問い 電子を1個ずつ,細い2つの すき間の ある ついたてに 向けて 撃ちます.後ろの スクリーンには,電子が1個届く たびに 小さな 点が1つ 光ります.はじめは 点がで たらめに 散らばるだけですが,何万個も 届くと,点の 多い 所と 少ない 所が 交互に 並んだ縞が 現れます.光の2重スリットの 縞(第27章)と そっくりです.電子は 点と して 届くのに,届く 場所の 分布は 波の 干渉の 形を しています.粒が 縞を 作るとは,どう いう ことでしょうか.
考えてみる 前の 題材の 最後で 見たように,光の2重スリットの 縞も,光を 十分弱く すると,エネルギー ℎ 𝜈 h ν と 運動量 ℎ / 𝜆 h / λ を もつ光子が1個ずつ点と して 届き,点が 積み重なって できます.電子の 実験は これと 同じ 形を しています.
素朴に 考えると,電子は 小さな 粒なので,上の すき間か下の すき間の どちらか 一方を 通るはずです.そうなら,スクリーンでの 分布は「上だけ開けた ときの 分布」と「下だけ開けた ときの 分布」の 和に なるはずで,縞は できません.実際には,両方を 開けると,片方だけの ときには 電子が たくさん 届いていた 所に,ほとんど 届かなくなる 場所が 現れます.すき間を1つ 増や したのに,届く 数が 減る 場所が あるのです.これは 波の 打ち消し合いでしか 説明できません.そこで,電子にも 波長を 割り 当てる ことから 始めます.
電子の 質量 電子の 波長を 計算するには,電子の 質量が 要ります.電子の 質量を 直接は かりで 量る ことは できませんが,2つの 測定を 組み合わせると 決まります.1つは,電場と 磁場の 中で 電子線の 曲がり方を 調べて比電荷 𝑒 / 𝑚 e / m を 求める 測定(トムソン,第22章)です.比電荷は 𝑒 / 𝑚 = 1 . 7 6 × 1 0 1 1 C k g − 1 e / m = 1.76 × 10 11 C kg − 1 です.も う1つは,油滴の 電荷が 飛び飛びの 値を とる ことから電気素量 𝑒 = 1 . 6 0 × 1 0 − 1 9 C e = 1.60 × 10 − 19 C を 求める 測定(ミリカン,第20章)です.割り算を すると
𝑚 = 𝑒 𝑒 / 𝑚 = 1 . 6 0 × 1 0 − 1 9 1 . 7 6 × 1 0 1 1 k g = 9 . 1 × 1 0 − 3 1 k g m = e e / m = 1.60 × 10 − 19 1.76 × 10 11 kg = 9.1 × 10 − 31 kg
で,水素原子の 約 1 / 1 8 4 0 1 / 1840 です.電荷 − 𝑒 − e で 質量 𝑚 m の 粒子と して,電子の 運動は これまで 力学と 電磁気で 十分に 説明できてきました.
ド・ブロイ波長 光子では,運動量と 波長が 𝑝 = ℎ / 𝜆 p = h / λ で 結ばれていました.ド・ブロイは,逆に,運動量 𝑝 p を もつどんな 粒子にも,同じ式で 決まる 波長の 波が ともなうと 考えました.
法則 ド・ブロイの 関係
運動量の 大きさ 𝑝 p の 粒子には,波長
𝜆 = ℎ 𝑝 λ = h p
の 波が ともなう.この 波を物質波 ,𝜆 λ をド・ブロイ波長 と いう.
静止していた 電子を 電圧 𝑉 V で 加速すると,運動エネルギーは 𝑒 𝑉 = 𝑝 2 2 𝑚 e V = p 2 2 m なので 𝑝 = √ 2 𝑚 𝑒 𝑉 p = 2 m e V で
𝜆 = ℎ √ 2 𝑚 𝑒 𝑉 λ = h 2 m e V
です.数値を 入れると,𝑉 V を ボルトで 表して 𝜆 ≈ 1 . 2 3 √ 𝑉 n m λ ≈ 1.23 V nm と なり,𝑉 = 1 0 0 V V = 100 V で 𝜆 = 0 . 1 2 3 n m λ = 0.123 nm です.これは 結晶の 中の 原子の 間隔(0 . 1 0.1 〜0 . 3 n m 0.3 nm )と 同じ 程度です.
