問い
地球を回る円軌道の人工衛星が,進行方向へロケットを少し噴射して,速さを1 %だけ上げたとします.衛星は高い軌道へ移るのでしょうか.それとも,同じ高さのまま速く回るようになるのでしょうか.
考えてみる
この章のはじめに見たように,半径 𝑟 の円軌道の速さは 𝑣 =√𝐺𝑀/𝑟 で,高い軌道ほど遅くなります.そこで「加速すれば高い軌道に移り,そこでは遅くなる」と考えたくなります.ところが噴射の直後,衛星は同じ高さで円軌道より速く動いています.この速さの円軌道は存在しないので,衛星は円軌道には残れません.
では,どんな軌道になるのでしょうか.円でなければ,万有引力のもとで横向きの速さをもつ束縛された運動(𝐸 <0)は楕円のはずです.この節では,楕円になることを運動方程式から導き,楕円軌道を数で扱えるようにして,加速のあとの軌道を決めます.
楕円軌道の要素
楕円は,2つの焦点からの距離の和が一定の点の集まりです.万有引力の中心(地球や太陽)は,一方の焦点にあります.
地球のまわりなら近点・遠点を近地点・遠地点,太陽のまわりなら近日点・遠日点と呼びます.
[図:楕円の軌道要素]天体は楕円の一方の焦点にある.長半径a,焦点のずれae,近点距離rₚと遠点距離rₐを示す.
軌道の形を導く
ケプラーの第1法則は,観測から見つかった事実でした.ここでは万有引力の運動方程式から軌道の形を導きます.「極座標で運動を記述する」の題材の式を使うと,運動方程式の2つの成分は
𝑚(¨𝑟−𝑟˙𝜃2)=−𝐺𝑀𝑚𝑟2,𝑟2˙𝜃=𝐿𝑚(一定)
です.知りたいのは時刻ごとの位置ではなく軌道の形,つまり 𝑟 と 𝜃 の関係なので,時刻 𝑡 を消して 𝜃 を変数にします.このとき 𝑟 の代わりに逆数 𝑢 =1𝑟 を使うと,式がぐっと簡単になります.第2式で ˙𝜃 を消し,連鎖律で 𝑡 の微分を 𝜃 の微分に書き換えると(計算は次の節),第1式は
d2𝑢d𝜃2+𝑢=1ℓ,ℓ=𝐿2𝐺𝑀𝑚2
になります.
これは第7章の単振動の式と同じ形です.𝑤 =𝑢 −1ℓ とおけば d2𝑤d𝜃2 = −𝑤 で,角振動数1の単振動なので,𝑤 =𝐴cos(𝜃 −𝜃0) です.𝜃 を 𝑟 が最小になる向き(近点)から測れば 𝜃0 =0,𝐴 ≥0 で,𝐴 =𝑒ℓ と書くと次の式が得られます.
定理 軌道の式
万有引力のもとで角運動量 𝐿 で運動する物体の軌道は,近点から測った角 𝜃 を使って
𝑟=ℓ1+𝑒cos𝜃,ℓ=𝐿2𝐺𝑀𝑚2,𝑒≥0
と表される.
𝑒 は積分で現れた定数で,軌道ごとに違います.次の節で直交座標に直すと,0 ≤𝑒 <1 のときこの曲線は O を焦点とする楕円で,その離心率がちょうど 𝑒,長半径が 𝑎 =ℓ1−𝑒2 であることが確かめられます.𝑒 =1 では 𝜃 =𝜋 の向きで分母が0になり,𝑟 が限りなく大きくなる放物線です.𝑒 >1 では 1 +𝑒cos𝜃 >0 の向きにしか曲線がなく,遠くからやって来て O のそばを回り,再び遠くへ去る双曲線です.𝑒 =0 なら 𝑟 =ℓ の円で,前の題材の実効ポテンシャルの底の半径 𝑟0 =𝐿2𝐺𝑀𝑚2 と一致します.𝜃 =0,𝜋 を入れると 𝑟𝑝 =ℓ1+𝑒,𝑟𝑎 =ℓ1−𝑒 で,足すと 2ℓ1−𝑒2 =2𝑎 となり,ℓ =𝑎(1 −𝑒2) です.
