問いしるべ
問いから始める物理 原子核と素粒子

原子核と素粒子

粒子を作る,粒子を消す

著者:柚木芹香

問い

電子とその反粒子である陽電子は,同じ質量 me をもち,電荷の符号だけが逆です.この2つが出会うと,あとには光(γ線)だけが残り,電子も陽電子もどこにもいなくなります.化学反応では,原子は組み替わるだけで消えることはありませんでした.物質が消えるとは,いったいどういうことなのでしょうか.消えるときに,何が変わらずに残っているのでしょうか.

考えてみる

化学で習う質量保存の法則は,「原子の種類と数は反応の前後で変わらない」ということでした.「質量欠損と結合エネルギー」で見たように,原子核が組み替わると結合エネルギーの分だけ質量が変わり,質量そのものは保存しませんでした.それでも核子の数は変わりませんでした.対消滅では,電子という粒子そのものが消えます.数えられるものの数が変わってしまうなら,反応の前後で何を確かめればよいのでしょうか.ここでは,保存するものを一つずつ数え直し,エネルギーと運動量の勘定を相対論の式で正しく行います.

反応で保存するもの

原子核に粒子を当てて別の原子核を作る反応を核反応といいます.例えば,ラザフォードが初めて起こした反応は

24He+714N⟶817O+11H

です.左右で,原子番号の和(電荷)も,質量数の和(核子の数)も等しくなっています.

法則 反応で保存する量

核反応や粒子の生成・消滅では,次の量が反応の前後で変わらない.

  1. 全エネルギー(静止エネルギーを含む)と全運動量,角運動量.

  2. 電荷.

  3. 核子の数(より一般にはバリオン数.反粒子は −1 と数える).

  4. レプトン数(電子・ニュートリノを +1,陽電子・反ニュートリノを −1 と数える).

粒子の「数」そのものではなく,反粒子を負に数えた数が保存します.電子と陽電子のレプトン数は +1 と −1 なので,2つ合わせて0です.だから対で消えることができ,光(レプトン数0)だけが残ってもかまいません.

Q 値

反応 a+X⟶b+Y の Q 値は,「質量欠損と結合エネルギー」で定めたとおり静止エネルギーの減少分

Q=(ma+mX−mb−mY)c2

で,反応による運動エネルギーの増加分に等しくなります.Q>0 なら発熱反応,Q<0 なら吸熱反応です.原子の質量の表を使うときは,左右で電子の数がそろっているかを確かめます.

しきいエネルギー

吸熱反応を起こすには,運動エネルギーを |Q| だけ与えれば十分でしょうか.止まっている核 X(質量 M)に粒子 a(質量 m)を運動エネルギー K で当てる場合を,まずニュートン力学で考えます.入射の運動量を p とすると,K=p2/(2m) です.運動量が保存するので,反応のあとも重心は速さ p/(m+M) で動き続け,その運動エネルギー p2/[2(m+M)]=mK/(m+M) は反応に使えません(第5章の重心系).反応に使えるのは重心系での運動エネルギー MK/(m+M) だけなので,これが −Q 以上でなければなりません.

定理 しきいエネルギー(非相対論)

止まっている質量 M の標的に質量 m の粒子を当てる吸熱反応(Q<0)が起こる最小の運動エネルギーは

Kth=−Q(1+mM)

で,このとき生成物は重心の速度で一体になって動く.

ここでは,反応で質量が変わることを運動の式では無視しました.|Q| や K が静止エネルギー (m+M)c2 に比べて十分小さいことが,この近似の適用条件です.質量の変化そのものが主役の対生成などでは,相対論の式が必要です.

第1の題材で示したように,質量 m の粒子のエネルギーと運動量は E2=(pc)2+(mc2)2 を満たし,光子では E=pc です.粒子の集まりについて,全エネルギー Es と全運動量 ps から作る

s=Es2−c2|ps|2

は,どの慣性系で計算しても同じ値になります(第13章(発展)のローレンツ変換で c2t2−x2 が不変であるのと同じ構造で,ここでは事実として使います).全運動量が0になる慣性系,つまり重心系では s は全エネルギーの2乗です.反応のしきいでは,重心系で生成物がすべて止まっているので,s=(∑mfc2)2 です.

