問い
IH調理器に鍋をのせてスイッチを入れると,鍋の底が熱くなります.天板の下のコイルは鍋に触れておらず,鍋も動いていません.天板のガラスが熱くなるのは,鍋から熱が伝わるからです.止まった鍋の中で電荷を押し,電流を流しているのは何でしょうか.
考えてみる
前の題材では,磁場の中を動く導体の電荷が磁気力で押されました.しかし鍋は止まっているので,電荷に磁気力 𝑞𝒗 ×𝑩 は働きません.止まった電荷に力を及ぼせるのは電場 𝑬 だけです.そこで,コイルの電流が変わって磁場が変わると,そのまわりに電場ができると考えるほかありません.
ところが,これまでの電場ではうまくいきません.電荷が作る静電場は,閉じた道に沿って一周した線積分が0です(第20章.第21章のキルヒホッフの第2法則の根拠でもありました).これでは,電荷を一周させて正味の仕事をすることができず,閉じた導体の中に電流を流し続けることができません.鍋の底をぐるりと回る電流を流すには,一周の線積分が0でない,新しい種類の電場が必要です.
変化する磁場が作る電場
ファラデーの実験が示す法則を,電場の言葉で書きます.
法則 ファラデーの電磁誘導の法則
空間に固定した閉じた道に沿って一周した電場の線積分は,その道を縁とする面を貫く磁束の減る速さに等しい.
∫一周𝑬⋅d𝒍=−dΦd𝑡
回る向きと面の法線は右ねじの関係にとる.この法則は,道に沿って導線が無くても成り立つ.
磁場の変化が作るこの電場を誘導電場といいます.止まった回路では,左辺は回路の起電力そのものです.前の題材の運動起電力と合わせると,回路が動いても,磁場が変わっても,その両方でも,起電力は E = −dΦ/d𝑡 で決まります.これを磁束の法則と呼びます.ただし,回路が動く部分の起電力は 𝒗 ×𝑩 から,磁場が変わる部分は誘導電場から来ていて,2つはまったく別の仕組みです.別々の仕組みがたまたま1つの簡単な式にまとまるのは物理では珍しく,ファインマンも講義でこの点を強調しています.
対称な例で誘導電場を求めます.半径 𝑎 の長いソレノイドの中に軸に平行な一様な磁場 𝐵 があり,外の磁場は0とします.𝐵 が d𝐵/d𝑡 で変わるとき,軸のまわりの対称性から,電場は軸を中心とする円に沿った向きで,大きさ 𝐸 は軸からの距離 𝑟 だけで決まります.半径 𝑟 の円に法則を使うと,2𝜋𝑟𝐸 が円を貫く磁束の変化の速さに等しいので
𝐸=𝑟2∣d𝐵d𝑡∣(𝑟<𝑎),𝐸=𝑎22𝑟∣d𝐵d𝑡∣(𝑟≥𝑎)
です.向きは,その電場が流す電流が磁束の変化を妨げる向き(レンツの法則)です.磁場が0のソレノイドの外にも電場があることに注意してください.
[図:ソレノイド内外の誘導電場]初期状態は手前向きの磁場が増える場合で,電場Eは時計回り.dB/dtの符号と大きさを変えると内外の電場が反転し,Eの大きさのグラフも変わる.磁場の向きは⊙で固定して示す.
初期状態は手前向きの磁場が増える場合で,電場Eは時計回り.dB/dtの符号と大きさを変えると内外の電場が反転し,Eの大きさのグラフも変わる.磁場の向きは⊙で固定して示す.
電位が決まらない電場
静電場では,点Aから点Bまで電荷を運ぶ仕事は道によらないので,電位が定義できました.誘導電場では一周の線積分が0でないので,AからBへの線積分は道によって違います.誘導電場があるところでは,電位は定義できません.
