問いしるべ
問いから始める物理 回転と剛体

回転と剛体

剛体の平面運動

著者:柚木芹香

問い

長さ l のはしごを,なめらかな壁に立てかけておいたら,下端が床の上を滑り出し,上端が壁に沿って下がり始めました.はしごが倒れていく途中,はしごの上の各点はどの向きに動いているのでしょうか.とくに,はしごの真ん中の点は,床に着くまでにどんな線を描くでしょうか.

壁と床に沿って滑るはしごを示す模式図. 壁と床に沿って滑るはしごを示す模式図.

考えてみる

両端の動きはわかります.上端 A は壁に沿って下へ,下端 B は床に沿って横へ動きます.では真ん中の点 M はどうでしょう.「両端の向きの平均で,斜め下へ」と答えたくなりますが,倒れていくにつれて向きがどう変わるのかは,これだけではわかりません.

はしごを,ある点のまわりに回る物体と見ることもできそうです.けれども下端 B のまわりに回るのなら B は止まっているはずで,上端 A のまわりでも同じことです.はしごは固定軸のまわりに回っているわけではありません.位置を変えながら向きも変える運動を,どう記述すればよいかを考えます.

並進と回転に分ける

どの2点の距離も変わらない物体を剛体といいました.剛体のどの点も1つの平面に平行に動く運動を平面運動といいます.はしごも,床を転がる円板も,平面運動をします.

剛体の中に基準点 O′ を1つ選びます.短い時間の間の剛体の動きは,次の2つを続けて行ったものとみなせます.まず,剛体全体を O′ と同じだけ平行に動かします(並進).次に,O′ を中心に,ある角だけ回します(回転).剛体なので,剛体に描いたどの線分も,向きは同じ角だけ変わります.したがって,回転の角速度 ω は剛体に1つだけ決まり,基準点をどこに選んでも同じです.変わるのは並進の部分だけです.

[図:並進と回転への分解]

スライダーの前半で基準点を並進し,後半でその点のまわりに回す.AとBを選び直しても最終配置と回転角は同じになる.初期状態は移動前.

紙面に垂直で手前向きの単位ベクトルを ez とし,反時計回りを正とした角速度 ω を使って,角速度ベクトル ω=ωez を考えます.向きは回転の向きに右ねじを回したときに進む向きで,角運動量の節の右ねじと同じ約束です.O′ から点 P へのベクトルを r′ とすると,r′ は長さを変えずに角速度 ω で回るので,その変化の速度は ω×r′ です(r′ を反時計回りに90度回して ω 倍したベクトル.次の節で確かめます).

法則 剛体の平面運動の速度と加速度

剛体の基準点 O′ の速度を V,加速度を A,剛体の角速度を ω(反時計回りが正),角加速度を α=ω˙ とする.O′ から剛体上の点 P へのベクトルを r′ とすると,P の速度と加速度は

vP=V+ω×r′,aP=A+αez×r′−ω2r′

である(ω=ωez).角速度 ω は,基準点の選び方によらない.

加速度の式は,速度の式を時間で微分すると出ます.ω×r′ の微分は,ω が変わる分の αez×r′ と,r′ が回る分の ω×(ω×r′)=−ω2r′ の和です.第1項は O′ のまわりの円の接線方向の加速度,第2項は O′ に向かう向心加速度で,第3章の円運動の Rθ¨ と Rθ˙2 と同じものです.

瞬間回転中心

ω≠0 なら,その瞬間に速度が0になる点がちょうど1つあります.V+ω×r′=0 を満たす r′ は,V に垂直な向きに,O′ から距離 V|ω| の所にあります.この点 I を瞬間回転中心といいます.剛体に固定した平面を広げて考えれば,I は剛体の外にあってもかまいません.I を基準点に選び直すと V=0 なので,各点の速度は vP=ω×rIP です.その瞬間,剛体全体が I のまわりに角速度 ω で回っているように動きます.

ポイント 瞬間回転中心の見つけ方

  • 各点の速度は,I とその点を結ぶ線分に垂直で,大きさは |ω|×(I からの距離) である.

  • 速度の向きがわかっている2点で,それぞれ速度に垂直な直線を引く.2本の交点が I である.

  • 2本の直線が平行で交わらないときは,その瞬間 ω=0 で,剛体は並進している.

I は固定された軸ではありません.時間がたつと別の場所に移り,I にある剛体の点も,速度は0でも加速度は0とは限りません.ですから「I のまわりのトルクで回転の運動方程式を立ててよいか」は別の問題で,第9章で調べます.

問いのはしごに使ってみます.壁と床の交わる点を原点 O とし,下端 B を (lcos⁡θ,0),上端 A を (0,lsin⁡θ) とします.B の速度は水平なので,B を通る鉛直線を引きます.A の速度は鉛直なので,A を通る水平線を引きます.交点 I=(lcos⁡θ,lsin⁡θ) が瞬間回転中心で,O,B,I,A は長方形をつくります.真ん中の点 M はこの長方形の中心なので,O と I を結ぶ対角線の中点でもあります.M の速度は IM に垂直,つまり OM に垂直です.しかも OM の長さは対角線の半分 l2 で,θ によりません.

[図:はしごの瞬間回転中心]

初期角は55°.角を変えると瞬間回転中心I,両端と中点の速度方向,中点がたどる円弧を見比べられる.矢印は倒れる向きの速度を表す.

座標でも確かめられます.M は (l2cos⁡θ,l2sin⁡θ) で,原点からの距離はいつも l2 です.M は O を中心とする半径 l2 の円弧を描きます.一方,M 以外の点は円を描きません.下端から s の点は ((l−s)cos⁡θ,ssin⁡θ) にあり,半軸の長さが l−s と s の楕円 x2(l−s)2+y2s2=1 の一部を描きます.

滑らずに転がる円板では,床に接している点の速度が0です.つまり接点が瞬間回転中心です.これは次の題材「転がり」の出発点になります.

ポイント ここまでのまとめ

  • 剛体の平面運動は,基準点の並進と,その点のまわりの回転に分けられる.角速度は基準点の選び方によらない.

  • 各点の速度は v=V+ω×r′,加速度は a=A+αez×r′−ω2r′(接線の項と向心の項).

  • 速度が0の点が瞬間回転中心 I.2点の速度に垂直な直線の交点として作図でき,各点の速度は I からの線分に垂直で,I からの距離に比例する.I は固定軸ではない.

  • 問いの答え:はしごの各点は,I(壁と床の角の向かい側の頂点)からの線分に垂直な向きに動く.真ん中の点は,壁と床の交わる点を中心とする半径 l/2 の円弧を描く.

  • 力とトルクで運動を決める話は,次の題材「転がり」と第9章で扱う.