問い
亜鉛の板をよく磨いて負に帯電させ,箔検電器につないでおきます.ここに紫外線を含む弱い光を当てると,箔はすぐに閉じていきます.板から電子が飛び出しているのです.ところが,紫外線を除いた明るい赤い光をどれほど強く当てても,箔は閉じません.光が電磁波(第26章)なら,強い光ほど電場の振幅が大きく,電子を強く揺さぶるはずです.弱い紫外線にできて強い赤い光にできないのはなぜでしょうか.
ここから原子の分野に入ります.第20〜27章で,光は干渉も回折もする電磁場の波として完成しました.ところが,光が物質とエネルギーをやりとりする場面では,光は決まった大きさのエネルギーの粒として振る舞います.この章では,光が粒でもあること(この題材),電子が波でもあること(第2題材),閉じこめた波はとびとびのエネルギーしかとれないこと(第3題材)を順に見て,それを水素原子のスペクトル線に当てはめ(第4題材),最後に原子がたくさん並んだ半導体で光と電気をやりとりするしくみを見ます(第5題材).すぐ次の第30章(発展)では,この章で実験から見た波と粒の両面を,「確率振幅」という1つの言葉で組み立て直します.第30章は飛ばしてもかまわず,第29章からそのまま第31章へ進んで,同じ考え方を原子核と素粒子に広げられます.第32章が原子の総合演習です.予備知識は,電位と電子ボルト(第20章),電場・磁場の中の荷電粒子の運動(第22章),弦の定常波(第25章),光の圧力(第26章),光の干渉と回折(第27章)です.相対論(第13章)は読んでいなくても,要る式をその場で示します.
まず,この分野の主役である原子の姿を,数と桁でつかんでおきましょう.
ポイント 原子の構造の見取り図
原子核と電子:原子は,中心の小さな原子核と,まわりの電子でできている.原子核は陽子と中性子からなり,陽子の数を原子番号 𝑍,陽子と中性子の数の和を質量数 𝐴 という.陽子の電荷は +𝑒,電子は −𝑒 で,電子の質量 𝑚 =9.11 ×10−31 kg は陽子の約1840分の1なので,原子の質量はほとんど原子核が担う.
大きさの桁:原子の半径は 10−10 m 程度,原子核の半径は 10−15〜10−14 m 程度で,原子の中はほとんどが電子の動き回る空間である.
原子とイオン:電子を 𝑍 個もつ原子は中性で,電子が足りないものを陽イオン,余分にもつものを陰イオンという.化学的な性質はほとんど 𝑍 だけで決まる.
励起と電離:原子の電子はとびとびのエネルギー(エネルギー準位)しかとれない.いちばん低い基底状態から高い準位へ上がるのが励起,電子が原子から離れるのが電離(イオン化)である.
エネルギーの桁:電荷 𝑒 が電位差 1 V で得るエネルギー 1 eV =1.60 ×10−19 J(電子ボルト)を単位にする.水素の電離は 13.6 eV,外側の電子の励起や化学結合は数 eV,可視光の光子は 1.8〜3.1 eV,重い原子の内側の電子をはがすのは数十 keV(X線),原子核の中の出来事は MeV の桁である.室温の 𝑘𝐵𝑇 ≈0.026 eV は励起に足りないので,ふだんの原子は基底状態にいる.
[図:原子の構造と励起・電離]左は電子の雲と中心の原子核.原子の半径は10⁻¹⁰ m程度,原子核の半径は10⁻¹⁵ m程度で,図の大きさの比は模式的である.右は基底状態と励起状態,エネルギー0より上の電離状態を示す.上向きの矢印は励起と電離に必要なエネルギーの供給を表す.
この見取り図のうち,原子核の発見と大きさはラザフォードの散乱で(第4題材),とびとびの準位はボーア模型と箱の中の粒子で(第3・4題材),原子核の中身は第31章で確かめていきます.
