問い
原子の中心には原子核があり,そこには正の電荷をもつ陽子がぎっしり詰まっています.たとえばウランの原子核には,半径が 10−14 m にも満たない球の中に陽子が92個入っています.同じ符号の電荷は反発し合い,クーロン力は距離の2乗に反比例して近いほど強くなるのでした.これほど近くに押し込められた陽子どうしは,どうして飛び散ってばらばらにならないのでしょうか.
ここから第31章「原子核と素粒子」に入ります.すぐ前の第30章は,確率振幅から量子力学を組み立て直す発展の章でした.そこを飛ばした人も,第29章からそのままこの章へ進んで読めます.第29章では,原子核の周りの電子が飛び飛びのエネルギーをもち,eV の大きさの光を出し入れすることを見ました.この章では原子の中心へ進み,原子核が何でできていて,どのように結びつき,どのように崩れ,どのように別の原子核や粒子に変わるかを扱います.エネルギーの大きさは eV から MeV へ,100万倍になります.題材は4つで,この題材で原子核の構成と大きさと核力を,次の「質量欠損と結合エネルギー」で質量とエネルギーの関係を,「放射性崩壊と放射線」で崩壊とその測定を,「粒子を作る,粒子を消す」で核反応と粒子の生成・消滅を学び,最後に素粒子の見取り図を描きます.第32章はこの章と第29章を合わせた総合演習です.第13章(発展)の相対論を読んでいなくても読めるように,必要な式はこの題材で示し直します.題や段落に(発展)と付いた所は,飛ばしても後を読めます.
ポイント 第31章で使う記号
記号 | 意味 |
|---|
𝑍 | 原子番号(陽子の数) |
𝐴 | 質量数(陽子と中性子の数の和,核子数) |
𝐴𝑍X | 原子番号 𝑍,質量数 𝐴 の原子核(元素記号 X) |
𝑚𝑝, 𝑚𝑛, 𝑚𝑒 | 陽子,中性子,電子の質量 |
u | 原子質量単位.12C 原子1個の質量の 1/12 |
𝑅, 𝑟0 | 原子核の半径と,𝑅 =𝑟0𝐴1/3 の係数 |
fm | フェムトメートル.1 fm =10−15 m |
MeV | 106 eV =1.602 ×10−13 J |
𝑘𝑒 | クーロンの法則の比例定数 1/(4𝜋𝜀0).ボルツマン定数 𝑘𝐵 と区別する |
𝐸, 𝑝, 𝐾 | 粒子のエネルギー,運動量の大きさ,運動エネルギー |
𝐵, 𝑄 | 結合エネルギー,反応で放出されるエネルギー(𝑄 値) |
𝑁, 𝜆, 𝑇1/2, 𝜏 | 原子核の数,崩壊定数,半減期,平均寿命 |
𝑁 は崩壊していない原子核の数に使い,中性子の数は 𝐴 −𝑍 と書きます.𝜆 はこの章では波長ではなく崩壊定数です.
考えてみる
陽子2個を 1 fm まで近づけたときのクーロン力を計算してみましょう.𝑘𝑒 =8.99 ×109 Nm2C−2,𝑒 =1.60 ×10−19 C から
𝐹=𝑘𝑒𝑒2𝑟2=8.99×109×(1.60×10−19)2(1.0×10−15)2N≈2.3×102N
です.質量 1.67 ×10−27 kg の粒子1個に,20 kg あまりの荷物の重さほどの力が働くのですから,加速度はとてつもない大きさです.陽子どうしの万有引力はこの 10−36 倍ほどしかなく,引き留める役には立ちません.
すると,原子核の中には重力でも電気の力でもない,もっと強い引力が働いていると考えるほかありません.しかもその力は,原子と原子の間や,原子核と電子の間には現れていません.もし遠くまで届く強い引力なら,原子核どうしがくっついて物質はすべて一つの塊になってしまうはずです.つまり,その力は強いけれども,ごく近くでしか働かないはずです.この見当が正しいかどうかを,原子核の構成と大きさから確かめていきます.
