問いしるべ
問いから始める物理 ゆらぎと拡散(発展)

ゆらぎと拡散(発展)

熱伝導と粘性:分子が運ぶもの

著者:柚木芹香

問い

二重窓は,2枚のガラスの間に薄い空気の層をはさんだものです.ここで,その空気を半分だけ抜いたとします.熱を運ぶ分子が半分になるのだから,熱の伝わりも半分になりそうに思えます.本当にそうでしょうか.もしそうでないなら,魔法瓶はなぜ中を真空にしているのでしょうか.

考えてみる

熱を運ぶのは,速い分子が冷たい側へ移り,遅い分子が温かい側へ移ることです.だから運び手である分子の数を半分にすれば,運ぶ量も半分になりそうです.

ところが,分子を半分にすると平均自由行程 λ=1/(nσ) は2倍になります.1回の「配達」で温度の違う場所どうしを結ぶ距離が2倍になるのです.運び手の数が半分,1人あたりの運ぶ量が2倍.打ち消し合うのではないでしょうか.

熱伝導

温度が z 方向に変わる気体を考え,ある面を横切るエネルギーを数えます.面を片側から通り抜ける分子の個数は単位面積・単位時間あたり 14nv¯ 程度で,その分子が最後に衝突したのは面から λ ほど離れた所です.1分子あたりの熱容量を c1(並進と回転の自由度が f なら c1=f2kB)とすると,上から来る分子と下から来る分子が運ぶエネルギーの差は c1⋅2λdT/dz 程度です.向きの平均をていねいに行うと,次の形になります.

法則 フーリエの法則と気体の熱伝導率

単位時間に単位面積を通る熱エネルギー(熱流束)は,温度の勾配に比例して

q=−κdTdz

となる.κ を熱伝導率という.気体の分子運動から見積もると

κ≈13nv¯λc1=13v¯c1σ

で,λ=1/(nσ) を使うと数密度 n が消える.

水平な面から上下にλ離れた場所で最後に衝突した分子が,面を横切る.高温側から来る分子のエネルギーc₁T(z+λ)は,低温側から来る分子のc₁T(z−λ)より大きく,正味の熱流qは下向きになる. 水平な面から上下にλ離れた場所で最後に衝突した分子が,面を横切る.高温側から来る分子のエネルギーc₁T(z+λ)は,低温側から来る分子のc₁T(z−λ)より大きく,正味の熱流qは下向きになる.

数密度が消えました.運び手が減る効果と,1回で運ぶ距離が伸びる効果が,ちょうど打ち消し合うのです.室温・1気圧の空気で n=2.5×1025m−3,v¯=4.7×102ms−1,λ=1.0×10−7m,c1=52kB を入れると κ≈1.4×10−2Wm−1K−1 で,実測の 2.6×10−2 の半分ほど,桁は合っています.

粘性

同じ数え方は,分子が運ぶ別の量にも使えます.気体が x 方向に流れ,その速さ u が z とともに変わっているとします.速い層から遅い層へ移った分子は,余分な x 方向の運動量を持ち込みます.運動量の受け渡しは力ですから,層と層の間に,流れをそろえようとする力がはたらきます.これが粘性です.

法則 ニュートンの粘性法則と気体の粘性率

z 軸に垂直な面積 S の面をとり,u が z とともに増えている(du/dz>0)とする.このとき,面より上の速い気体が面より下の遅い気体を流れの向きに引く力の大きさは

FS=ηdudz

である.下の気体は上の気体を,同じ大きさで流れと逆向きに引き戻す.η を粘性率という.言いかえると,x 方向の運動量が z の正の向きに運ばれる流束は −η∂u/∂z であり,フーリエの法則やフィックの法則と同じく勾配と逆を向く.気体では

η≈13nmv¯λ=13mv¯σ

で,やはり数密度によらない.

右向きの流速uは上の層ほど大きい.上から来る分子は大きいx方向の運動量を,下から来る分子は小さい運動量を運ぶ.層にはたらく粘性力Fは上の層で左向き,下の層で右向きとなり,速度差を小さくする.右にu(z)の分布を示す. 右向きの流速uは上の層ほど大きい.上から来る分子は大きいx方向の運動量を,下から来る分子は小さい運動量を運ぶ.層にはたらく粘性力Fは上の層で左向き,下の層で右向きとなり,速度差を小さくする.右にu(z)の分布を示す.

