問い
オーロラは,アラスカや北欧,南極の近くのような高緯度の地方でよく見え,日本のような中緯度ではめったに見えません.オーロラの光は,太陽から飛んできた電子などの荷電粒子が上空 100 km ほどの大気にぶつかって出すものです.太陽からの粒子は地球のどこにでも同じように降ってきそうなのに,なぜ極地方にだけ届くのでしょうか.
ここから第22章です.この章では,まず磁場を「動く電荷に働く力」で定義し(この題材),電流が磁場を作るしくみ(第2題材),電流に働く力とモーター(第3題材),鉄などの磁性体(第4題材)と進み,最後に(発展)として磁気の力を相対論から見直します(第5題材).第20章の電場と第21章の電流を前提にし,第23章では磁場が変化すると電場ができる電磁誘導へ進み,第24章でマクスウェル方程式にまとめます.基本だけを読むなら,第1〜4題材の本体と,例題・数学の節で足ります.第5題材と,(発展)と付いた節や段落(電流の磁場の法則の微分形など)は飛ばしても後の章が読めます.
ポイント 第22章で使う記号
記号 | 意味 |
|---|
𝑩 | 磁束密度.この本では「磁場」と呼ぶ(単位 T) |
𝜇0 | 真空の透磁率 4𝜋 ×10−7 NA−2 ≈1.26 ×10−6 NA−2 |
𝑯, 𝑴 | 磁場の強さ,磁化(第4題材) |
𝜇, 𝜇𝑟 | 透磁率,比透磁率(第4題材) |
𝒎 | 磁気モーメント(第3題材).𝜇 は透磁率に使うので,磁気モーメントには使わない.大きさは 𝑚 で質量と同じ文字になるので,両方が出る所では質量を 𝑀 や 𝑚𝑒 と書く |
Φ | 磁束(単位 Wb =Tm2) |
𝐼, 𝒋 | 電流,電流密度 |
𝑛 | ソレノイドの単位長さあたりの巻数.ホール効果や磁性体では粒子の数密度 |
𝐽 | 慣性モーメント(電流の 𝐼 と区別する) |
V | 体積(電圧の 𝑉 と区別する.第4題材) |
𝜔 =𝑞𝐵/𝑚 | サイクロトロン角振動数 |
𝒆𝑥, 𝒆𝑦, 𝒆𝑧 | 座標軸の正の向きの単位ベクトル |
電子の質量は 𝑚,電荷は −𝑒 と書きます.
考えてみる
第20章では,止まっている電荷に働く力から電場 𝑬 =𝑭/𝑞 を決めました.ところが,磁石や電流の近くでは,動いている電荷にだけ働く力があります.真空管の中の電子線に磁石を近づけると線が曲がり,磁石を遠ざけると戻ります.電子が止まっていればこの力は働きません.
実験を重ねると,この力には次の性質があります.力は電荷 𝑞 に比例し,速さにも比例します.その場所ごとに決まった特別な向きがあって,その向きに沿って動く電荷には力が働きません.力は常に速度にも,その特別な向きにも垂直です.大きさは,速度とその向きのなす角を 𝜃 とすると sin𝜃 に比例します.「2つのベクトルに垂直で,大きさがなす角の sin に比例する」のは,第8章で角運動量に使った外積そのものです.そこで,場所ごとに1つのベクトル 𝑩 を決めて,この力を外積で書きます.
ローレンツ力
定義 ローレンツ力と磁場
電荷 𝑞 が速度 𝒗 で動くとき,電荷に働く力は
𝑭=𝑞(𝑬+𝒗×𝑩)
と書ける.この式で決まるベクトル 𝑩 を磁束密度(この本では磁場)という.単位は T(テスラ)で,1 T =1 NA−1m−1 である.
𝑞𝒗 ×𝑩 の部分を磁気力と呼びます.向きは,右手の指を 𝒗 から 𝑩 へ回したとき親指の向く向きで,𝑞 が負なら逆です.大きさの目安は,地表の地磁気が 3 ×10−5〜6 ×10−5 T,冷蔵庫に貼る磁石の表面が 10−2 T ほど,病院の MRI が 1.5〜3 T です.
[図:電荷の符号と磁気力の向き]速度 v と磁場 B を紙面内に描き,なす角 θ を示す.作用点の赤い ⊙ は正電荷への手前向きの力,⊗ は負電荷への奥向きの力を示す.力は v と B の両方に垂直である.
