問いしるべ
問いから始める物理 原子核と素粒子

原子核と素粒子

核反応と対消滅・対生成の例題

著者:柚木芹香

本体の節で示した保存則,Q 値,不変量 s=Es2−c2|ps|2 を使って,核反応と粒子の生成・消滅を具体的に計算します.どの例題でも,まず反応の前後で何が保存するかを書き出し,次にエネルギーと運動量を立てます.以下,(1u)c2=931.5MeV,電子の静止エネルギーを mec2=0.511MeV,hc=1.240×10−6eVm とします.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

ほとんど止まっている中性子が水素の原子核(陽子)に吸収されて重水素の原子核ができ,γ線が1個出る.

n+11H⟶12H+γ

中性子の質量を 1.008665u,水素原子の質量を 1.007825u,重水素原子の質量を 2.014102u とする.

  1. この反応の Q 値を求めよ.原子の質量を使ってよい理由も述べよ.

  2. 重水素核の反跳を考えて,γ線のエネルギーを求めよ.反跳の運動エネルギーはどれほどか.重水素核の静止エネルギーは 1876MeV とする.

上は遅い中性子nが静止した陽子¹₁Hへ近づく反応前の状態である.下は吸収後の模式図で,重水素核²₁Hが右へ反跳し,光子γが左へ出る.矢印は進む向きを表す. 上は遅い中性子nが静止した陽子¹₁Hへ近づく反応前の状態である.下は吸収後の模式図で,重水素核²₁Hが右へ反跳し,光子γが左へ出る.矢印は進む向きを表す.
解答を見る

考え方 原子の質量の表を使うときは電子の数をそろえる.反応のあと全運動量は0なので,γ線と重水素核は同じ大きさの運動量を反対向きにもつ.

  1. 左辺の水素原子と右辺の重水素原子はどちらも電子を1個含むので,両辺に電子の質量が同じだけ加わり,差を取ると打ち消し合う(電子の結合エネルギーの差は 1eV より十分小さく,無視できる).よって

Q=(1.008665+1.007825−2.014102)uc2=0.002388×931.5MeV=2.224MeV

である.これは重水素核の結合エネルギーそのものである.

  1. γ線のエネルギーを Eγ,重水素核の質量を M とする.運動量の保存から重水素核の運動量は Eγ/c で,反跳の速さは光速よりずっと小さいので,運動エネルギーは K=Eγ2/(2Mc2).エネルギーの保存は

Q=Eγ+Eγ22Mc2

である.右辺第2項は小さいので,まず Eγ≈Q として

K≈(2.224MeV)22×1876MeV=1.32×10−3MeV=1.32keV

よって Eγ=Q−K=2.223MeV となる.

確かめ:K/(Mc2)=7×10−7 で非相対論の式でよい.Eγ と Q の差は 0.06 %で,反跳はγ線のエネルギーをほとんど変えない.

例題 2

オリジナル ★★☆☆☆
  1. 止まっている電子と陽電子が対消滅して2個の光子になった.各光子のエネルギーと波長を求めよ.

  2. 運動エネルギー K=1.00MeV の陽電子が止まっている電子と対消滅し,2個の光子が陽電子の進んでいた向きの前方と後方へ出た.各光子のエネルギーを求めよ.

上の(1)は電子e⁻と陽電子e⁺がともに静止している場合で,反応後に2個の光子γが左右へ出る.下の(2)は運動エネルギーK = 1.00 MeVの陽電子が右へ進み,静止した電子と対消滅する場合で,光子が前方と後方へ出る.矢印は進む向きだけを示し,波線の間隔は模式的である. 上の(1)は電子e⁻と陽電子e⁺がともに静止している場合で,反応後に2個の光子γが左右へ出る.下の(2)は運動エネルギーK = 1.00 MeVの陽電子が右へ進み,静止した電子と対消滅する場合で,光子が前方と後方へ出る.矢印は進む向きだけを示し,波線の間隔は模式的である.
解答を見る

考え方 対消滅の前の全エネルギーと全運動量を求め,それを2個の光子に分ける.光子では E=pc である.

