問いしるべ
問いから始める物理 気体の分子運動論

気体の分子運動論

平均と分散,そして速度成分の平均

著者:柚木芹香

分子を1個ずつ追うことはできないので,これからは「平均」が主役です.扱い方を整え,圧力の式を数で使えるようにします.

定理 数学の道具:平均・重みつき平均・分散

N 個の値 x1,…,xN の平均は ⟨x⟩=1N∑ixi,関数 f の平均は ⟨f(x)⟩=1N∑if(xi) である.値 xj をとるものの割合が Pj(∑jPj=1)と分かっているときは,重みつき平均

⟨f(x)⟩=∑jPjf(xj),連続なら⟨f(x)⟩=∫f(x)P(x)dx

で計算する(P(x)dx が x と x+dx の間にある割合).平均は和と定数倍を保つ:⟨af+bg⟩=a⟨f⟩+b⟨g⟩.

ばらつきの大きさは分散

σ2=⟨(x−⟨x⟩)2⟩=⟨x2⟩−⟨x⟩2

で表し,σ を標準偏差という.中の式が2乗なので σ2≥0,したがって

⟨x2⟩≥⟨x⟩2

が常に成り立つ.等号は,すべての値が等しいときだけである.

この最後の不等式が分子運動論の出発点です.気体の分子の速度の x 成分は正と負が同じだけあるので ⟨vx⟩=0 ですが,⟨vx2⟩ は 0 ではありません.平均が0でも2乗の平均は0でないので,圧力 p=nm⟨vx2⟩ は0になりません.平均してから2乗する操作と,2乗してから平均する操作をはっきり区別してください.

速さについても同じことが起きます.vrms=⟨v2⟩ と ⟨v⟩ は一般に違う量で,上の不等式から vrms≥⟨v⟩ です.エネルギーに効くのは vrms,壁への衝突の回数や穴から逃げる個数に効くのは ⟨v⟩ で,使い分けが必要です.

練習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

4個の分子の速さが 100,200,300,400ms−1 のとき,平均の速さ ⟨v⟩,2乗平均の速さ vrms,速さの標準偏差を求めなさい.

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⟨v⟩=(100+200+300+400)/4=250ms−1.⟨v2⟩=(1+4+9+16)×104/4=7.5×104m2s−2 より vrms≈2.7×102ms−1.σ=7.5×104−2502≈1.1×102ms−1.たしかに vrms>⟨v⟩ である.

例題

状態方程式を使う問題では,圧力が何で決まっているかを先に見分けます.容器が固いなら圧力は気体が決めますが,動けるピストンで閉じているならピストンの力のつり合いが決めます.まずこの型を押さえましょう.

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

鉛直に立てた断面積 A=2.0×10−2m2 のシリンダーに単原子分子理想気体(ヘリウム)を入れ,質量 Mp=20kg のなめらかに動くピストンでふたをする.外気圧は p0=1.0×105Pa,重力加速度は g=9.8ms−2 とする.

  1. ピストンが静止しているときの気体の圧力 p1 を求めよ.

  2. このとき気体の体積は V0=2.0×10−3m3,温度は T0=300K であった.分子の数と内部エネルギーを求めよ.

  3. ピストンの上に質量 Mp のおもりを静かに載せ,十分に待って温度が T0 に戻った.圧力 p2 と体積 V2 を求めよ.

    1. の状態からおもりを載せたまま加熱する.シリンダーの内側には,体積が V0 になる位置でピストンを止めるストッパーがある.ピストンがストッパーに達する温度 T1 と,それ以後に温度を上げたときの圧力の変化を答えよ.

自由なピストンは大気と重力につり合う.おもり追加後に上側ストッパーへ達すると接触力Fₛが加わり,体積V₀が固定される. 自由なピストンは大気と重力につり合う.おもり追加後に上側ストッパーへ達すると接触力Fₛが加わり,体積V₀が固定される.
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考え方 ピストンを1つの物体として力のつり合いを書く.ストッパーに当たるとつり合いの式が使えなくなり,代わりに体積が決まる.

  1. ピストンに働く力は,下から気体が押す p1A,上から大気が押す p0A,重力 Mpg である.つり合いは p1A=p0A+Mpg なので

p1=p0+MpgA=1.0×105+20×9.82.0×10−2=1.098×105≈1.1×105Pa

である.ピストンの重さの分だけ,気体は大気より高い圧力になる.

  1. N=p1V0/(kBT0)=1.098×105×2.0×10−3/(1.38×10−23×300)≈5.3×1022.単原子分子なので U=32p1V0≈3.3×102J.

  2. おもりを載せてもピストンは動けるので,つり合いが圧力を決める.質量が 2Mp になったから

p2=p0+2MpgA=1.196×105≈1.2×105Pa

である.温度が T0 に戻ったので p1V0=p2V2,よって V2=(p1/p2)V0≈1.8×10−3m3.