ポイント 第29章で使う記号
記号 | 意味 |
|---|
ℎ, ℏ =ℎ/2𝜋 | プランク定数 6.63 ×10−34 Js |
𝜈, 𝜆 | 光の振動数,波長(𝜆𝜈 =𝑐) |
𝑐 | 真空中の光の速さ 3.00 ×108 ms−1 |
𝑒, 𝑚 | 電気素量,電子の質量.電子の電荷は −𝑒 |
𝑊, 𝐸𝑔 | 仕事関数,バンドギャップ(第5題材) |
𝐾max, 𝑉𝑠 | 光電子の最大運動エネルギー,阻止電圧の大きさ |
𝑝, 𝐸 | 運動量の大きさ,エネルギー |
𝜙 | 散乱角 |
𝜓 | 波動関数(第2題材から) |
𝑛, 𝐸𝑛 | 量子数,𝑛 番目の準位のエネルギー |
𝑅, 𝑎0, 𝐵 | リュードベリ定数,ボーア半径,水素の電離エネルギー 13.6 eV(第4題材) |
𝑍, 𝐴 | 原子番号,質量数 |
𝑆 | 光の強さ(第26章の 𝐼.この章では 𝐼 を電流に使う) |
𝑘𝐵 | ボルツマン定数 |
振動数の 𝜈(ギリシャ文字のニュー)と速さの 𝑣 は形が似ているので,手で書くときは区別してください.第27章で焦点距離に使った 𝑓 は,この章では使いません.
考えてみる
光が電磁波なら,金属の中の電子は光の電場 𝑬 に揺さぶられて少しずつエネルギーをため,それが電子をつなぎとめるエネルギーを超えれば飛び出すはずです.飛び出すかどうかを決めるのは光の強さ(電場の振幅の2乗に比例する)で,振動数ではありません.弱い光でも,長く待てばいつかは電子が出るはずです.
どれくらい待つか見積もります.強さ 1 ×10−2 Wm−2 のかなり暗い光が金属に当たり,1個の電子は原子1個分の面積 (10−10m)2 に来る光のエネルギーを全部集められるとします.すると電子が受け取る仕事率は 10−22 W です.電子を飛び出させるのに 2 eV =3.2 ×10−19 J 要るとすると,3 ×103 s,つまり1時間ほど光を当て続けてから,ようやく最初の電子が出ることになります.
実際には,振動数が十分高い光なら,どれほど弱くしても光を当てた瞬間(10−9 s 以内)から電子が出始め,振動数が低い光は,どれほど強くしても何時間待っても電子を出しません.
光電効果の実験
光が金属の表面から電子をたたき出す現象を光電効果といい,出てくる電子を光電子といいます.詳しく調べるには,真空にしたガラス管の中に金属の陰極と集電極を向かい合わせ,陰極に単色光を当てて,集電極の電位 𝑉(陰極を基準とする)を変えながら回路の電流 𝐼 を測ります.
[図:光電管の測定回路]真空管内の陰極に振動数νの単色光を当て,出た光電子を集電極で受ける.集電極の電位Vは陰極を基準とし,可変電源で正にも負にも変えられる.電流計Aで回路の電流Iを測る.光と光電子の矢印はそれぞれの進む向きを示す.
𝑉 >0 では光電子はすべて集電極に引き寄せられ,電流は一定の値(飽和電流)になります.𝑉 を負にしていくと電子が押し戻されて電流は減り,𝑉 = −𝑉𝑠 で0になります.この 𝑉𝑠 を阻止電圧といいます.光電子の運動エネルギーの最大値を 𝐾max とすると,その電子がちょうど集電極に届かなくなる条件は,エネルギーの保存から
𝐾max=𝑒𝑉𝑠
です.阻止電圧を測れば 𝐾max が分かります.
[図:光の強さ・振動数と光電管の特性曲線]初期状態はν = 1.60ν₀,阻止電圧Vₛ = 1.20 Vで,青線が初期状態の破線と重なる.光の強さのスライダーで飽和電流が比例して変わり,阻止電圧は変わらない.振動数のスライダーでは毎秒届く光子数を保ち,飽和電流を保ったまま電流が0になる電位−Vₛが変わる.νがν₀以下では光電流は0となる.
初期状態はν = 1.60ν₀,阻止電圧Vₛ = 1.20 Vで,青線が初期状態の破線と重なる.光の強さのスライダーで飽和電流が比例して変わり,阻止電圧は変わらない.振動数のスライダーでは毎秒届く光子数を保ち,飽和電流を保ったまま電流が0になる電位−Vₛが変わる.νがν₀以下では光電流は0となる.
実験で分かったことは,次の4つにまとまります.
金属ごとに決まった限界振動数 𝜈0 があり,𝜈 <𝜈0 の光では,どれほど強くしても電子は出ない.
𝜈 >𝜈0 なら,どれほど弱い光でも,当てた瞬間に電子が出る.
阻止電圧 𝑉𝑠,つまり 𝐾max は振動数 𝜈 とともに1次関数で増え,光の強さにはよらない.
