問いしるべ
問いから始める物理 電磁誘導と交流

電磁誘導と交流

運動起電力とレンツの法則

著者:柚木芹香

問い

自転車のハブの中やタイヤの横に付ける発電機は,走ると電灯をつけます.中には磁石とコイルが入っているだけで,電池はありません.電池なら化学反応が電荷を押し出しますが,発電機の中で導線の電荷を押しているのは何でしょうか.そして,発電機で電灯をつけるとペダルが少し重くなるのはなぜでしょうか.

ここから第23章「電磁誘導と交流」に入ります.第22章では,電流が磁場を作り,磁場が動く電荷に力を及ぼすことを見ました.この章では逆向きのつながり,つまり磁場と運動や磁場の変化から起電力が生まれる電磁誘導を扱います.起電力の生じ方は2つあります.1つは,磁場の中を動く導体の電荷が受けるローレンツ力で,この題材で扱います.もう1つは,時間とともに変わる磁場が周りに作る電場で,次の題材「誘導電場とファラデーの法則」で扱います.2つはまったく別の仕組みなのに,どちらも「回路を貫く磁束の変化の速さ」という1つの式で表せます.続く2つの題材では,回路が自分の電流の変化に逆らう自己誘導と,第7章の複素数を使った交流回路の解き方を学びます.第24章では,ここで出会う誘導電場の法則が,マクスウェル方程式の4つの法則の1つとして他の3つと並びます.題や段落に(発展)と付いた所(ファラデーの法則の微分形など)は,飛ばしても後を読めます.

ポイント 第23章で使う記号

記号

意味

B

磁束密度(本文では磁場と呼ぶ).単位 T

Φ

回路を貫く磁束.単位 Wb=Tm2

E

起電力.単位 V

n

回路の面の正の法線.回路を回る正の向きと右ねじの関係にとる

L, M

自己インダクタンス,相互インダクタンス.単位 H

τ

時定数

κ

電気伝導率(第21章の抵抗率 ρ の逆数).j=κE

V^, I^, E^

複素振幅.実際の値は V^eiωt などの実部

V0, I0,Ve, Ie

交流の振幅,実効値

Z, X

複素インピーダンス(大きさは |Z|),リアクタンス

i

虚数単位(電気工学では j と書くことが多い)

起電力の符号は,回路を回る向きを決めて初めて決まります.問題を解くときは,「反時計回りを正」のように,まず向きを決めてください.

考えてみる

導線の中の電荷を押す力として,第22章までに出てきたのは2つだけです.電場による力 qE と,磁場の中を動く電荷が受ける磁気力 qv×B です.止まった磁石のまわりに電荷を押す静電場はないので,候補は磁気力です.導線ごと磁場の中を動かせば,導線の中の電荷も一緒に動くので,磁気力を受けるはずです.まずこの場合を調べます.

ただし困ることが2つあります.第一に,磁気力は速度に垂直なので仕事をしません.それなら電灯を光らせる仕事はどこから来るのでしょうか.第二に,自転車の発電機では,ふつうコイルは止まっていて磁石のほうが回ります.止まった導線の電荷には磁気力が働かないのに,電灯はつきます.第一の問題はこの題材で解決し,第二の問題は最後に整理して,答えは次の題材で出します.

動く導体棒の起電力

水平に置いた2本の平行なレール(間隔 l)の端を抵抗 R で結び,レールの上に導体棒を渡します.鉛直な一様磁場 B の中で,棒をレールに沿って速さ v で動かします.棒の中の電荷 q は棒と一緒に速度 v で動くので,qv×B の力を受けます.棒・速度・磁場が互いに垂直なら,この力は棒に沿った向きで,単位電荷あたりの大きさ vB は棒のどこでも同じです.

[図:動く導体棒の力と誘導電流]

初期状態では棒が右へ動き,奥向きの磁場Bにより正電荷qが上へ押され,電流は反時計回りに流れる.速度vの符号と大きさを変えると,速度,力,電流の矢印が連動する.

回路を一周したとき,単位電荷あたりの力の接線成分を道に沿って積分したものを起電力といいます.電池では化学的な力,ここでは磁気力が電荷を押します.力が働くのは棒の中だけなので,起電力は vB に棒の長さを掛けたものです.

