質量は 𝜈,ピストンの断面積は 𝐴 と書きます.
内部エネルギー・熱・仕事
定義 内部エネルギー
容器の中の気体が持つエネルギーの総和(分子の運動エネルギーと分子間の力の位置エネルギーの和)を内部エネルギー 𝑈 という.𝑈 は気体の状態(たとえば 𝑇 と 𝑉)だけで決まり,到達の仕方に依らない.このような量を状態量という.理想気体では 𝑈 は温度だけで決まり,単原子分子なら 𝑈 =32𝑁𝑘𝐵𝑇 =32𝜈𝑅𝑇 である.
状態量でないものが2つあります.熱 𝑄 と仕事 𝑊 です.気体が持っている量ではなく,境界を通って出入りしたエネルギーの量なので,同じ始状態から同じ終状態へ行っても道筋によって値が違います.これは第6章で,保存力の仕事は位置エネルギーの差で書けたのに,摩擦力の仕事は道のりで変わったのと同じ区別です.山の標高は今いる場所だけで決まりますが,そこまで歩いた道のりは,どの道を来たかで変わります.𝑈 は標高,𝑄 と 𝑊 は歩いた道のりにあたります.「今いる場所の道のり」という量が無いのと同じく,「今の状態の熱」や「今の状態の仕事」という量はありません.符号は,気体が受け取った熱を 𝑄 >0,気体が外へした仕事を 𝑊 >0 とします.
法則 熱力学第一法則
物質量の変わらない閉じた系について
Δ𝑈=𝑄−𝑊,d𝑈=𝛿𝑄−𝛿𝑊
が成り立つ.熱を含めて述べたエネルギー保存則である.d𝑈 は状態量 𝑈 の微小な差だが,𝛿𝑄・𝛿𝑊 は「この微小な過程で出入りした量」であって状態の関数の差ではないので,記号を変えて区別する.
𝑄 と 𝑊 は道筋で変わるのに,その差は変わらない,というのが第一法則の主張です.熱を与えずに仕事をされれば(𝑄 =0,𝑊 <0),その分だけ 𝑈 が増えます.空気入れが熱くなるのはこれです.
仕事には体積仕事のほかに撹拌や電気加熱もあります.以下では体積仕事だけを扱うので,体積が変わらなければ 𝑊 =0 としますが,これは断りのある約束で,一般の法則ではありません.
準静的過程と 𝑝-𝑉 図
ピストンをゆっくり動かし,気体がどの瞬間もほぼ平衡状態にあるとみなせる変化を準静的過程といいます.準静的なら圧力 𝑝 がどの瞬間も1つに決まるので,道筋を 𝑝-𝑉 図の曲線として描けます.断面積 𝐴 のピストンが d𝑥 動くとき気体がする仕事は 𝑝𝐴 d𝑥 =𝑝 d𝑉 です.
公式 準静的過程で気体がする仕事
𝑊=∫𝑉2𝑉1𝑝d𝑉
𝑝-𝑉 図では,道筋の曲線の下の面積である.膨張(d𝑉 >0)なら正,圧縮なら負になる.
[図:道筋で変わる仕事]同じ始点Aと終点Bを経路IとIIで結ぶ.Iは高い圧力で等圧膨張した後に定積で圧力を下げ,IIは先に定積で圧力を下げてから等圧膨張する.IIの仕事は下側の塗り,Iの仕事は下側の塗りと斜線部の和であり,Iの方が大きい.
2つの道筋で 𝑊 は違いますが Δ𝑈 は同じなので,𝑄 も違っていなければなりません.
準静的と可逆は同じではない
定義 準静的過程と可逆過程
準静的過程は,どの瞬間も平衡状態とみなせるほどゆっくり進む過程である.可逆過程は,逆向きにたどって,系だけでなく外界も完全に元の状態へ戻せる過程である.準静的は可逆であるための条件の一つにすぎず,さらに,摩擦や粘性のような散逸がないこと,熱の授受が無限小の温度差の相手との間で行われることが要る.
反例が2つあります.ピストンと筒に摩擦があると,どれほどゆっくり押しても摩擦熱が外界に残り,気体の状態を逆にたどれても外界は戻りません.また,100 K の温度差の熱源からゆっくり熱を受け取る変化は,気体は準静的でも,熱は温度差を下る向きにしか流れないので逆向きに進みません.あとで出るカルノーサイクルの「可逆」は,この強い意味です.
モル比熱と断熱の式
体積を一定に保って温めるとき体積仕事は0なので 𝑄 =Δ𝑈 で,これを 𝜈𝐶𝑉Δ𝑇 と書きます.圧力を一定に保つなら膨張のぶんの仕事 𝑝Δ𝑉 =𝜈𝑅Δ𝑇 も要るので,モル比熱はその分だけ大きくなります.