原子核をつくる粒子
原子核は陽子と中性子からできています.陽子の電荷は +𝑒,中性子の電荷は 0 で,質量はどちらも電子の約1840倍です.陽子と中性子をまとめて核子といいます.
定義 原子番号と質量数
原子核に含まれる陽子の数 𝑍 を原子番号,核子の数 𝐴 を質量数という.中性子の数は 𝐴 −𝑍,原子核の電荷は 𝑍𝑒 である.この原子核を 𝐴𝑍X と書く.𝑍 が同じで 𝐴 が違う原子核(原子)を互いに同位体という.
原子の化学的な性質は電子の数,つまり 𝑍 で決まるので,同位体どうしは同じ元素です.たとえば 126C と 146C はどちらも炭素で,中性子の数が6個と8個です.後者は崩れる原子核で,第3の題材で年代測定に使います.
原子や原子核の質量を量るには,kg よりも原子質量単位 u が便利です.1 u は 12C 原子1個の質量の 1/12 で,
1u=1.6605×10−27kg,𝑚𝑝=1.00728u,𝑚𝑛=1.00866u,𝑚𝑒=0.000549u
です.どの原子の質量も,u で量るとほぼ質量数 𝐴 に等しくなります(ずれは 1 % 未満).このずれこそが原子核の結びつきの強さを表していて,次の題材の主役になります.
原子核の外にも,この章に出てくる粒子があります.電子,光の粒である光子(第29章),そして原子核の崩壊で現れるニュートリノです.ニュートリノは電荷をもたず,質量はほぼ0で,物質とほとんど反応せずに地球を素通りします.
4つの相互作用
粒子どうしの間に働く力(相互作用)は,詳しく調べると4種類にまとめられます.
相互作用 | 働く粒子 | 届く距離 | 1 fm 離れた陽子どうしでの強さの目安 |
|---|
強い相互作用(核力) | 核子(クォーク) | 約 10−15 m | 1 |
電磁相互作用 | 電荷をもつ粒子 | どこまでも(1/𝑟2) | 10−2 |
弱い相互作用 | すべての核子・電子・ニュートリノ | 約 10−18 m | 10−6 より小さい |
重力 | 質量をもつすべての粒子 | どこまでも(1/𝑟2) | 10−38 |
強さの欄は桁の目安です.重力と電気の力の比は,どちらも 1/𝑟2 なので距離によりませんが,核力との比は距離で大きく変わります.核力は届く距離の中でだけ電気の力に勝ち,その外ではほとんど0になります.弱い相互作用は力として感じることはほとんど無く,中性子が陽子に変わるような粒子の種類の変化を起こします(第3の題材の β 崩壊).
原子や分子や結晶をまとめているのは電磁相互作用で,惑星や恒星をまとめているのは重力です.重力は最も弱いのに天体では主役になります.物体はふつう電気的に中性で電気の力が打ち消し合い,核力は届かないのに,重力だけは打ち消されずに足し合わされるからです.
原子核の大きさと密度
原子核の大きさは,ラザフォードの散乱(第29章)のように,速い粒子を原子核にぶつけて調べます.α 粒子や電子の散乱の測定から,原子核はほぼ球形で,半径は
𝑅≈𝑟0𝐴1/3,𝑟0≈1.2fm
と表されることが分かっています.半径が 𝐴1/3 に比例するということは,体積 4𝜋𝑅3/3 が 𝐴 に比例するということです.核子1個あたりの体積が,原子核によらず決まっているのです.
[図:質量数による原子核の半径の変化]初期状態は A = 56.陽子と中性子を色分けした核子の集合を示す.スライダーで A を4から238まで変えると,半径 R = r₀A¹ᐟ³ が変わるが,密度 ρ₀ = 2.3 × 10¹⁷ kg m⁻³ は変わらない.核子の配置と色の割合は模式的で,AだけではZは決まらない.
