問いしるべ
問いから始める物理 波と音

波と音

倍音と音色

著者:柚木芹香

問い

ピアノとフルートで同じ高さのド(振動数 262Hz)を鳴らします.音の高さも大きさもそろえたのに,目を閉じて聞いてもどちらの楽器かすぐ分かります.同じ振動数の音なのに,何が違って聞こえるのでしょうか.

考えてみる

マイクで2つの音の圧力のずれ δp を記録すると,どちらも周期 T=1/(262Hz)≈3.8ms で同じ形をくり返します.高さが同じとは,この周期が同じということです.ところが1周期の中の形はまったく違います.フルートはなめらかな正弦波に近く,ピアノはでこぼこした形です.

周期が同じで形が違う.この違いを数で表すには,どうすればよいでしょうか.形をそのまま比べるのは難しそうです.前の題材で,弦や気柱には f1,2f1,3f1,… という飛び飛びのモードがあると学びました.周期 T の音には,周期が T,T/2,T/3,… の正弦波が混ざっていてもよいはずです.どれがどれだけ混ざっているかで形が決まる,と考えてみましょう.

弦の運動はモードの和

両端を固定した長さ l の弦(波の速さ v=S/μ)のモードは,kn=nπ/l,ωn=nπv/l として sin⁡knxcos⁡ωnt と sin⁡knxsin⁡ωnt でした.波動方程式は線形なので,これらの和

y(x,t)=∑n=1∞sin⁡nπxl(Bncos⁡ωnt+Ansin⁡ωnt)

も解です.実は弦の小さな振れの運動は,どれもこの形に書けます.係数は初めの形と初めの速度で決まり,t=0 を代入すると

y(x,0)=∑n=1∞Bnsin⁡nπxl,∂y∂t(x,0)=∑n=1∞ωnAnsin⁡nπxl

です.数学の節の直交性 ∫0lsin⁡(mπx/l)sin⁡(nπx/l)dx=(l/2)δmn(δmn は m=n で1,それ以外で0)を使うと,係数は1つずつ取り出せます.

Bn=2l∫0ly(x,0)sin⁡nπxldx,ωnAn=2l∫0l∂y∂t(x,0)sin⁡nπxldx

第3題材で見たとおり,どの項も時間 T=2π/ω1=2l/v で元に戻るので,弦が空気を押して作る音も周期 T で,高さは基本振動数 f1=v/(2l) で決まります.n≥2 の成分を倍音(第 n 倍音)といい,その混ざり方が形を決めます.

定義 倍音とスペクトル

振動数 f1 の整数倍 nf1 の成分を倍音という.音を倍音に分け,各成分の振幅(または強さ)を振動数に対して並べたものをスペクトルという.音の高さは基本振動数で,音色は主にスペクトルの形で決まる.

周期関数は正弦波の和

弦に限らず,周期 T の関数は,基本角振動数 ω=2π/T の整数倍の正弦波の和に書けます.

定理 フーリエ級数

周期 T の関数 f(t) は

f(t)=a02+∑n=1∞(ancos⁡nωt+bnsin⁡nωt),ω=2πT

と表せる.係数は an=2T∫0Tf(t)cos⁡nωtdt,bn=2T∫0Tf(t)sin⁡nωtdt で求まる.2乗の周期平均は成分ごとの和になる(パーセバルの等式).

⟨f2⟩=a024+∑n=1∞an2+bn22

導き方は数学の節に回します.大事なのは2点です.1つは,係数が積分1回で求まり,形が決まればスペクトルが決まることです.もう1つは,音の強さに比例する ⟨δp2⟩ が,倍音ごとの強さの和に分かれることです.異なる倍音の積は周期平均が0なので,強さの配分を倍音ごとに言えます.

[図:倍音の配分と1周期の波形]

初期状態は基本音が強い「フルートに近い」配分で,上段に1周期の関数f(t),下段に第1〜第8倍音の相対振幅b_nを示す.8本のスライダーと3つの配分ボタンで,周期Tを保ったまま波形が変わる.位相をそろえた正弦成分だけを合成する模式図である.

人の耳は,各倍音の強さには敏感ですが,倍音どうしの位相のずれにはあまり敏感ではありません.波形の見た目が違っても,スペクトルが同じなら似た音に聞こえます.音色を比べるにはスペクトルを比べればよい,というのが問いへの答えの骨組みです.ピアノは高い倍音まで強く,フルートは基本音が強くて倍音が弱い,というのが2つの楽器の差です.なお,実際の楽器の音色は,鳴り始めと減り方,雑音,倍音ごとの減衰の速さにもよります.ここではくり返す部分だけを扱います.

形の対称性と欠ける倍音

奇数倍音だけの音. 半周期進めると符号が反転する音,つまり f(t+T/2)=−f(t) を満たす音を考えます.sin⁡nω(t+T/2)=(−1)nsin⁡nωt なので,偶数倍音は半周期後に符号を変えず,奇数倍音は変えます.全体が反転するには偶数倍音が0でなければなりません.逆に偶数倍音が混ざると,半周期後の形は反転にはなりません.方形波がこの例で,1,3,5,… 倍の成分だけをもちます.

第3題材で見たように,閉管のモードは fn=(2n−1)v/(4l) で奇数倍の並びです.閉管に近い円筒の管をもつクラリネットの低い音域で偶数倍音が弱いのは,このためです.ここで区別したいのは,管の共鳴の並び(管の性質)と,演奏した音のスペクトル(どのモードをどれだけ揺らしたか)です.共鳴があっても揺らされないモードは音に出ません.