公式 マイヤーの関係(理想気体)
𝐶𝑝−𝐶𝑉=𝑅,𝛾=𝐶𝑝𝐶𝑉
理想気体で,体積仕事だけを扱う場合の関係である.単原子分子では第15章の 𝑈 =32𝜈𝑅𝑇 から 𝐶𝑉 =32𝑅,𝐶𝑝 =52𝑅,𝛾 =53.二原子分子では回転にもエネルギーが分かれるので 𝐶𝑉 は大きく,常温の窒素や酸素の測定値は 𝐶𝑉 ≈52𝑅,𝛾 ≈75 である.ただしこれは回転が十分に励起され振動がほとんど励起されていない温度域の値で,高温では大きくなる(塩素のように常温で振動が効く気体もある).根拠は第17章の等分配則で扱う.
熱の出入りがない変化を断熱過程といいます.準静的な断熱過程では 𝛿𝑄 =0 なので 𝜈𝐶𝑉 d𝑇 +𝑝 d𝑉 =0 です.状態方程式 𝑝𝑉 =𝜈𝑅𝑇 の微小変化 𝑝 d𝑉 +𝑉 d𝑝 =𝜈𝑅 d𝑇 から d𝑇 を消し,𝐶𝑉 +𝑅 =𝐶𝑝 を使えば
𝐶𝑝𝑝d𝑉+𝐶𝑉𝑉d𝑝=0,𝛾d𝑉𝑉+d𝑝𝑝=0
となり,𝛾 が一定とみなせるなら積分できます.
公式 準静的な断熱過程(ポアソンの式)
𝑝𝑉𝛾=𝑝1𝑉𝛾1,𝑇𝑉𝛾−1=𝑇1𝑉𝛾−11
2つ目は1つ目に状態方程式を代入して 𝑝 を消したもの.理想気体で,準静的,かつ 𝛾 一定とみなせる場合に限る.𝐶𝑉(𝑇) が変わるなら ∫𝐶𝑉(𝑇)d𝑇𝑇 +𝑅ln𝑉2𝑉1 =0 を使う.
𝛾 >1 なので,断熱線は等温線(𝑝𝑉 一定)より急です.断熱膨張では圧力だけでなく温度も下がることを,この傾きの差が表しています.
[図:等温線と断熱線]青い等温線はpVが一定,橙の断熱線はpVのγ乗が一定で,γ=5/3である.2本は同じ状態Aを通り,断熱線の方が急である.Aから膨張すると,断熱線の圧力は等温線より低くなる.
等温過程では Δ𝑈 =0 なので,与えた熱がそのまま仕事になり,𝑝 =𝜈𝑅𝑇/𝑉 を積分して 𝑊 =𝑄 =𝜈𝑅𝑇ln(𝑉2/𝑉1) です.準静的断熱では 𝑄 =0 なので,𝐶𝑉 一定のとき 𝑊 = −Δ𝑈 =𝜈𝐶𝑉(𝑇1 −𝑇2) です.
速く押すとどうなるか
準静的でない変化は 𝑝-𝑉 図に道筋として描けません.一気に押すと,ピストンのすぐ前の気体だけが余分に押し縮められ,中に流れと温度差が生まれます.それが熱としてならされるので,同じ体積まで断熱圧縮したとき,速く押した方が温度が高く,外からする仕事も大きくなります.𝑝𝑉𝛾 一定の式は使えません.
極端な例が自由膨張です.断熱した容器を仕切って片側を真空にし,仕切りを抜きます.断熱だから 𝑄 =0,押す相手がいないから 𝑊 =0 で,Δ𝑈 =0,理想気体なら温度は変わりません.可逆な等温膨張と始状態・終状態が同じなのに熱も仕事も0で,両者の違いを第一法則では区別できません.ここに「変化の向き」という別の問題が隠れています.
ポイント ここまでのまとめ
𝑈 は状態量,熱と仕事は道筋に依る(d𝑈 と 𝛿𝑄・𝛿𝑊 で書き分ける).第一法則は Δ𝑈 =𝑄 −𝑊.
体積仕事だけを扱うなら,準静的過程で 𝑊 =∫𝑝 d𝑉 が 𝑝-𝑉 図の面積になる.等温で 𝑊 =𝑄 =𝜈𝑅𝑇ln(𝑉2/𝑉1),準静的断熱で 𝛾 一定なら 𝑝𝑉𝛾・𝑇𝑉𝛾−1 一定.
準静的でも,摩擦があったり有限の温度差を熱が流れたりすれば不可逆である.可逆は系と外界の両方が戻せることを要求する.
理想気体で 𝐶𝑝 −𝐶𝑉 =𝑅.単原子分子で 𝛾 =53,常温の二原子分子で 75(回転が効き振動が凍っている温度域の値).
問いの答え:押し縮めると,動く壁が分子を加速する分だけ内部エネルギーが増えて温まり,膨らむと逆に冷える.摩擦は要らない.上がり方は速さだけで決まらず,断熱で散逸がなければ 𝑇𝑉𝛾−1 一定のとおり,一気に押せば散逸の分それより高く,壁から熱が逃げればそれより低くなる.