問い
体重計に乗ったまま,エレベーターに乗っています.エレベーターが上昇し始めるとき,一定の速さで上昇しているとき,止まる直前で,体重計の目盛りはそれぞれどう変わるでしょうか.「重くなる」「変わらない」「軽くなる」のどれになるか,予想してみてください.
考えてみる
動き出す瞬間は体が床に押しつけられ,止まる直前は体がふわっと軽くなる感じがします.感覚どおりなら,上昇し始めるときは目盛りが増え,止まるときは減り,等速のときは止まっているときと同じはずです.
この予想は正しいのですが,理由を説明するには,目盛りが何を測っているかをはっきりさせる必要があります.体重計は,人が体重計を押す力を測って質量に換算します.その反作用として体重計が人を押し返す力が垂直抗力 𝑁 で,大きさは同じです.目盛りの変化は,この 𝑁 の変化を意味します.
人には重力 𝑚𝑔(下向き)と垂直抗力 𝑁(上向き)が働きます.運動方程式は,上向きを正として
𝑚𝑎=𝑁−𝑚𝑔すなわち𝑁=𝑚(𝑔+𝑎)
です.上昇し始めるときは上向きに加速するので 𝑎 >0,𝑁 >𝑚𝑔 となり,目盛りは増えます.等速では 𝑎 =0 で 𝑁 =𝑚𝑔,止まる直前は上向きの速度が減るので 𝑎 <0 となり,𝑁 <𝑚𝑔 となって目盛りが減ります.
たとえば質量 60 kg の人が大きさ 1.0 ms−2 で加速し始めるとき,𝑁 =60 ×(9.8 +1.0) =648 N で,目盛りは約 66 kg です.止まる直前に同じ大きさで減速するときは 𝑁 =528 N,目盛りは約 54 kg になります.
ここで大切なのは,垂直抗力は,決まった値の力ではないということです.
垂直抗力:必要なだけ働く力
面は,物体が面の中に沈み込まないように,垂直な向きに押し返します.
ポイント 垂直抗力の性質
垂直抗力は,面に垂直で,物体を面から押し出す向きに働く.
大きさは,物体が面に食い込まない(面に垂直な向きの運動が拘束される)ために必要なだけ現れる.運動方程式から決まる値であり,あらかじめ 𝑚𝑔 と決まっているわけではない.
面から引かれることはないので,常に 𝑁 ≥0 である.
上昇するエレベーターの例で 𝑁 が変わったのは,人の加速度が変わったからです.人は床に沈み込まないので,人の加速度はエレベーターの加速度と同じでなければならず,その条件を満たすのに必要なだけ,床が押します.
面がなぜ,ちょうど必要なだけの力を出せるのかは,原子の大きさで見ると分かります.物体が面を押すと,面の原子どうしの結合が縮み,縮んだ分だけ押し返します.押し返す力が足りなければ,物体はさらに沈み込み,結合がもっと縮んで力が増えます.こうして,物体がそれ以上沈み込まなくなる所で落ち着きます.面はとても硬いばねなので,落ち着くまでの変形は目に見えないほど小さく済みます.面を,ばね定数 𝐾 のとても硬いばねとみなすと,めり込み Δ𝑦 に対して 𝑁 =𝐾Δ𝑦 です.同じ 𝑁 を出すのに要るめり込みは Δ𝑦 =𝑁/𝐾 で,𝐾 が大きいほど小さくなります.𝐾 →∞ の極限では Δ𝑦 →0 となり,𝑁 を 𝐾 と Δ𝑦 から求めることはできなくなります.𝑁 は,「めり込まない」という条件を満たすように運動方程式から逆算する未知数として残るのです.だから私たちは,面を「変形しない面」とみなし,垂直抗力を運動方程式から決めてよいのです.体重計は,わざと変形しやすい部分を中に入れて,この変形を測れるようにした道具だといえます.
ここで1つ考えてみてください.机がもし柔らかいばねだったら,本を載せた直後に何が起こるでしょうか.硬い机ではそれが目に見えないのはなぜでしょうか.第7章「振動」で,この問いに戻ってきます.
𝑁 ≥0 という条件は,面から物体が離れるかどうかの判定に使えます.運動方程式から 𝑁 を計算して負の値が出てしまったら,その状況は成り立たず,物体は面から離れています.境目は 𝑁 =0 です.