はじく場所で欠ける倍音. 弦の左端から b の点をつまんで高さ a まで引き,静かに放します.初めの形は b で折れた三角形,初速度は0なので An=0 で,Bn を上の積分で計算すると次のようになります(計算は演習).

Bn=2al2π2b(l−b)⋅1n2sin⁡nπbl

sin⁡(nπb/l)=0 のモード,つまりはじいた点が節になるモードは鳴りません.節は動かない点なので,そこをつまんで引いてもそのモードは揺らせない,と考えると納得できます.中央ではじけば偶数倍音がすべて消え,端から l/5 ではじけば第5・10・15倍音が消えます.

[図:はじく位置と欠ける倍音]

初期状態はb/l = 0.50で,中央を高さaに引いた両端固定の弦と,第1〜第12倍音の振幅の大きさ|B_n|を示す.縦方向は拡大している.はじく位置b/lを変えると三角形の頂点と棒の高さが変わる.中央では偶数番,b/l = 0.20では第5・第10倍音が0になる.

係数はおおよそ 1/n2 で減ります.ところが端の近く(b が小さい所)ではじくと,nπb/l が小さい間は sin⁡(nπb/l)≈nπb/l なので,Bn は 1/n でしか減りません.高い倍音の割合が増えて硬い音になります.ギターで駒の近くを弾くと音が硬く,指板の上で弾くと柔らかくなるのはこのためです.形に鋭い折れ目や段差があるほど,高い倍音の割合が増えます.なめらかな形なら係数は速く減り,柔らかい音になります.

モードのエネルギー

倍音の強さの配分は,弦のエネルギーでも言えます.弦の小さな部分 dx の運動エネルギーは μ2(∂y/∂t)2dx です.傾き ∂y/∂x の部分の長さは 1+(∂y/∂x)2dx≈(1+12(∂y/∂x)2)dx で,張力 S に逆らって伸ばした仕事が位置エネルギー S2(∂y/∂x)2dx になります.1つのモード y=Bnsin⁡knxcos⁡ωnt なら,∫0lsin2⁡knxdx=∫0lcos2⁡knxdx=l/2 と Skn2=μωn2 から

En=μlωn2Bn24(sin2⁡ωnt+cos2⁡ωnt)=μlωn2Bn24

で,時間によりません.sin の項も入れると En=μlωn2(An2+Bn2)/4 です.いくつものモードが重なっても,異なるモードの積は x で積分すると0になるので,全エネルギーは E=∑En です.各モードは独立な振動子で,それぞれのエネルギーを保ちます(第7章の連成振動の基準振動と同じです).

ポイント 適用の条件

弦の運動をモードの和に分けられるのは,波動方程式が線形のときである.そのためには傾き |∂y/∂x| が1より十分小さく,張力が変わらないとみなせる必要がある.はじいた弦なら a/b と a/(l−b) が小さいことである.また弦の曲げにくさを無視している.太いピアノの低音弦では曲げにくさのために高いモードの振動数が nf1 より少し高くずれ,倍音が整数倍からわずかに外れる.振幅が大きいと方程式が非線形になり,2つの音から f1+f2 や f1−f2 の音(結合音)が生じるが,ここでは扱わない.

音程と振動数の比

2つの音の高さの関係(音程)は,振動数の差ではなく比で決まります.比が2の音程がオクターブで,ドとその上のドです.比が 3/2 の音程を完全5度,4/3 を完全4度といいます.

これらがよく溶け合って聞こえる理由の1つは倍音にあります.基本振動数 f と 3f/2 の2つの音の倍音は f,2f,3f,4f,… と 1.5f,3f,4.5f,6f,… で,3f と 6f で重なります.重ならない倍音どうしも振動数が十分離れていて,第2題材のうなりが目立ちません.比が簡単な整数比から少しずれると,近い倍音どうしがうなりを生じ,濁って聞こえます.

鍵盤楽器では,オクターブを12の等しい比 21/12≈1.0595 に分ける平均律がふつうです.すると5度は 27/12≈1.4983 で,3/2 とわずかに違います.どの調でも同じように弾ける代わりに,5度をほんの少し狭くしているわけです.

問いに戻る

ピアノとフルートの同じ高さの音は,周期(基本振動数)が同じで,1周期の形が違います.周期 T の形はフーリエ級数で振動数 f1,2f1,3f1,… の正弦波に分けられ,各倍音の強さを並べたスペクトルが音色を決めます.フルートは基本音が強く倍音が弱い,ピアノは高い倍音まで強い,というスペクトルの違いを耳は聞き分けています.スペクトルは楽器の共鳴の並び(閉管なら奇数倍)と,どこをどう揺らしたか(はじいた点が節のモードは鳴らない,鋭い折れ目ほど高い倍音が強い)で決まります.

ポイント ここまでのまとめ

  • 両端固定の弦の運動はモードの和 ∑sin⁡(nπx/l)(Bncos⁡ωnt+Ansin⁡ωnt) で,係数は初めの形と初めの速度から直交性で決まる.

  • 周期 T の関数はフーリエ級数で倍音に分かれる.音の高さは基本振動数,音色は主にスペクトル.

  • f(t+T/2)=−f(t) なら奇数倍音だけ.閉管の共鳴は奇数倍の並び.

  • はじいた点が節になるモードは鳴らない.形が鋭いほど高い倍音が強い.

  • 各モードのエネルギーは En=μlωn2(An2+Bn2)/4 で,全エネルギーはその和.

  • 音程は振動数の比で決まる(オクターブ2,完全5度 3/2).平均律の半音は 21/12.