問い
冷蔵庫の扉にはマグネットが付き,鉄のクリップは磁石に吸い寄せられます.ところが,アルミの缶や銅の10円玉を磁石に近づけても,何も起こらないように見えます.どれも電気をよく通す金属で,原子の中には同じように電子が回っています.鉄とアルミや銅では,いったい何が違うのでしょうか.
考えてみる
鉄が磁石に付くのは,鉄が初めから磁石だからではありません.ふつうの鉄の釘どうしは引き合いません.磁石を近づけたときだけ,鉄自身が磁石になり(磁化し),磁石に引かれます.ですから問いは,「なぜ鉄はこれほど強く磁化するのか」と言いかえられます.
実は,アルミや銅も磁石に反応します.ただ,その強さは鉄の 105 分の1以下で,重さに比べてあまりに小さいので気付かないのです.物質の磁化を量で表し,原子の性質と結び付けてみましょう.この題材では,電圧の 𝑉 と区別して,体積を V と書きます.
磁石の正体は小さな円電流
前の題材で,電流の流れるコイルは磁気モーメント 𝒎 =𝐼𝑆𝒏 をもち,磁石のようにふるまうことを見ました.アンペールは,磁石の中には小さな円電流がたくさんあると考えました.今では,その円電流は原子の中の電子の運動だと分かっています.
磁気モーメントの 𝑚 と区別して電子の質量を 𝑚𝑒 と書きます.質量 𝑚𝑒,電荷 −𝑒 の電子が,半径 𝑟 の円軌道を速さ 𝑣 で回ると,電流の大きさは 𝑒𝑣/(2𝜋𝑟),面積は 𝜋𝑟2 なので,磁気モーメントの大きさは 𝑒𝑣𝑟/2 です.角運動量 𝐿 =𝑚𝑒𝑣𝑟 を使うと,電子の電荷が負であることも入れて
𝒎=−𝑒2𝑚𝑒𝑳
です.磁気モーメントは角運動量に比例し,比例係数は電子の電荷と質量だけで決まります.原子の中の角運動量は ℏ =ℎ/(2𝜋) の程度(第29章)なので,電子の磁気モーメントの目安は 𝜇𝐵 =𝑒ℏ/(2𝑚𝑒) =9.27 ×10−24 Am2 です(ボーア磁子).電子はこのほかに,自転に似たスピンによる同じ程度の磁気モーメントももっています.
磁化と磁化電流
定義 磁化
物質の小さな体積 ΔV に含まれる磁気モーメントの和を ΔV で割った 𝑴 を磁化という.数密度 𝑛 の原子がそれぞれ平均で 𝒎 をもつなら 𝑴 =𝑛𝒎 で,単位は Am−1.
鉄の原子1個は約 2.2𝜇𝐵 の磁気モーメントをもち,数密度は 𝑛 =8.5 ×1028 m−3 です.全部がそろえば 𝑀 =8.5 ×1028 ×2.2 ×9.27 ×10−24 =1.7 ×106 Am−1 で,𝜇0𝑀 は約 2.2 T になります.これは鉄で実際に得られる磁化の上限(飽和磁化)とよく合います.
一様に磁化した長い棒(断面積 𝑆,長さ 𝐿)を考えます.断面に並んだ小さな円電流は,隣どうしの接する所で電流が逆向きになって打ち消し合い,棒の側面を一周する電流だけが残ります.これを磁化電流といい,長さあたりの大きさを 𝐾 とします.棒全体は,電流 𝐾𝐿 が面積 𝑆 を囲むコイルと同じなので,磁気モーメントを2通りに数えて 𝐾𝐿𝑆 =𝑀𝑆𝐿,つまり 𝐾 =𝑀 です.一様に磁化した棒は,単位長さあたりの電流が 𝑀 のソレノイドと同じで,中の磁場は 𝐵 =𝜇0𝑀 です.
[図:小さな円電流と表面の磁化電流]断面に同じ向きの円電流を並べると,隣どうしの接点では逆向きの電流が打ち消し合う.外周の電流だけが残り,棒の側面を回るソレノイドと等価になる.表面電流の長さあたりの大きさは K = M.
磁場の強さ 𝑯
アンペールの法則の右辺には,導線を流れる電流(自由電流 𝐼f)と磁化電流 𝐼b の両方が入ります.磁化した棒の表面をまたぐ長方形の道を考え,棒の中を磁化に沿って長さ 𝑙 だけ進み,外を戻るとします.この道を貫く磁化電流は 𝑀𝑙 で,これは道に沿った 𝑴 の線積分に等しくなります.一般にも,閉じた道を貫く磁化電流は,その道に沿った 𝑴 の線積分です.アンペールの法則 ∫𝑩 ⋅d𝒍 =𝜇0(𝐼f+𝐼b) に入れて左辺へ移すと,磁化電流が消えます.