この 式は 運動エネルギーを 𝑝 2 / ( 2 𝑚 ) p 2 / ( 2 m ) としたので,運動エネルギーが 静止エネルギー 𝑚 𝑐 2 = 5 1 1 k e V m c 2 = 511 keV に 比べて 十分 小さい と き,つまり 1 ≫ 𝑒 𝑉 / ( 𝑚 𝑐 2 ) 1 ≫ e V / ( m c 2 ) の ときだけ 使えます.𝑉 = 1 0 0 V V = 100 V なら 𝑒 𝑉 / ( 𝑚 𝑐 2 ) = 2 × 1 0 − 4 e V / ( m c 2 ) = 2 × 10 − 4 で 問題ありません.電子顕微鏡のように 1 0 0 k V 100 kV を 超えると,前の 題材で 示した 相対論の 関係 𝐸 2 = ( 𝑚 𝑐 2 ) 2 + ( 𝑝 𝑐 ) 2 E 2 = ( m c 2 ) 2 + ( p c ) 2 (𝐸 = 𝑚 𝑐 2 + 𝑒 𝑉 E = m c 2 + e V )から 𝑝 p を 出す必要が あり,𝜆 = ℎ / √ 2 𝑚 𝑒 𝑉 ( 1 + 𝑒 𝑉 / ( 2 𝑚 𝑐 2 ) ) λ = h / 2 m e V ( 1 + e V / ( 2 m c 2 ) ) に なります.
一方,質量 0 . 1 4 k g 0.14 kg の ボールが 4 0 m s − 1 40 m s − 1 で 飛ぶと,𝜆 ≈ 1 × 1 0 − 3 4 m λ ≈ 1 × 10 − 34 m です.原子核の 1 0 − 1 9 10 − 19 倍も 短く,これを 回折させる すき間は ありません.身の 回りの 物体の 波の 性質が 見えないのは,ℎ h が 小さいからです.
電子線回折 電子が 波なら,結晶に 当てると X 線と 同じように 回折するはずです.1927年,デビッソンと ジャーマーは,ニッケルの 結晶の 表面に 5 4 e V 54 eV の 電子を 当て,散乱される 電子の 数が 特定の 向き(入射の 向きから 5 0 ∘ 50 ∘ )で 鋭く 大きくなる ことを 見つけました.表面に 並ぶ原子の 列(間隔 0 . 2 1 5 n m 0.215 nm )を 回折格子と みると,強め合いの 条件は 0 . 2 1 5 n m × s i n 5 0 ∘ = 0 . 1 6 5 n m 0.215 nm × sin 50 ∘ = 0.165 nm の 波長を 与えます.ド・ブロイの 式は 1 . 2 3 / √ 5 4 n m = 0 . 1 6 7 n m 1.23 / 54 nm = 0.167 nm で,よく 一致します.同じころ G. P. トムソンは,薄い 金属の 膜に 電子線を 通して,X 線の 粉末回折と 同じ形の 同心円の 環を 撮りました.
結晶の 中では,原子が 等間隔 𝑑 d の 平行な 面(格子面)に 並んでいます.第27章で 見たように,面とのなす角 𝜃 θ で 入った 波が 隣り合う面で 反射すると,道のりの 差は 2 𝑑 s i n 𝜃 2 d sin θ なので,強め合う 条件は
2 𝑑 s i n 𝜃 = 𝑛 𝜆 ( 𝑛 = 1 , 2 , … ) 2 d sin θ = n λ ( n = 1 , 2 , … )
です(ブラッグ条件).𝜃 θ は 面とのなす角で,入射の 向きから 測った 散乱の 角は その2倍の 2 𝜃 2 θ であることに 注意します.向きのばらばらな 小さな 結晶の 集まり(粉末や 多結晶の 膜)では,条件を 満たす結晶が どの 向きにも あるので,散乱された 電子は 頂角 2 𝜃 2 θ の 円錐の 上に 並び,スクリーンに 環を 描きます.
[図:電子線の回折環とブラッグ反射] 左の電子銃で電圧Vにより加速した電子が,多結晶の薄膜で散乱して右のスクリーンに同心円の環を作る.2θは入射方向から測った散乱角で,円錐の軸と母線のなす角である.下の挿入図では格子面の間隔d,面とのなす角θと,橙色の2区間の和である道のりの差2d sinθを示す.配置と角度は模式的に描いた.
電子線の 波長は 加速電圧で 自由に 変えられ,可視光より ずっと 短く できます.顕微鏡で 見分けられる2点の 間隔は 波長程度が 限界(第27章)なので,電子線を 使う 電子顕微鏡は,光の 顕微鏡では 見えない 原子の 並びまで 見分けられます.中 性子も,原子の 間 隔ほどの 波長を もつように 遅くすれば,結晶で 回折します.
