問いしるべ
問いから始める物理 光子と電子の波

光子と電子の波

物質波の例題

著者:柚木芹香

前の節で,運動量 p の粒子に波長 λ=h/p の波がともなうこと,その波が結晶でブラッグ条件 2dsin⁡θ=nλ を満たす向きに回折することを見ました.この節では,加速電圧から波長を求める計算,結晶による電子線の回折,中性子の波長と結晶の3つを例題で確かめます.数値は h=6.63×10−34Js,e=1.60×10−19C,電子の質量 m=9.11×10−31kg,陽子と中性子の質量 1.67×10−27kg,c=3.00×108ms−1,ボルツマン定数 kB=1.38×10−23JK−1 を使います.

どの例題でも,はじめに「運動エネルギー → 運動量 → 波長」の順に変換します.非相対論的な運動では K=p22m なので p=2mK,λ=h2mK です.この式が使えるのは 1≫K/(mc2) のときなので,答えを出したら必ずこの比を確かめます.

例題

例題 1

オリジナル ★☆☆☆☆

静止していた電子を電圧 V で加速する.

  1. V=150V のときのド・ブロイ波長を求めよ.

  2. 波長を 0.0500nm にするには,加速電圧をいくらにすればよいか.このとき,非相対論的な式を使ってよいことを確かめよ.

  3. 静止していた陽子を同じ 150V で加速したときの波長は,(1) の何倍か.

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考え方

電場がする仕事 eV が運動エネルギーになる.運動量は p=2meV で,波長は λ=h/p である.同じ電圧なら運動エネルギーは同じで,運動量は m に比例する.

解答

  1. eV=1.60×10−19×150=2.40×10−17J である.

p=2meV=2×9.11×10−31×2.40×10−17kgms−1=6.61×10−24kgms−1

従って λ=h/p=1.00×10−10m=0.100nm である.

  1. λ∝V−1/2 だから,波長を 0.100 から 0.0500nm へ半分にするには電圧を4倍にすればよい.丸めずに計算すると

V=h22meλ2=6.03×102V

である.mc2=9.11×10−31×(3.00×108)2J=8.20×10−14J で,1eV=1.60×10−19J から mc2=5.1×105eV.従って eV/(mc2)=600/(5.1×105)=1.2×10−3 で十分小さく,非相対論的な式を使ってよい.

  1. 電荷の大きさが同じなので運動エネルギーは同じで,波長は λ∝1/m である.

λpλ=9.11×10−311.67×10−27=0.0234

で,陽子の波長は 2.34×10−12m である.

確かめ (1) を λ≈1.23/Vnm で見積もると 1.23/12.2=0.100nm で一致する.重い粒子ほど同じエネルギーでも運動量が大きく,波長は短い.

例題 2

オリジナル ★★☆☆☆

静止していた電子を電圧 600V で加速し,向きのばらばらな小さな結晶が集まった薄い膜に垂直に当てる.膜から距離 L=0.300m の所に,電子線に垂直なスクリーンを置く.結晶の格子面の間隔は d=0.234nm とする.

  1. 電子のド・ブロイ波長を求めよ.

  2. この格子面による1次の反射で,スクリーンに現れる環の半径を求めよ.

  3. この格子面で反射が起こる次数 n は最大でいくつか.

  4. 加速電圧を4倍にすると,(2) の環の半径はおよそ何倍になるか.

電圧600 Vで加速した電子を薄い多結晶膜に垂直に当て,L = 0.300 m先のスクリーンで回折環を観測する配置の断面図.折れ角を 2θ,環の半径を r と記す.挿入図には間隔 d の格子面と,面とのなす角 θ を描く.θ,2θ,r の値は描かない. 電圧600 Vで加速した電子を薄い多結晶膜に垂直に当て,L = 0.300 m先のスクリーンで回折環を観測する配置の断面図.折れ角を 2θ,環の半径を r と記す.挿入図には間隔 d の格子面と,面とのなす角 θ を描く.θ,2θ,r の値は描かない.
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考え方

ブラッグ条件の θ は格子面とのなす角で,電子線の曲がる角はその2倍の 2θ である.膜の中には条件を満たす向きの結晶が必ずあるので,曲げられた電子は軸とのなす角が 2θ の円錐に沿って進み,スクリーンに環を作る.

解答

  1. 例題1と同じく λ=h/2meV で,V=600V を入れると λ=5.01×10−11m=0.0501nm である.eV/(mc2)=1.2×10−3 なので相対論の補正は要らない.

  2. 1次の反射では 2dsin⁡θ=λ だから

sin⁡θ=λ2d=0.05012×0.234=0.107,θ=6.15∘

である.曲がる角は 2θ=12.3∘ で,環の半径は

r=Ltan⁡2θ≈6.54×10−2m

である.

  1. sin⁡θ≤1 から n≤2d/λ=2×0.234/0.0501=9.3 である.従って最大の次数は n=9 である.ただし n が大きいと 2θ が 90∘ を超え,電子は膜の手前側へ戻るので,前方のスクリーンには写らない.