法則 磁場の強さとアンペールの法則
磁場の強さ 𝑯 =𝑩/𝜇0 −𝑴(単位 Am−1)を使うと,どんな閉じた道についても,道に沿って一周する線積分は
∫𝑯⋅d𝒍=𝐼f
(右辺は道を貫く自由電流).
第20章の電束密度 𝑫 =𝜀0𝑬 +𝑷 が自由電荷だけで決まったのと同じく,𝑯 は自由電流だけで決まる部分です.対称性があれば,これだけで 𝑯 が決まります.たとえば,周の長さ ℓ の細い環の形の鉄心に導線を 𝑁 回巻いた環状コイルでは,中の 𝑯 は環に沿い,𝐻ℓ =𝑁𝐼 から 𝐻 =𝑁𝐼/ℓ です.鉄心の材料によりません.
入試で「磁場 𝐻」と呼ぶ量がこの 𝑯 で,𝑩 は「磁束密度」と呼ばれます.真空では 𝑩 =𝜇0𝑯 なので区別は要りません.本書では磁場といえば 𝑩 を指し,物質の中で必要なときだけ 𝑯 を使います.
定義 線形な磁性体と比透磁率
磁化が 𝑯 に比例し 𝑴 =𝜒𝑯 と書ける物質では,𝑩 =𝜇0(1+𝜒)𝑯 =𝜇𝑟𝜇0𝑯 =𝜇𝑯 となる.𝜒 を磁化率,𝜇𝑟 =1 +𝜒 を比透磁率,𝜇 を透磁率という.
環状コイルの鉄心を線形な物質とみなせば,𝐵 =𝜇𝑟𝜇0𝑁𝐼/ℓ で,同じ電流で磁場は 𝜇𝑟 倍になります.鉄では 𝜇𝑟 が数百から数千になるので,鉄心を入れたコイルは強い電磁石になります.
物質 | 磁化率 𝜒 |
|---|
ビスマス | −1.7 ×10−4 |
銅 | −9.7 ×10−6 |
水 | −9.0 ×10−6 |
アルミニウム | +2.2 ×10−5 |
液体酸素 | +3.5 ×10−3 |
鉄 | 𝜇𝑟 が 102〜104(磁場の強さと履歴によって変わる) |
境界の条件:磁力線は閉じていて湧き出しがないので,境界をまたぐ平たい箱の考え方から 𝑩 の法線成分はつながります.境界に自由電流が無ければ,細い長方形の道から 𝑯 の接線成分もつながります.𝜇𝑟 の大きい鉄から空気へ出る磁力線は,鉄の表面にほぼ垂直に出ます.鉄心のすき間で 𝐵 が途切れないのはこのためです.
常磁性・反磁性・強磁性
表のように,𝜒 は物質によって符号も大きさも違います.
常磁性(𝜒 >0):アルミや酸素のように,原子が初めから磁気モーメントをもつ物質です.磁場はモーメントをそろえようとし,熱運動は乱そうとします.𝑚0 =𝜇𝐵,𝐵 =1 T,𝑇 =300 K でも 𝑚0𝐵/(𝑘𝐵𝑇) は 2.2 ×10−3 にすぎず,そろうのはごく一部です.第17章のボルツマン分布を使うと,そろう割合はこの比に比例し,𝜒 は温度に反比例します(キュリーの法則).
反磁性(𝜒 <0):磁場をかけると,どの原子でも電子の軌道運動が少し変わり,かけた磁場を打ち消す向きの磁気モーメントが生じます(第23章の電磁誘導で説明できます).すべての物質がもつ性質ですが,常磁性があればふつうはそれに隠れます.銅や水,ビスマスは反磁性です.超伝導体は中から磁場を完全に締め出す完全反磁性(𝜒 = −1)を示します.
強磁性:鉄・コバルト・ニッケルでは,隣り合う原子の磁気モーメントを同じ向きにそろえる強い相互作用(量子力学による交換相互作用)が働き,磁区と呼ばれる小さな領域ごとに,モーメントがほぼ全部そろっています.磁化していない鉄では,磁区の向きがばらばらで全体の磁化が打ち消されています.外から磁場をかけると,磁場の向きの磁区が境界を動かして広がり,小さな 𝐻 で大きな磁化が生じます.磁区がそろい切ると,磁化は飽和します.温度を上げると熱運動がそろいを壊し,キュリー温度(鉄では 1043 K,約 770 ∘C)を超えると常磁性体に変わります.
[図:磁区の成長と磁化の飽和]左は向きの異なる磁区の磁化が打ち消し合い M = 0.右向きの場 H を加えるとその向きの磁区が広がり,最後には全体の磁化がそろって飽和する.