[図:離心率を変えた円錐曲線の軌道]ℓを一定にし,離心率eを0から1.5まで変える.初期状態はe=0.50の楕円.Oの上下の距離ℓの2点は固定され,軌道は円,楕円,放物線,双曲線と変わる.遠方へ伸びる部分は画面の外へ続く.
ℓを一定にし,離心率eを0から1.5まで変える.初期状態はe=0.50の楕円.Oの上下の距離ℓの2点は固定され,軌道は円,楕円,放物線,双曲線と変わる.遠方へ伸びる部分は画面の外へ続く.
どの形になるかは,エネルギーで決まります.近点では ˙𝑟 =0 なので,𝐸 =𝑈eff(𝑟𝑝) =𝐿22𝑚𝑟2𝑝 −𝐺𝑀𝑚𝑟𝑝 です.𝐿2 =𝐺𝑀𝑚2ℓ と 1𝑟𝑝 =1+𝑒ℓ を入れると
𝐸=𝐺𝑀𝑚2ℓ[(1+𝑒)2−2(1+𝑒)]=𝐺𝑀𝑚2ℓ(𝑒2−1)
です.
離心率 | 軌道 | エネルギー |
|---|
𝑒 =0 | 円 | 𝐸 = −𝐺𝑀𝑚2ℓ(最小) |
0 <𝑒 <1 | 楕円 | 𝐸 <0 |
𝑒 =1 | 放物線 | 𝐸 =0 |
𝑒 >1 | 双曲線 | 𝐸 >0 |
重力のポテンシャルの題材で述べた,エネルギーの符号による軌道の分類は,ここから出てきます.円と楕円の束縛された軌道では ℓ =𝑎(1 −𝑒2) を入れて 𝐸 = −𝐺𝑀𝑚2𝑎 です.
軌道を決める量
楕円を決めるのに,エネルギーと角運動量の2つが働きます.
法則 楕円軌道のエネルギーと速さ
質量 𝑚 の物体が,質量 𝑀 の天体(𝑚 は 𝑀 よりずっと小さく,天体は動かないとみなす)のまわりで長半径 𝑎 の楕円軌道を描くとき
力学的エネルギーは 𝐸 = −𝐺𝑀𝑚2𝑎.長半径だけで決まり,離心率にはよらない.
距離 𝑟 の点での速さは 𝑣2 =𝐺𝑀(2𝑟−1𝑎).
近点と遠点では速度が中心からの位置ベクトルに垂直なので,角運動量の大きさは 𝑚𝑟𝑣 となり,その保存から 𝑟𝑝𝑣𝑝 =𝑟𝑎𝑣𝑎.近点が最も速い.
周期は 𝑇 =2𝜋√𝑎3𝐺𝑀(ケプラーの第3法則の一般形).
1番目の式は,上で導いたとおりです.円軌道(𝑟 =𝑎)の 𝐸 = −𝐺𝑀𝑚2𝑟 の 𝑟 が 𝑎 に置き換わった形です.近点・遠点での保存則の連立から出す方法も,次の節で示します.2番目の式は,𝐸 =12𝑚𝑣2 −𝐺𝑀𝑚𝑟 に1番目を入れれば出ます.
周期の式は,面積速度から出せます.質点の面積速度は 𝐿2𝑚 で一定でした.1周で楕円の面積 𝜋𝑎𝑏 を掃くので,𝑇 =2𝜋𝑎𝑏𝑚𝐿 です.短半径 𝑏 については 𝑏2 =𝑎2(1 −𝑒2) =𝑎ℓ だから
𝑇2=4𝜋2𝑎2⋅𝑎ℓ𝑚2𝐿2=4𝜋2𝑎3𝐺𝑀
となります.円軌道で学んだ 𝑇2 ∝𝑟3 の 𝑟 を,長半径 𝑎 に置き換えた形です.
