問い
この章では,力も運動方程式も使わずに,いくつかの事実と1つの原理から力学を組み立て直しました.前の章までに「法則」として受け入れたもののうち,何が「定理」に変わり,何が本当の出発点として残ったのでしょうか.そして,出発点に置いた停留作用の原理は,なぜ成り立つのでしょうか.
法則から定理へ
前の章までの力学と,この章の組み立てを並べます.
前の章での位置づけ | この章での出どころ |
|---|
慣性の法則(第4章) | 空間と時間の一様性・等方性から出る定理 |
運動エネルギー 12𝑚𝑣2(第6章) | ガリレイの相対性原理で決まる自由な粒子のラグランジアン |
質量 | ラグランジアンに現れる粒子ごとの定数.比だけに意味がある |
運動方程式 𝑚𝒂 =𝑭(第4章) | オイラー=ラグランジュ方程式.力は −𝜕𝑈/𝜕𝒓 として定義される |
作用反作用の法則(第4章) | 空間の一様性から出る定理 |
エネルギーの保存(第6章) | 時間の一様性(ネーターの定理) |
運動量の保存(第5章) | 空間の一様性(ネーターの定理) |
角運動量の保存(第8章) | 空間の等方性(ネーターの定理) |
重心の等速運動(第5章) | ガリレイの相対性原理(ネーターの定理) |
遠心力・コリオリ力(第11章) | 慣性系でない座標系でラグランジアンを書くと現れる項 |
逆に,この章で出発点として認めたものは,次の4つです.
決定性:状態(位置と速度)を決めると未来が決まる.
停留作用の原理:実際の経路で作用が停留する.
時間と空間の対称性:慣性系の存在と,相対性原理(ガリレイ,または光速不変を含むアインシュタインの形).
相互作用の形:位置エネルギー 𝑈 の具体的な形(万有引力,ばねなど).
1から3は,どんな相互作用にも共通の枠組みです.4は自然を調べて決める物理の中身で,対称性は 𝑈 が満たすべき性質(平行移動や回転で変わらないこと)までしか教えてくれません.力学の法則のほとんどは,枠組みの側から出てきたのです.
ハミルトン形式
ラグランジアンでは,状態を位置と速度 (𝑞, ˙𝑞) で表しました.代わりに位置と一般化運動量 (𝑞, 𝑝) で表し,エネルギーを 𝑞 と 𝑝 の関数として書いたもの
𝐻(𝑞,𝑝)=∑𝑖𝑝𝑖˙𝑞𝑖−𝐿
をハミルトニアンといいます.オイラー=ラグランジュ方程式は,次の1階の方程式の組に書き直せます.
˙𝑞𝑖=𝜕𝐻𝜕𝑝𝑖,˙𝑝𝑖=−𝜕𝐻𝜕𝑞𝑖
これをハミルトンの正準方程式といいます.𝑠 個の2階の方程式が,2𝑠 個の1階の方程式になりました.位置と運動量を対等に扱うこの形は,「状態と運動の法則」の題材で見た状態の平面(位相空間)の上の流れとして運動を見る見方につながり,統計力学と量子力学の出発点になります.
[図:振り子の位相空間と等エネルギー線]m = 1.0 kg,l = 1.0 m,g = 9.8 m s⁻²の振り子.初期状態はθ = 0.80 rad,pθ = 0で,閉じた線に沿って振動する.E/(mgl)が1より小さい青い線は振動,1の橙の破線は境目,1より大きい緑の線は回転を示す.赤い線は選んだ状態の等エネルギー線.点を置くかドラッグ・入力で状態を指定し,再生すると正準方程式にしたがって動く.±πで角を折り返して表示する.動きを減らす設定では自動再生しない.
m = 1.0 kg,l = 1.0 m,g = 9.8 m s⁻²の振り子.初期状態はθ = 0.80 rad,pθ = 0で,閉じた線に沿って振動する.E/(mgl)が1より小さい青い線は振動,1の橙の破線は境目,1より大きい緑の線は回転を示す.赤い線は選んだ状態の等エネルギー線.点を置くかドラッグ・入力で状態を指定し,再生すると正準方程式にしたがって動く.±πで角を折り返して表示する.動きを減らす設定では自動再生しない.
なぜ停留作用の原理が成り立つのか
この章の初めに,停留作用の原理を天下りに認めました.その理由は,量子力学にあります.
量子力学では,粒子は1本の経路を通るのではなく,ある出来事から別の出来事へ,考えられるすべての経路を「同時に通る」と考えます.各経路は,作用 𝑆 で決まる「位相」𝑆/ℏ を持った波のように重ね合わされます(ℏ ≈1.05 ×10−34 Js はプランク定数を 2𝜋 で割ったもの).身のまわりの物体では,作用は ℏ よりけた違いに大きいので,経路を少し変えるだけで位相が大きく変わり,ほとんどの経路の寄与は打ち消し合います.打ち消し合わずに残るのは,経路を少し変えても作用が変わらない経路,つまり作用が停留する経路のまわりだけです.こうして,私たちの目には,粒子は作用が停留する経路を通るように見えるのです.
これは,光のフェルマーの原理が,光を波と考えると説明できることとまったく同じ構造をしています.この章の初めに光と運動を並べたのは,偶然ではありませんでした.この考え方を経路積分といい,ファインマンが作り上げました.
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対称性から法則を組み立てるこの方法は,現代の物理の基本的な考え方です.
電磁気学:電荷と磁場の相互作用は速度による位置エネルギーで表され,やはりラグランジアンで書ける.光速不変の原理は,もともと電磁気学から生まれた.
一般相対性理論:重力の中を自由に落ちる物体も,固有時が停留する道すじを進む.重力は,時空そのものの曲がり方として表される.
素粒子の物理:自然界の基本的な力は,対称性の要請(ゲージ対称性)からその形が決まる.
ポイント ここまでのまとめ
慣性の法則,運動方程式,作用反作用の法則,保存則は,決定性・停留作用の原理・時間と空間の対称性から定理として出る.
物理の中身として残るのは,相互作用の形 𝑈 だけ.
位置と運動量で書いたハミルトン形式は,位相空間の上の流れとして運動を表し,統計力学と量子力学につながる.
停留作用の原理は,量子力学の経路積分で説明される.作用が停留する経路のまわりだけが打ち消し合わずに残る.
対称性から法則を組み立てる方法は,電磁気学,一般相対性理論,素粒子の物理へとつながっている.