法則 運動起電力

導体が磁場 B の中を速度 v で動くとき,導体の中の電荷は単位電荷あたり v×B の力を受ける.これを導体に沿って積分したものが運動起電力で,長さ l の棒と速度と磁場が互いに垂直なら

E=vBl

である.

回路を開いておくと,押された電荷が棒の両端にたまり,その電荷の作る静電場が磁気力とつり合ったところで止まります.このとき棒の両端の電位差は vBl で,棒は起電力 vBl の電池と同じ働きをします.

磁束の変化で書き直す

回路を回る正の向きを決め,回路の面の正の法線 n をそれと右ねじの関係にとります.回路を貫く磁束を Φ=∫B⋅ndS と定めます.一様な磁場が面に垂直なら Φ=BS です.レールの回路では,棒が動くと面積が毎秒 lv ずつ増えるので,磁束の変化の速さ Blv は起電力の大きさと一致します.符号まで調べると,磁束が増えるとき起電力は正の向きと逆になります.

これは一般の形の回路でも成り立ちます.磁場が時間変化せず,回路が動いたり形を変えたりする場合を考えます.回路の小さな部分 dl が速度 v で動くと,時間 dt の間に面積ベクトル vdt×dl の細い平行四辺形を掃きます.そこを通る磁束の分だけ回路の磁束が増えるので,スカラー三重積の性質 a⋅(b×c)=c⋅(a×b) を使って

dΦ=∫一周B⋅(vdt×dl)=−dt∫一周(v×B)⋅dl

です.最後の積分は起電力そのものです.なお,回路を縁とする面の選び方によらず磁束が決まるのは,磁場に湧き出しがない(閉じた面を通る磁束が0,第22章)からです.

法則 磁束の法則(動く回路)

回路を回る正の向きと面の正の法線を右ねじの関係にとり,回路を貫く磁束を Φ とすると,正の向きの起電力は

E=−dΦdt

である.N 回巻きのコイルでは,各巻きの磁束の和を Φ とする.ここでは磁場が時間変化せず,回路の各部分が導体と一緒に動く場合に導いた.

レンツの法則とエネルギー

負号は,誘導電流が作る磁場が,回路の磁束の変化を妨げる向きになることを表します.これをレンツの法則といいます.レールの例では,電流 I=vBl/R が流れる棒に,第22章の力 IBl が運動と逆向きに働きます.棒を一定の速さで動かし続けるには,外から F=IBl=B2l2v/R で押さなければならず,その仕事率は

Fv=B2l2v2R=I2R=EI

で,抵抗の発熱とちょうど等しくなります.もし符号が逆なら,棒に働く力は運動を助け,棒はひとりでに加速して熱を出し続けます.レンツの法則は,エネルギーの保存がそうはさせないことの表れです.

では,仕事をしないはずの磁気力はどう関わっているのでしょうか.電流が流れているとき,棒の中の電荷は棒と一緒の速度 v に加えて,棒に沿った速度 u をもちます.磁気力 q(v+u)×B のうち,qv×B は棒に沿った向きで,電荷を押して毎秒 qvBu の正の仕事をします.qu×B は運動と逆向きで,毎秒 quBv の負の仕事をします.和は0です.磁気力は自分では仕事をせず,棒を押す手の仕事を,棒に沿って電荷を押す仕事へ受け渡しているのです.後半の力を棒の中の電荷について足したものが,棒に働く力 IBl です.

紙面の奥向きの磁場Bの中で,正電荷qは右向きの速度vと棒に沿う上向きの速度uをもつ.qv×Bは上向き,qu×Bは左向きで,合力はv+uに垂直である.左右の図は同じ電荷を示す. 紙面の奥向きの磁場Bの中で,正電荷qは右向きの速度vと棒に沿う上向きの速度uをもつ.qv×Bは上向き,qu×Bは左向きで,合力はv+uに垂直である.左右の図は同じ電荷を示す.

棒の運動と回路をつなぐ

棒の速さが変わる問題では,回路の式と棒の運動方程式を連立します.抵抗だけの回路で,棒に外力 F を加えると

mdvdt=F−B2l2Rv

です.磁気力は速さに比例する抵抗力として働き,第4章の空気抵抗と同じ形の式から,棒は時定数 τ=mR/(B2l2) で終端速度 vt=FR/(B2l2) に近づきます.棒をばねにつなげば,この力は第7章の減衰振動の速度に比例する抵抗力になります.抵抗の代わりにコンデンサー C をつなぐと,電荷 q=CBlv が速度に合わせて変わり,電流 I=CBldvdt が流れます.運動方程式は (m+CB2l2)dvdt=F となり,コンデンサーは棒の質量を増やしたように働きます.