  1. 全運動量は0なので,2個の光子の運動量は大きさが等しく反対向きで,エネルギーも等しい.全エネルギーは 2mec2 だから,各光子は E=mec2=0.511MeV である.波長は

λ=hcE=1.240×10−6eVm5.11×105eV=2.43×10−12m

である.

  1. 陽電子の全エネルギーは mec2+K,運動量 p は E2=(pc)2+(mec2)2 から

pc=K2+2Kmec2=1.002+2×1.00×0.511MeV=1.422MeV

前方・後方の光子のエネルギーを E1,E2 とする.エネルギーと運動量の保存は

E1+E2=2mec2+K=2.022MeV,E1−E2=pc=1.422MeV

で,E1≈1.72MeV,E2=0.300MeV である.

確かめ:s をどちらの側で計算しても同じになるはずである.丸める前の光子のエネルギーを用いると,光子2個では s=(E1+E2)2−(E1−E2)2=4E1E2≈2.07MeV2.反応前は s=(2.022)2−(1.422)2≈2.07MeV2 で一致する.K→0 で E1,E2 はともに mec2 に戻る.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

エネルギー E の光子が,止まっている質量 M の粒子に当たり,その粒子を残したまま電子と陽電子の対を作る.

γ+X⟶X+e−+e+
  1. s を使って,対生成が起こる E のしきい値を求めよ.

  2. X が鉛の原子核(静止エネルギー 1.93×105MeV)の場合と,電子の場合について,しきい値を数値で求めよ.

  3. X がない真空中では,どんなにエネルギーの大きい光子でも対生成は起こらない.その理由を,s を使って説明せよ.

上はエネルギーEの光子γが,静止した質量Mの標的粒子Xへ入射する状態である.下はしきいの模式図で,電子,陽電子,Xが同じ速度vで前へ進む. 上はエネルギーEの光子γが,静止した質量Mの標的粒子Xへ入射する状態である.下はしきいの模式図で,電子,陽電子,Xが同じ速度vで前へ進む.
解答を見る

考え方 しきいでは,重心系で3つの粒子がすべて止まっている.s は慣性系によらないので,実験室系で計算した s と,重心系での値 (Mc2+2mec2)2 を比べればよい.

  1. 実験室系では Es=E+Mc2,|ps|=E/c だから

s=(E+Mc2)2−E2=(Mc2)2+2EMc2

これが (Mc2+2mec2)2 以上という条件から

2EMc2≥4meMc4+4me2c4,E≥2mec2(1+meM)

である.

  1. 鉛の原子核では me/M=0.511/(1.93×105)=2.65×10−6 で,しきい値は 2mec2≈1.02MeV とほとんど同じである.電子では M=me で,Eth=4mec2≈2.04MeV となる.軽い標的では,重心の運動に回るエネルギーが大きいので,しきいが高くなる.

  2. 光子1個では s=E2−(pc)2=0 で,エネルギー E によらない.光子1個には重心系が存在しない.一方,電子と陽電子の系は s≥(2mec2)2>0 なので,反応前後で s が一致せず,エネルギーと運動量を同時に保存できない.

確かめ:M→∞ では標的が運動量を受け取ってもエネルギーを受け取らないので,しきい値は 2mec2 になり,(1) の式と合う.ニュートン力学のしきいの式 −Q(1+m/M) は入射粒子の運動エネルギーを p2/(2m) とする式なので,質量0の光子には使えず,ここでは相対論の式が必要である.

ポイント ここまでのまとめ

  • 原子の質量の表から Q 値を出すときは,両辺の電子の数をそろえる.

  • 止まった状態からの反応では全運動量が0で,生成物はエネルギーを運動量の釣り合いで分け合う.重い反跳核の運動エネルギーは E2/(2Mc2) と小さい.

  • 対消滅の2個の光子は,重心系では mec2 ずつ,動いている陽電子では前方の光子ほど大きなエネルギーをもつ.

  • 不変量 s を実験室系と重心系で比べると,しきいが一度に求まる.光子1個は s=0 なので単独では対を作れない.