飽和電流,つまり毎秒飛び出す電子の数は,光の強さに比例する.
1と2は「考えてみる」で困ったことそのものです.3も,強い光ほど電場が強いのに電子の受け取るエネルギーの最大値が変わらないので,波の考え方では説明できません.
光子
1905年にアインシュタインは,次のように考えればすべて説明できると示しました.振動数 𝜈 の光は,エネルギー ℎ𝜈 の粒の集まりとして物質とエネルギーをやりとりする.この粒を光子といいます.
法則 光子のエネルギー
振動数 𝜈,波長 𝜆 の光は,1個あたり
𝐸=ℎ𝜈=ℎ𝑐𝜆
のエネルギーをもつ光子の流れである.ℎ =6.63 ×10−34 Js をプランク定数という.光の強さ(単位面積を毎秒通るエネルギー)は,光子1個のエネルギーと,単位面積を毎秒通る光子の数の積である.
金属の中の電子は,まわりの正イオンに引かれてつなぎとめられています.電子を1個外へ取り出すのに要る最小のエネルギーを仕事関数 𝑊 といいます(セシウムで約 2 eV,亜鉛や銅で約 4〜5 eV).光電効果では,電子1個が光子1個を丸ごと吸収し,もらった ℎ𝜈 のうち少なくとも 𝑊 を外へ出るのに使い,残りが運動エネルギーになります.深い所の電子は途中で余計にエネルギーを失うので,𝑊 だけで済んだ電子の運動エネルギーが最大値です.
法則 アインシュタインの光電効果の式
𝐾max=𝑒𝑉𝑠=ℎ𝜈−𝑊
限界振動数は 𝐾max =0 から 𝜈0 =𝑊/ℎ,限界波長は 𝜆0 =ℎ𝑐/𝑊 である.
これで4つの事実がすべて説明できます.ℎ𝜈 <𝑊 の光子は,何個来ても1個では電子を出せません(事実1).ℎ𝜈 >𝑊 なら,最初に来た光子がすぐに電子を出します(事実2).𝑒𝑉𝑠 =ℎ𝜈 −𝑊 は 𝜈 の1次関数で,強さは入っていません(事実3).電子の数は光子の数に比例します(事実4).
𝑉𝑠 を 𝜈 に対してグラフにすると傾きは ℎ/𝑒 で,金属を替えても直線が平行に動くだけです.ミリカンは1916年,この傾きからプランク定数を求め,熱放射から求めた値と一致することを示しました.
[図:仕事関数が異なる金属の阻止電圧]横軸は振動数ν,縦軸はeVₛ.仕事関数W₁とW₂が異なる金属の直線は平行で,傾きはともにhである.横軸との交点は各金属の限界振動数ν₀,₁とν₀,₂.負の側へ延長した直線の縦軸との交点は−W₁と−W₂で,延長は破線で示す.
光子のエネルギーの計算では,ℎ𝑐 をまとめた
ℎ𝑐=1.99×10−25Jm=1240eVnm
を覚えておくと便利です.例えば波長 620 nm の赤い光の光子は 1240/620 =2.0 eV,310 nm の紫外線は 4.0 eV です.亜鉛の仕事関数は約 4.3 eV なので,可視光では光電子が出ず,波長が 290 nm より短い紫外線が要ります.
「電子1個が光子1個を吸収する」という前提は,1個の電子のそばに2個の光子が同時に来ることがまず無いふつうの光で成り立ちます.レーザーを細く絞った極端に強い光では,光子を2個以上まとめて吸収する多光子吸収が起こり,ℎ𝜈 <𝑊 でも電子が出ることがあります.それでも,エネルギーのやりとりが ℎ𝜈 を単位にしていることは変わりません.
光子の運動量
光子がエネルギーを運ぶなら,運動量も運ぶはずです.第26章で,強さ 𝑆 の光を吸収する面は 𝑆/𝑐 の圧力を受けること,つまり光が運ぶ運動量はエネルギーの 1/𝑐 倍であることを見ました.光子1個でも同じなら,光子の運動量は 𝑝 =𝐸/𝑐 です.
この関係は相対論(第13章)の式です.質量 𝑚 の粒子のエネルギー 𝐸 と運動量の大きさ 𝑝 は,速さによらずいつも
𝐸2=(𝑚𝑐2)2+(𝑝𝑐)2
を満たします.止まっているときのエネルギー 𝑚𝑐2 を静止エネルギーといい,𝐸 =𝑚𝑐2 +𝐾 が運動エネルギー 𝐾 の定義です.𝑝𝑐 が 𝑚𝑐2 より十分小さければ 𝐾 ≈𝑝2/(2𝑚) で,力学に戻ります.光子は質量0の粒子で 𝐸 =𝑝𝑐 であり,エネルギーによらずいつも速さ 𝑐 で進みます.