磁気力は速度に垂直なので,仕事率は 𝑭 ⋅𝒗 =𝑞(𝒗×𝑩) ⋅𝒗 =0 です.
ポイント 磁気力は仕事をしない
磁気力は速度の向きを変えるが,速さ(運動エネルギー)は変えない.荷電粒子を加速するのは電場である.
一様な磁場の中の運動
一様な磁場 𝐵 に垂直に速さ 𝑣 で入った粒子を考えます.磁気力は大きさ 𝑞𝑣𝐵 で常に速度に垂直なので,速さを変えずに向きだけを一定の割合で変えます.これは等速円運動で,磁気力が向心力になります.𝑚𝑣2/𝑟 =𝑞𝑣𝐵 から
公式 一様な磁場の中の円運動
𝑟=𝑚𝑣𝑞𝐵,𝜔=𝑞𝐵𝑚,𝑇=2𝜋𝑚𝑞𝐵
周期 𝑇 と角振動数 𝜔 は速さによらない.𝜔 をサイクロトロン角振動数という.
速い粒子ほど大きな円を描きますが,1周する時間は同じです.円の向きは,𝑩 が手前を向くように見ると,正電荷が時計回り,負電荷が反時計回りです.
速度が磁場と斜めなら,速度を磁場に平行な成分 𝑣∥ と垂直な成分 𝑣⟂ に分けます.磁気力は磁場に垂直なので 𝑣∥ は変わらず,垂直な面への射影は半径 𝑚𝑣⟂/(𝑞𝐵) の円運動です.合わせると,磁場の向きを軸にしたらせん運動になり,1周の間に軸方向へ進む距離(ピッチ)は 𝑣∥𝑇 です.荷電粒子は磁力線に巻きつきながら,磁力線に沿って進みます.
[図:円運動とらせん運動の半径と周期]初期状態は θ = 60°,v = v₀ のらせん運動.角度を90°にすると円になり,速さを変えると半径とピッチが変わるが周期は一定である.時刻の操作と再生・停止で1周を確かめられる.
初期状態は θ = 60°,v = v₀ のらせん運動.角度を90°にすると円になり,速さを変えると半径とピッチが変わるが周期は一定である.時刻の操作と再生・停止で1周を確かめられる.
有限の磁場領域を通る
装置の中では,磁場はある領域にだけあります.領域の中では円運動,外では直進なので,境界で位置と速度をつないでいけば軌道が決まります.円の中心は,入った点で速度に垂直な直線の上,距離 𝑟 の所にあります.粒子が回った角度(中心角)は,そのまま速度の向きの変化(ふれ角)です.かかる時間は中心角を 𝜔 で割れば出ます.
たとえば幅 𝑑 の帯状の領域に,境界に垂直に入るとします.𝑟 >𝑑 なら粒子は反対側へ抜け,ふれ角 𝜃 は sin𝜃 =𝑑/𝑟 で決まります.𝑟 ≤𝑑 なら半円を描いて入った側へ戻り,入った点から 2𝑟 離れた点で,逆向きに出ていきます.磁場の向きが違う領域がいくつもあれば,1つの領域を出たときの位置と速度を,次の領域の始まりの値にします.
[図:帯状の磁場領域を通る円軌道]正電荷を右向きに入射させ,紙面の手前向きの磁場で下へ曲げる.左は r > d で抜ける軌道とふれ角 θ,右は r ≤ d で半円を描いて戻る軌道.O はそれぞれの円の中心.
電場と磁場を組み合わせた装置
速度選択器:電場 𝑬 と磁場 𝑩 を互いに垂直にかけ,粒子を両方に垂直に通します.電気力と磁気力がつり合う 𝑞𝐸 =𝑞𝑣𝐵,つまり 𝑣 =𝐸/𝐵 の粒子だけがまっすぐ進み,それ以外は曲がってスリットを通れません.つり合わない速さの粒子は,平均すると両方の場に垂直な向きに速さ 𝐸/𝐵 で流されながら回る,サイクロイドという曲線を描きます(演習で解きます).
質量分析器:速さのそろったイオンを一様な磁場に入れると,半径 𝑟 =𝑚𝑣/(𝑞𝐵) が 𝑚/𝑞 に比例するので,同じ電荷の同位体が別の位置に着きます.J.J.トムソンは,電場と磁場による電子線の曲がり方を比べて,電子の比電荷 𝑒/𝑚 を初めて測りました.