振幅を 足してから2乗する 2つの すき間の 実験に 戻ります.光の 干渉では,2つの すき間からの 波の 振幅(電場)を 足し,その2乗が 明るさ(光子が 届く 割合)でした.電子でも 同じ 規則が 成り 立ちます.
定義 確率振幅と 波動関数
電子が ある 場所に 届く 過程ごとに,複素数の確率振幅 𝜓 ψ が 決まる.電子が そこで 見つかる 確率(1個あたり,単位の 長さや 面積あたり)は | 𝜓 | 2 | ψ | 2 に 比例する.場所ごとの 確率振幅を 場所の 関数と みた ものを波動関数 と いう.
すき間1を 通る 経路の 振幅を 𝜓 1 ψ 1 ,すき間2を 通る 経路の 振幅を 𝜓 2 ψ 2 とします.どちらを 通ったか 区別する 手段が ない とき,振幅を 足してから2乗します.𝜓 1 = 𝑎 1 𝑒 𝑖 𝜙 1 ψ 1 = a 1 e i ϕ 1 ,𝜓 2 = 𝑎 2 𝑒 𝑖 𝜙 2 ψ 2 = a 2 e i ϕ 2 (𝑎 1 , 𝑎 2 > 0 a 1 , a 2 > 0 )と 書き,第7章の オイラーの 式を 使うと
| 𝜓 1 + 𝜓 2 | 2 = 𝑎 2 1 + 𝑎 2 2 + 2 𝑎 1 𝑎 2 c o s ( 𝜙 2 − 𝜙 1 ) | ψ 1 + ψ 2 | 2 = a 1 2 + a 2 2 + 2 a 1 a 2 cos ( ϕ 2 − ϕ 1 )
です.最後の 項が 干渉の 項で,位相の 差 𝜙 2 − 𝜙 1 ϕ 2 − ϕ 1 に よって 正にも 負にもなります.すき間の 間隔を 𝑑 d ,スクリーンの 向き 𝜃 θ への 道のりの 差を 𝑑 s i n 𝜃 d sin θ と すると,位相の 差は 2 𝜋 𝑑 s i n 𝜃 / 𝜆 2 π d sin θ / λ で,光と 同じ 位置に 縞が できます.𝑎 1 = 𝑎 2 a 1 = a 2 なら,暗い所では 確率が 完全に0に なります.片方を 開けた ときには 届いていた 場所に,両方を 開けると 届かなくなるのは,この 打ち消し合いの ためです.
1個の 電子は,スクリーンの どこか1か所に 点と して 届きます.どこに 届くかは 予言できず,予言できるのは | 𝜓 | 2 | ψ | 2 に 比例する 確率だけです.縞は,1個ずつの 電子が 他の 電子と 干渉して 作るのではなく,1個の 電子の2つの 経路の 振幅が 干渉して 決まる 確率の 分布が,たくさんの 点の 積み重ねで 見えた ものです.
[図: 電子の点が積み重なって縞になる] 初期状態は,経路を調べずに届いた1000個の電子の点と,確率分布の縞を示す.スライダーで10個から10000個まで増やすと,点の集まりが縞の形に近づく.どちらを通ったか調べると,分布が|ψ₁|² + |ψ₂|²の縞のない形に変わる.下の曲線は各分布の形で,縦の尺度は相対的に示す.
初期状態は,経路を調べずに届いた1000個の電子の点と,確率分布の縞を示す.スライダーで10個から10000個まで増やすと,点の集まりが縞の形に近づく.どちらを通ったか調べると,分布が|ψ₁|² + |ψ₂|²の縞のない形に変わる.下の曲線は各分布の形で,縦の尺度は相対的に示す.
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では,すき間の そばに 光を 当て,電子が どちらを 通ったか 見たら どうなるでしょうか.実際に そうすると,縞は 消え,分布は 片方ずつの 分布の 和 | 𝜓 1 | 2 + | 𝜓 2 | 2 | ψ 1 | 2 + | ψ 2 | 2 に なります.どちらを 通ったか 区別できる(原理的に 区別できる 記録が 残る)ときは,振幅ではなく 確率を 足すのです.
この 規則は 光子でも 電子でも 同じです.な ぜ 見ると 縞が 消えるのか,この 規則だけから 量子力学を どう 組み立てるのかは,すぐ 次の 第30章(発展)で,この2つの すき間の 実験から 始めてくわしく 扱います.
