問い
2つのアルファ粒子(ヘリウムの原子核)を,同じ速さで正面からぶつけます.重心が止まって見える系で,入射の向きから 90∘ の方向に置いた検出器に入る数を数えます.比べるために,質量も電荷も同じで,ただ1つだけ見分けのつく印が付いた粒子どうしで同じ実験をした場合を考えます.区別できない2つのアルファ粒子では,90∘ に来る数がちょうど2倍になります.なぜ2倍なのでしょうか.
考えてみる
重心系では,2つの粒子はいつも反対向きに飛び去ります.一方の粒子が角 𝜃 の向きに散乱されれば,もう一方は 𝜋 −𝜃 の向きに行きます.粒子1が 𝜃 の向きに散乱される振幅を 𝑓(𝜃) と書きましょう.検出器が 𝜃 の向きにあるとき,そこに入るのは粒子1か粒子2のどちらかです.粒子1が入る過程の振幅は 𝑓(𝜃),粒子2が入る過程(粒子1は 𝜋 −𝜃 へ行く)の振幅は 𝑓(𝜋 −𝜃) です.
[図:検出器Dへ入る粒子を入れ替えた2つの過程]左では粒子1,右では粒子2が角θの検出器Dへ進む.入射する2粒子の矢印は中心へ,出射する2粒子の矢印は互いに反対向きに描く.振幅はそれぞれf(θ),f(π−θ)である.番号は過程を比べるための仮の印である.
粒子に印があれば,検出器に入ったのがどちらかは,印を調べれば分かります.調べなくても,分かる情報が残っている限り,2つの過程は別々の結果です.前の題材の規則どおり,区別できる結果は確率を足します.
𝑃dist=|𝑓(𝜃)|2+|𝑓(𝜋−𝜃)|2
𝜃 =90∘ では2つの項が等しく,𝑃dist =2|𝑓(𝜋/2)|2 です.ところが,同じ種類の粒子には印がありません.検出器に入ったのがどちらの粒子かという問いには,原理的に答えがありません.すると,2つの過程は同じ結果に至る区別できない道すじで,振幅を足すことになります.どう足すのかを決めるのが,この題材の中身です.
入れ替えた過程の振幅
2つの同種粒子が,状態 𝑎 と状態 𝑏 に1個ずつ行く過程を考えます.「粒子1が 𝑎,粒子2が 𝑏」の過程と,「粒子1が 𝑏,粒子2が 𝑎」の過程は,最終的に同じ状態です.入れ替えた過程の振幅は元の振幅と大きさが同じで,位相だけが違うかもしれません.その位相の因子を 𝑒𝑖𝛿 としましょう.もう一度入れ替えると元に戻るので 𝑒2𝑖𝛿 =1,つまり因子は +1 か −1 の2つしかありません.自然はこの両方を使っています.
法則 同種粒子の振幅の規則
同種粒子の2つの過程が,粒子を入れ替えただけで同じ最終状態に至るとき,直接の過程の振幅を 𝑓1,入れ替えた過程の振幅を 𝑓2 とすると,その最終状態に至る振幅は
𝑓1+𝑓2(ボース粒子),𝑓1−𝑓2(フェルミ粒子)
であり,その絶対値の2乗が確率である.+ で足す粒子をボース粒子,− で足す粒子をフェルミ粒子という.
「同じ最終状態」とは,場所や運動量だけでなく,スピンの向き,内部のエネルギー状態,到着の時刻まで含めて,すべてが同じという意味です.どれか1つでも違えば,それが印の役をして2つの過程は区別でき,確率を足すことになります.
アルファ粒子はスピン0のボース粒子です.90∘ では 𝑓(𝜃) =𝑓(𝜋 −𝜃) なので
𝑃B=|𝑓(𝜋/2)+𝑓(𝜋/2)|2=4|𝑓(𝜋/2)|2=2𝑃dist
となり,問いの2倍が出ます.90∘ 以外の角では,2つの振幅の大きさや位相が違うので,倍率は2からずれます.ただし,この計算はアルファ粒子が衝突で励起されない程度にエネルギーが低いと仮定しています.どちらかが励起されれば,それが印になって干渉は消えます.