止まっている標的では Es=Ea+Mc2,ps=pa なので,Ea2−(pac)2=(mc2)2 を使って

s=(m2+M2)c4+2EaMc2=(m+M)2c4+2Mc2K

となります.これが (∑mfc2)2 以上という条件から

定理 しきいエネルギー(相対論)

Kth=(∑mf)2−(m+M)22Mc2=−Q(1+mM)+Q22Mc2

右辺の第1項が非相対論の結果で,第2項が補正である.

核分裂と連鎖反応

92235U は遅い中性子を吸収すると,ほぼ半分ずつの2つの核に分かれ,同時に2〜3個の中性子を出します.1回の分裂で出るエネルギーは約 200MeV で,その大部分は2つの分裂片の運動エネルギーです.止まった核が2つに分かれると,運動量の保存から分裂片の運動量の大きさは等しく,K=p2/(2m) より運動エネルギーは質量に反比例して配分されます.

出てきた中性子が別のウラン核に吸収されて次の分裂を起こすと,反応が次々に続きます.これを連鎖反応といいます.ある世代の中性子の数に対する次の世代の数の比を増倍率 k とすると,世代 j の数は nj=kjn0 です.k>1 なら数は指数関数的に増え,k<1 なら途絶え,k=1 なら一定の割合で反応が続きます.原子炉は,中性子を吸収する制御棒などで k=1 を保つ装置です.

分裂で出る中性子は速く(MeV 程度),ウラン235に吸収されにくいので,原子炉では水や黒鉛などの減速材の核と衝突させて遅くします.質量 m の中性子が止まっている質量 Am の核に正面から弾性衝突すると,第5章の結果から,中性子の速度は −(A−1)/(A+1) 倍になり,運動エネルギーは [(A−1)/(A+1)]2 倍に減ります.軽い核ほど1回で多くのエネルギーを奪うので,水素を含む水がよく使われます.

遅い中性子nを吸収したウラン235が2つの分裂片と3個の中性子に分かれる.放出された中性子が次のウラン核に吸収され,核分裂が枝分かれして続く.一部の中性子は吸収材に吸収され,または外へ逃げる.矢印は中性子の進む向き,灰色の下向き矢印は反応の順序を表す. 遅い中性子nを吸収したウラン235が2つの分裂片と3個の中性子に分かれる.放出された中性子が次のウラン核に吸収され,核分裂が枝分かれして続く.一部の中性子は吸収材に吸収され,または外へ逃げる.矢印は中性子の進む向き,灰色の下向き矢印は反応の順序を表す.

核融合と太陽

軽い核どうしが合わさって重い核になると,核子1個あたりの結合エネルギーが大きくなるのでエネルギーが出ます.例えば

12H+13H⟶24He+n+17.6MeV

です.太陽の中心では,いくつかの段階を経て,正味で陽子4個がヘリウム核1個になり,1回あたり約 26.7MeV が出ています.途中で陽子が中性子に変わるので,電荷とレプトン数の保存から陽電子とニュートリノが2個ずつ出ます.

融合を妨げるのは,核どうしのクーロン反発です.核力が届く距離 3fm 程度まで近づくには,およそ 0.5MeV のクーロン障壁を越えなければなりません.一方,太陽の中心の温度 1.6×107K での kBT は約 1.4keV にすぎません.それでも反応が起こるのは,温度 T の気体の中にはエネルギー E がずっと大きい粒子もわずかにいて,その割合が e−E/(kBT) に比例すること(ボルツマン因子,第17章.ここでは事実として使います)と,量子力学のトンネル効果で障壁の高さに届かなくても通り抜けられることによります.単位体積あたりの反応の回数は,重水素と三重水素の数密度の積 nDnT(出会う組の数)に比例し,この因子のために温度にとても敏感です.