磁石が物を引く力は,前の題材の 𝐹𝑧 =𝑚d𝐵/d𝑧(ここでは軸を 𝑥 にとって 𝐹𝑥 =𝑚d𝐵/d𝑥)から考えられます.線形な物質の小片なら 𝑚 =𝜒V𝐵/𝜇0 なので,常磁性体(𝜒 >0)は磁場の強い方へ引かれ,反磁性体(𝜒 <0)は弱い方へ押し出されます.ただし 𝜒 が 10−5 程度では,力は重さの100分の1にもなりません.これらの式は,|𝜒| が1より十分小さく,物質を入れても磁場がほとんど変わらないときの近似です.強磁性体にはそのまま使えません.
ヒステリシス
強磁性体の 𝐵 と 𝐻 の関係は比例ではなく,それまでの履歴によります.磁化していない鉄の 𝐻 を増やすと 𝐵 は急に増えて飽和に近づき,𝐻 を0に戻しても 𝐵 は0に戻らずに 𝐵𝑟(残留磁束密度)が残ります.𝐵 を0にするには逆向きに 𝐻𝑐(保磁力)が要ります.𝐻 を正負に往復させると,𝐵 は閉じた曲線(ヒステリシス曲線)をたどります.永久磁石は 𝐵𝑟 も 𝐻𝑐 も大きく,曲線の幅の広い材料で,変圧器やモーターの鉄心は幅の狭い材料です.
[図:残留磁束密度と保磁力を示すヒステリシス]横軸 H,縦軸 B.橙の破線は原点から出る最初の磁化曲線.正の飽和から H を減らすと Bᵣ が残り,−Hc で B が0になる.緑の矢印は往復の向き.左は幅の狭い鉄心用,右は幅の広い永久磁石用の材料.
この曲線の面積は,1往復ごとに熱になるエネルギーです.環状コイル(断面積 𝑆,周の長さ ℓ)で確かめます.第23章の電磁誘導を先取りすると,鉄心の磁束 Φ =𝐵𝑆 が変わるとき,コイルには電流を妨げる起電力 𝑁dΦ/d𝑡 が生じ,電源はそれに逆らって仕事率 𝐼𝑁dΦ/d𝑡 を出します.𝐼 =𝐻ℓ/𝑁 を入れると,仕事率は 𝑆ℓ𝐻d𝐵/d𝑡 です.𝑆ℓ は鉄心の体積なので,1往復で単位体積あたりに電源がする仕事は
𝑤=∫𝐻d𝐵(ヒステリシス曲線を1周する積分)
で,曲線の囲む面積に等しくなります.状態が1周で元に戻るのに仕事が残るので,これは熱になります.振動数 𝑓 で往復させると,損失の仕事率は 𝑓𝑤V です.変圧器の鉄心に幅の狭い材料を使うのは,この損失を小さくするためです.この計算は,環の断面の幅が環の半径より十分小さく,鉄心の中で 𝐻 と 𝐵 が一様とみなせるときのものです.
問いに戻る
磁石は原子の中の電子の運動とスピンがつくる小さな磁気モーメントの集まりで,物質の磁化は単位体積あたりの磁気モーメント 𝑴 です.アルミ(常磁性)は磁石にわずかに引かれ,銅(反磁性)はわずかに押し出されますが,磁化率は 10−5 程度で,重さに比べて力が小さすぎて気付きません.鉄は強磁性体で,原子のモーメントを磁区ごとにそろえる強い相互作用があるため,磁石の磁場の中で磁区の向きがそろい,𝜇0𝑀 が T の程度に達するほど大きく磁化します.磁化した鉄は磁場の強い方へ引かれるので,磁石に付きます.真っ赤に焼くとキュリー温度を超えてそろいが壊れ,磁石の性質を失います.
ポイント ここまでのまとめ
原子の磁気モーメントは電子の運動とスピンから生じ,目安はボーア磁子 𝜇𝐵 =9.27 ×10−24 Am2.磁化 𝑴 は単位体積あたりの磁気モーメント.
一様な磁化は表面の磁化電流(長さあたり 𝑀)と同じ.𝑯 =𝑩/𝜇0 −𝑴 の一周の線積分は自由電流に等しい.
線形な物質では 𝑴 =𝜒𝑯,𝑩 =𝜇𝑟𝜇0𝑯.常磁性は 𝜒 >0,反磁性は 𝜒 <0 で,どちらも |𝜒| はふつう 10−5 程度.
強磁性体は磁区がそろうことで大きく磁化し,キュリー温度を超えると常磁性になる.
ヒステリシス曲線の面積 ∫𝐻 d𝐵 が1往復の単位体積あたりの損失.