電子はスピン 1/2 のフェルミ粒子です.2つの電子のスピンが同じ向きなら,90∘ では 𝑃F =|𝑓−𝑓|2 =0 で,その方向には1個も来ません.スピンが反対向きなら,スピンを見ればどちらの電子かが分かるので(散乱でスピンが変わらないとします),確率は区別できる粒子と同じです.スピンのそろっていない電子のビームでは,2つの場合が半分ずつ起こります.
スピンと統計
どの粒子がボース粒子で,どれがフェルミ粒子かには,例外のない規則があります.
ポイント スピンと統計の関係
スピンが整数(0, 1, 2, …)の粒子はボース粒子,スピンが半整数(1/2, 3/2, …)の粒子はフェルミ粒子である.光子(スピン1),ヘリウム4の原子核や原子はボース粒子,電子・陽子・中性子はフェルミ粒子である.複合粒子では,中のフェルミ粒子が偶数個ならボース粒子,奇数個ならフェルミ粒子として振る舞う.
この関係は,相対論と量子力学を両方満たす理論(場の量子論)から,第13章と同じく時間と空間の対称性を使って証明されます.証明は簡単な言葉に直せないので,この本では結果だけを使います.スピンは次の題材で扱います.
ボース粒子は集まりやすい
ボース粒子の + の規則は,粒子どうしに力が働かなくても,同じ状態に集まる傾向を生みます.2つの粒子が別々の散乱で,ほとんど同じ向きの状態 1 と 2 に1個ずつ行くとします.ここでは粒子を 𝑎,𝑏,状態を1,2とよび(上とは逆の付け方です),粒子 𝑎 が状態1へ行く振幅を 𝑎1 のように書くと,区別できる粒子なら確率は |𝑎1𝑏2|2 +|𝑎2𝑏1|2 です.2つの向きを近づけて 𝑎1 =𝑎2 =𝑎,𝑏1 =𝑏2 =𝑏 とすると 2|𝑎|2|𝑏|2 になります.ボース粒子なら |𝑎1𝑏2+𝑎2𝑏1|2 →4|𝑎|2|𝑏|2 で,区別できる粒子の2倍です.
2つの状態が完全に一致すると,「𝑎 が1,𝑏 が2」と「𝑎 が2,𝑏 が1」は同じ1つの状態になります.このときは両方が同じ状態に入る振幅を √2 𝑎𝑏 とすれば確率の合計が1になるように数えられ,同じ状態に入る確率はやはり区別できる粒子の |𝑎𝑏|2 の2倍です.
同じ考えで 𝑛 個の粒子を数えると,すべてを1つの状態に入れる確率は,区別できる粒子の 𝑛! 倍になります.これを1個ずつ積み上げる形に言い直したのが次の規則です.
法則 ボース粒子の 𝑛 +1 倍の規則
ある状態にすでに同種のボース粒子が 𝑛 個いるとき,もう1個の粒子がその状態に入る確率は,誰もいないときの 𝑛 +1 倍である.逆に,𝑛 個いる状態から1個が出ていく確率は,1個だけいるときの 𝑛 倍である.
誘導放出とレーザー
光子はボース粒子です.原子が上の準位から下の準位へ移って光子を出すとき,光子が入る先のある状態(決まった向き,振動数,偏光の光のモード)にすでに 𝑛 個の光子がいれば,そこへ放出する確率は 𝑛 +1 倍になります.光子が1個もいなくても起こる「1」の分が自発放出,光子がいるせいで増えた「𝑛」の分が誘導放出です.吸収のほうは,𝑛 個の光子のうちの1個が原子に取り込まれるので 𝑛 に比例します.
法則 吸収と放出の割合(アインシュタインの関係)
準位差 ℎ𝜈 の上下2つの準位にいる原子の数を 𝑁𝑢, 𝑁𝑙(状態数は等しいとする),振動数 𝜈 のモードの光子数を 𝑛 とすると,そのモードについて単位時間あたり
吸収の回数=𝐵𝑛𝑁𝑙,放出の回数=𝐵(𝑛+1)𝑁𝑢
である.比例係数 𝐵 は吸収と放出で同じである.
光が原子の集団を通るとき,光子の数は 𝐵𝑛(𝑁𝑢 −𝑁𝑙) の割合で増えます(自発放出の分は,ほかのモードにも散らばるので別に扱います).ふつうの熱平衡では 𝑁𝑢 <𝑁𝑙 なので,光は吸収されて弱まります.上の準位のほうを多くした状態(反転分布)を作れば,光は進むほど同じモードの光子を増やし,そろった強い光になります.これがレーザーです.誘導放出で出た光子は元の光子と同じモードに入るので,向きも振動数も位相もそろっています.