粒子の生成と消滅

ここで問いの対消滅に戻ります.止まっている電子と陽電子の全運動量は0です.光子1個は p=E/c の運動量をもつので,光子1個だけになることはできません.全運動量0を保つには,少なくとも2個の光子が反対向きに出る必要があります.エネルギーの保存から,2つの光子はそれぞれ mec2=0.511MeV をもちます.

逆に,光子から電子と陽電子の対を作る対生成も起こります.ただし,光子1個は s=E2−(pc)2=0 で,重心系のエネルギーが0なので,真空中の光子1個だけでは対生成は起こりません.原子核の近くを通ると,核が運動量を受け持って対生成が起こります.しきいは,相対論のしきいの式で入射粒子の質量 m を0とし(光子),∑mf=M+2me とおくと

Eth=2mec2(1+meM)

で,重い核ならほぼ 2mec2=1.022MeV です.

ポイント 粒子と反粒子

すべての粒子には,質量が同じで電荷などの符号が逆の反粒子がある(光子のように自分自身が反粒子のものもある).粒子と反粒子は対で生まれ,対で消える.このとき消えるのは静止エネルギーではなく,粒子という形であり,エネルギーと運動量は光子などに受け継がれる.

左は静止した電子e⁻と陽電子e⁺の対消滅で,2個の光子γが反対向きに飛び出す.各光子のエネルギーは0.511 MeVである.右は原子核の近くを通る光子γから電子と陽電子が生まれる対生成で,原子核も右へ反跳して運動量を受け取る.矢印は進む向きの模式図である. 左は静止した電子e⁻と陽電子e⁺の対消滅で,2個の光子γが反対向きに飛び出す.各光子のエネルギーは0.511 MeVである.右は原子核の近くを通る光子γから電子と陽電子が生まれる対生成で,原子核も右へ反跳して運動量を受け取る.矢印は進む向きの模式図である.

素粒子の見取り図

陽子と中性子は,さらに小さなクォークからできています.陽子は uud,中性子は udd で,u クォークの電荷は +2e/3,d クォークは −e/3 です.電子やニュートリノは強い相互作用を受けないレプトンです.これまでに知られている素粒子は次の表のようにまとめられます.

種類

第1世代

第2世代

第3世代

クォーク(電荷 +2e/3)

u(アップ)

c(チャーム)

t(トップ)

クォーク(電荷 −e/3)

d(ダウン)

s(ストレンジ)

b(ボトム)

レプトン(電荷 −e)

電子

ミュー粒子

タウ粒子

レプトン(電荷0)

電子ニュートリノ

ミューニュートリノ

タウニュートリノ

相互作用

力を運ぶ粒子

強い相互作用

グルーオン

電磁相互作用

光子

弱い相互作用

W粒子,Z粒子

重力

重力子(未発見)

ほかに,素粒子に質量を与えるヒッグス粒子があります.β 崩壊は,弱い相互作用によって中性子の中の d クォークが u クォークに変わり,電子と反ニュートリノが生まれる反応です.電荷・核子の数・レプトン数がすべて保存していることを確かめてみてください.

問いに戻る

対消滅で消えたのは,電子と陽電子という粒子の形です.エネルギーと運動量は2個の光子に引き継がれ,電荷とレプトン数は反粒子を負に数えればはじめから0なので,変わっていません.質量はエネルギーの一つの形であり,粒子は条件がそろえば生まれも消えもします.化学の「原子は消えない」は,反応のエネルギーが静止エネルギーに比べてずっと小さく,粒子を作ったり消したりできない場合の近似だったのです.

ポイント ここまでのまとめ

  • 反応の前後で,エネルギー・運動量・角運動量・電荷・核子の数(バリオン数)・レプトン数が保存する.反粒子は負に数える.

  • Q=(∑mi−∑mf)c2 は運動エネルギーの増加分.吸熱反応のしきいは重心運動の分だけ |Q| より大きい.

  • s=Es2−c2|ps|2 はどの慣性系でも同じで,しきいは重心系で s=(∑mfc2)2.

  • 核分裂は増倍率 k で連鎖反応の行方が決まり,核融合はクーロン障壁のために高温が要る.

  • 電子と陽電子は2個以上の光子になって消え,光子は核の助けを借りて対を作る.