問いしるべ
問いから始める物理 万有引力と天体

万有引力と天体

軌道

著者:柚木芹香

問い

地球を回る円軌道の人工衛星が,進行方向へロケットを少し噴射して,速さを1 %だけ上げたとします.衛星は高い軌道へ移るのでしょうか.それとも,同じ高さのまま速く回るようになるのでしょうか.

考えてみる

この章のはじめに見たように,半径 r の円軌道の速さは v=GM/r で,高い軌道ほど遅くなります.そこで「加速すれば高い軌道に移り,そこでは遅くなる」と考えたくなります.ところが噴射の直後,衛星は同じ高さで円軌道より速く動いています.この速さの円軌道は存在しないので,衛星は円軌道には残れません.

では,どんな軌道になるのでしょうか.円でなければ,万有引力のもとで横向きの速さをもつ束縛された運動(E<0)は楕円のはずです.この節では,楕円になることを運動方程式から導き,楕円軌道を数で扱えるようにして,加速のあとの軌道を決めます.

楕円軌道の要素

楕円は,2つの焦点からの距離の和が一定の点の集まりです.万有引力の中心(地球や太陽)は,一方の焦点にあります.

定義 楕円軌道の要素

  • 長半径 a:長い方の軸の長さの半分.

  • 離心率 e:焦点が中心から ae だけずれているとき,e を離心率と呼ぶ(衝突の反発係数とは別の量).e=0 が円で,0<e<1 が楕円.

  • 近点(中心に最も近い点)までの距離 rp=a(1−e),遠点(最も遠い点)までの距離 ra=a(1+e).したがって rp+ra=2a.

地球のまわりなら近点・遠点を近地点・遠地点,太陽のまわりなら近日点・遠日点と呼びます.

天体は楕円の一方の焦点にある.長半径a,焦点のずれae,近点距離rₚと遠点距離rₐを示す. 天体は楕円の一方の焦点にある.長半径a,焦点のずれae,近点距離rₚと遠点距離rₐを示す.

軌道の形を導く

ケプラーの第1法則は,観測から見つかった事実でした.ここでは万有引力の運動方程式から軌道の形を導きます.「極座標で運動を記述する」の題材の式を使うと,運動方程式の2つの成分は

m(r¨−rθ˙2)=−GMmr2,r2θ˙=Lm(一定)

です.知りたいのは時刻ごとの位置ではなく軌道の形,つまり r と θ の関係なので,時刻 t を消して θ を変数にします.このとき r の代わりに逆数 u=1r を使うと,式がぐっと簡単になります.第2式で θ˙ を消し,連鎖律で t の微分を θ の微分に書き換えると(計算は次の節),第1式は

d2udθ2+u=1ℓ,ℓ=L2GMm2

になります.

これは第7章の単振動の式と同じ形です.w=u−1ℓ とおけば d2wdθ2=−w で,角振動数1の単振動なので,w=Acos⁡(θ−θ0) です.θ を r が最小になる向き(近点)から測れば θ0=0,A≥0 で,A=eℓ と書くと次の式が得られます.

定理 軌道の式

万有引力のもとで角運動量 L で運動する物体の軌道は,近点から測った角 θ を使って

r=ℓ1+ecos⁡θ,ℓ=L2GMm2,e≥0

と表される.

e は積分で現れた定数で,軌道ごとに違います.次の節で直交座標に直すと,0≤e<1 のときこの曲線は O を焦点とする楕円で,その離心率がちょうど e,長半径が a=ℓ1−e2 であることが確かめられます.e=1 では θ=π の向きで分母が0になり,r が限りなく大きくなる放物線です.e>1 では 1+ecos⁡θ>0 の向きにしか曲線がなく,遠くからやって来て O のそばを回り,再び遠くへ去る双曲線です.e=0 なら r=ℓ の円で,前の題材の実効ポテンシャルの底の半径 r0=L2GMm2 と一致します.θ=0,π を入れると rp=ℓ1+e,ra=ℓ1−e で,足すと 2ℓ1−e2=2a となり,ℓ=a(1−e2) です.

[図:離心率を変えた円錐曲線の軌道]

ℓを一定にし,離心率eを0から1.5まで変える.初期状態はe=0.50の楕円.Oの上下の距離ℓの2点は固定され,軌道は円,楕円,放物線,双曲線と変わる.遠方へ伸びる部分は画面の外へ続く.

どの形になるかは,エネルギーで決まります.近点では r˙=0 なので,E=Ueff(rp)=L22mrp2−GMmrp です.L2=GMm2ℓ と 1rp=1+eℓ を入れると

E=GMm2ℓ[(1+e)2−2(1+e)]=GMm2ℓ(e2−1)

です.