[図:吸収,自発放出,誘導放出]左は光子1個の吸収で原子が下の準位から上へ移る過程,中は入射光子なしで原子が上から下へ移り光子1個を出す過程,右は入射光子と同じモードの光子をもう1個出す誘導放出である.右の2つの出射光子は平行な右向きの矢印で表す.塗った丸は遷移前,白抜きの丸は遷移後の原子を表す.
黒体放射のスペクトル
第18章では,黒体の放射の全体の強さ(シュテファン・ボルツマンの法則)とピークの波長(ウィーンの変位則)だけを使い,分布の形は使いませんでした.光子がボース粒子であることから,その形を導きます.
温度 𝑇 の壁に囲まれた空洞の中の光を考えます.1つのモードに光子が 𝑛 個いるとエネルギーは 𝑛ℎ𝜈 で(零点の分は定数なので除きます),第17章のボルツマン因子により,その確率は 𝑒−𝑛ℎ𝜈/(𝑘𝐵𝑇) に比例します.𝑥 =ℎ𝜈/(𝑘𝐵𝑇) とおくと,平均の光子数は
¯𝑛=∑∞𝑛=0𝑛𝑒−𝑛𝑥∑∞𝑛=0𝑒−𝑛𝑥=−dd𝑥log∞∑𝑛=0𝑒−𝑛𝑥=−dd𝑥log11−𝑒−𝑥=1𝑒𝑥−1
です.壁の原子との吸収と放出のつり合いを上の 𝑛 +1 の規則で書いても,同じ式が出ます(演習2で確かめます).
定理 ボース分布(光子の平均の数)
温度 𝑇 の熱平衡で,振動数 𝜈 の1つのモードにいる光子の平均の数は
¯𝑛=1𝑒ℎ𝜈/(𝑘𝐵𝑇)−1
である.
次に,振動数が 𝜈 と 𝜈 +d𝜈 の間にあるモードの数を数えます.1辺 𝐿 の立方体の空洞で,壁で電場が節になる定在波の波数は 𝒌 =𝜋𝐿(𝑛𝑥, 𝑛𝑦, 𝑛𝑧)(𝑛𝑥, 𝑛𝑦, 𝑛𝑧 は正の整数)です.波数空間で,1つのモードは体積 (𝜋/𝐿)3 を占めます.大きさが 𝐾 より小さい波数は,半径 𝐾 の球の 1/8 にあり,偏光が2通りあるので,その数は
2×18×4𝜋𝐾33×(𝐿𝜋)3=𝑉𝐾33𝜋2(𝑉=𝐿3)
です.𝐾 =2𝜋𝜈/𝑐 を代入して 𝜈 で微分すると,モードの数は 8𝜋𝑉𝜈2𝑐3d𝜈 になります.この数え方は,空洞が波長に比べて十分大きく,𝒌 の格子点を連続とみなせるときに成り立ちます.モードの数に1モードの平均のエネルギー ℎ𝜈¯𝑛 を掛けて体積で割ると,プランクの式が出ます.
法則 プランクの放射の式
温度 𝑇 の空洞の中で,振動数 𝜈 と 𝜈 +d𝜈 の間にある放射のエネルギー密度は
𝑢(𝜈)d𝜈=8𝜋ℎ𝜈3𝑐31𝑒ℎ𝜈/(𝑘𝐵𝑇)−1d𝜈
である.
振動数が低く ℎ𝜈 が 𝑘𝐵𝑇 より十分小さいときは 𝑒𝑥 −1 ≈𝑥 で,1モードのエネルギーは ℎ𝜈¯𝑛 ≈𝑘𝐵𝑇 になります.これは第17章の等分配則そのものです.古典物理はすべての振動数にこの 𝑘𝐵𝑇 を与えたので,モードの数 𝜈2 とともにエネルギーが際限なく増え,空洞の全エネルギーが無限大になってしまいました.ボース分布では,ℎ𝜈 が 𝑘𝐵𝑇 を超えるモードが 𝑒−ℎ𝜈/(𝑘𝐵𝑇) で抑えられます.