法則 光子の運動量
光子の運動量の大きさは
𝑝=𝐸𝑐=ℎ𝜈𝑐=ℎ𝜆
で,向きは光の進む向きである.
光子1個の運動量は 500 nm で 1.3 ×10−27 kgms−1 と小さいですが,太陽光の光子の数を数えると,第26章の光の圧力 𝑆/𝑐 がそのまま出てきます(例題3).光子で考えても電磁波で考えても,2つの見方は食い違いません.
X線
光電効果の逆に,電子のエネルギーを光子に変えることもできます.X線管では,電圧 𝑉 で加速した電子を金属の標的にぶつけ,標的の中で急に曲げられ止められるときに放射(第26章)を出させます.これが連続X線で,波長は最短波長 𝜆min より長い側に連続して広がります.
最短波長は光子の考え方ですぐに説明できます.電子は標的に着くまでに運動エネルギー 𝑒𝑉 を得るので,1個の電子が出せる光子のエネルギーは多くても 𝑒𝑉 です.したがって
ℎ𝑐𝜆min=𝑒𝑉,𝜆min=ℎ𝑐𝑒𝑉
です.𝑉 =30 kV なら 𝜆min =1240 eVnm/(3.0×104eV) =0.041 nm です.最短波長は加速電圧だけで決まり,標的の金属にも電流にもよりません.電磁波の放射の考え方だけでは,波長に下限がある理由は出てきません.
[図:加速電圧とX線のスペクトル]同じ標的を使い,加速電圧だけを変えた2つのX線スペクトルの模式図.青の高電圧側は緑の低電圧側よりλₘᵢₙが短い.それぞれの最短波長から連続X線が立ち上がり,その上に同じ波長の鋭い特性X線の山が重なる.強さや山の高さは模式的である.
スペクトルには,標的の元素ごとに決まった波長の鋭い山(特性X線)も乗っています.原子の内側の電子の準位の間の遷移で出る光子で,第4題材で扱います.X線は原子の間隔ほどの波長をもち,結晶で回折する(第27章)ので,波でもあります.
コンプトン散乱
光子が運動量をもつことを直接見せたのが,1923年のコンプトンの実験です.X線を炭素などの軽い元素に当てると,散乱されたX線に入射X線より波長の長いものが混ざり,そのずれは散乱の角度とともに大きくなり,散乱体の種類にはよりませんでした.電磁波の散乱(第26章)では,揺さぶられた電子は入射波と同じ振動数で放射するので,波長は変わらないはずです.
光子と電子の衝突と考えると説明できます.軽い元素の外側の電子をつなぎとめるエネルギー(数〜数十 eV)はX線の光子のエネルギー(数十 keV)よりずっと小さいので,電子は止まっている自由な電子とみなせます.波長 𝜆 の光子が電子に当たり,角 𝜙 の向きに波長 𝜆′ の光子として散乱され,電子は反跳するとします.
[図:コンプトン散乱と運動量保存]左から波長λの光子が静止した電子へ入射する.散乱光子は上向きに角φだけ曲がり,電子は斜め下へ反跳する.下の三角形では,運動量h/λの右向きベクトルが,h/λ′の右上向きベクトルと電子の運動量ベクトルpₑの右下向きベクトルの和になっている.散乱光子の運動量は入射光子より小さく描く.
光子の運動量を 𝑝 =ℎ/𝜆,𝑝′ =ℎ/𝜆′,反跳した電子の運動量を 𝒑𝑒,エネルギーを 𝐸𝑒 とします.電子は速くなることがあるので,エネルギーは相対論の式で扱います.エネルギーの保存と運動量の保存は
𝑝𝑐+𝑚𝑐2=𝑝′𝑐+𝐸𝑒,𝒑𝑒=𝒑−𝒑′
です.運動量の式の両辺の大きさの2乗をとると,𝒑 と 𝒑′ のなす角が 𝜙 なので
𝑝2𝑒=𝑝2+𝑝′2−2𝑝𝑝′cos𝜙
です.エネルギーの式から 𝐸𝑒 =(𝑝 −𝑝′)𝑐 +𝑚𝑐2 で,これを 𝐸2𝑒 =(𝑚𝑐2)2 +(𝑝𝑒𝑐)2 に入れて 𝑐2 で割ると
(𝑝−𝑝′)2+2(𝑝−𝑝′)𝑚𝑐=𝑝2+𝑝′2−2𝑝𝑝′cos𝜙
となります.左辺を展開して整理すると (𝑝 −𝑝′)𝑚𝑐 =𝑝𝑝′(1−cos𝜙) です.両辺を 𝑝𝑝′𝑚𝑐 で割ると 1/𝑝′ −1/𝑝 =(1−cos𝜙)/(𝑚𝑐) で,1/𝑝 =𝜆/ℎ を使えば次の結果になります.