初期状態は A = 56.陽子と中性子を色分けした核子の集合を示す.スライダーで A を4から238まで変えると,半径 R = r₀A¹ᐟ³ が変わるが,密度 ρ₀ = 2.3 × 10¹⁷ kg m⁻³ は変わらない.核子の配置と色の割合は模式的で,AだけではZは決まらない.
したがって原子核の密度は 𝐴 によらずほぼ一定で,核子の質量を 1 u とみると
𝜌0=𝐴u4𝜋𝑟30𝐴/3=3×1.66×10−27kg4𝜋(1.2×10−15m)3≈2.3×1017kgm−3
です.水の 1014 倍で,角砂糖1個の体積で2億トンを超えます.これは水滴の密度が大きさによらないのと同じで,核子は押し縮められずにすき間なく並んでいます.この性質が,結合エネルギーを水滴に例えて説明する液滴模型(次の題材)の出発点になります.
𝑅 =𝑟0𝐴1/3 は滑らかな表面をもつ球という模型です.実際の原子核の表面には厚さ 2 fm ほどのぼやけた層があり,𝐴 が10より小さい軽い原子核ではこの式は目安にしかなりません.
核力
法則 核力の性質
核子どうしの間に働く引力で,陽子どうし,陽子と中性子,中性子どうしの間でほぼ同じ強さで働く.
届く距離は約 1 fm で,2 ∼3 fm より離れるとほとんど働かない(短距離力).
届く範囲の中では電気の力よりずっと強い.
約 0.5 fm より近づくと,強い斥力に変わる.
核力は万有引力やクーロンの法則のような簡単な式では書けません.4の斥力があるので核子は重なり合わず,密度が一定になります.2の短距離性のため,核子は隣り合う核子とだけ引き合います.これは,どれほど大きな原子核でも,核子1個が引き合う相手の数はほぼ同じだということです.
[図:核力とクーロン力の位置エネルギー]中心間距離 r を0から4 fmまでとる.核力のみの曲線は,0.5 fmより内側の斥力の壁,1 fm付近の深い谷,2 fmより外側でほぼ0になる短距離性を示す模式図.陽子どうしではクーロンの位置エネルギー kₑe²/r が加わる.外側の拡大図で,和に現れる小さなクーロン障壁と,遠方へ減少する様子を示す.
一方,クーロン力は遠くまで届くので,陽子は原子核の中のほかのすべての陽子と反発し合います.引力は近くの相手とだけ,反発は全員と,という違いが,原子核の大きさの限界を決めます.陽子が増えるほど反発の割合が増えるので,重い原子核ほど電荷をもたない中性子を多く含みます.42He では中性子は2個ですが,23892U では146個です.陽子2個だけの原子核 22He は存在しません.
静止エネルギーと MeV
原子核のエネルギーを考えるには,相対論の2つの式が要ります(第13章の結果を示します).
法則 質量とエネルギー
質量 𝑚 の粒子は,止まっていても静止エネルギー 𝐸0 =𝑚𝑐2 をもつ.運動量の大きさ 𝑝 で動いているときのエネルギー 𝐸 は
𝐸2=(𝑝𝑐)2+(𝑚𝑐2)2
を満たし,運動エネルギーは 𝐾 =𝐸 −𝑚𝑐2 である.速さを 𝑣 とすると 𝐸 =𝑚𝑐2/√1−𝑣2/𝑐2,𝑝 =𝐸𝑣/𝑐2 である.
質量0の光子では 𝐸 =𝑝𝑐 で,第29章の光子のエネルギーと運動量の関係と一致します.𝑝𝑐 が 𝑚𝑐2 より十分小さいときは,第7章のテイラー展開 √1+𝑥 ≈1 +𝑥/2 を使って
𝐸=𝑚𝑐2√1+(𝑝𝑚𝑐)2≈𝑚𝑐2+𝑝22𝑚
となり,ニュートン力学の運動エネルギーに戻ります.𝐾/(𝑚𝑐2) が 1 % 程度までなら,ニュートン力学の式で十分です.
