問い
ロケットを地上から打ち出すとき,どれだけ速く飛び出せば,二度と地球に戻ってこないでしょうか.空気抵抗は考えず,エンジンは最初の一瞬だけ働くものとします.速く打ち出すほど高くまで昇りますが,どこまで昇っても,いつかは引き戻されそうにも思えます.引き戻されない速さというものは,本当にあるのでしょうか.
考えてみる
地表付近では,高さ ℎ の位置エネルギーは 𝑚𝑔ℎ です.高さ ℎ まで昇るには 12𝑚𝑣2 =𝑚𝑔ℎ より 𝑣 =√2𝑔ℎ が必要で,ℎ を大きくすればいくらでも大きな速さが要ります.無限遠まで行くには,無限に大きなエネルギーが必要に見えます.
ただしこの計算は,重力が高さによらず一定だと仮定しています.実際には,遠くへ行くほど万有引力は距離の2乗に反比例して弱まります.弱まる力に逆らってする仕事の総和は,有限になるかもしれません.確かめるために,まず万有引力の位置エネルギーを正しく求めましょう.
万有引力の位置エネルギー
質量 𝑀 の天体は動かないものとし,その中心から 𝑟 の位置にある質量 𝑚 の物体を考えます.万有引力は中心力で,大きさは距離だけで決まるので保存力です.第6章で見たとおり,位置エネルギー 𝑈(𝑟) は,基準点までの移動で力がする仕事として決まります.基準点を無限遠にとり,半径方向外向きを正とすると,力は 𝐹 = −𝐺𝑀𝑚/𝑟2 です.
𝑈(𝑟)=∫∞𝑟(−𝐺𝑀𝑚𝑟′2)d𝑟′=[𝐺𝑀𝑚𝑟′]∞𝑟=0−𝐺𝑀𝑚𝑟=−𝐺𝑀𝑚𝑟
経路によらないので,半径方向に動く経路で計算してかまいません.
法則 万有引力の位置エネルギー
無限遠を基準とするとき,質量 𝑀 と 𝑚 の質点が距離 𝑟 だけ離れているときの位置エネルギーは
𝑈(𝑟)=−𝐺𝑀𝑚𝑟
である.
[図:重力の位置エネルギー]U=−GMm/rを数値計算して描いた曲線.地表から単調に増加し無限遠で0に近づく.
値が負なのは,基準の無限遠より低い位置にいるからです.離れるほど 𝑈 は増えて 0 に近づきます.𝐹 = −d𝑈d𝑟 を計算すると −𝐺𝑀𝑚/𝑟2 になり,確かに引力です.
地表付近の 𝑚𝑔ℎ との関係も見ておきます.𝑟 =𝑅 +ℎ で ℎ が 𝑅 より十分小さいなら
𝑈(𝑅+ℎ)−𝑈(𝑅)=𝐺𝑀𝑚𝑅−𝐺𝑀𝑚𝑅+ℎ=𝐺𝑀𝑚ℎ𝑅(𝑅+ℎ)≈𝐺𝑀𝑅2𝑚ℎ=𝑚𝑔ℎ
です.𝑚𝑔ℎ は,𝑈(𝑟) の差を地表のすぐ近くで見た近似でした.
力学的エネルギーと軌道の種類
万有引力だけが働くなら,力学的エネルギー 𝐸 は保存します.
𝐸=12𝑚𝑣2−𝐺𝑀𝑚𝑟
12𝑚𝑣2 ≥0 より 𝑈(𝑟) ≤𝐸 でなければ運動できません.これは,中心を通る直線上を動く(角運動量が0の)場合には動ける範囲そのものを決め,横向きの速さがあるときは必要条件にとどまります.以下の分類のうち軌道の形(円・楕円・放物線・双曲線)は,角運動量が0でない場合のものです.
𝐸 <0:−𝐺𝑀𝑚/𝑟 ≤𝐸 より 𝑟 ≤𝐺𝑀𝑚/|𝐸| で,遠くへ行けない.束縛された運動で,角運動量が0でなければ軌道は円か楕円になる.
𝐸 =0:無限遠にちょうど速さ 0 で届く.軌道は放物線になる.
𝐸 >0:無限遠でも速さが残る.軌道は双曲線になる.
[図:エネルギーの符号と到達範囲]L=0の半径方向の運動では,負のエネルギー線とUの交点が最高点となる.角運動量がある場合の転回点には実効ポテンシャルを用いる.
角運動量が0なら,この交点が最も遠い点です.横向きの速さがあると,交点に届く前に折り返します.その一般の転回点は,あとの実効ポテンシャルの図で読みます.軌道の形そのものは,この章の後の節で詳しく調べます.
脱出速度
地表(中心から 𝑅)から速さ 𝑣0 で打ち出した物体が無限遠まで行ける条件は 𝐸 ≥0 です.
12𝑚𝑣20−𝐺𝑀𝑚𝑅≥0⟹𝑣0≥√2𝐺𝑀𝑅=√2𝑔𝑅
定義 脱出速度
天体の表面から打ち出した物体が,二度と戻らず無限遠へ行ける最小の速さ
𝑣esc=√2𝐺𝑀𝑅=√2𝑔𝑅
を脱出速度(第二宇宙速度)という.打ち出す向きにはよらない(地面にぶつからない向きなら).