張力:糸が引く力
糸は,ぴんと張っている間,物体を糸に沿って引きます.糸が引く力が張力 𝑇 で,張力も垂直抗力と同じく,必要なだけ現れる受動的な力です.
張力を,作用反作用の目で見直してみましょう.糸の一端を物体に結び,もう一端を手で引いているとします.先を読む前に,次の2つを紙に描いてみてください.
結び目では,糸が物体を引き,物体が糸を引き返します.物体が受ける方が,物体に働く張力です.この2力は,結び目で向かい合う原子の組から生まれる作用反作用の対です.糸の途中でも,同じことが起きています.原子の大きさで見ると,糸は原子が結合でつながった鎖で,引かれた糸では結合がわずかに伸びています.切り口を想像すると,切り口の右の部分は左の部分を右へ引き,左の部分は右の部分を左へ引きます.この2力も作用反作用の対で,大きさが等しくなります.この大きさを,その切り口での張力といいます.張力とは,糸のどこに切り口をとっても現れる,1組の引き合う力の大きさなのです.
[図:物体と糸が引き合うところを原子の大きさで見る]左の物体から右へ出た糸を,一列に並んだ8個の原子とばね状の結合で描いている.糸の結合は物体の結合よりわずかに長く,外から引かれて伸びた状態を示す.どの切り口でも左右の部分は大きさ T の力で互いに引き合い,物体と糸の境目でも,糸が物体を引く力と物体が糸を引く力は大きさ T で逆向きである.
ここで注意したいのは,第3法則が決めるのは,1つの切り口の両側の力が等しいことだけだという点です.糸の別の場所の張力どうしが等しいかどうかは,第3法則からは出てきません.それを決めるのは,2つの切り口に挟まれた糸の部分の運動方程式です.
この本では,特に断らない限り軽い糸(質量が無視できる糸)を考えます.軽い糸には,次の大事な性質があります.
法則 軽い糸の張力
質量が無視できる糸が,途中に張力を変える接線方向の外力(粗い面との摩擦など)を受けず,有限の加速度で動くとき,張力は糸のどこでも同じ大きさである.
理由は,糸の一部を切り取って運動方程式を立てるとわかります.糸の一部(質量 𝑚𝑠)に,両端の大きさ 𝑇1,𝑇2 の張力が逆向きに働くだけのとき,𝑚𝑠𝑎 =𝑇2 −𝑇1 です.質量が無視できる(𝑚𝑠 →0)なら左辺は0になり,𝑇1 =𝑇2 となります.𝑇1 ≠𝑇2 だとすると,質量のない糸の一部に有限の力が余り,加速度が無限大になってしまいます.結び目の対と合わせると,軽い糸は,手が糸を引く力をそのまま物体へ伝えることが分かります.次の節の例題1では,馬と荷車をつなぐロープで,この理屈を使います.
滑車の左右で張力が等しいわけ
なめらかな滑車(質量が無視できて,軸の摩擦もない滑車)にかけた軽い糸では,滑車の左右で張力が等しくなります.ただし,滑車にかかった部分の糸は曲がっていて,滑車から力を受けています.「途中に外力が無ければ」という上の理屈は,そのままでは使えません.なぜ左右で等しいといえるのか,先に自分で考えてから読んでください.2つの場合に分けて調べます.
1つ目は,回らない滑らかな棒に糸をかけた場合です.棒には摩擦がないので,棒が糸を押す力は,触れている所でいつも棒の面に垂直,つまり糸の向きに垂直です.糸の曲がった部分を短い小片に切り分けると,どの小片でも,棒からの力は糸に沿う成分をもちません.糸に沿う向きの運動方程式には小片の両端の張力しか入らないので,軽い糸なら,小片の両端の張力は等しくなります.小片を順につないでいけば,棒の左右で張力は等しくなります.棒が押す力は,糸の向きを変えるだけで,張力の大きさは変えないのです.
2つ目は,軸のまわりに回る滑車の場合です.糸は滑車の縁に対して滑らず,滑車と一緒に動きます.このとき,縁は糸に,糸に沿う向きの摩擦力を及ぼすことができます.左右の張力が違えば,その差はこの摩擦力が受け持つことになり,反作用として,糸は滑車の縁を同じ大きさで逆向きに引きます.縁を接線の向きに引く力は,滑車を回そうとします.軸が滑車を支える力は滑車の中心にかかるので,摩擦のない軸は回転を妨げません.すると,滑車の質量が無視できる場合,回そうとする力が少しでも残れば,質量のない糸の一部に力が余ったときと同じく,回転の加速が限りなく大きくなってしまいます.したがって,縁が糸に及ぼす摩擦力は0で,左右の張力は等しくなります.回そうとする働き(トルク)と回転の運動方程式は第8章「回転と剛体」で学び,質量のある滑車では左右の張力に差が出ることを,そこで確かめます.
