問いしるべ
問いから始める物理 確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

第30章のまとめ

著者:柚木芹香

この章では,粒子が波のようにふるまう理由を古典的な描像から導くのをやめ,「確率は複素数の振幅の絶対値の2乗」「区別できない経路の振幅は足し,続けてたどる経路の振幅は掛ける」という規則を出発点に置いて,量子の現象を組み立て直しました.回転・ローレンツ変換・同じ粒子の入れ替えで振幅がどう変わるかという対称性から,スピン,物質波,粒子の統計が出てきます.振幅の時間変化をハミルトニアン行列で書くと,飛び飛びの準位と光の吸収・放出が出てきます.第13章で力学を対称性から組み立て直したのと対になるやり方です.

出発点

出発点

内容

振幅の規則

確率は振幅の絶対値の2乗.区別できない経路は振幅を足し,続けてたどる経路は振幅を掛ける.区別できる経路は確率を足す

時間変化の形

振幅は iℏdCdt=HC に従い,H はエルミート

対称性

回転で振幅がどう変わるか(スピン),ローレンツ変換で位相がどう変わるか(ド・ブロイの関係),同じ粒子の入れ替えで振幅がどう変わるか(統計)

相互作用の中身

ハミルトニアン行列の具体的な成分.これだけが自然を調べて決める物理の中身

法則と定義

法則 確率振幅の規則

  • ⟨x|s⟩ は s から出発して x に見つかる振幅で,確率は P=|⟨x|s⟩|2.右が出発,左が到着.

  • 続けて起こる過程は振幅を掛け,区別できない経路は振幅を足す.粒子が必ずどれか1つを通る中間の状態の組では ⟨x|s⟩=∑i⟨x|i⟩⟨i|s⟩.

  • 区別できるかどうかは,光子・原子核のスピン・装置まで含めた世界の全部の最終の状態が,経路ごとに違うかで決まる.記録を誰かが読むかどうかには関係しない.

  • 経路をふさぐとその振幅が0になり,残りの経路は干渉する.経路を記録すると,その経路は他と干渉しなくなる.

法則 不確定性原理

同じ方法で用意した多数の粒子の位置と運動量の標準偏差について ΔxΔpx≥ℏ/2.見積もりでは ΔxΔp∼ℏ と使う.道すじを見ながら縞を見ることを禁じ,原子の大きさも決める.

定義 基底の状態

ある装置で分けられる状態の組 |i⟩ を基底という.互いに重ならず(⟨j|i⟩=0,⟨i|i⟩=1),漏れがなく(∑i|⟨i|ψ⟩|2=1),どんな振幅も ⟨χ|ψ⟩=∑i⟨χ|i⟩⟨i|ψ⟩ と基底を経由して書ける.逆向きの振幅は ⟨ψ|i⟩=⟨i|ψ⟩∗.

法則 同種粒子の振幅とスピンと統計

  • 粒子を入れ替えただけで同じ最終状態に至る2つの過程の振幅 f1,f2 は,ボース粒子なら f1+f2,フェルミ粒子なら f1−f2 で組み合わせる.スピンや内部の状態など何か1つでも違えば確率を足す.

  • スピンが整数の粒子はボース粒子,半整数の粒子はフェルミ粒子(スピンと統計の関係).

  • ボース粒子が n 個いる状態にもう1個が入る確率は,誰もいないときの n+1 倍.

  • パウリの排他律:2つの同種のフェルミ粒子は,スピンも含めて同じ状態に入れない.

法則 振幅の時間変化

  • エネルギー E の定常状態では Ci(t)=Ci(0)e−iEt/ℏ で,確率は変わらない.観測にかかわるのはエネルギーの差.

  • 一般には iℏdCidt=∑jHijCj.全確率が保たれるためにハミルトニアン行列はエルミート Hij=Hji∗.

  • HC=EC を満たす固有ベクトルが定常状態で,固有値がそのエネルギー.

公式

公式 干渉と散乱

  • 2つの経路:P12=|ϕ1+ϕ2|2=P1+P2+2P1P2cos⁡δ.縞を平均すると P1+P2 で,干渉は確率を配り直すだけ.

  • 2つのスリット:d と x が L より十分小さいとき,経路差 dx/L,縞の間隔 λL/d.

  • 一部の電子だけに記録が残る(記録の残る確率 η)とき:P=2|A|2[1+(1−η)cos⁡δ],縞の見え方 1−η.

  • 等間隔の位相の和:|∑j=0N−1eijα|2=sin2⁡(Nα/2)sin2⁡(α/2).位相がそろうと N2,山の幅は 1/N に比例し,でたらめな位相では平均 N.

  • ブラッグの条件 2dsin⁡θ=nλ.記録の残らない散乱は N2 に比例する山,スピン反転の散乱は N に比例して方向によらない.

公式 光子の統計と黒体放射

  • 吸収の回数 BnNl,放出の回数 B(n+1)Nu.1 の分が自発放出,n の分が誘導放出.反転分布 Nu>Nl で光が強まる(レーザー).

  • ボース分布 n¯=1ehν/(kBT)−1,モードの数 8πVν2c3dν.

  • プランクの式 u(ν)dν=8πhν3c31ehν/(kBT)−1dν.hν が kBT より十分小さいと等分配則に戻る.

  • σSB=2π5kB415h3c2,波長で数えたピーク λmaxT=2.90×10−3mK.