法則 コンプトン散乱
静止した自由電子に散乱された光子の波長のずれは
𝜆′−𝜆=ℎ𝑚𝑐(1−cos𝜙)
である.ℎ/(𝑚𝑐) =2.43 ×10−12 m を電子のコンプトン波長という.ずれは入射波長にも散乱体にもよらず,散乱角 𝜙 だけで決まる.
ずれはいちばん大きい真後ろへの散乱(𝜙 =𝜋)でも 2ℎ/(𝑚𝑐) =4.9 ×10−12 m です.波長 0.07 nm 程度のX線なら数 % のずれで測れますが,500 nm の可視光では 10−5 程度の割合にしかならず,ほとんど見えません.コンプトン散乱がX線で発見されたのはこのためです.
実験では,波長がずれない山も見えます.原子に強くつなぎとめられた内側の電子による散乱で,運動量を受け取る相手は原子全体なので,式の 𝑚 が原子の質量に替わり,ずれは 10−4 倍以下になって見えません.「電子が自由とみなせる」ことが,この式の適用条件です.
入試では,電子の運動エネルギーを 𝑝2𝑒/(2𝑚) とし,𝜆/𝜆′ +𝜆′/𝜆 ≈2 と近似して同じ式を導くことがよくあります.電子の運動エネルギーが 𝑚𝑐2 =511 keV より十分小さく,波長のずれが波長より十分小さいときの近似です.上の導出には近似が無いので,ガンマ線にもそのまま使えます.
光は波か粒か
光は干渉や回折をする波であり,光電効果やコンプトン散乱では数えられる粒です.ヤングの実験(第27章)で光をごく弱くすると,光子は1個ずつ感光面の1点に届き,数がたまると到着点の分布が干渉縞になります.1個がどこに来るかは確率でしか決まらず,その確率が波の強さで決まる,というのが今の理解です.𝐸 =ℎ𝜈 と 𝑝 =ℎ/𝜆 は,粒の量(エネルギーと運動量)と波の量(振動数と波長)をつなぐ式で,次の題材では同じ2つの式が電子にも当てはまることを見ます.
問いに戻る
亜鉛に当たる赤い光は約 2 eV の光子の流れで,仕事関数 4.3 eV に届きません.電子は光子を1個ずつしか吸収しないので,光を強くして光子を増やしても電子は出ません.紫外線の光子は 4.3 eV を超えるので,光が弱くても,来た光子の1個1個が電子を外へ出します.箔が閉じるかどうかを決めていたのは,光の強さではなく光子1個のエネルギー ℎ𝜈 です.
ポイント ここまでのまとめ
光はエネルギー 𝐸 =ℎ𝜈 =ℎ𝑐/𝜆,運動量 𝑝 =ℎ/𝜆 の光子の流れとして物質とやりとりする.光の強さは光子の数を決め,振動数は1個のエネルギーを決める.
光電効果は 𝐾max =𝑒𝑉𝑠 =ℎ𝜈 −𝑊 で説明できる.𝑉𝑠 と 𝜈 のグラフの傾きは ℎ/𝑒 で,金属によらない.
光子は質量0の粒子で,𝐸 =𝑝𝑐.質量 𝑚 の粒子では 𝐸2 =(𝑚𝑐2)2 +(𝑝𝑐)2,𝐸 =𝑚𝑐2 +𝐾.
連続X線の最短波長は 𝜆min =ℎ𝑐/(𝑒𝑉) で,加速電圧だけで決まる.
コンプトン散乱では 𝜆′ −𝜆 =ℎ𝑚𝑐(1−cos𝜙) で,光子が運動量をもつことが確かめられる.
問いの答え:電子は光子を1個ずつ吸収するので,ℎ𝜈 が仕事関数を超えるかどうかで電子が出るかが決まり,光の強さはそれを変えない.