問いしるべ
問いから始める物理 物理の見方

物理の見方

モデルと問題の解き方

著者:柚木芹香

問い

同じ大きさの紙を 2 枚用意します.1 枚は広げたまま,もう 1 枚はぎゅっと丸めて,同じ高さから同時に手を離します.どちらが先に床に着くでしょうか.

ところが教科書には「物理では,重い物も軽い物も同時に落ちる」と書いてあります.広げた紙と丸めた紙で結果が違うなら,この文は何を言っているのでしょうか.まず自分の考えを書いてから先へ進んでください.

考えてみる

実際に落とすと,丸めた紙のほうがずっと早く着きます.広げた紙はひらひらと漂い,ゆっくり降りてきます.質量は同じなのに,違いを生むのは空気です.

教科書の文は「空気抵抗がなければ,どんな物体も同じ加速度で落ちる」という意味です.これは現実そのものの記述ではなく,空気抵抗を除いた理想化された世界,つまりモデルの中での話です.問題は,現実のどんな場合なら,この理想化を使ってよいかです.答えは,空気抵抗が重力に比べて十分小さいときです.この節では,その「十分小さい」を数で決める方法を学びます.また,物理の問題を迷わず解くための手順も身につけます.

モデル化

定義 モデル

現実の現象から,目的に関係する性質だけを取り出し,ほかを無視または単純化した理想的な対象.

代表的なモデルが二つあります.

  • 質点:大きさを無視し,質量だけを持つ点とみなす.物体全体の運動を問い,回転や変形が結果に効かないときに使う.

  • 剛体:大きさは持つが,力を受けても変形しない物体とみなす.回転を扱うときに使う.

どれを選ぶか,何を無視するかは,目的が決めます.地球を太陽のまわりの運動で見るなら質点でよく,地球の自転や大気の運動を考えるなら質点では足りません.同じ物体でも,問いが変われば適切なモデルは変わります.そして無視してよいかどうかは,感覚ではなく,無視した量が残した量に比べてどれだけ小さいかを数で比べて判断します.

空気抵抗は無視できるか

速さ v で落ちる物体が受ける空気抵抗は,大きさがおよそ F=12CρAv2 です.ここで ρ は空気の密度,A は進行方向から見た断面積,C は形や姿勢などで決まる 1 程度の数です(この形は次元解析で当てられます).この節では,紙や球の落下を,速さの 2 乗に比例する抵抗とほぼ一定の C で見積もります.高さ h だけ落ちた時点の速さを,空気がないときの値 v2=2gh とおいて,この速さで評価した抵抗と重力 mg の比を r とすると

r=Fmg=CρAhm

となります.1≫r なら,落下の間ずっと抵抗は重力よりずっと小さく,無視してよいといえます.r が 1 程度以上のときは,空気がないというモデルそのものが成り立ちません.

ポイント 終端速度との関係

抵抗が重力と等しくなる速さ vt=2mg/(CρA) を終端速度といいます.r=(2gh/vt)2 と書けるので,r は「空気がないときの落下の速さが,終端速度に比べてどれだけ大きいか」の目安です.1≫r なら空気がないときの速さは終端速度よりずっと小さく,抵抗は効きません.r が 1 程度なら抵抗の影響は大きく,r が十分大きければ,実際の速さは終端速度に近づいて,ほぼ等速で落ちます.

問いの紙で確かめます.質量 5g の A4 の紙を高さ 2m から落とします.広げた紙は A=0.062m2,C≈1 として r≈1.2×1×0.062×2/0.005≈30 です.r が 1 よりずっと大きいので,空気がないモデルは成り立たず,実際にはすぐ終端速度(約 1ms−1)に近づいてゆっくり降ります.

丸めた紙は直径 4cm 程度,A=1.3×10−3m2,C≈0.5 として r≈0.3 で,抵抗は効きますが落下時間は数 % ずれる程度です.

質量は同じでも A/m が違うので,結果が違います.鉄球なら r はさらに桁違いに小さくなり,「同時に落ちる」が現実でも成り立ちます.

問題を解く手順

モデルを決めたあと,問題を解く道筋を毎回そろえておくと,迷いません.この本では次の四つの手順を使い,図・原理・式・検算と呼びます.

法則 図・原理・式・検算

  1. 図:状況を図にする.求めるものを一つ決め,既知の量と未知の量に文字を付け,座標軸と向きを決める.

  2. 原理:どの法則・関係を使うかを決める.等速運動の関係,保存則など,一言で言えるようにする.

  3. 式:原理から文字のまま式を立て,文字のまま解く.数値は最後に入れる.

  4. 検算:次元が合うか,極端な場合(0 や無限大,二つの量が等しい場合)で結果が正しいか,数値の桁が妥当かを確かめる.

文字のまま解くのは,次元や極端な場合を確かめられるからです.数値を先に入れると,間違いの手がかりが消えます.以後の章の解答も,この順に書きます.

ポイント ここまでのまとめ

  • 「重い物も軽い物も同時に落ちる」は,空気抵抗を除いたモデルの中での話である.

  • 何を無視してよいかは目的が決め,無視する量と残す量の比(無次元の数)で判断する.空気抵抗なら,空気がないときの速さで評価した抵抗と重力の比 r=CρAhm が 1 よりずっと小さいときに使える.

  • 広げた紙は r≈30 で空気がないモデルが成り立たず,終端速度に近づいて漂い,丸めた紙は r≈0.3,鉄球はさらに小さい.落ち方の違いは A/m の違いである.

  • 問題は「図・原理・式・検算」の順に,文字のまま解いて検算する.