回路の式 RI=−dΦdt を時間で積分すると,回路を通った電荷は

q=∫Idt=−ΔΦR

です.通った電荷は磁束の変化量だけで決まり,速く動かしても遅く動かしても変わりません.

ここまで,回路自身の電流が作る磁場を無視しました.その磁場による起電力(自己誘導)を考えた時定数 L/R が,扱う運動の時間(τ など)より十分短ければ,この近似が使えます.また,回路の大きさを d として,光が回路を渡る時間 d/c も運動の時間より十分短いとします(第21章の集中定数の近似).

回転するコイルと交流発電機

面積 S,巻数 N のコイルを,一様な磁場 B の中で角速度 ω で回します.面の正の法線と磁場のなす角が ωt なら,Φ=NBScos⁡ωt なので

E=−dΦdt=NBSωsin⁡ωt

です.長方形のコイルなら,磁場を横切る2辺の v×B を足しても同じ結果になります.コイルの両端をスリップリングで外へ出せば交流が,半回転ごとに接続を入れ替える整流子を使えば向きのそろった電流が得られます.同じ機械に電流を流せばモーターになり,回せば発電機になります.

[図:回転コイルの磁束と起電力]

初期の回転角はωt=π/4で,磁束と起電力がともに正である.角度を操作するとコイルの向き,磁束Φ=NBS cosωt,起電力ℰ=NBSω sinωtのグラフ上の点が連動する.スリップリングと外部抵抗Rを示す.

交流は,第7章のように複素数の実部で表すと扱いやすくなります.E0=NBSω として,sin⁡ωt は −ieiωt の実部なので,起電力は E^eiωt,E^=−iE0 の実部と書けます.E^ を複素振幅といいます.回路が抵抗 R だけなら,電流の複素振幅は I^=E^/Z,Z=R です.Z を複素インピーダンスといい,コイルやコンデンサーを含む回路の Z は題材「交流回路と共振」で学びます.発電機を回す人は,平均して発熱率 E02/(2R) と同じ仕事率を払っています.

磁石が動くときは

自転車の発電機に戻ると,多くは磁石が回り,コイルは止まっています.止まった導線の電荷に磁気力は働きません.それでもファラデーは,コイルを動かしても,磁石を動かしても,近くの別のコイルの電流を変えても,起電力は同じ式 E=−dΦdt で決まることを実験で見つけました.止まった電荷を押せるのは電場だけですから,磁場が変わると電場が生まれていることになります.これが次の題材の主題です.

磁石と一緒に動く人から見れば,動いているのはコイルで,電荷は磁気力で押されます.第22章の(発展)の題材「磁気の力の正体」で見たように,どちらの見方でも電荷の運動の予測は一致します.

問いに戻る

発電機のコイルが磁場の中を動くとき,導線の中の電荷を押しているのは磁気力 qv×B です.磁気力そのものは仕事をせず,コイルを回す仕事を電荷を押す仕事へ受け渡します.流れた電流には,レンツの法則により回転を妨げる力が働くので,電灯をつけるとペダルが重くなり,こぐ人の仕事が電灯の熱と光になります.自転車の発電機のように磁石が回る場合も,起電力は同じ磁束の法則で求められますが,電荷を押しているのは磁気力ではなく,変化する磁場が作る電場です.

ポイント ここまでのまとめ

  • 磁場の中を動く導体の電荷は qv×B を受け,長さ l の棒には E=vBl の起電力が生じる.

  • 動く回路では E=−dΦdt.負号は磁束の変化を妨げる向き(レンツの法則)で,エネルギーの保存と同じことである.

  • 磁気力は仕事をせず,棒を押す仕事を電荷へ受け渡す.回路を通る電荷は −ΔΦ/R で,動かし方によらない.

  • 棒の運動は回路の式と運動方程式を連立して解く.抵抗は速さに比例する抵抗力,コンデンサーは質量の増加として働く.

  • 回転するコイルの起電力は NBSωsin⁡ωt で,複素振幅 −iNBSω の実部として扱える.