問い
時速108 km(30 ms−1)で飛んでくる野球のボールを,素手で受け止めるところを想像してください.次に,ボールと同じ大きさで質量が約10倍の鉄の球が,同じ速さで飛んでくるとします.同じ「速さ」なのに,手に伝わる衝撃はまるで違いそうです.速さのほかに,何を知れば衝撃の大きさが分かるのでしょうか.
また,同じボールでも,手を体のほうへ引きながら受けると痛みが小さくなります.引くことで,いったい何が変わっているのでしょうか.
考えてみる
素朴には「速いほど,重いほど止めにくい」と感じます.これを運動方程式で確かめます.質量 𝑚 の物体を一定の力 𝐹 で止めるとき,加速度は 𝑎 =Δ𝑣/Δ𝑡 なので
𝐹Δ𝑡=𝑚Δ𝑣
です.進む向きを正とし,速さ 𝑣 から止めるなら Δ𝑣 =0 −𝑣 = −𝑣 なので 𝐹 Δ𝑡 = −𝑚𝑣 です.力は進む向きと逆向きに働くという意味の負号で,大きさだけを見れば,止めるのに必要な「力×時間」は 𝑚𝑣 で決まります.速さだけでも質量だけでもなく,その積が止めにくさの目安です.
数字で見ましょう.ボールは 0.15 kg,鉄球は 1.5 kg とすると,𝑚𝑣 は順に 4.5 と 45 kgms−1 です.ボールを 0.02 s で止めるなら平均の力は 4.5/0.02 =225 N,手を引いて 0.1 s かけるなら 45 N です.同じ 0.02 s で鉄球を止めようとすると 2250 N になります.時間を延ばせば力は小さくなり,𝑚𝑣 が大きければ力は大きくなります.
運動量と力積
この 𝑚𝑣 は,第4章で運動方程式の別の書き方として顔を出した量です.この章では,これを主役にして運動量と名付けます.
定義 運動量
質量 𝑚,速度 𝒗 の物体の運動量を
𝒑=𝑚𝒗
で定める.ベクトルで,単位は kgms−1.
質量が一定なら,運動方程式 𝑚 d𝒗d𝑡 =𝑭 は d𝒑d𝑡 =𝑭 と書けます.「力は運動量の時間変化の割合」という形です.両辺を時刻 𝑡1 から 𝑡2 まで積分すると,次の関係が得られます.
法則 運動量と力積の関係
𝒑2−𝒑1=∫𝑡2𝑡1𝑭d𝑡≡𝑰
右辺の 𝑰 を力積といい,単位は Ns =kgms−1.運動量の変化は,力積に等しい.
力積は,F-t グラフの面積に当たります.ボールを受けるような短い衝突では,力は一瞬で大きくなってまた消えます.その細かい変化は分からなくても,面積(力積)が運動量の変化から決まれば,平均の力 ¯𝐹 =𝐼/Δ𝑡 は分かります.面積が同じなら,時間を長くした分だけ力は小さくなります.これが問いの答えの半分です.
[図:接触時間と同じ力積]F-t グラフに,高くて幅の狭い山と,低くて幅の広い山を重ねて描く.2つの山の面積が等しいことを斜線で示し,どちらも運動量の変化 \(\Delta p\) に等しいと注記する.
2つの物体の運動量
物体Aと物体Bが,接触している間だけ力を及ぼし合い,ほかから力は受けないとします.AがBから受ける力を 𝑭AB,BがAから受ける力を 𝑭BA とすると(第4章の書き方では 𝑭AB =𝑭B→A です),作用反作用の法則で 𝑭BA = −𝑭AB です.同じ時間の積分をとると,Aの力積とBの力積(ここでは互いに及ぼし合う力だけによるもの)は大きさが等しく向きが逆になります.したがって
Δ𝒑A=−Δ𝒑B,Δ(𝒑A+𝒑B)=0
です.Aが得た運動量だけ,Bが失ったということです.
この関係は,逆向きにも読めます.運動方程式 d𝒑d𝑡 =𝑭 によれば,力は,運動量が1秒あたりどれだけ受け渡されるかを表す量です.第3法則は,2物体の間で運動量が受け渡されるとき,Aの減った分とBの増えた分がいつも等しいこと,つまり受け渡しの途中で運動量が消えたり湧いたりしないことを,力の言葉で言ったものなのです.第4章の注で見たように,電場と磁場が運動量を運ぶ場面では2物体の間の第3法則は崩れますが,場の運動量まで数えれば,運動量の保存は成り立ちます.
法則 運動量保存則
複数の物体からなる系で,外から受ける力の合力が 0 なら,全運動量 𝒑1 +𝒑2 +⋯ は変わらない.物体どうしが及ぼし合う力(内力)は,何であっても全運動量を変えない.
氷の上に静止した2人が互いに押し合うと,反対向きに離れていきます.全運動量は初め 0 なので,離れたあとも 𝑚1𝒗1 +𝑚2𝒗2 =0 です.軽い人のほうが速く動きます.
[図:氷上の2人の反動]なめらかな氷上で,質量の違う2人が向き合って押し合い,反対向きに離れる様子を,押す前と後に分けて描く.速度の矢印は軽い人のほうを長くする.
外力があるとき
法則の条件は「外力の合力が 0」です.これが成り立たない向きには使えません.床にボールを落とすと,衝突のあいだ床から垂直抗力を受けるので,鉛直方向の運動量は保存しません.一方,床がなめらかなら水平方向には力が働かないので,水平成分だけは保存します.運動量はベクトルなので,成分ごとに条件を調べます.
また,衝突のように時間が短く内力がとても大きいときは,重力のような有限の外力の力積は無視できます.Δ𝑡 が 10−3 s 程度なら,𝑚𝑔 Δ𝑡 はボールの運動量の変化に比べてごく小さいからです.ただし,床や壁との衝突では,床や壁から受ける力の力積は無視できません.その場合は,ボールだけを系とすると外力の力積が残るので,運動量保存則は使えません.
ポイント ここまでのまとめ
運動量 𝒑 =𝑚𝒗.運動方程式は d𝒑d𝑡 =𝑭 と書ける.
運動量の変化は力積 𝑰 =∫𝑭 d𝑡 に等しい.F-t グラフの面積であり,平均の力は 𝐼/Δ𝑡.
作用反作用により,2物体の運動量の和は内力では変わらない.外力の合力が 0 の向きでは,全運動量が保存する.
問いの答え:衝撃は速さだけでなく 𝑚𝑣 で決まる.受け止める時間を延ばすと,同じ運動量の変化を小さな平均の力で受けられる.