原子核の世界では,エネルギーを MeV =106 eV で量ります.よく使う値は
(1u)𝑐2=931.5MeV,𝑚𝑒𝑐2=0.511MeV,𝑚𝑝𝑐2=938.3MeV,𝑘𝑒𝑒2=1.44MeVfm
です.最後の値を使うと,1 fm 離れた陽子2個のクーロンの位置エネルギーはすぐに 𝑘𝑒𝑒2/𝑟 =1.44 MeV と分かります.水素原子の電子の位置エネルギーは,距離が 5.3 ×104 倍なので 27 eV ほどです.原子と原子核のエネルギーの桁が 105 ∼106 倍違うのは,大きさの違いがそのまま現れたものです.
重い原子核全体のクーロンエネルギーも見積もれます.電荷 𝑍𝑒 が半径 𝑅 の球に一様に広がっているとし,球を中心から薄い殻を1枚ずつ積んで作ると考えます.半径 𝑟 までにある電荷 𝑞 =𝑍𝑒 𝑟3/𝑅3 の上に,厚さ d𝑟 の殻の電荷 d𝑞 =3𝑍𝑒 𝑟2d𝑟/𝑅3 を無限遠から運ぶ仕事は,球殻定理(第10章)と同じ考えで 𝑘𝑒𝑞 d𝑞/𝑟 です.これを足し合わせると
𝑈𝐶=∫𝑅0𝑘𝑒𝑟⋅𝑍𝑒𝑟3𝑅3⋅3𝑍𝑒𝑟2𝑅3d𝑟=35⋅𝑘𝑒𝑍2𝑒2𝑅
です.ウランでは 𝑅 =1.2 ×2381/3 fm =7.4 fm なので,𝑈𝐶 ≈0.6 ×922 ×1.44 MeV/7.4 ≈1.0 ×103 MeV,核子1個あたり 4 MeV ほどになります.これは無視できる大きさではなく,重い原子核が崩れたり分裂したりする原因になります.
問いに戻る
陽子どうしが飛び散らないのは,核子の間に,電気の力よりずっと強い引力である核力が働くからです.核力は 1 fm ほどの距離でしか働かないので,原子の外には現れませんが,核子が触れ合うほど詰まった原子核の中では,クーロンの反発に打ち勝ちます.中性子は電気の反発を増やさずに核力の引力を足すので,原子核を結びつける糊の役をしています.ただし,核力は隣の核子としか引き合わないのに,クーロン力はすべての陽子どうしで働きます.重い原子核ほどクーロンエネルギーの割合が大きくなり,ウランでは核子1個あたり数 MeV に達します.このため,陽子の数がおよそ100を超える原子核は安定に存在できず,重い原子核は α 粒子を出したり2つに分かれたりします.その仕組みを,次の題材からエネルギーの勘定で調べます.
ポイント ここまでのまとめ
原子核は陽子 𝑍 個と中性子 𝐴 −𝑍 個からなり,𝐴𝑍X と書く.質量は u で量るとほぼ 𝐴 に等しい.
相互作用は強い・電磁・弱い・重力の4種類で,強さも届く距離も大きく違う.
原子核の半径は 𝑅 ≈𝑟0𝐴1/3(𝑟0 ≈1.2 fm)で,密度は 2.3 ×1017 kgm−3 でほぼ一定である.
核力は約 1 fm しか届かない強い引力で,届く範囲ではクーロンの反発に勝つ.
𝐸2 =(𝑝𝑐)2 +(𝑚𝑐2)2,(1 u)𝑐2 =931.5 MeV,𝑘𝑒𝑒2 =1.44 MeVfm を使うと,原子核のエネルギーは MeV の桁になる.