問い
ビリヤードで,止まっている的球に同じ質量の手球を斜めに当てると,2つの球はほぼ直角に分かれて進みます.式を追わずに,作図1つでこの直角を「見て分かる」ようにできないでしょうか.
考えてみる
質量 𝑚 の手球が速度 𝒗1 で進み,静止した質量 𝑚 の的球に弾性衝突するとします.衝突後の速度を 𝒗1後,𝒗2後(第5章の 𝒖1,𝒖2)とすると,運動量保存とエネルギー保存から
𝒗1=𝒗1後+𝒗2後,𝑣21=𝑣21後+𝑣22後
です.上の式を2乗して下の式と比べると 𝒗1後 ⋅𝒗2後 =0,つまり直角です.
ただし,この手は等質量の弾性衝突に限ります.未知数は速度の成分4つなのに式は3つで,1つ足りません.その1つが何かを,質量や反発係数と一緒に見渡せる地図があります.
速度の地図
各物体の速度ベクトルを共通の原点 O から描き,矢印の先端に点を打つと,平面は速度空間になります.𝒗1,𝒗2 の先端を A1,A2 とすると,相対速度 𝒗rel =𝒗1 −𝒗2 は A2 から A1 へ向かう矢印です.完成した地図を先に動かしてみましょう.
[図:動くニュートンダイアグラム]初期状態は質量比2,χ=100°,k=1,反対向きの入射速度の衝突後を示す.質量比,散乱角,相対速さの比,入射方向を変更できる.再生すると上の接近・衝突・分離と,下のGからの矢印の回転・縮小が同期する.
初期状態は質量比2,χ=100°,k=1,反対向きの入射速度の衝突後を示す.質量比,散乱角,相対速さの比,入射方向を変更できる.再生すると上の接近・衝突・分離と,下のGからの矢印の回転・縮小が同期する.
重心の速度 𝑽 の先端を G とします.𝒗1 −𝑽 =𝑚2𝑀𝒗rel(𝑀 =𝑚1 +𝑚2)なので,G は A1 から A2 へ向かって線分の 𝑚2/𝑀 の所にあります.
[図:速度空間での重心]m₁=2m₂の例.A₁G:GA₂=1:2で,Gからの矢印は互いに逆向きになる.
衝突で G は動かない
衝突の力は内力だけで,全運動量 𝑀𝑽 は変わりません.G は動きません.衝突後の速度の先端を B1,B2 とすると,𝑽 =𝑚1𝒗1後+𝑚2𝒗2後𝑀 も同じ G を指すので,G は線分 B1B2 も 𝑚2 :𝑚1 に内分します.運動量保存則は,この作図の約束そのものです.
弾性衝突は2つの円の上
前の題材で見たように,運動エネルギーは 𝐾 =12𝑀𝑉2 +12𝜇𝑣2rel と分かれます.弾性衝突では 𝐾 も 𝑉 も変わらないので,相対運動のエネルギーが変わらず,𝑣rel も,G から各点までの距離も変わりません.
衝突後の相対速度を 𝒘 とすると,弾性衝突では |𝒘| =𝑣rel で,
𝒗1後=𝑽+𝑚2𝑀𝒘,𝒗2後=𝑽−𝑚1𝑀𝒘
です.𝒘 は 𝒗rel を回したものにすぎません.
[図:弾性衝突の2つの円]m₁=2m₂の弾性衝突.Gを中心とする円上にB₁,B₂があり,両点とGは一直線上に並ぶ.
決まらないのは 𝜒 だけ
未知数4つに保存則3つ.足りない1つが,B1 が円周上のどこにあるかを表す角 𝜒 =∠A1GB1(重心系での散乱角)です.𝜒 は力の詳細(どこに当たったか)で決まり,正面衝突は 𝜒 =180∘,かすめるだけなら 𝜒 ≈0 です.
非弾性衝突は円が縮む
非弾性衝突でも G は動かず,B1,B2 は G をはさんで同じ比で並びます.違うのは,円の内側に入ることだけです.衝突後の相対速さが 𝑘 倍(0 ≤𝑘 ≤1)なら,𝒘 を「𝒗rel を 𝜒 回して 𝑘 倍したもの」として上の式を使え,2つの円が同じ比 𝑘 で縮みます.正面衝突では 𝑘 =𝑒 で,斜めの衝突では 𝑘 は 𝑒 と 1 の間です(法線成分だけが 𝑒 倍になるため).完全非弾性衝突は 𝑘 =0 で,B1 =B2 =G.失われる運動エネルギーは 12𝜇(1−𝑘2)𝑣2rel です.
[図:非弾性衝突で縮む円]破線は衝突前の円,実線はk=0.55倍の円.k=0ではB₁とB₂がGに重なる.
問いの答え
静止した的は A2 =O で,等質量なら G は OA1 の中点です.2つの円は半径も中心も同じで,1つの円になり,O と A1 を通ります.B1B2 はその直径で,O も円の上にあるので,タレスの定理(直径に対する円周角は 90∘)から ∠B1OB2 =90∘ です.これが2つの速度のなす角です.ただし,𝜒 =0 または 180∘ では一方の速さが0となり,その速度の方向と2つの速度のなす角は定まりません.反発が弱いと O は縮んだ円の外に出て,角は 90∘ より少し小さくなります.
[図:等質量の直角散乱]Oを通る1つの円と,異なるχの2本の直径.どちらもOから両端への矢印は直角になる.
ポイント ニュートンダイアグラムの描き方
原点 O から 𝒗1,𝒗2 を描き,先端を A1,A2 とする.
線分 A1A2 を 𝑚2 :𝑚1 に内分する G を打つ.OG が 𝑽 である.
G を中心に,A1 を通る円と A2 を通る円を描く(非弾性なら 𝑘 倍に縮める).
𝜒 を与え,B1 を円周上に,B2 を G の反対側に打つ(G,B1,B2 は一直線).
O から B1,B2 への矢印が衝突後の速度である.長さが速さ,向きが進む向きである.
[図:ニュートンダイアグラムの作図手順]速度とG,2つの円,衝突後の先端,Oからの速度矢印の順に描き加える.
ポイント ここまでのまとめ
速度空間で,G は A1A2 を 𝑚2 :𝑚1 に内分する.G から見ると重心系の速度になる.
運動量保存より G は衝突で動かず,B1B2 も G で 𝑚2 :𝑚1 に内分される.
弾性衝突では B1,B2 は G を中心とする2つの円の上にあり,決まらないのは 𝜒 だけである.非弾性では円が 𝑘 倍に縮み,完全非弾性では G に集まる.
問いの答え:等質量・静止した的への弾性衝突では円が1つで O がその上にあるので,タレスの定理から速度は直角になる.