不確定性関係の 見積もり な ぜ経路を 見ると 縞が 消えるのかは,次の 見積もりからも 分かります.幅 𝑎 a の1つの すき間に,運動量 𝑝 p の 電子を 正面から 通すとします.すき間を 通った 電子の 横の 位置は,幅 𝑎 a の 範囲に 決まります.ところが,回折の ために,通った 後の 電子は 角 𝜆 / 𝑎 λ / a 程度の 範囲に 広がります(第27章の 単スリットの 回折,最初の 暗線は s i n 𝜃 = 𝜆 / 𝑎 sin θ = λ / a ).つまり横の 運動量は
Δ 𝑝 𝑥 ∼ 𝑝 𝜆 𝑎 = ℎ 𝑎 Δ p x ∼ p λ a = h a
程度の 範囲で ばらつきます.横の 位置の 幅を Δ 𝑥 = 𝑎 Δ x = a と すると Δ 𝑥 Δ 𝑝 𝑥 ∼ ℎ Δ x Δ p x ∼ h です.すき間を 狭めて 位置を はっきりさせる ほど,横の 運動量は ばら つきます.
[図:すき間の幅と横の運動量のばらつき] 電子線は左から右へ進み,横の座標xは図の上向きである.幅aのすき間を通ると横の位置の幅はΔx = aになり,回折によってλ/a程度の角に広がる.下図では同じ大きさpの運動量を共通の始点から描き,緑の横成分が正負にばらつく幅Δp_xを示す.幅と角度は桁の見積もりを表す.
法則 不確定性関係(見積もり)
粒子の 位置と 運動量を 同時に 決めようと すると,それぞれの 不確かさ Δ 𝑥 Δ x ,Δ 𝑝 𝑥 Δ p x は
Δ 𝑥 Δ 𝑝 𝑥 ∼ ℎ Δ x Δ p x ∼ h
程度より 小さく できない.
右辺の 係数(ℎ h か ℏ ℏ か ℏ / 2 ℏ / 2 か)は「不確かさ」の 定め方に よるので,ここでは 桁の 見積もりにだけ 使います.電子が どちらの すき間を 通ったか光で 見分けるには,すき間の 間 隔 𝑑 d より 短い 波長の 光が 要ります.その 光子が 電子に 当たると,電子は ℎ / 𝑑 h / d 程度の 横の 運動量を 受け取り,進む 向きが 𝜆 / 𝑑 λ / d 程度ばら つきます.これは 縞の 間隔の 角度と 同じ 程度なので,縞は ぼやけて 消えます.位置を 調べると,干渉を 起こすのに 必要な 運動量の 確かさが 失われるのです.
問いに 戻る 電子は,届く ときには いつも1個の 点です.届く 場所の 確率は,電子が 通りうる 経路ごとの 複素数の 振幅を 足して2乗した | 𝜓 1 + 𝜓 2 | 2 | ψ 1 + ψ 2 | 2 で 決まり,振幅の 波長は ド・ブロイの 関係 𝜆 = ℎ / 𝑝 λ = h / p で 決まります.1個ずつの 点は で たらめに 見えますが,たくさん 集めると 確率の 分布である 縞が 見えてきます.どちらを 通ったかを 調べると,確率を 足す規則に 変わり,縞は 消えます.
ポイント ここまでの まとめ
比電荷と 電気素量から 電子の 質量 𝑚 = 9 . 1 × 1 0 − 3 1 k g m = 9.1 × 10 − 31 kg が 決まる.
運動量 𝑝 p の 粒子には 波長 𝜆 = ℎ / 𝑝 λ = h / p の 物質波が ともなう.電圧 𝑉 V で 加速した 電子では 𝜆 = ℎ / √ 2 𝑚 𝑒 𝑉 λ = h / 2 m e V (1 ≫ 𝑒 𝑉 / ( 𝑚 𝑐 2 ) 1 ≫ e V / ( m c 2 ) の とき).
電子線は 結晶で ブラッグ条件 2 𝑑 s i n 𝜃 = 𝑛 𝜆 2 d sin θ = n λ を 満たす 向きに 回折する.散乱の 角は 2 𝜃 2 θ .
見つかる 確率は 確率振幅の 絶対値の2乗.区別できない 経路は 振幅を 足し,区別できる 経路は 確率を 足す.
位置と 運動量の 不確かさは Δ 𝑥 Δ 𝑝 𝑥 ∼ ℎ Δ x Δ p x ∼ h 程度より 小さく できない.