一般の電場は,電荷が作る静電場と誘導電場の和です.回路を一周すると,静電場の分は0になり,誘導電場の分だけが残ります.抵抗の中では電流に沿った電場の線積分が 𝑅𝐼 なので,回路の式は次のように直します.
ポイント 誘導があるときの回路の式
回路を正の向きに一周するとき,抵抗での電圧降下の和は,起電力の和に等しい.
∑𝑘𝑅𝑘𝐼𝑘=∑𝑘E𝑘−dΦd𝑡
E𝑘 は電池などの起電力,−dΦ/d𝑡 は誘導起電力である.誘導が無ければ,第21章のキルヒホッフの第2法則にもどる.
電圧計は何を読むか
電圧計は,大きな内部抵抗 𝑟𝑚 に流れる小さな電流 𝑖𝑚 を測り,𝑟𝑚𝑖𝑚 を表示する計器です.これは内部抵抗に沿った電場の線積分です.導線の中では電場がほぼ0なので,端子の導線と回路の一部が作る閉じた道に法則を使うと,読みは「端子の導線がたどる道に沿った電場の線積分」になります.道が囲む磁束が変われば,読みも変わります.
例として,抵抗 𝑅1 と 𝑅2 の半円をつないだ円形の回路を考えます.上のつなぎ目をP,下のつなぎ目をQとし,左の半円を 𝑅1,右の半円を 𝑅2 とします.手前向きの磁場が増え,回路を貫く磁束が dΦ/d𝑡 >0 で増えると,回路の式から時計回りに 𝐼 =(dΦ/d𝑡)/(𝑅1+𝑅2) が流れます.電圧計の正端子をP,負端子をQにつなぎ,導線を左の半円にぴったり沿わせると,導線と左の半円が囲む磁束は0なので,読みは左の半円に沿ったPからQへの線積分 −𝑅1𝐼 です.導線を右の半円に沿わせると,読みは +𝑅2𝐼 です.2つの読みの差は (𝑅1+𝑅2)𝐼 =dΦ/d𝑡 で,2本の導線が囲む磁束の変化の速さです.𝑅1 =𝑅2 でも,読みは符号が逆になります.
[図:誘導がある回路の2つの電圧測定経路]手前向きに増える磁場の中で時計回りの電流Iが流れる.抵抗R₁とR₂をもつ左右の半円に沿って,PとQを結ぶ電圧計の導線を描く.導線の離れは見やすさのために広げている.
誘導があるときの「2点間の電圧」は,道を決めて初めて意味をもちます.交流回路でコイルの両端の電圧というときは,磁束の変わる場所を避け,コイルの外を通る道で測ることにしています.
微分形(発展)
第20章で導入し第22章でも使ったストークスの定理 ∫一周𝑬 ⋅d𝒍 =∫(𝛁×𝑬) ⋅𝒏 d𝑆 を左辺に使い,固定した面の磁束の時間微分を ∫𝜕𝑩/𝜕𝑡 ⋅𝒏 d𝑆 と書きます.どんな面についても成り立つので,被積分関数どうしが等しく
𝛁×𝑬=−𝜕𝑩𝜕𝑡
です.静電場では 𝛁 ×𝑬 =0 で,そのため電位が存在しました.磁場が変わる場所では電場に渦があります.第22章の 𝛁 ×𝑩 =𝜇0𝒋 と比べると,−𝜕𝑩/𝜕𝑡 が電流密度の役をしています.直線電流の外でも磁場が 1/𝑟 で残るように,ソレノイドの外でも誘導電場が 1/𝑟 で残るのはこのためです.この式は第24章でマクスウェル方程式の1つになります.
渦電流と電磁制動
導線でなく金属の板やかたまりの中でも,誘導電場は電流を流します.局所的なオームの法則 𝒋 =𝜅𝑬 に従って,金属の中を渦のように回る電流を渦電流といいます.発熱率は電流密度の2乗に比例するので,磁場の変化の速さの2乗と伝導率に比例します.同じ理由で,大きな板ほど電流の回る輪が長く,誘導電場も強くなって,発熱が急に増えます.変圧器の鉄心が薄い板を絶縁して重ねた形をしているのは,渦電流の輪を小さく切って損失を減らすためです.