  1. ピストンが動ける間は圧力が p2 のままなので V∝T である.V=V0 になる温度は

T1=T0V0V2=T0p2p1=300×1.1961.098≈3.3×102K

である.ここでピストンはストッパーに当たり,以後はストッパーが力を分担するのでつり合いの式は使えない.代わりに体積が V0 に固定され,p=p2T/T1 として圧力が温度に比例して上がる.気体の圧力が p2 を超えるので,ピストンがストッパーから離れることはない.

例題 2

オリジナル ★★☆☆☆

体積 V=1.0×10−3m3 の固い容器に,温度 300K,圧力 1.0×105Pa のヘリウム(モル質量 4.0×10−3kgmol−1)が入っている.

  1. 2乗平均の速さを求めよ.

  2. 質量密度 ρ の気体では p=13ρvrms2 が成り立つことを示せ.

    1. を使って,0∘C,1.01×105Pa,ρ=1.29kgm−3 の空気の vrms を求め,同じ条件での音速 3.3×102ms−1 と比べよ.

体積 V = 1.0 × 10⁻³ m³,温度 T = 300 K,圧力 p = 1.0 × 10⁵ Pa のヘリウムが容器に入っている.青い矢印は原子の乱雑な速度を表す.モル質量 M は 4.0 × 10⁻³ kg mol⁻¹ である. 体積 V = 1.0 × 10⁻³ m³,温度 T = 300 K,圧力 p = 1.0 × 10⁵ Pa のヘリウムが容器に入っている.青い矢印は原子の乱雑な速度を表す.モル質量 M は 4.0 × 10⁻³ kg mol⁻¹ である.
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考え方 (1) は ⟨12mv2⟩=32kBT から.(2) では,分子1個の質量やモル質量を使わず,測りやすい量だけで書き直す.

  1. vrms=3RT/M=3×8.31×300/(4.0×10−3)≈1.4×103ms−1.容器の体積と圧力は使わない.

  2. p=nm⟨vx2⟩=13nm⟨v2⟩ で,nm は単位体積あたりの質量,つまり ρ である.よって p=13ρvrms2.分子1個の質量を知らなくても vrms が求まる.

  3. vrms=3p/ρ=3×1.01×105/1.29≈4.8×102ms−1.音速はその約 0.68 倍で同じ桁である.音は分子の熱運動が圧力の変化を次々に受け渡して伝わるので,同じ桁になるのは自然である.ただし vrms が音速の上限だとは言えない.比べる相手を ⟨v⟩ や最も確からしい速さに変えれば比の値も変わる.実際に断熱変化から音速を導くと cs/vrms=γ/3 で(γ は比熱比,第16章),空気の γ=1.4 では 0.68 となって上の数値と合う.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

質量の異なる2種類の分子 A(質量 mA),B(質量 mB)の混合気体が,温度 T で容器に入っている.容器の壁には小さな穴があいていて,外は真空である.はじめのうち,単位時間に穴から出ていく A と B の分子数の比は,容器内の数密度の比の何倍か.ただし単位時間に穴を通る分子数は,数密度と平均の速さの積に比例するとしてよい.

質量 m_A,m_B の2種類の分子が共通の温度 T で混ざり,小孔から真空へ流出する.軽い分子は平均として速く,より多く流出する.大小の丸は重い分子と軽い分子を表し,A,B の質量の順序は指定していない. 質量 m_A,m_B の2種類の分子が共通の温度 T で混ざり,小孔から真空へ流出する.軽い分子は平均として速く,より多く流出する.大小の丸は重い分子と軽い分子を表し,A,B の質量の順序は指定していない.
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考え方 同じ温度では平均運動エネルギーが等しいので,速さの目安は 1/m に比例する.

⟨12mv2⟩=32kBT は分子の種類によらないので vrms=3kBT/m∝1/m である.速さの分布は kBT/m を目盛りとして同じ形に重なるので(第17章で確かめる),平均の速さ ⟨v⟩ も同じ比で変わる.よって出ていく数の比は数密度の比の mB/mA 倍で,軽い分子ほど多く逃げ出す.この差を何段も重ねて同位体を分けるのが,ウランの濃縮に使われた気体拡散法である.

ポイント ここまでのまとめ

  • 重みつき平均 ⟨f⟩=∑jPjf(xj)=∫f(x)P(x)dx.分散 σ2=⟨x2⟩−⟨x⟩2≥0.

  • 圧力に効くのは ⟨vx2⟩ で,⟨vx⟩=0 でも 0 にならない.同じ理由で vrms≥⟨v⟩.

  • 動けるピストンで閉じた気体の圧力は,ピストンの力のつり合いが決める(鉛直なら p=p0+Mpg/A).ストッパーで止まった後はつり合いが使えず,体積が決まる.

  • 測りやすい量だけで書くと p=13ρvrms2,単原子分子なら U=32pV.音速との比は断熱変化から決まり,cs/vrms=γ/3 である.

  • 同じ温度の気体では vrms∝1/m.軽い分子ほど速く,穴からも速く逃げる.