糸が重い場合や,滑車に質量や軸の摩擦がある場合,糸が粗い柱に巻きついている場合は,張力が場所ごとに変わります.問題文の「軽い糸」「なめらかな滑車」は,ここまでの性質を使ってよいという意味です.
また,糸は伸び縮みしないと仮定します.実際の糸もごくわずかに伸びますが,運動の考察には関係しないほど小さいので無視します.この仮定が,次の節で述べる束縛条件を生みます.
棒が伝える力
棒も,糸と同じように力を伝えます.違いは,棒は押すこともできることです.押された棒では原子どうしの結合がわずかに縮み,元に戻ろうとして押し返します.糸を押すと横へ曲がってしまうのとは,ここが違います.
軽い棒の両端だけに力が働くとき,2つの力は大きさが等しく向きが逆です.理由は軽い糸と同じで,棒の運動方程式の左辺が0になるからです.さらに,2つの力は棒に沿った向きになります.なぜ棒に沿うのかを考えてみてください.ヒントは,大きさが等しく向きが逆の2力でも,同じ直線上になければ,棒を回そうとすることです.回転の運動方程式は第8章「回転と剛体」で扱い,そこでこの答えを確かめます.
滑らかな斜面の運動
傾き 𝜃 の滑らかな斜面(摩擦なし)を滑る質量 𝑚 の物体を考えます.物体には,重力 𝑚𝑔 と,斜面から受ける垂直抗力 𝑁 だけが働きます.斜面に沿って下向きを 𝑥 軸,斜面に垂直な向きを 𝑦 軸とし,重力を分解すると,運動方程式は
𝑚𝑎𝑥=𝑚𝑔sin𝜃,𝑚𝑎𝑦=𝑁−𝑚𝑔cos𝜃
です.ここで,物体は斜面から離れず,斜面に食い込みもしないので,𝑦 方向の位置は一定です.このように,運動を縛る条件を束縛条件といいます.この場合は 𝑦 =一定 で,時間で2回微分して 𝑎𝑦 =0 です.したがって
𝑎𝑥=𝑔sin𝜃,𝑁=𝑚𝑔cos𝜃
となります.加速度は質量によらず,斜面の傾きだけで決まります.𝜃 =90∘ なら加速度は自由落下の 𝑔,垂直抗力は0になります.垂直な壁に沿って落ちるなら,壁は物体を押す必要がないからです.
ポイント ここまでのまとめ
体重計の目盛りは垂直抗力 𝑁 を測っていて,上向き正で 𝑁 =𝑚(𝑔 +𝑎) となる.問いの答えは,上昇し始めるとき増え,等速なら変わらず,止まる直前は減る,である.
垂直抗力は面に垂直で,面に食い込まないために必要なだけ現れる.𝑚𝑔 と決まっているわけではなく,𝑁 ≥0 である.必要なだけ現れるのは,面の原子の結合が,押し返す力が足りるところまで縮むからである.
張力は,糸の切り口の両側が引き合う作用反作用の対の大きさである.1つの切り口の両側で等しいのは第3法則による.
軽い糸の張力が,途中に接線方向の外力(摩擦など)が無ければ糸のどこでも同じなのは,糸の部分の運動方程式による.なめらかな滑車の左右で張力が等しいのは,回らない滑らかな棒なら押す力が糸に垂直だからであり,回る軽い滑車なら左右の差が滑車を回そうとし,質量のない滑車ではそれが許されないからである.
棒は押すことも引くこともできる.両端だけに力が働く軽い棒では,両端の力は等しく逆向きで,棒に沿う.
運動を縛る条件を束縛条件という.滑らかな斜面では面に垂直な向きの加速度が0なので 𝑁 =𝑚𝑔cos𝜃,沿う向きは 𝑎 =𝑔sin𝜃 となる.
糸は伸び縮みしないと仮定する.これが次の節で扱う,糸でつながれた物体の束縛条件のもとになる.