金属板を磁石のすき間に通すと,板の中の渦電流に運動を妨げる力が働きます(レンツの法則).これが電磁制動で,電車のブレーキや運動器具に使われています.板が速いほど力は大きく,止まると力は0になるので,すり減る部品がありません.
渦電流は自分でも磁場を作り,もとの磁場の変化を打ち消そうとします.大きさ 𝑏 の導体の中で磁場が時間 𝑇 で変わるとき,誘導電場は 𝑏𝐵/𝑇 程度,電流密度は 𝜅𝑏𝐵/𝑇 程度,それが作る磁場は 𝜇0𝜅𝑏2𝐵/𝑇 程度です.ここまでの扱いは,この比 𝜇0𝜅𝑏2/𝑇 が1より十分小さく,渦電流の磁場を無視できる場合です.比が1に近づくと,磁場は導体の表面近くしか入れなくなります.
磁束の法則が使えないとき
磁束の法則は,同じ導体の部分をたどって作った回路にだけ使えます.そうでない例を2つ挙げます(ファインマンによる).
1つ目は単極発電機(ファラデーの円板)です.一様な磁場の中で銅の円板を回し,軸と縁に当てた接点を止まった導線でつなぎます.電流が流れる場所は空間の中でいつも同じなので,その「回路」を貫く磁束は変わりません.それでも,円板と一緒に回る電荷は 𝒗 ×𝑩 で半径の向きに押され,電流が流れます.起電力は,前の題材の例題 3 の回転する棒と同じ計算で,円板の半径を 𝑎 として 𝐵𝜔𝑎2/2 です.2つ目はその逆です.一様な磁場の中で,縁の少し曲がった2枚の金属板を1点で触れ合わせ,わずかに揺すります.触れる点は大きく動くので,板を通る「回路」の磁束は大きく変わりますが,板はほとんど動かないので 𝒗 ×𝑩 は小さく,起電力はほとんど生じません.
[図:磁束だけでは起電力を決められない回路]左は磁場中で回る円板の軸と縁を固定した検流計で結ぶ.右はわずかに揺すった板の接点がPからP′へ移る模式図である.どちらも回路がたどる導体の部分が接点で入れ替わる.
迷ったときは,基本の2つの法則,電荷に働く力 𝑭 =𝑞(𝑬+𝒗×𝑩) と,固定した道についてのファラデーの法則に戻れば,必ず正しい答えが得られます.
問いに戻る
IH調理器のコイルには高い振動数の交流が流れ,その磁場が速く変わります.磁場の変化は,鍋の底を回る誘導電場を作ります.鍋は止まっているので,電荷を押しているのは磁気力ではなく,この誘導電場です.金属の鍋の底では誘導電場が渦電流を流し,その発熱で鍋が熱くなります.天板のガラスにも同じ電場はありますが,ガラスは絶縁体で 𝜅 がほぼ0なので,電流が流れず,熱くなりません.
ポイント ここまでのまとめ
磁場が変わると,固定した閉じた道について ∫一周𝑬 ⋅d𝒍 = −dΦ/d𝑡 を満たす誘導電場ができる(微分形は 𝛁 ×𝑬 = −𝜕𝑩/𝜕𝑡).
運動起電力と誘導電場はまったく別の仕組みだが,どちらも磁束の法則 E = −dΦ/d𝑡 にまとまる.同じ導体をたどれない回路には使えない.
誘導電場は一周の線積分が0でないので電位が決まらない.回路の式は「電圧降下の和=起電力の和」に直し,電圧計の読みは導線のたどる道で変わる.
金属の中では誘導電場が渦電流を流し,発熱や電磁制動を起こす.IH調理器は止まった鍋の中の誘導電場で渦電流を流している.