離心率

軌道

エネルギー

e=0

円

E=−GMm2ℓ(最小)

0<e<1

楕円

E<0

e=1

放物線

E=0

e>1

双曲線

E>0

重力のポテンシャルの題材で述べた,エネルギーの符号による軌道の分類は,ここから出てきます.円と楕円の束縛された軌道では ℓ=a(1−e2) を入れて E=−GMm2a です.

軌道を決める量

楕円を決めるのに,エネルギーと角運動量の2つが働きます.

法則 楕円軌道のエネルギーと速さ

質量 m の物体が,質量 M の天体(m は M よりずっと小さく,天体は動かないとみなす)のまわりで長半径 a の楕円軌道を描くとき

  • 力学的エネルギーは E=−GMm2a.長半径だけで決まり,離心率にはよらない.

  • 距離 r の点での速さは v2=GM(2r−1a).

  • 近点と遠点では速度が中心からの位置ベクトルに垂直なので,角運動量の大きさは mrv となり,その保存から rpvp=rava.近点が最も速い.

  • 周期は T=2πa3GM(ケプラーの第3法則の一般形).

1番目の式は,上で導いたとおりです.円軌道(r=a)の E=−GMm2r の r が a に置き換わった形です.近点・遠点での保存則の連立から出す方法も,次の節で示します.2番目の式は,E=12mv2−GMmr に1番目を入れれば出ます.

周期の式は,面積速度から出せます.質点の面積速度は L2m で一定でした.1周で楕円の面積 πab を掃くので,T=2πabmL です.短半径 b については b2=a2(1−e2)=aℓ だから

T2=4π2a2⋅aℓm2L2=4π2a3GM

となります.円軌道で学んだ T2∝r3 の r を,長半径 a に置き換えた形です.

速さを上げると

円軌道の半径を r,その速さを vc=GM/r とし,噴射で速さが v=(1+ε)vc(ε は 0.01 程度)になったとします.向きは変わらないので,この点は新しい軌道の近点です.エネルギーは

E=12m(1+ε)2vc2−mvc2=−12mvc2(1−2ε−ε2)

で,E=−GMm/2a と比べると,長半径は a=r1−2ε−ε2≈r(1+2ε) です.遠点までの距離は ra=2a−r≈r(1+4ε).速さを 1 %上げると,反対側の遠点の中心からの距離は約 4 %増えます(地表からの高度の増え方は,この距離から地球半径を引いて考えます).

元の円と加速後の楕円は噴射点で接し,天体は楕円の焦点に位置する.変化を見やすく誇張した. 元の円と加速後の楕円は噴射点で接し,天体は楕円の焦点に位置する.変化を見やすく誇張した.

高度 400km(r=6.77×106m)の円軌道で vc=7.67kms−1,周期は約 92 分です.ここで 1 %加速すると,遠点は約 280km 高くなり,周期は約 3 %延びて 95 分ほどになります.近点では円軌道より速く,遠点では va=rprav≈0.97vc と,その高さの円軌道の速さ(約 0.98vc)よりも遅くなります.

この性質は,軌道の乗り換えに使われます.半径 r1 の円軌道から,より大きな半径 r2 の円軌道へ移るには,まず r1 で加速して,遠点が r2 になる楕円軌道に入ります.このホーマン遷移軌道の長半径は a=r1+r22 で,遠点に着いたら,もう一度加速して円軌道に入ります.遠点では円軌道の速さに足りないので,加速が必要になるのです.

2円に接する半楕円を通る.1では上向き,2では下向きの接線方向に加速する. 2円に接する半楕円を通る.1では上向き,2では下向きの接線方向に加速する.

逆に減速すれば近点が下がり,大気の中に入れば帰還できます.同じ軌道上で前を飛ぶ衛星に追いつきたいとき,加速するとかえって遠ざかります.加速で高い軌道に移り,周期が長くなるからです.先に減速して低い軌道で追い付き,再び元の軌道に戻る手順になります.

ポイント ここまでのまとめ

  • 楕円軌道は,長半径 a,離心率 e で決まる.rp=a(1−e),ra=a(1+e).

  • u=1/r は d2udθ2+u=1ℓ を満たし,軌道の式 r=ℓ1+ecos⁡θ(ℓ=L2GMm2)が導ける.E=GMm2ℓ(e2−1) なので,e=0 円,e<1 楕円,e=1 放物線,e>1 双曲線.

  • エネルギーは E=−GMm2a.速さは v2=GM(2r−1a).近点と遠点では rpvp=rava.

  • 周期は T=2πa3/GM.円軌道の r を a に替えた形である.

  • 問いの答え:円軌道で速さを少し上げると,その点を近点とする楕円軌道になる.反対側の遠点が高くなり,周期も延びる.速くなるのは近点付近だけで,遠点付近ではむしろ遅い.