公式 スピン1/2の回転

  • y 軸のまわりに θ 傾けた装置の基底:|+θ⟩=cos⁡θ2|+⟩+sin⁡θ2|−⟩,|−θ⟩=−sin⁡θ2|+⟩+cos⁡θ2|−⟩.|+⟩ が傾けた装置の + に出る確率は cos2⁡(θ/2) で,mz の平均は古典的な mcos⁡θ に一致する.

  • z 軸のまわりの角 ϕ の回転:|+⟩→e−iϕ/2|+⟩,|−⟩→eiϕ/2|−⟩.

  • 2π 回すと状態は −1 倍.全体の位相は測れず,相対位相だけが干渉に現れる.

  • |+x⟩=(|+⟩+|−⟩)/2,|+y⟩=(|+⟩+i|−⟩)/2.横向きの状態を表すために振幅は複素数でなければならない.

  • 確率を保つ変換はユニタリ行列で,列が規格化されて互いに直交する.

公式 物質波

  • ド・ブロイの関係:C∝e−i(Et−p⋅r)/ℏ,ω=E/ℏ,k=p/ℏ,λ=h/p.

  • 粒子の上で位相は −mc2τ/ℏ=S/ℏ.

  • 位相速度 E/p=c2/v,群速度 vg=dE/dp=pc2/E=v.

  • ポテンシャルの段差では ω と境界に沿った運動量が保たれ,p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2.

  • 磁場の中のスピン1/2の歳差 ωp=2m0B/ℏ=(E−−E+)/ℏ.

公式 2状態系

  • 対称な2状態 H=(E0−A−AE0):定常状態 (|1⟩±|2⟩)/2,エネルギー E0∓A.片方から始めると P2=sin2⁡(At/ℏ) で,振動数 2A/h で行き来する.

  • エルミートな2×2行列 (abb∗d) の固有値 a+d2±(a−d2)2+|b|2 は実数.電場の中のアンモニアでは E0±A2+δ2.

  • 振動する外場との共鳴 ℏω=2A で PII=sin2⁡(δ0t/ℏ).

  • 磁場の中のスピン1/2:H=−m0(BzBx−iByBx+iBy−Bz).

公式 無限個の状態へ

  • となりへ移る振幅 −A をもつ原子の列で,Ab2=ℏ2/(2m) とおくと,シュレーディンガー方程式 iℏ∂ψ∂t=−ℏ22m∂2ψ∂x2+V(x)ψ.

  • 水素原子 En=−13.6eV/n2.定常状態は n,l,m とスピンで区別され,同じ n に 2n2 個.

  • 不確定性による見積もり a0=4πε0ℏ2me2≈5.3×10−11m は,ボーア模型の半径と一致する.

各題材の問いへの答え

  • 確率振幅と2つの穴の実験:弾丸は確率が足し算で縞はできず,水の波は振幅が足し算で縞ができる.電子は1個ずつ粒として着くが,どの穴を通ったか区別できない限り振幅が足し算になり,分布は水の波と同じ縞になる.どちらの穴かを調べると記録が残って確率が足し算になり,縞は消える.

  • 振幅の結合規則:スピンが反転しない散乱では結晶が元のままなので N 個の振幅を足し,ブラッグの条件の方向にだけ N2 倍の鋭い山ができる.スピンが反転する散乱では,散乱した原子核のスピンに「どこで散乱したか」の記録が残るので確率を足し,どの方向にも N に比例する平らな散乱になる.

  • 同種粒子とスピンと統計:2つのアルファ粒子は区別できないので,入れ替えた2つの過程の振幅を足す.ボース粒子で 90∘ では2つの振幅が等しく,確率は |2f|2=4|f|2 で,印の付いた粒子の 2|f|2 のちょうど2倍になる.スピンのそろった電子なら,その方向には1個も来ない.

  • スピンと回転:銀の原子のスピンは,どの方向で測っても2つの値しかとらない.装置の向きを決めると,その向きの基底 |+⟩,|−⟩ のどちらかに,振幅の絶対値の2乗の確率で出る.だからビームは2本に分かれる.ばらばらな向きに見えるのは,|+⟩ と |−⟩ の混合だからである.

  • 振幅の時間変化と物質波:定常状態の振幅は e−iEt/ℏ で回り,確率は変わらないが位相は変わる.回る速さそのものは見えず,エネルギーの差が確率の振動として見える.止まっている粒子の振幅をローレンツ変換すると,波長 h/p の物質波 e−i(Et−px)/ℏ が現れ,その波束は粒子の速さで進む.

  • 2状態系とハミルトニアン行列:アンモニア分子の窒素は上か下かに決まっていない.定常状態は上と下の対称な重ね合わせ(E0−A)と反対称な重ね合わせ(E0+A)で,どちらも上下に半分ずつの確率でいる.窒素を上に置いて始めると,振動数 2A/h≈2.4×1010Hz で上と下を行き来する.

  • 全体像:干渉,光子のエネルギー,ド・ブロイ波長,不確定性原理,飛び飛びの準位,吸収と放出,統計,化学結合,停留作用の原理は,振幅の規則・時間変化の形・対称性という共通の枠組みから出る.基底を連続に並べるとシュレーディンガー方程式になり,粒子の生成と消滅を扱う場の量子論でも,過程ごとの振幅を足して2乗するという規則は変わらない.

この章で使った数学

  • 複素数の極形式と位相,|z1+z2|2 の干渉の項,等比数列の和.

  • 確率の規格化と条件つきの確率,標準偏差.

  • 2×2行列の積,ユニタリ行列.

  • 固有値と固有ベクトル(det⁡(H−EI)=0),連立1階微分方程式の解き方.

  • f(t+s)=f(t)f(s) を満たす関数,テイラー展開,波数空間でのモードの数え方.