地球では 𝑣esc ≈1.12 ×104 ms−1(約 11 kms−1)です.地表すれすれの円軌道の速さ √𝑔𝑅 ≈7.9 ×103 ms−1 の √2 倍にあたります.必要なエネルギーが有限なのは,𝑈 が無限遠で 0 に近づくからです.質量 𝑚 の物体には 𝐺𝑀𝑚/𝑅 =𝑚𝑔𝑅 のエネルギーが必要で,𝑚 =1 kg なら 𝑔𝑅 ≈6.2 ×107 J です.これは,重力が一定のまま半径ぶん 𝑅 だけ持ち上げる仕事 𝑚𝑔𝑅 と同じです.
重力ポテンシャル
位置エネルギーを質量 𝑚 で割ると,物体の質量によらず,場所だけで決まる量になります.
Φ(𝑟)=𝑈(𝑟)𝑚=−𝐺𝑀𝑟(単位 Jkg−1=m2s−2)
これを重力ポテンシャルといいます.質量 𝑚 の物体の位置エネルギーは 𝑈 =𝑚Φ,重力加速度は −dΦd𝑟 です.電気の電位は,これと同じ考え方で定義されます.
実効ポテンシャル:角運動量を含めた1次元化
楕円軌道では 𝑟 も 𝜃 も変わります.前の題材の極座標で,速度は 𝒗 =˙𝑟 𝒆𝑟 +𝑟˙𝜃 𝒆𝜃 で,速さの2乗は ˙𝑟2 +𝑟2˙𝜃2 です.中心力なら角運動量 𝐿 =𝑚𝑟2˙𝜃 が一定なので,回る向きの速さは 𝑟˙𝜃 =𝐿𝑚𝑟 と 𝑟 だけで書けます.万有引力に限らず,位置エネルギーが距離だけで決まる 𝑈(𝑟) の中心力(力の 𝒆𝑟 成分は 𝐹(𝑟) = −d𝑈d𝑟)で考えると
𝐸=12𝑚˙𝑟2+𝐿22𝑚𝑟2+𝑈(𝑟)
となり,𝜃 が式から消えます.
定義 実効ポテンシャル
位置エネルギー 𝑈(𝑟) の中心力のもとで,角運動量 𝐿 で運動する質点について
𝑈eff(𝑟)=𝐿22𝑚𝑟2+𝑈(𝑟)
を実効ポテンシャルという.力学的エネルギーは 𝐸 =12𝑚˙𝑟2 +𝑈eff(𝑟) で,動径方向の運動は,ポテンシャル 𝑈eff の中の1次元の運動として扱える.
運動方程式の 𝒆𝑟 成分 𝑚(¨𝑟−𝑟˙𝜃2) =𝐹(𝑟) で,𝑚𝑟˙𝜃2 =𝐿2𝑚𝑟3 を右辺へ移しても
𝑚¨𝑟=𝐹(𝑟)+𝐿2𝑚𝑟3=−d𝑈effd𝑟
となります.𝐿22𝑚𝑟2 は,回っているために外向きの力 𝑚𝑟˙𝜃2 が働くかのように見える分で,第11章の遠心力と同じ形です.𝐿 ≠0 なら,𝑟 が小さいところでこの項が急に大きくなり,中心に近づくのを妨げる壁になります.
読み方は第6章のポテンシャル図と同じです.𝐸 =𝑈eff(𝑟) の点が転回点で,˙𝑟 =0 になりますが,𝑟˙𝜃 は残るので,物体は止まらず,近づく動きから遠ざかる動きへ移るだけです.転回点が2つあれば 𝑟 はその間を往復し(束縛された運動),1つなら壁で跳ね返って遠くへ去ります.谷の底は 𝑟 が一定の円軌道です(安定性は次の節).
万有引力では 𝑈eff(𝑟) =𝐿22𝑚𝑟2 −𝐺𝑀𝑚𝑟 で,近くは壁,遠くは 0 に近づく裾の谷です.底に 𝐸 を合わせれば円軌道,少し高ければ近点と遠点の間を 𝑟 が往復する楕円,𝐸 ≥0 なら遠くへ去ります.𝐿 =0 では壁がなく,中心へ落ちていきます.
[図:実効ポテンシャルと転回点]Ueff/A=1/(2x²)−1/xを数値計算した.負のエネルギーには2つの転回点があり,極小は円軌道に対応する.
ばねのように距離に比例する引力(𝑈 =12𝑘𝑟2)なら,𝑈eff =𝐿22𝑚𝑟2 +12𝑘𝑟2 は遠くでも上がり続け,どんな 𝐸 でも転回点が2つで,遠くへは去れません.万有引力で脱出ができるのは,谷の高さに上限があるからです.
[図:2つの中心力の実効ポテンシャル]同じ横軸rで,万有引力とばね型の中心力の実効ポテンシャルを並べる.橙のエネルギー線と曲線の交点が転回点になる.縦軸の縮尺はパネルごとに違う.
ポイント ここまでのまとめ
万有引力は保存力で,無限遠を基準にすると位置エネルギーは 𝑈(𝑟) = −𝐺𝑀𝑚/𝑟.力学的エネルギーは 𝐸 =12𝑚𝑣2 −𝐺𝑀𝑚/𝑟.
角運動量が0でないとき,𝐸 <0 は束縛(円・楕円),𝐸 =0 は放物線,𝐸 >0 は双曲線.重力ポテンシャルは Φ = −𝐺𝑀/𝑟.
中心力 𝑈(𝑟) のもとでは 𝑈eff =𝐿22𝑚𝑟2 +𝑈(𝑟) を使って,動径方向を1次元の運動として扱える.転回点,束縛と非束縛,円軌道を図から読む.
問いの答え:地表から無限遠までのエネルギーは有限なので,𝑣esc =√2𝐺𝑀/𝑅 ≈11 kms−1 以上で打ち出せば二度と戻らない.