サイクロトロン:周期が速さによらないことを使い,2つの半円形の電極の間のすき間に周期 𝑇 の交流電圧をかけます.粒子はすき間を通るたびに電場で加速され,半径を広げながら同じリズムで回り続けます.最大の半径 𝑅 で取り出すときの運動エネルギーは,𝑣 =𝑞𝐵𝑅/𝑚 から 𝐾 =𝑞2𝐵2𝑅2/(2𝑚) です.
[図:速度選択器と質量分析器]左の電場は上向き,磁場は手前向き.v = E/B の正イオンだけが直進してスリットを通る.右では同じ電荷と速さのイオンが半円を描き,重いイオンが入口から遠い位置に着く.
ホール効果:導体の板に電流を流し,板に垂直に磁場をかけると,電流を運ぶ粒子が磁気力で板の片側に寄ります.たまった電荷が横向きの電場 𝐸𝐻 を作り,それが磁気力とつり合う 𝐸𝐻 =𝑣𝑑𝐵 で落ち着きます(𝑣𝑑 は第21章のドリフト速度).板の幅を 𝑤,磁場に沿った厚さを ℎ,数密度を 𝑛 とすると,𝐼 =𝑛𝑞𝑣𝑑𝑤ℎ なので,両側の電位差(ホール電圧)は
𝑉𝐻=𝐸𝐻𝑤=𝐼𝐵𝑛𝑞ℎ
です.電圧の符号から電荷を運ぶ粒子の符号が,大きさから 𝑛 が分かります.𝑛 の小さい半導体ほどホール電圧が大きく,磁場の測定器に使われます.
適用の条件
円運動の式は,速さが光の速さより十分小さいときの式です.𝑣/𝑐 が1に近づくと 𝑟 =𝑚𝑣/(𝑞𝐵) の 𝑚𝑣 を相対論の運動量に置き換えることになり,周期も速さとともに延びます.サイクロトロンで陽子を数十 MeV 以上に加速できないのはこのためです.また,円やらせんの式は,軌道の大きさの範囲で磁場が一様とみなせるとき,つまり 𝑟 が磁場の変化する長さよりずっと小さいときに使えます.重力や,加速度運動する電荷が出す放射によるエネルギー損失も無視しています.
問いに戻る
地球の磁場は,地球の中心に棒磁石を置いたような形で,磁力線は南半球の側から出て,赤道の上空を大きく回り,北半球の側へ入ります.太陽から来た荷電粒子が赤道の上空に近づくと,磁力線を横切る向きに動くことになり,磁気力で曲げられて押し返されます.地球の上空の磁場でも,粒子の回る半径は地球の大きさよりずっと小さいので,粒子は磁力線を横切れず,巻きついて磁力線に沿ってしか進めません.
[図:地球の磁力線と荷電粒子]地球の磁力線は南半球側から出て北半球側に入る.太陽側からの粒子は磁力線に巻きついて極へ進む.磁場が密になる所で反射する粒子は南北を往復し,大気に届く粒子は極を囲むオーロラ帯を作る.
磁力線に沿って極へ向かうと,磁力線が密になって磁場が強くなります.磁力線が狭まる所では磁場に軸から外へ向かう成分があり,それによる磁気力が粒子を弱い磁場の側へ押し戻します.そのため,多くの粒子は南北の間を往復して閉じこめられます(磁気瓶).磁力線にほぼ沿って進む粒子だけが押し戻しに打ち勝ち,磁力線が地面に入る極の近くで大気に届きます.
ポイント ここまでのまとめ
磁場 𝑩 は,動く電荷に働く力 𝑭 =𝑞(𝑬+𝒗×𝑩) で定義する.磁気力は速度に垂直なので仕事をしない.
一様な磁場の中では,半径 𝑟 =𝑚𝑣/(𝑞𝐵),周期 𝑇 =2𝜋𝑚/(𝑞𝐵) の円運動.周期は速さによらない.斜めに入ればらせん運動になる.
有限の領域では,円の中心を作図し,境界で位置と速度をつなぐ.中心角がふれ角になる.
速度選択器は 𝑣 =𝐸/𝐵 を選び,質量分析器は 𝑚/𝑞 を分け,サイクロトロンは周期が速さによらないことを使う.ホール電圧 𝑉𝐻 =𝐼𝐵/(𝑛𝑞ℎ) から 𝑛 と粒子の符号が分かる.
問いの答え:荷電粒子は磁力線を横切れず,巻きついて磁力線に沿って進む.赤道の上空では押し返され,磁力線が地面に入る極の近くでだけ大気に届く.だからオーロラは極を囲む地域に現れる.