全体のエネルギー密度は,𝑥 =ℎ𝜈/(𝑘𝐵𝑇) で書き直して
𝑢=∫∞0𝑢(𝜈)d𝜈=8𝜋(𝑘𝐵𝑇)4(ℎ𝑐)3∫∞0𝑥3𝑒𝑥−1d𝑥=8𝜋5(𝑘𝐵𝑇)415(ℎ𝑐)3
です.積分の値 𝜋4/15 は数学の結果を借ります.黒体の面から単位面積・単位時間に出るエネルギーは 𝑐𝑢/4 なので
𝜎SB=2𝜋5𝑘4𝐵15ℎ3𝑐2=5.67×10−8Wm−2K−4
となり,第18章で測定値として使った定数が,ℎ,𝑐,𝑘𝐵 から計算できました.ピークの位置は例題で求めます.
[図:温度で変わる黒体放射と等分配則の曲線]初期温度はT = 4000 Kである.横軸は振動数ν,縦軸は振動数の幅あたりのエネルギー密度u(ν)であり,青の実線がプランクの式,橙の破線が等分配則の式である.下の小図は低い振動数を同じ縦軸の単位で拡大したものである.温度を上げると山が高く右へ動く.低い振動数では2つの曲線がほぼ一致し,高い振動数では等分配則の曲線が枠の外へ増え続ける.
初期温度はT = 4000 Kである.横軸は振動数ν,縦軸は振動数の幅あたりのエネルギー密度u(ν)であり,青の実線がプランクの式,橙の破線が等分配則の式である.下の小図は低い振動数を同じ縦軸の単位で拡大したものである.温度を上げると山が高く右へ動く.低い振動数では2つの曲線がほぼ一致し,高い振動数では等分配則の曲線が枠の外へ増え続ける.
フェルミ粒子とパウリの排他律
フェルミ粒子の − の規則は,逆の性質を生みます.2つのフェルミ粒子が同じ状態 𝑎 に入る過程では,直接の振幅と入れ替えた振幅がまったく同じなので,差は0です.
法則 パウリの排他律
2つの同種のフェルミ粒子は,スピンも含めて同じ状態に入ることができない.
原子の中の電子では,空間の広がり方(軌道)が同じでも,スピンが上向きと下向きなら別の状態なので,1つの軌道には電子が2個まで入れます.電子は低い軌道から2個ずつ詰まり,内側が埋まると外側の軌道を使うしかありません.化学的な性質は一番外側の電子で決まるので,周期表で性質が周期的にくり返します(詰まり方は章の最後の節で数えます).
物質が押しても縮みにくいのも排他律のおかげです.原子どうしを押しつけても電子は同じ状態に入れず,運動量の大きい状態へ追いやられて(第1題材の不確定性原理),エネルギーが大きく上がります.もし電子がボース粒子なら,すべての電子が一番低い軌道に集まり,原子はずっと小さく,化学も今とまったく違ったはずです.
問いに戻る
2つのアルファ粒子は区別できないので,検出器に入ったのがどちらかという問いに答えはなく,粒子1が 90∘ へ行く過程と粒子2が行く過程の振幅を足します.アルファ粒子はボース粒子で,90∘ では2つの振幅が等しいので確率は |2𝑓|2 =4|𝑓|2 となり,確率を足す印の付いた粒子の 2|𝑓|2 のちょうど2倍です.スピンのそろった電子なら,同じ方向には1個も来ません.
ポイント ここまでのまとめ
同種粒子を入れ替えただけの過程は区別できず,振幅を組み合わせる.ボース粒子は +,フェルミ粒子は − で組み合わせる.スピンなど何か1つでも違えば,確率を足す.
整数スピンの粒子はボース粒子,半整数スピンの粒子はフェルミ粒子である(スピンと統計の関係).
ボース粒子は,𝑛 個いる状態に入る確率が 𝑛 +1 倍になる.光子では,これが誘導放出とレーザーを生む.
光子の平均の数 ¯𝑛 =1/(𝑒ℎ𝜈/(𝑘𝐵𝑇)−1) とモードの数 8𝜋𝑉𝜈2d𝜈/𝑐3 から,プランクの式とシュテファン・ボルツマン定数が出る.
フェルミ粒子は同じ状態に2個入れない(パウリの排他律).これが周期表と物質の硬さを決める.
同種アルファ粒子の 90∘ 散乱は,振幅を足すので,区別できる粒子のちょうど2倍になる.