速さを上げると
円軌道の半径を 𝑟,その速さを 𝑣𝑐 =√𝐺𝑀/𝑟 とし,噴射で速さが 𝑣 =(1 +𝜀)𝑣𝑐(𝜀 は 0.01 程度)になったとします.向きは変わらないので,この点は新しい軌道の近点です.エネルギーは
𝐸=12𝑚(1+𝜀)2𝑣2𝑐−𝑚𝑣2𝑐=−12𝑚𝑣2𝑐(1−2𝜀−𝜀2)
で,𝐸 = −𝐺𝑀𝑚/2𝑎 と比べると,長半径は 𝑎 =𝑟1−2𝜀−𝜀2 ≈𝑟(1 +2𝜀) です.遠点までの距離は 𝑟𝑎 =2𝑎 −𝑟 ≈𝑟(1 +4𝜀).速さを 1 %上げると,反対側の遠点の中心からの距離は約 4 %増えます(地表からの高度の増え方は,この距離から地球半径を引いて考えます).
[図:円軌道から楕円軌道へ]元の円と加速後の楕円は噴射点で接し,天体は楕円の焦点に位置する.変化を見やすく誇張した.
高度 400 km(𝑟 =6.77 ×106 m)の円軌道で 𝑣𝑐 =7.67 kms−1,周期は約 92 分です.ここで 1 %加速すると,遠点は約 280 km 高くなり,周期は約 3 %延びて 95 分ほどになります.近点では円軌道より速く,遠点では 𝑣𝑎 =𝑟𝑝𝑟𝑎𝑣 ≈0.97 𝑣𝑐 と,その高さの円軌道の速さ(約 0.98 𝑣𝑐)よりも遅くなります.
この性質は,軌道の乗り換えに使われます.半径 𝑟1 の円軌道から,より大きな半径 𝑟2 の円軌道へ移るには,まず 𝑟1 で加速して,遠点が 𝑟2 になる楕円軌道に入ります.このホーマン遷移軌道の長半径は 𝑎 =𝑟1+𝑟22 で,遠点に着いたら,もう一度加速して円軌道に入ります.遠点では円軌道の速さに足りないので,加速が必要になるのです.
[図:ホーマン遷移の2回の加速]2円に接する半楕円を通る.1では上向き,2では下向きの接線方向に加速する.
逆に減速すれば近点が下がり,大気の中に入れば帰還できます.同じ軌道上で前を飛ぶ衛星に追いつきたいとき,加速するとかえって遠ざかります.加速で高い軌道に移り,周期が長くなるからです.先に減速して低い軌道で追い付き,再び元の軌道に戻る手順になります.
ポイント ここまでのまとめ
楕円軌道は,長半径 𝑎,離心率 𝑒 で決まる.𝑟𝑝 =𝑎(1 −𝑒),𝑟𝑎 =𝑎(1 +𝑒).
𝑢 =1/𝑟 は d2𝑢d𝜃2 +𝑢 =1ℓ を満たし,軌道の式 𝑟 =ℓ1+𝑒cos𝜃(ℓ =𝐿2𝐺𝑀𝑚2)が導ける.𝐸 =𝐺𝑀𝑚2ℓ(𝑒2 −1) なので,𝑒 =0 円,𝑒 <1 楕円,𝑒 =1 放物線,𝑒 >1 双曲線.
エネルギーは 𝐸 = −𝐺𝑀𝑚2𝑎.速さは 𝑣2 =𝐺𝑀(2𝑟−1𝑎).近点と遠点では 𝑟𝑝𝑣𝑝 =𝑟𝑎𝑣𝑎.
周期は 𝑇 =2𝜋√𝑎3/𝐺𝑀.円軌道の 𝑟 を 𝑎 に替えた形である.
問いの答え:円軌道で速さを少し上げると,その点を近点とする楕円軌道になる.反対側の遠点が高くなり,周期も延びる.速くなるのは近点付近だけで,遠点付近ではむしろ遅い.