空気で見積もると m=4.7×10−26kg として η≈1.7×10−5Pas となり,実測の 1.8×10−5Pas とよく合います.気体を薄くしても粘り気が変わらないというのは,当時まったく予想外の結論でした.

κ/η=c1/m(単位質量あたりの熱容量)という関係も,この見積もりから自動的に出てきます.

3つの輸送は同じ形をしている

拡散・熱伝導・粘性は,どれも「分子がある量を持って λ だけ移る」という同じしくみです.運ばれる量が違うだけで,係数はどれも 13λv¯ に,運ばれる量の単位体積あたりの密度を掛けた形になります.

現象

運ばれる量

勾配の法則

係数

拡散

粒子の数

J=−D∂c/∂x

D≈13λv¯

熱伝導

エネルギー

q=−κdT/dz

κ≈13λv¯nc1

粘性

x 方向の運動量

流束 −η∂u/∂z(力は F/S=ηdu/dz)

η≈13λv¯nm

では魔法瓶はなぜ効くのか

κ が密度によらないという結論には条件があります.平均自由行程 λ が,容器の幅 d よりずっと小さいことです.気体をどんどん薄くすると λ は 1/n で伸び,やがて d を超えます.そうなると分子は途中でぶつからず,壁から壁へ直行するので,運ぶ距離はもう伸びません.熱流は運び手の数,つまり n にそのまま比例して減ります.

ポイント 真空断熱が効く条件

λ と d の比をクヌーセン数 Kn=λ/d という.1≫Kn では熱伝導率は圧力によらない.Kn∼1 は2つのふるまいが移り合う遷移の領域で,さらに薄くして Kn≫1(分子が壁から壁へ直行する自由分子の領域)になると,熱流は圧力に比例して小さくなる.

室温の空気の λ は1気圧で 0.1μm 程度,λ∝1/p なので,d=1cm の隙間で λ が d に届くには圧力を 10−5 気圧,およそ 1Pa まで下げる必要があります.魔法瓶の二重壁の間はここまで引いてあります.窓の空気を半分抜いても効かないのに,魔法瓶が効くのは,この境目の向こう側まで行っているからです.

温度差と隙間dを固定したときの気体の熱流束|q|を,圧力pに対して両対数目盛で示す.λ≪dではほぼ一定だが,λ>dでは圧力に比例して減る.折れ線の境目はλ=d,Kn≈1で,d=1 cmの空気では約1 Paである.縦軸は高圧側を1とした相対値である. 温度差と隙間dを固定したときの気体の熱流束|q|を,圧力pに対して両対数目盛で示す.λ≪dではほぼ一定だが,λ>dでは圧力に比例して減る.折れ線の境目はλ=d,Kn≈1で,d=1 cmの空気では約1 Paである.縦軸は高圧側を1とした相対値である.

この折れ線は両側の極限の漸近線で,実際には Kn∼1 のまわりでなめらかに移り変わります.

ただし,真空にすれば熱が完全に止まるわけではありません.分子が1つもない隙間でも,熱は電磁波になって壁から壁へ渡ります.魔法瓶の内側が鏡のようにぴかぴかなのはそのためです.この最後の運び手は次の節で扱います.

ポイント ここまでのまとめ

  • フーリエの法則 q=−κdT/dz,ニュートンの粘性法則 F/S=ηdu/dz.

  • 気体では κ≈13nv¯λc1,η≈13nmv¯λ.λ=1/(nσ) を入れると,どちらも数密度によらない.

  • 拡散・熱伝導・粘性は,粒子数・エネルギー・運動量という運ぶ量が違うだけの同じ現象で,係数はどれも 13λv¯ 倍である.

  • この結論は λ が容器の幅より十分小さいときだけ成り立つ.Kn∼1 で遷移し,Kn≫1 では熱流が圧力に比例する.これが真空断熱である.

  • 問いの答え:空気を半分抜いても熱の伝わりは半分にならず,ほとんど変わらない.魔法瓶は λ が隙間を超えるところまで引いてあるので効く.ただし真空でも電磁波による熱放射が残り,それは次の節で扱う.