  2. 電圧を4倍にすると波長は半分になる.角が小さいので sin⁡θ≈θ,tan⁡2θ≈2θ とすると r≈2Lθ≈Lλ/d で,半径は波長に比例する.従って環の半径はおよそ 1/2 倍になる.実際に計算すると θ=3.07∘,r=3.23×10−2m で,0.493 倍である.

確かめ 小角近似 r≈Lλ/d=0.300×0.0501/0.234m=6.4×10−2m は (2) とほぼ一致する.ずれは 2θ=0.21 が1に比べて小さいとした近似の誤差で,角の2乗の程度(約2 %)である.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

原子炉から出た中性子を,温度 T=300K の重水の中で何度も衝突させて減速すると,中性子の平均の運動エネルギーは 32kBT になる.このエネルギーをもつ中性子(質量 mn)を,格子面の間隔 d=0.335nm の黒鉛の結晶に当て,ブラッグ反射させて一定の波長の中性子だけを取り出す.

  1. この中性子の運動エネルギー(eV 単位),運動量,ド・ブロイ波長,速さを求めよ.

  2. 1次の反射でこの波長の中性子を取り出すには,格子面と中性子線のなす角 θ をいくらにすればよいか.

  3. 同じ角では,波長が半分の中性子も2次の反射で取り出されてしまう.その運動エネルギーを求めよ.この2つの中性子を,結晶から 10.0m 先の検出器に届くまでの時間で分けられることを示せ.中性子は結晶の位置で十分短いパルスにし,検出器の時間分解能も十分高いものとする.

    1. と同じ波長の X 線の光子のエネルギーを求め,中性子の運動エネルギーと比べよ.

T = 300 Kの重水から出た中性子線が,格子面の間隔d = 0.335 nmの黒鉛結晶で反射し,反射した向きの10.0 m先にある検出器へ進む.θは格子面と入射する中性子線のなす角である.配置と角度は模式的に描いた. T = 300 Kの重水から出た中性子線が,格子面の間隔d = 0.335 nmの黒鉛結晶で反射し,反射した向きの10.0 m先にある検出器へ進む.θは格子面と入射する中性子線のなす角である.配置と角度は模式的に描いた.
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考え方

温度から運動エネルギーを決め,運動量と波長に直す.ブラッグ条件 2dsin⁡θ=nλ は nλ だけで決まるので,同じ角で λ と λ/2 の両方が反射される.波長が半分なら運動量は2倍,速さも2倍で,到着時間が違う.

解答

  1. 運動エネルギーは

K=32kBT=32×1.38×10−23×300J=6.21×10−21J=0.0388eV

である.運動量は p=2mnK=3mnkBT=4.55×10−24kgms−1 で,波長は

λ=hp=6.63×10−344.55×10−24m=1.46×10−10m

である.速さは v=p/mn=2.73×103ms−1 である.波長は結晶の原子の間隔と同じ程度なので,中性子は結晶で回折する.

  1. 丸める前の波長を使うと sin⁡θ=λ/(2d)≈0.217 から θ=12.5∘ である.

  2. 波長が半分なら運動量は2倍で,運動エネルギーは4倍の K′=0.155eV である.2dsin⁡θ=2×(λ/2) なので,確かに同じ角で2次の反射が起こる.10.0m を進む時間は,波長 λ の中性子では

t=10.0mv≈3.67×10−3s

で,波長 λ/2 の中性子では速さが2倍なので半分の 1.83×10−3s である.中性子を短い時間だけ通すシャッターで出発の時刻をそろえれば,到着時刻の差 1.8ms で2つを分けられる.

  1. 光子のエネルギーは

hcλ≈1.37×10−15J=8.54×103eV

である.同じ波長でも,中性子の運動エネルギー 0.0388eV は X 線の光子のエネルギーの約 2×105 分の1しかない.光子は E=pc,遅い中性子は K=p2/(2mn) で,同じ運動量でもエネルギーが大きく違うからである.

確かめ K/(mnc2)=0.0388/(9.4×108) は極めて小さく,非相対論的な式でよい.中性子の運動エネルギーは原子の熱運動のエネルギーと同じ程度なので,中性子の散乱では結晶の原子の振動とのエネルギーのやりとりも測れる.これが X 線にない中性子線の長所である.

ポイント ここまでのまとめ

  • 運動エネルギー → 運動量 → 波長の順に変換する.非相対論的なら λ=h/2mK.使えるのは 1≫K/(mc2) のとき.

  • 同じ電圧で加速すると,波長は 1/m に比例する.

  • ブラッグ条件の θ は格子面とのなす角で,粒子の曲がる角は 2θ.多結晶では頂角 2θ の円錐に沿って散乱し,環ができる.

  • 同じ角で λ と λ/2 の両方が反射されるので,飛行時間などで分ける.

  • 同じ波長でも,遅い中性子のエネルギーは光子よりはるかに小さい.